[書評]のメルマガ

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[書評]のメルマガ vol.663

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■■ [書評]のメルマガ                2018.10.10.発行
■■                              vol.663
■■ mailmagazine of book reviews       [リアは耄碌している 号]
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■コンテンツ
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★トピックス
→トピックス募集中です。

★「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
→<106>私漫画、エッセー漫画、ルポ漫画、そして「お仕事漫画」

★「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
→88 移動する、その先にあるもの

★「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
→「無名×中小企業」でもほしい人材を獲得できる 採用ブランディング

★「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
→第105回 演技をする、とは自分を知るための探索の旅である

★献本読者書評のコーナー
→書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
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<106>私漫画、エッセー漫画、ルポ漫画、そして「お仕事漫画」

 先月紹介した山本直樹の『レッド あさま山荘の10日間』を読み終えた後、
その余韻が残るうちに、と桐野夏生『夜の谷を行く』も読んだのだった。

 『レッド』が描いたのと同じ連合赤軍事件の山岳アジトから、「総括」を逃
れるために逃亡し、その後逮捕された女性が主人公。
 今は刑期を終えて出所し、世間から隠れるようにひそやかに暮らしていた彼
女が、永田洋子の獄死を機として、事件当時のことを聞かせてほしいという女
性ライターから執拗に迫られ、忘れようとしていた事件と向き合っていくこと
になる物語。

 主人公の女性は、どうやら完全な架空の人物のようだが、彼女が過去と向き
合う過程で再会することになる当時の関係者は、あくまで架空の人物として描
かれてはいても、『レッド』と併せ読むと、これはあの人、こっちはこの人、
とモデルが特定できる。

 「東電OL事件」をモデルに描いた『グロテスク』や、谷崎潤一郎と佐藤春夫
の間にあった「細君譲渡事件」に翻弄された娘の視点から、二人の父親とその
家族を描いた短編『浮島の森』(短編集『アンボス・ムンドス』所収)も、桐野
作品では『夜の谷を行く』と同じ系譜の作品かと思う。

 おそらく、なのだけど、桐野夏生は、これらのモデル小説を書くにあたって、
文献的資料は集めたと思うのだが、当事者をはじめ関係者に会って取材する、
ということはせず、あくまで想像力の中で人物を構築し、その心情を探ってい
ったのだと思う。

 そして、あくまで“フィクション”として小説を構成した…にも関わらず、
これらの中の人物像は、リアリティと実在感に満ちている。
 「東電OL事件」については、いくつかのノンフィクションも読んだのだけど、
それらノンフィクションよりも、桐野が想像で描いた(フィクションであるは
ずの)『グロテスク』の方が、実際の人物像と事件の真相に迫っているんじゃ
…と思わせる力があった。

 『夜の谷を行く』では、物語中に直接的に登場しない関係者はすべて実名が
使われていたが、山本直樹の『レッド』では、関係者名はすべて仮名で通され
ている。
 なので、読み進めるにあたって、わしは、漫画の人物名に実際の事件の人物
名を当てはめる「一覧」を自作し、時折これを参照しながら読んでいた。

 桐野夏生の小説は、実際の事件や人物に取材してはいても、あくまでフィク
ションの「モデル小説」であるのに対して、山本直樹『レッド』は、知りえた
事実ひとつひとつを積み重ねることによって、当事者たちの心情を、その事実
の隙間から絞り出すように描いている。
 小説で言えば吉村昭の手法に近いんではなかろうか。
 なので、登場人物すべて「仮名」であっても、これは記録小説的漫画である、
と断言できると思う。

 事実に即して描く、ということで言えば、「私小説」という文芸のジャンル
が、この国ではある時期から盛んになって、日本独自の文学世界を醸成してき
た。

 永島慎二『漫画家残酷物語』は、この私小説の手法を、漫画に最初に取り入
れた嚆矢じゃないかと思うが、私小説的漫画「私漫画」はその後、自身、葛西
善三や正宗白鳥、宇野浩二らの私小説世界に傾倒していたつげ義春から、主に
「ガロ」誌上で、安部慎一、鈴木翁二らに受け継がれていった。

 小説の世界で私小説が下火になるのと軌を一にして、漫画の世界でもこの分
野はしぼんでいくのだけど、漫画界においては、「私漫画」を親としてその後
に生み出されたのが「エッセイ漫画」だ、とこれは我が自説。

 以前、ここで取り上げた、細川貂々『ツレがうつになりまして』や『日帰り
旅行は電車に乗って』、さらに、やはり以前取り上げた矢部太郎『大家さんと
僕』などが、このエッセイ漫画の範疇に入る。

 私小説、あるいは活字のエッセイがそうであるように、私漫画やエッセイ漫
画でも、必ずしも事実そのまま、ありのままに書かれるとは限らず、ある程度
の脚色あるいは創作が挿入されるのは許容範囲だ。
 ことにネットで、たまに見かけるのだが、活字にしろ漫画にしろ、エッセイ
に書かれたことが「事実と違う」と目くじら立てるのは、だから完全なスジチ
ガイである、とわしは思う。
 昔、山口瞳が「週刊新潮」に連載していた名エッセイ『男性自身』を愛読し
ていたのだけど、あれにしても、かなりの「創作」が入っていると、これは当
時から思っていた。
 エッセイだって「創作」の一形態なのだ。

 その意味では、その昔に滝田ゆうが文芸雑誌に連載し、その後単行本にまと
められた『泥鰌庵閑話』(現在はちくま文庫で読めます)は、実に楽しい私漫
画であり、同時にエッセイ漫画でもあった。

 さらに近年では、エッセイ漫画から派生した一形態として、ルポルタージュ
を漫画で著す、というのも、決して珍しいことではなくなってきた。
 取材で得た事実をそのままに伝えるルポなればこそ、ビジュアルを使える漫
画には、活字よりもより正確、具体的に伝える力があるようだ。

 また、取材ではなく、漫画家本人が(主に生活のために)就いた仕事のこと
を、事細かにルポ風に描いた漫画は「お仕事漫画」として、既にいちジャンル
として定着しているようだ。

 1992年発表の、故郷・北海道室蘭の遊廓の女たちを描いた漫画「親なるもの
 断崖」が最近になって電子書籍でリバイバルヒットしたことで話題になった
曽根富美子は、数年前に、漫画の収入が落ち込んで逼迫した生活の打開策とし
て、自宅近くのスーパーでレジ係としてアルバイトを始めた。
 いつも買い物に利用しているスーパーだから…という気安さと、明言はされ
てないが、「(スーパーのレジくらいなら)できるだろう」という、軽くナメ
た気持ちも、おそらくはあったのだろう。
 が、普段「客」として見ていた職場は、その反対側に回ってみると、まるで
世界が違っていて、何から何まで「初めて」尽くし。

 これ、わしもずっと昔だけど、学生時代に、普段友人たちとよく通っていた
居酒屋に、「知ってる店だから気安いや」とノーテンキに構えてバイトで入っ
たところが、そのあまりのきつさと覚えることの多さに愕然とした覚えがある
のだが、曽根富美子もまた、同じ思いをしたようだ。

 ともかく、50歳を超えてレジデビューした曽根富美子は、その覚えることの
あまりの多さと煩雑さ、慣れないレジスターや周辺機器の操作に振り回されな
がら、ふた回り以上年下の「教育係」の薫陶を受けつつ、しかし、年齢ゆえの
覚えの悪さ、体の融通の利かなさから失敗を重ねながらも、一人前のレジ係と
して成長していく。
 50歳を超えて初めて体験したスーパーのレジと、その体験を通して見た、そ
れ以前は客として何気なく通っていた店の、その裏側の世界が、彼女にはとて
も新鮮かつ驚きに満ちたものだったのだろうことは、想像に難くない。
 その体験と顛末をそのままに漫画にして、雑誌「モーニング」に連載してし
まったのである。
 タイトルは『レジより愛をこめて 〜レジノ星子〜』。
 現在は単行本で読むことができる。

 これと同じころに、同じ「モーニング」に連載された、竜田一人『いちえふ』
もまた、著者自身が体験した福島第一原発の廃炉作業に従事した体験を、見聞
きしたことそのままを漫画にしたもので、当欄でも以前に取り上げたことがあ
るのだが、これもまた、ルポ漫画、あるいは「お仕事漫画」の範疇に入るもの
だろう。

 活字の世界ではかつて、取材の一環として、つまり、その後にルポルタージ
ュ、あるいはノンフィクションとして原稿化するために、特定の職場に身分を
偽って入り込む、ということがよくあったようだが、これら「お仕事漫画」は、
漫画を描くために仕事に従事したわけでは決してなく(『いちえふ』の場合は、
その色気も若干はあったようだが…)、まずは「(生活のための)仕事ありき」
である。

 したがって、その仕事を描く作業は、作者自身の「生活」を赤裸々に描き出
すことでもある。
 となると、これは「私漫画」ともいえるのではないか…とふと思ってしまっ
たりも、するのである。

 などと考えていたところに、先日、ネットを通じて、思い切り「私漫画」的
な「お仕事漫画」を見つけてしまったのだ。
 作者は、各務葉月、漫画のタイトルを『食品工場の中の人たち』というそれ
に、ふと興味を惹かれて早速読んでみた。
 すると、読み進めるうち、「ああ、そうだったよなあ…」「そうそう、そう
なのよ」と、わしもかつて「派遣」で経験したあちこちの職場での様々な経験
が、鮮明に蘇えってきたのである。

 この漫画と、わしがかつて経験した職場の相関については、次回にまた詳細
を語らせていただきたい、と斯様に思う次第でありまして、今回は、これまで、
とさせていただきまする。


太郎吉野(たろう・よしの)
 2011年に神戸から西宮へ引っ越して、ただ今のホームグラウンドは甲子園。
右投げ右打ち。掛布二軍監督はひとつ年上の同級生。

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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88 移動する、その先にあるもの

 『ジャーニー 国境をこえて』
 フランチェスカ・サンナ 作
 青山 真知子 訳
 きじとら出版

 描かれているのは、
 どこの国かを特定せずに、
 戦争がきっかけで、自分の国から「安心してくらせる」よその国へ旅に出る
 親子。

 夏になると家族そろって海を楽しんでいた暮らしは、戦争でかきけされ、め
 ちゃくちゃにされました。

 デフォルメされた中間色の絵の中で、戦争の暗い影だけは濃い黒でぬられ、
 その色をもってして残酷さが際立ちます。

 黒い影の手から離れるために、
 親子を含め多くの人がいままでの暮らしを後ろに残して、
 本当は望まない長い長い旅に出なくてはならない状況を絵が訴えます。

 絵本では「安心してくらせる」よその国にたどりつくところは描いていませ
 ん。たどりつこうと動いている進行形がそこにあるだけです。

 帯の言葉を書いているのは、自分の国を離れて8歳のときに日本にきた女優
 のサヘル・ローズさん。
 育ての親と2人で来日してからも生活はすぐに軌道にのらず、きびしい生活
 が長く続いたそうです。

 サヘル・ローズさんが帯に書かれた言葉には体験の重みを感じます。


   「ただいま」といえる故郷はありますか?
   戦争が奪うのは命だけじゃない、笑顔も居場所も奪った。
   それでも彼らは、そして私も生きようとしている。


 絵本を刊行したきじとら出版では、本書を題材にして人権を学べるように、
 ワークシートをHPで公開していますのでぜひ下記を参照ください。

 http://kijitora.co.jp/
 「本のご紹介」>「ジャーニー 国境をこえて」からダウンロード

 次にご紹介するのは、自分たちの土地で野菜を育てる絵本です。

 『ソフィーのやさいばたけ』
 ゲルダ・ミューラー 作 ふしみ みさを 訳  BL出版

 オランダ生まれ、現在はパリで生活しているゲルダ・ミューラー。彼女の描
 く自然に私はとても惹かれます。花や野菜についている土がリアルに感じる
 からです。

 87歳の絵本作家が描いたのは、夏休みに田舎の祖父母宅に遊びに行ったソフ
 ィーです。ソフィーは祖父から、畑道具と、自分の好きなものを植えていい
 畑をもらいます。

 虫がいるおかげで、花は実をつけることを、ソフィーは祖母に絵をかいても
 らいながら教えてもらいます。
 
 お日様の下にある畑だけでなく、夜空の下でも育っている野菜、
 夏からはじまり、秋、冬、春と季節がめぐる様子、
 
 作者ゲルダ・ミュラーは、ソフィーの祖父母のように、私たち読者に野菜の
 育ちみせてくれます。

 キャベツ、エンダイブ、ズッキーニ、ケール、パセリ、トマト、
 セイヨウミツバチ、クマバチ、オニグモ、ヨトウガ、かたつむり。

 生き物がたくさんいる畑の豊かさが絵本に満ちています。

 最後に紹介する絵本にもおばあちゃんが登場します。

 『わたしたちだけのときは』
  デイヴィッド・アレキサンダー・ロバートソン 文
  ジュリー・フレット 絵 横山和江 訳 岩波書店

 遊びにきた孫娘が祖母にいろいろ質問します。

 「ねえ、どうしてそんなにきれいないろの、ふくをきてるの?」
 「どうして、かみの毛をながくのばしているの?」

 「それはね……」

 子どもの頃は自分の好きな服が着られず、みな同じ服を着なければいけなか
 ったこと等、先住民族の同化政策を、孫娘にとどく言葉で語ります。

 それは、どれほど同化政策を押しつけても、心は自由と幸せを求めていた祖
 母の言葉でした。

 深みのある色合いで、時代に抵抗することの厳しさを超えて、自由にくらせ
 るいまを生きている祖父母たちが描かれ、余韻が長く残りました。


 『ジャーニー 国境をこえて』の親子が、ソフィーや『わたしたちだけのと
 きは』の祖父母や孫娘のように安心してくらせる所にいつか落ち着けますよ
 うに。


(林さかな)
会津若松在住
http://1day1book.strikingly.com/

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■「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
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「無名×中小企業」でもほしい人材を獲得できる 採用ブランディング
(深澤了著 幻冬舎 2018/1/16)

 経団連が新卒採用において、会社説明会や面接の解禁時期などを定めた、い
わゆる“採用ルール”を廃止するというニュースがメディアで報じられました。

 現在、大学生の就職活動の解禁日は3年次の3月1日、選考開始日が大学4
年次の6月1日となっているのを、2020年卒の学生の代を最後に、廃止すると
の内容です。

・・・とはいえ、ここ数年、着々とルールの形骸化が進んでいたと感じます。

 大学3年次の夏休み期間に、あきらかに採用活動を見越したインターンシッ
プ(就業体験)を開催する企業が増加した他、外資系やIT系企業を中心に、
6月を待たずにフライングで選考を開始するところも多く存在していますので、
経団連ルールもいつかはなくなる日が来るんだろうな、とは思っていたのです。

 今後は政府主導の下で新たなルールを策定し、経団連もその決定に従うと報
じられていますが、そこで決定した新ルールもどれだけの企業が守ろうとする
のやら。。。就職活動の形が今後どうなるか、まったく先が読めません。

 この問題、これから就職活動に臨もうとする学生さん側に一定の影響が出る
のは必至ですが、同じように困るのが、私のような知名度のない企業の人事担
当者です。

 新卒採用という仕事は、終わりのない、いや切れ目のない仕事だと思います。

 たとえば10月という今の時期ですと、活動のピークは過ぎているものの、夏
に開催した大学3年生向けインターンシップの総括をしつつ、次は冬のインタ
ーンシップの企画や準備を進めながら、今年の内定者(現4年生)のフォロー
活動として、内定者事前研修などを同時並行で実施したりしています。今から
4年生に内定辞退でもされたら、たまったものじゃないですからね(笑)。

 これが春夏の活動ピーク時になりますと、本当に大変です。

 売り手市場と言われる中、学生から知名度のない会社はWebの求人広告な
どに馬鹿にならないコストを投下して、1人でも多くの応募者を集めなきゃい
けない、集めた学生を様々な角度から選考していかなきゃいけない、そして、
一定の内定辞退者がでることを見越して、内定者数を多めに出すなどコントロ
ールもしなきゃいけない。ちなみにこのコントロールに失敗すると、今の時期
でも採用活動を継続しなきゃいけません(私の会社は今年はセーフ)。毎日神
経をすり減らしながら、あっという間に時が流れていく、それが人事視点で見
た新卒採用活動であると感じます。

 経団連によるルール撤廃、政府による新ルール策定の結果を受けて、世の採
用活動の動向は変化しますので、その中で自社はどんな戦略を立てて今後活動
していく必要があるのか、結構気が気ではなかったりするのです。

 人事にとっては、かけるパワーが大きい新卒採用活動ですから、それに関連
する書籍で気になったものは、一通り目を通すようにしています。その中で、
特に印象深かった一冊が、今回の本「採用ブランディング」です。

 著書が元々CMプランナーなどを経験している方なので、メディアの活用の
仕方など、採用におけるハウツーが書いてあるのかなと思って読み進めたので
すが、内容はまったく想定外のものでした。

 本書の中で著者は、「採用の基本は『理念への共感』である」と述べていま
す。

 企業には必ず理念があり、自分達が実現したい理念を達成するために、共感
してくれる人を採用し、共に歩んでいく必要があると。つまり企業の理念に共
感してくれた人を採用するという発想を根底に持つべきであり、応募者の母集
団形成も「ただ人を集める」のではなく、「理念に共感してくれる人を集める」
ことが重要で、採用フローの組み立ても、その視点から行われるべきであると
。。。なるほど。

 今回の経団連指針の撤廃に限らず、採用環境は日々変化します。スケジュー
ルが変わることで、当然打つべき施策は変化しますが、それ以前にやるべきこ
とがあるだろうと、本書の中で筆者は説いています。スケジュール云々以前に、
日本は少子高齢化が進みますので、これまでと同じ方法で応募者が集められる
時代ではなくなっていると。

 私などがそうなのですが、採用活動がピークの時期って、常に応募者を何人
集められているか、その中で現在選考ラインに乗っている学生が何人いるかな
ど、人事は数ありきで考えてしまうクセがついているんですね。

 数打ちゃ当たるの感覚で多数の応募者を集めるのに労力を使うのではなく、
自社に共感してもらうためのメッセージを明確化して打ち出し、学生から選ん
でもらえる企業になるかを考えていく。そして、選考の過程の中でより共感度
を高めていくほうが、選考もスムーズになるし、辞退数も減る可能性が高い。
まずはこの感覚を身につけることが重要になりそうです。

 つい先日には、スマホのフリマアプリで急成長しているメルカリが、国内の
IT系学生の獲得競争が激しい中、インドのIT系学生32名を新卒採用したと
いうニュースが報じられていました。スケジュール以外にも、採用環境の変化
を物語る出来事は数多く起こっていますが、それら1つ1つのニュースに惑わ
されず、まずはじっくりと足場固めからと思っております。

show-z
某IT企業で人事担当者として勤務。千葉県在住。

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■「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
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第105回 演技をする、とは自分を知るための探索の旅である

 なぜ、いまこの本を選んだか、それを忘れてしまった。読んで発表しようと
思っている本は、数ヶ月まえから、なんとなく決めているが、今月のこの本に
ついては、いつ、どのような状況で読もうと思ったのか、すっかり忘却してし
まった。ただ、夏は執筆子の中では、シェイクスピアの季節。シェイクスピア
の芝居はなぜか夏に多い気がする。今年も7月8月9月と3ヶ月間シェイクス
ピアの芝居を観に行った。
 それで、今月はシェイクスピアの『リア王』が主役の本なのだ。

『俳優のノート』(山崎努 著)(文藝春秋)(2013年10月10日 文庫新装版)

『リア王』(松岡和子 訳)(ちくま文庫)(筑摩書房)
(1997年12月4日第1刷発行)

 シェイクスピアの作品『リア王』が新国立劇場のこけら落としとして1998年
1月に上演される。そのときの脚本は、松岡和子さんが書き下ろしで訳したも
のだった。書き下ろしの脚本は脚本が完成したその直後(1997年12月)に文庫
で本になっている。この新国立劇場こけら落としでは、この松岡版『リア王』
を使用して、鵜山仁・演出、山崎努・主演で上演された。

 主演(リア王)の山崎努は、準備期間中から、独自の公演日記をつけている。
山崎努は舞台や映画を問わず、覚えのノートを作っている、という。この「リ
ア王」でも山崎はノートをつけていて、それは1997年7月14日の役者、演出家、
制作、主演が揃うミーティングから始まる。以後、公演の千秋楽の1998年2月
3日まで、綿密な記述が続く。この個人的なノートを印刷して本にしてしまっ
た。怪優と云われ、演技力に定評があり、さまざまな監督や演出家から声が掛
かる、一代の名優、山崎努の演技のノート。若い役者にとってはまさに教科書
となり、執筆子のような演劇好きの好事家にとっては演劇という世界をさらに
知り、ますます観劇が楽しくなるための一冊となること請け合いなのだ。

 本書は、松岡版『リア王』(ちくま文庫)も併せて読むことを薦める。とい
うか、役者なら別かもしれないが、一般人はこの松岡版『リア王』が手元にな
いと、山崎努の『俳優のノート』はほとんど意味がない。1998年1月に新国立
劇場で上演された『リア王』の“俳優のノート”だから、その脚本がないと
『俳優のノート』は理解できない。脚本がないと、本書を読んでいてもおもし
ろくない。

 まずは『リア王』を読む。その後『俳優のノート』を読む。『俳優のノート』
を読みながら『リア王』を参照する。だから読み終わるのに結構時間が掛かる。
それでも『リア王』があるとないとでは内容の理解が違う。両書籍を読むこと
についての、欠点をひとつだけ挙げるとすれば、それはこの1998年の『リア王』
を観ることができなかったことに尽きる。読み終わった今、あの芝居を観るこ
とができなかった悔いだけが残った。

 さて、『俳優のノート』である。冒頭にこんな一節がある。長くなるが引用
する。

“俳優にとって、技術の蓄積は貴重である。しかし、その技術が、訳を表現す
る上で障害になることもある。よく通る声、巧みなせりふ廻し、華麗な動きは
たしかに心地よいが、さて役の人物はというと、何も見えてこない。舞台の上
には、得々と演技を披露している俳優がいるだけ、ということがよくある。し
かし観客が見たいのは、俳優ではない。観客は、劇場という非日常の世界で、
今、正にそこに生き生きと息づいている劇中の人物が観たいのだ。”

 俳優とは演技が巧けりゃいいってもんじゃあない、・・・・・らしい。その
俳優は、劇中のその人物になりきらないといけない。あの俳優が演じているん
だ、と観客に思わせてはいけない、と云っている。古今東西、さまざまな巨匠
や伯楽が同じようなことを云っているが、執筆子は本当にそうなのか、と常々
感じていた。しかしながら、現役の俳優が、そう云っているし、この文章は、
なんと早くも本文の2ページ目に書かれているのだ。どうやら、本当のことで、
嘘ではないらしい。

 しかし、それが難しいことは、観客の我々にだってよくわかる。その俳優が
演じているのではなく、劇中のその人がそこに現れていなくてはいけない。我
々観客は俳優にそんなことまで、要求をしているのだろうか。執筆子は、そう
ではない、と思っている。

 我々観客は、あの人の○○が観たい、という出発点があるのだ。わかりやす
い例として、歌舞伎がある。歌舞伎では、その劇中人物を何人もの俳優が演じ
る。そして演じるその俳優によって演じる際の型が違っていたりして、少しず
つその役の印象が違ったものになる。團十郎の大星由良之助がよい人もいれば、
吉右衛門の由良之助を贔屓にしている人もいる。だから歌舞伎は劇中の登場人
物はむろん大切だが、より大切なのは、誰が演じたか、ということだと思うの
だ。実際に執筆子は歌舞伎ではそういう見方をしている。

 一方、歌舞伎ではない演劇(新劇と云ってもいいし、最近はその枠に収まら
ない演劇が多いので歌舞伎以外、というべきか)では、演出家や俳優によって、
演出方法や演じ方がまったく違ってしまうし、伝えるテーマが異なってしまう
場合だってあるわけだ。人はよく「化学反応」という言葉で変化することを表
現する。人が変われば同じ芝居でも変わる。A氏とB氏の会話もB氏の替わり
にC氏になれば、同じ会話でも違った印象になる。そういうのを「化学反応」
というのだろうと思うが、まさにその「化学反応」なのだろう。相手が違えば
リアの演技も違ってくるだろう。ゴネリルやリーガンが范文雀と余貴美子でな
かったら、山崎リアも違ったリアになるに違いない。

 そんなことを思いながら、本書を読み進めていく。

 山崎努は、12月から始まる稽古を前にたっぷりと時間を取って、リアと向き
合い、リアを噛みしめている。饒舌と云ってもいいほど、さまざまな思いを書
き連ねいている。

“リアは捨てていく男である”

“演技すること、芝居を作ることは、自分を知るための探索の旅をすることだ
と思う”

“リアは耄碌しているのだ。・・・順を追ってリアは狂ってゆくが、実は最初
から耄碌しているのである”

“俳優が役を作るときに犯す間違いは、キャラクターに統一をとろうとするこ
とである。辻つまを合わそうとすることである。老人リア・・・、その心の動
きは、かなり脈絡のないものなのである。・・・我々はどうしようもなく統一
のとれない存在なのだ”

“役を生きることで、自分という始末に負えない化け物の正体を、その一部を
発見すること”

“唯我独尊のリアは、長い旅の中で他者を発見し、人が「生まれ落ちる」こと
の悲惨さ、世界の脈絡のなさを知った”

“「牢へ行こう。二人きりで―」とコーディリアと再び一体化することでリア
の旅は終わるのだ”

“しかし、―リアはにたりと笑った。馬鹿め、「何か」なんてあるわけがない
だろう。「何もない」(nothing)。俺は振り出しに戻っただけだ。”

・・・・・

 山崎努は、リアをして、何もないところから始まらせ、そしてあれこれ加え
させしめたが、それもどんどん捨させ、最後はまた何もなくならしめた。そん
なリアを表現してみたのだ。

 本書には、たくさんの人たちが登場する。共演者、制作スタッフ、家族、友
人知人・・・。登場するすべての人たちが山崎努を中心にした同心円状に存在
している。そしてそれら数多の人たちはむろん、それぞれその人の同心円があ
り、それらが互いに影響しあいながら、それぞれを支え合っている。芝居は、
人生は、ひとりでは作れない、ということが執筆子の読後最初の感想だった。

 俳優が、繊細で感受性が豊かで語彙が豊富な人たちだ、ということはよく知
っていた。本書はとても鋭い。人間の営みを月のひかりにもきらっと輝くよう
な鋭利な大鎌で一刀両断にスパッとやってしまい、その本性をむき出しにさせ
てしまうような、そんな鋭さが本書にはある。人間を観察し尽くし、自分の肉
体を使って、人間の本性を白日の下に晒してしまう、俳優という仕事の恐ろし
さをあらためて知った。


多呂さ(輪島が逝ってしまいました。本当に昭和の大相撲が終わってしまった、
そんな感慨に浸っています。)
 ブログ→ http://d.hatena.ne.jp/taro3643/

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・『ヒューマン ― 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510

・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/cogito/%8Fo%94%C5%88%C4%93%E0/%8Ex%82%A6%8D%87%82%A2%81E%8Aw%82%D1%8D%87%82%A2.html

 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
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 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
 まで御自由にお送り下さい。(著者の皆様からの直接の献本はご遠慮くださ
 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

 〒142-0041 東京都品川区戸越5-4-3 アズ品川ビル4階
       ビズナレッジ株式会社内 [書評]のメルマガ 献本 係

2)このメルマガ上で、その本を読んで、書評を書きたいという方を募集します。
 先着ではなく、文章執筆実績と熱意優先で選ばせていただきます。(過去に
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 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 最近、書評の魅力ってなんじゃろな、と考えていたのですが、やはりそれは、
自分がこれまで関心の無かった世界に触れるきっかけになるのかな、と思った
りしました。

 本でもいいのですが、いきなり全く知らない世界の一冊を選んで読むという
のは抵抗があります。

 今回のメルマガでは、今まで触れる機会のなかった演劇の世界に興味を持ち
ました。シェイクスピアの戯曲は、戯曲として本では読んだことがありました
が、舞台はそういえば、『真夏の世の夢』のアレンジ入ったバージョンしか観
たことがなかったなぁ、と。しかも大学生の頃ですから、ほぼ20年前…。

 特に今回、取り上げられている『リア王』は、黒澤映画「乱」のイメージが
強すぎて、原典もあまり覚えていない状態です。

 ばたばたと仕事ばかりの毎日ですが、再読、あるいは舞台を見る機会をつく
れば、自分も「リア充」になれるかな、とちょっと思いました。(ちがう?)
(あ)

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[書評]のメルマガ vol.662

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■■                              vol.662
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■コンテンツ
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★「トピックス」
→ トピックス募集中です

★「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
→ 『ぐうたら人間学』

★「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
→ 『ごはん通』(嵐山光三郎著・平凡社・平凡社ライブラリー)

★「目につく本を読んでみる」/朝日山
→ 『東大教授の「忠臣蔵」講義』 山本博文 角川新書

★【募集中】献本読者書評のコーナー
→ 献本お待ちしています!

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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#99『ぐうたら人間学』

 中学の同窓に、詩人・谷川俊太郎氏の長男がいる。現在ジャズ・ピアニスト、
作曲家として活躍しているようだ。
 当時、彼とぼくに後もう二人を加えた四人、小説の好きな連中が、もそもそ
と中学生男子らしく集まって、くだらないことを話したり、やったりしていた。

 二年生の夏休みだったか。このメンバーで、軽井沢にある谷川家の別荘にお
邪魔することになった。
 その行きか帰りかは忘れたが、電車の旅のつれづれに「小説の定義とは何か」
という、これまた実に中坊らしいややこしい論議が始まったのである。
 諸説入り乱れた後に、一人が、これでどうだ、という決定打を放った。それ
がどんな定義だったかも覚えていないが、みんなそれにほぼ納得した。いい加
減疲れてめんどくさくなっていたのかもしれない。
 ところがそれを発案した本人が、「あ、でも、これだと狐狸庵エッセイが小
説になっちゃう」と言い出して、ふりだしに戻ってしまった。

 いまはもう、「狐狸庵エッセイ」で通じるのも、ぼくから上の世代だけにな
ったのだろうか。
 小説家・遠藤周作が、雅号を狐狸庵と称し、身辺雑記や回想を綴ったエッセ
イのことである。

 ところが、エッセイと銘打ちながら、かなりの確率でフィクションが混ざる。
というか、嘘が多いのだ。
 そもそも、狐狸庵という人物が、等身大の遠藤周作というよりは、多分に誇
張されたキャラクターなのである。その証拠に、表紙のイラストに描かれた狐
狸庵先生は、白髪白髯、和服の老人として描かれており、どこか横丁の隠居の
風情で、ご本人より大分年長に見える。
 それで、エッセイと言いながら、半ば小説のような部分があって、定義が難
しかったわけだ。

 七十年代に大人気を博して、シリーズ化。タイトルに「ぐうたら」という言
葉がキーワードとして使われていたが、それがまさに六十年代の「モーレツ」
に疲れきった時代の気分にマッチしていた。
 田舎道をヒッピーたちがガス欠のクルマを押して歩く石油会社のCMで流れ
た「♪のんびり行こうよ 俺たちは 焦ってみたってむだなこと」という歌や、
「狭い日本 そんなに急いでどこへ行く」というスローガンが人の口の端に上
っていた頃である。

 いま、某カルチャースクールで文章教室の講師をやっていて、今期は随筆を
テーマに、いろいろな本を分析しているのだが、その一冊として、懐かしい
『ぐうたら人間学』を再読した。

 しかし、遠藤周作といえば、エッセイストというよりまず小説家である。
 少し前にマーチン・スコセッシが監督した映画『サイレンス』。その原作で、
江戸時代のキリシタン弾圧に材を取った小説、『沈黙』の方が、読んだのは狐
狸庵エッセイより先だったと思う。

 中学の時、『ジーザス・クライスト・スーパースター』と『ゴッドスペル』
というロック・ミュージカル映画が同時期に公開され、ロック少年でもあった
ぼくは大変な衝撃を受けた。どちらもイエス・キリストの生涯を描いているの
だが、「いや、イエスってかっこいいなぁ」と思ったのである。
 そんな流れで興味を持ったのか、『沈黙』もこの頃に読み、タイトルの意味
を知って深い感動を覚えた。

 その後、『白い人』『黄色い人』『海と毒薬』などを読み、その一方で狐狸
庵エッセイがベストセラーになって、ネスカフェ・ゴールドブレンドのCMに
「違いのわかる男」として作者本人が登場するに至った。

 『沈黙』の遠藤周作と、エッセイやCMの遠藤周作は、とても同一人物には
思えないが、ぼくはあまり違和感がなく、素直に受け入れていたように思う。
 しかし、著者はこの二重人格的な行動の意図について、『ぐうたら人間学』
の中で、若干言い訳っぽく触れている。
 いわく、三年に一度くらいのペースで、深刻かつ小難しい小説を書いている
ので、作者本人もさぞ哲学的でさまざまな問題に悩んでいる人間と思われがち
だが、実際にはくだらないことに喜んでいる俗な男であって、そのことを読者
に知らせたいと思い、狐狸庵エッセイを書き始めたのだそうだ。

 そんな『ぐうたら人間学』であるが、音楽本としては、ふたつのエッセイが
該当する。

 ひとつめは、「私と唄」。
 自分がひどい音痴であることから語り起こし、三浦朱門と組んで唄をつくる
話が紹介されている。

 作家の三浦朱門が作曲をする、というのも意外だったが、もっと驚いたのは、
その歌をつくるきっかけだ。
 狐狸庵先生、ある時テレビを見ていると、「素人が作詩、作曲したものをプ
ロが歌って、それを採点する番組」なるものをやっていて、審査委員に旧知の
曽野綾子が出ていたので、彼女に電話したという。「ぼくも応募しようかなあ」
と言ったら曽野綾子に、「しなさいよ。そして作曲はうちの亭主(三浦朱門)
がしたら面白いわよ」とけしかけられたのだそうだ。

 素人の作った曲をプロが歌う。そんな番組があったのだ。
 シンガーソングライターというものが登場して、職業作家のつくる唄とは違
う、シンプルな音楽がヒットしたことを受けての企画だったのではないだろう
か。
 プロの作詞家や作曲家は、さぞ不愉快だったと思う。
 時代を非常に感じる企画である。

と言いながら、実はいまも、こうしたことは普通に起こっている。インターネ
ットの登場で、素人の楽曲が流通し、そこから新しいソングライターが生まれ
ているからだ。
 その典型が、ボカロPである。

 ボカロは、以前紹介した初音ミクの本にも出てきたが、ボーカロイドの略。
歌詞とメロディを入力してやると、合成音声で歌ってくれるソフトウエアだ。
作曲や編曲はやりたいが自分の歌には自信がないという人のために開発された。
これを使って曲を作り、ネットで公開する人たちを、プロデューサーのPをつ
けて、ボカロPと呼ぶ。
 彼らの中から、AKBに代表されるアイドルたちに楽曲を提供する作家が次
々に現れた。
 いつの時代も、アマチュアからスタートし、プロに育っていく回路は存在す
るのだろう。

 さて、ふたつめは、「パンツの話」である。
 このタイトルから音楽に関係するエッセイとはとても思えないが、実はこの
パンツ、ビートルズのパンツなのである。

 ビートルズが来日した時、ぼくはまだ小学生でまったく関心がなかったが、
ぼくの上のいわゆるビートルズ世代で、武道館に行った人はいまでもそれを自
慢にしている。
 そして、意外なことに、遠藤周作もまた、あの時武道館の客席にいた一人だ
ったのだ。

 もっとも彼はビートルズ・ファンでも何でもない。新聞社から切符をもらっ
て行ったのだ。流行作家というものには、こんな余録があるんだなぁ。
 ただ、このエッセイによると、遠藤周作は自らをミーハー体質と認じ、もし
自分が女だったら、日劇ウエスタンカーニバルに行って、キャーキャーわめき、
テープを投げていたと思う、と書いている。このテープを投げるというのにも、
時代を感じる。

 だが、男に生まれた狐狸庵先生が、武道館で注目したのはビートルズではな
く、ファンの女の子たちだった。
 彼女たちが、始まる前から汗をかき、それが化粧の匂いと混じって眩暈がし
そうなほどだったこと。その汗を拭くのが、「あのトランプの王さまのような
連中(引用者注;ビートルズのこと)の似顔をかいたハンカチ」であること。
ライブが始まるや、女の子たちは「おのが髪をひっぱり、目をつりあげ、もう
精神病院にいる感じだった」こと。終演後も立てない子たちが続出したが、そ
れは興奮のあまりおしっこを洩らしたからであったこと。
 作家の観察力で事細かに見ているが、ビートルズにも演奏にも一言も触れて
いない。

 その後、某新聞に『ビートルズを見る』という随筆を書いた狐狸庵先生は、
ちょっとしたいたずらを仕掛けておく。文末に「私はビートルズたちの泊った
ホテルのボーイと親しいので彼等からビートルズが部屋に忘れたパンツをもら
った。もらったものの、私としては始末に困っている」と書いたのである。も
ちろん、真っ赤な嘘。

 案の定、数日して女の子から電話がかかってきた。

「あの……」
 蚊の鳴くような声で彼女は言った。
「そのパンツ、わたしたち欲しいんですけど」

 狐狸庵先生がどう答えたか。
 それは本書に譲る。


遠藤周作
『ぐうたら人間学』
1976年2月15日第1刷発行
2010年5月14日第53刷発行
講談社文庫

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
先日フェイスブックに、学生時代所属していた音楽サークルの先輩が、「谷川
俊太郎氏に会った」と投稿していました。お元気のようでなにより。息子の方
も元気かな。話は違いますが、ある企業の就職試験で、学科があり、多分40年
ぶりぐらいに割り算を筆算(!)でやりました。目眩がするほど懐かしかった。
きっと計算間違いしてると思うけど。でも、このスキル、いま、要る?

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■「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
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糖質制限時代だから読みたい
炭水化物礼賛本
『ごはん通』
(嵐山光三郎著・平凡社・平凡社ライブラリー)

 最近、おばちゃまが嘆いていること、それは糖質制限。

 テレビの健康番組ではどこも「糖質を減らしてダイエットしましょう」って
言ってる。糖質の代表がなぜか炭水化物になっていて、ご飯を減らせば痩せら
れると本でも雑誌でも言ってます。

 (前にも言ったかもしれませんが)、あのねえ、昔、私たちは狩りにいって
イノシシや兎をしとめて食べてたんぱく質を摂り、どんぐりや栗を拾って炭水
化物を摂って命をつないでいたんですよ。でも、それは不安定な栄養摂取で、
弥生時代になって安定して栄養が摂れるようになったのは稲作のおかげと小学
校で習わんかったんかい!

 それがたった2000年たった今、もう食物が溢れかえっているせいか、お米を
食べないようにしようだって。この恩知らずめが!

 だいたい、生活をしていくことを「糊口をしのぐ」と言いますね。「口に糊
する」とも。この糊とは何あろう、ご飯(お粥)のことなんですね。貧乏でも
やっとお粥が食べられれば生きていけた、その象徴がご飯=炭水化物=糖質な
んですよ。糖質制限なんて言ってるヤツはそのうちバチがあたる・・・・
そんなときに目にしたのがこの本です。

 作者は嵐山光三郎さん。
 嵐山光三郎さんはこの本を出版した平凡社の元社員だそうです。凱旋本って
言っていいのかな?

 昭和軽薄体の代表である嵐山さんが書くご飯の本なので、きっと、「ごはん
がおいしいのでR」なんて軽い感じでご飯のおいしさについて述べているのか
なと思ったんですが、いやいや、本100冊を持って山形の秘湯旅館に泊まり込
んで書いただけあって、内容は「どの米がうまいか」「おにぎりとおむすびの
違い」「粥と雑炊の違い」「ピラフとパエリア」など話がワールドワイドにも
なってて、意外に社会学的っていうか読んでためなり知識が増える系の作品で
した。

 また、よくあるグルメエッセイみたいに、銀座のどこどのの寿司がうまいと
かそこの主人はこういう偉い人だみたいなうんちくも書いてないので、だれで
もラクに読めます。

 ちなみに著者は、「おにぎり」という言い方より「おむすび」が好きで、

「おむすびは、神結びから来た言葉で、人間が両手に米粒を持って、それを心
をこめて結ぶものなのである。むすびの中に霊魂が入り、むすびの中で自然神
と人はむすばれた。(略)それを食する人の身の安全を日本古来の自然神に祈
ったものである」

 そうそう、その通り。おむすびはただの携行食ではなくて、一粒一粒に食べ
る人の愛が込められた魂の食べ物なんですよね。
 だから、母がつくるおむすびはありがたくも、かしこいものなんですよね。

 だから、お米でつくる食品を軽んじたり、制限したりしてはいけないんです
よ。わかったか、現代の日本人!

 「日本人は米の微妙な味がわかる世界有数の民族である。このことは先祖に
感謝しなくてはならない。また、世界一うまい米を生産する民族である。
 ごはんを炊いて蓋を取ると、ふんわり湯気が立ち上り、ほのかに甘く、かぐ
わしい香りがする」

 まあ、1996年発刊の本なのでこのころはまだ、日本にたくさんの外国人が住
んで米食をしていなかったためか、多少、民族主義的な匂いがするのはしかた
ありません。

 しかし、ごはんに関するおもしろい話がたくさん入っているので、もうね、
ぜひ読んで炭水化物に感謝して、炭水化物ダイエットはやめて、明日からごは
んをたっぷり食べていただきたい!とおばちゃまは思うのでした。


大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『東大教授の「忠臣蔵」講義』 山本博文 角川新書

 20年以上前、朝によく泉岳寺にある赤穂浪士の墓に参っていた。東京出張の
定宿にしていたホテルがすぐ近くだったので、朝ホテルを出て行くときについ
でに参っていたのである。

 そこで知ったのは「赤穂浪士の墓には線香の煙が絶えることがない」と言わ
れるのがウソだと言うこと。朝早く出て行くことが多かったからかも知れない
が、線香の煙はよく絶えていたw

 ということで、この本である。帯のタイトルは「時代劇はウソだらけ」「大
石内蔵助は敵をあざむくために祇園遊びをしたのか?」とか、赤穂浪士の討ち
入りの真相を教えますというもの。忠臣蔵が実話を元にして脚色された作品な
のは誰でも知っているが、どこまで真実なのかを知ろうとするのに良い感じの
本である。

 著者の山本氏は東京大学史料編纂所の教授で、江戸時代が専門のようだ。史
料の信頼性も踏まえて書かれていて、おそらく学術的にもこれが定説になって
いるのだろう。

 また、浅野内匠頭が切腹したのは今の新橋四丁目のここだとか、討ち入った
吉良邸と赤穂浪士の監視所であった美作屋善兵衛(神崎与五郎)の店は両国の
ここですよとか、忠臣蔵の重要シーンが行われた場所を地図入りで書いてある
ので、忠臣蔵の名跡を訪ねるのにも便利だ。

 もっとも一部の人には、帯にある「あなたの『忠臣蔵』観がガラリと変わる」
というのは、少々誇張に見えるかも知れない。忠臣蔵が大好きで、忠臣蔵をテ
ーマにした文学作品や映画、テレビ番組をたくさん読んで、見ている人には
「いや、それくらい知ってるよ」と言いたくなるようなところもそれなりにあ
るだろう。

 というのは、忠臣蔵作品をいろいろ見ていると、この本を参考にしているの
ではないかと思える作品がいくつか思い浮かぶからだ。あとがきによると、も
ともと2003年に中経出版から出ていた「忠臣蔵のことが面白いほどわかる本」
の全面的に改稿した本だと書いてある。ここ15年ほどの忠臣蔵が、この本の影
響を受けていても不思議ではない。

 とは言うものの、忠臣蔵を何度も見ている人でも内容の半分くらいは初めて
知ることも多いのではないか?ここを突っ込めば今までとは違う忠臣蔵が描け
るだろうとおぼしきことが少なからず書いてあるのだ。

 個人的に、忠臣蔵で史実とは違う内容として知られているのは、

・浅野内匠頭は名君ではなかった。むしろ吉良の方が慕われていた。
・増上寺の畳替えや垣見五郎兵衛のエピソードなどは史実ではない。
・討ち入り当日に雪は降っていなかった

など・・・他にもいくつかはあると思う。

 しかし、たとえば名君ではなかったと言っても、家臣から嫌われていたなん
て初耳である。江戸家老すら松の廊下の話を聞いて、内匠頭に会いに行こうと
しなかった。だから内匠頭切腹の折、江戸家老は出てこなくて、下っ端の側用
人である片岡が忠臣蔵に出てくるのである。

 内匠頭辞世の句も、でっち上げらしい・・・。んなバカなと思うが、史料を
精査するとそうなるようだから、たぶんこれが正しいのだろう。何よりびっく
りするのは、討ち入りが忠義のためではなかったと言うところだろう。

 当時の武士は太平の世であったとは言え、まだヤクザみたいな気風が残って
いた。赤穂城明け渡しで揉めたのは内匠頭への忠誠心が高かったからではなか
った。

 別に忠義をつくすふりをして再就職を有利にしようとしたとか言うのではな
い。単に武士のメンツを潰されたことに怒っていた。武士たる者、メンツを潰
されて黙っていられるか。たとえ負けるとわかっていたところで戦うしかなか
ろう。相手が幕府?上等だ!とことん暴れて死んでやるわ!

 幕府も淺野家の家臣たちがそんなことを思っているだろうと容易に想像でき
たのだろう。だから赤穂城明け渡しには浅野家の親類にあたる大名を差し向け
ている。他の大名を差し向けたら、血の雨が降るとわかっていたわけだ。

 ほかにも内蔵助の祇園遊びが芸者遊びではなく単なる花見程度のものであっ
て、別に女遊びをしていたわけでもなかったというのも初耳だ。したがってス
パイを欺そうと放蕩していたというのも事実に反する。

 とはいえ大石内蔵助はやはり優秀な家臣であったのは確かなようで、一度と
った血判状をバラバラにして「討ち入りはあきらめた」とウソ言って、怒った
者だけ信用して本当のことをしゃべるとか、芸が細かい。

 そして、なぜあのタイミングで討ち入りをしたのかの言及は、「○○忠臣蔵」
みたいな作品が出るときに使えるだろうなんて妄想したりする・・・誰か書き
ませんかね?

 ま、それはともかくとして、こういうの読むと、忠臣蔵一つをとっても、ま
だまだいろんな解釈ができて、いろんな忠臣蔵を書く余地があるのだとわかる。

 赤穂浪士のやったことは、単なるテロである。赤穂浪士はテロリストである。
忠臣蔵はテロリストを美化しすぎなのかも知れないけども、それはそれで大衆
の琴線に触れるものがあったから今日まで廃れずにいる。

 そんな作品の素材となった人たちの実際について知ることは、ある種自分の
願望を否定されることかも知れない。等身大の赤穂浪士は、自分たちとそれほ
ど変わらない人たちだったのだ。それがわかるようになるだけでも、読む価値
はあろう。


(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・『ヒューマン ─ 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510

・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/cogito/%8Fo%94%C5%88%C4%93%E0/%8Ex%82%A6%8D%87%82%A2%81E%8Aw%82%D1%8D%87%82%A2.html

 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
・筆名(あれば):
・書評アップ先の媒体予定:
・コメント:

 をご記入の上、下記までメールください。

 表題【読者書評参加希望】
 info@shohyoumaga.net

 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
 まで御自由にお送り下さい。(著者の皆様からの直接の献本はご遠慮くださ
 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

 〒142-0041 東京都品川区戸越5-4-3 アズ品川ビル4階
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■あとがき
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 急に気温が下がったのか、室内着を長袖長ズボンに切り替えました。暑さ寒
さも彼岸まで、と言いますが、彼岸を待たずにこれから寒くなるのでしょうか。

 庭では咲き残った朝顔達が、困っている様子です。(あ)

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[書評]のメルマガ vol.661

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■■ [書評]のメルマガ                2018.09.10.発行
■■                              vol.661
■■ mailmagazine of book reviews         [とんでもない夏 号]
■■------------------------------------------------------------------
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■コンテンツ
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★トピックス
→トピックス募集中です。

★「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
→<105>2018年夏の「総括」

★「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
→87 日常と非日常

★「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
→第104回 巡礼と殉教。殉教するために聖地を巡礼した(?)日本人

★「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
→今回はお休みです。

★献本読者書評のコーナー
→書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
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<105>2018年夏の「総括」

 この夏は、とんでもない夏だった。
 夏のしょっぱな、6月にはまず、地震があった。

 地震発生時、わしは戸外にいたのだけど、何やら体がふらふらとして、「お
や?」とまずは自分の脳がどうにかなった、と思ったのだが、ふと見ると傍ら
の電柱が揺れ、電線がビュンビュンとしなっているのに、「あ、地震…」と気
がついた。

 阪神大震災で「震度7」を経験しているので、これくらいなら大したことは
ない(うちの辺りは「震度5弱」だった)、と判断ついて、しばらくじっとし
ていたら揺れも収まったのだが、その後、ニュースなど見ると、大阪、とくに
北摂方面がえらいことになっていた。

 本格的な夏に突入すると、今度は猛暑だ。
 「あっつ〜〜! アッツイぞ〜〜〜っ!」と過ごすうち、大雨は来るわ、台
風は、妙な方向からの奴も含めて続けざまにやってくるわ、富田林の警察は、
とんでもないヤツを信じられんようなポカで逃がしてしまうわ、その最中にま
たやって来た台風は、我が家を直撃しやがって、ベランダからいろんなものを
攫って行きやがるわ、あげくに昼ごろから停電と相成り、すぐに復旧するだろ
うとタカをくくってたら、結局夜の9時頃まで蝋燭で過ごす羽目になったり。
 その後に聞けば、朝まで電気が復旧しなかったところも、近在にはあったら
しい。

 いやはや大変な、ここ2、3日でしたね、と朝のコーヒーを飲もうとすると、
今度は北海道で地震が起こったというニュースが飛び込んできた。
 朝の時点では詳細がよくわからなかったが、時間が経つにつれ、次第にその
被害状況が明らかになってきた。
 震源地付近では「震度7」を記録したらしい。
 被害に遭われた方には、心よりお見舞いを申し上げます。

 災害以外でも、訃報もまたよく聞いた夏だった。

 さくらももこが亡くなったのは、病気だという情報もなかったので、とても
突然でびっくりした。

 さらに、その直後に「大家さん」の訃報を聞いたときには、矢部太郎『大家
さんと僕』(新潮社)を読んだ直後でもあったので、やはり突然で驚いた。

 矢部太郎という芸人をわしは知らなかったのだけど、テレビなどにはちょく
ちょく出てはいるが、あまり売れてない芸人さんらしい。
 その彼が、たまたま新宿区らしい都内の一軒家で二階を間借りすることにな
り、その「大家さん」である93歳の老婆との交流を描いたのが、この漫画。

 わざわざタクシー呼んで伊勢丹まで晩のおかずを買いに行ったり、挨拶が
「ごきげんよう」だったりする大家さんを、人との距離の取り方が苦手だった
こともあり、当初はむしろ避けていた矢部が、最初はぎこちなく、やがて加速
度的に仲良くなって、ついには一緒に旅行にいくまでになる…その過程がほの
ぼのかつ淡々と綴られて、やけに「ほっこり」とした気分にさせてくれるエッ
セイ漫画だ。

 矢部太郎は、「小説新潮」に連載したこの漫画で、手塚治虫文化賞を受賞し
ており、本職の漫画家以外がこれを受賞したのは、おそらく初めてだったんじ
ゃなかろうか。

 以前この欄で取り上げた『サラリーマン山崎シゲル』の田中光もまた本職の
漫画家ではなく芸人だったが、芸人さん、さすがに「間」の取り方がうまい。
 これからもまた、新たな「芸人漫画家」さんが登場するのでは? とも思う。

 鶴谷香央理『メタモルフォーゼの縁側』(角川書店)もまた、老人と若者の
交流を描いた漫画だ。
 市野井雪・75歳は、ある日ふと立ち寄った書店で、「久しぶりに漫画でも読
もう」と、1冊の漫画を買うのだが、「表紙の絵がきれい」という理由だけで、
中身を見ずに買ったそれは、あろうことかBLで、“そういう”漫画の存在すら
知らなかった雪はびっくりするのだが、読み進むうち次第にのめりこみ、すっ
かりハマってしまう。

 雪がBL漫画を買った店のアルバイト・佐山うららは、ややコミュ症気味な女
子高生。
 いわゆる“腐女子”でもあり、自分もその世界にのめりこんでいるBL漫画を
買った雪が、とても気になっているのだが、なかなか声をかけられない。

 が、やがてこの二人が近づき、BLを通して親密なお付き合いをすることにな
っていくのだが、矢部太郎の『大家さんと僕』同様に、世代も価値観も違う二
人が、度々「ズレ」を起こしながらも、ある共通の事象を通じて親密になって
行く過程が、すごく面白い。

 『メタモルフォーゼな〜』では、一話ごとに、例えば一人暮らしの自宅で書
道教室を開いている雪さんだが、ただ今は外国人と結婚し、パリと思しきヨー
ロッパに住んでいる娘がいることや、うららの両親は離婚していて、現在は母
親と二人暮らしなこと、父親とは月に一度「デート」する関係みたいだ、等々、
双方のバックグラウンドが、「ちょこ」「ちょこ」と小出しに開示されてきて、
ますますこの二人への興味が募る趣向。ただ今は「1巻」だけなのだが、早く
も2巻の発売が待ち遠しいのである。

 「異世代交流」は、これからの漫画で、一種の「トレンド」になっていきそ
うな気もする。

 と、この夏の漫画に関する話題を「総括」してきたわけだが、タイトルも含
めて、「総括」とカッコで括ったのが、実は本題への伏線なのだった。

 ワタクシ的に、この夏最大の「事件」は、山本直樹『レッド 最終章 あさ
ま山荘の10日間』(講談社)が発売になり、これで12年間に及んだ『レッド』の
シリーズが完結したこと、これに尽きる。

 1969年の「羽田闘争」から、「山岳ベース」での活動により、4人目の犠牲
者が出る「1971年12月31日」までを描いた『レッド』(全8巻)。
 そして、「総括」という名の壮絶なリンチによって、さらに犠牲者を増やし
ながら、山岳拠点を転々とするも、遂に警察の網にかかり、最高幹部を含む4
名が逮捕された後、山岳を放棄し残ったメンバーで「あさま山荘」に向かおう
とする「1972年2月17日」までが『レッド 最後の60日間そしてあさま山荘へ』
(全4巻)。

 2006年、講談社「イブニング」で連載を開始して以来、12年の時をかけて、
30人以上のメンバーたちをひとり一人、事実と時系列に沿って、愚直なまでに
地道にコツコツと、4年間に及ぶその群像の行動を追ってきた。
 その最後の「10日間」」を描いた「最終章」は、しかし、だからと言って物
語が高揚する部分もなく、これまでと同じく淡々と事実関係に沿って物語が進
み、淡々と人が死に、淡々と終結を迎えて終わる。

 『レッド』シリーズでは、作中でキャラクターに付された「1〜15」の番号
が、物語中で死ぬ順番を示していたのだが、これまで「15」までしかなかった
それが、『あさま山荘』に至って、いきなり「16」が登場し、さらに山荘を取
り巻く機動隊員に「17」「18」の番号が付されてあるのを見て、「はっ」とし
た。

 「15」以降の人物にも、同じ続き番号を付すことで、山本直樹は、若松孝二
の映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』とも違う、そして当然、元警
察官僚の佐々淳行原作の『突入せよ!あさま山荘事件』とも違う、独自の立ち
位置と視点を確保したのではなかろうか。
 すなわち、警察に代表される官憲、「犯人」側の連合赤軍、どちらの「側」
にもつくことなく、あくまで客観としての「事実」だけを並べていく。

 『あさま山荘の10日間』巻末には、当時のメンバーの一人、「岩木こと植垣
康博」が、「この作品のすごいところは、事実を無視した創作が持ち込まれて
いないことである。」との文章を寄せているが、それは、この作品への最大の
賛辞であり、また、これがきわめて良質な「記録漫画」である証しである。

 この作品が、平成最後の年に完結した、というのも、何か意味がありそうに
思えてくるのだが、ともかく『レッド』は、平成時代の漫画界が生んだ最高傑
作であるのは、まず間違いがない。

 とくに、若い世代には、ぜひともにこれを読んで欲しい、と思っている。
 彼らが「山岳ベース」の中でやっていたことは、現在の「なにか」と同じ構
図だと、少し読み込めば容易に見えてくるだろう。

 『レッド』、100年後にも読み継がれて欲しい漫画、でもある。


太郎吉野(たろう・よしの)
 2011年に神戸から西宮へ引っ越して、ただ今のホームグラウンドは甲子園。
右投げ右打ち。掛布二軍監督はひとつ年上の同級生。

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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87 日常と非日常

 豪雨、台風、酷暑、そして地震。立て続けに日本のあちこちを襲う災害、被
災地のみなさまに心からお見舞いを申し上げます。これからの復興に向けて、
心身共に疲れがでてくると思います。休めるひとときが少しでも長くあります
ように。

 大きな災害がおきると、当事者ではなくても何かできることはないだろうか、
こんな事が起きるなんてと心を寄せる人は何かしら共に傷ついていると思いま
す。

 今年2月に地元の博物館で「語りがたきものに触れて」というクロストーク
イベントに参加しました。そのとき、久保田翠さん(認定NPO法人クリエイ
ティブサポートレッツ理事長)が、東日本大震災で傷つかなかった人がいるの
でしょうかと話をされ、ああ、そうだと深く納得しました。

 私は震災から数年にわたって、本を以前のように読めなくなりました。心に
すっと入らなくなり、読むのに時間もかかるようになりました。

 なので、今回はどの本について書こうかいろいろ悩みました。
 思いついたのがこの本です。

 このメルマガでは8年前にも一度ご紹介したe.o.プラウエンのマンガが、今
年、岩波書店から新装版で刊行されました。

 『おとうさんとぼく』e.o.プラウエン 岩波少年文庫

 1985年に2冊組で刊行されたものを、内容を一部変更し1冊の形になってい
ます。

 言葉のないコママンガです。
 おとうさんとぼくの2人の何気ない日常が描かれ、言葉がなくてもやりとり
の意味はよくわかるものばかりで、読んでいるとクスクス笑いがこぼれます。

 おとうさんはぼくが大好きで、ぼくもおとうさんが大好き。
 仲良しのときもあればケンカするときもある。

 ぼくが読んでいた本をおとうさんが背中ごしに読み、そのうち夢中になった
おとうさんが、本を手によみはじめ、いつしか、ぼくがおとうさんの背中ごし
に本を読んでいます。立場が逆転してしまうほど、夢中になるおとうさんはま
るで子どものようです。

 夏休みをスペシャルなものにしようと、眠っているぼくをどこかに連れ出す
おとうさんも、何より自分が楽しみたいのではとそのワクワクぶりが伝わって
きます。

 どのエピソードも、ユーモアたっぷり、愛情たっぷり。
 
 いつ読み返しても夢中になれる、大好きなこの本を高校生の時以来、30年以
上何度も読んできました。心がざわついたときに読むとすっと落ち着けます。

 新装版にも上田真而子さんの解説が掲載され、それに加え、エーリヒ・ケス
トナーによるプラウエンについた書いたエッセイも入りました。どちらの文章
もこのマンガが書かれた背景について深く考えさせられます。

 プラウエンはナチスの時代に生きた作家です。
 上田さんの解説にはこう書かれています。

「世の中が刻々ナチスのかぎ十字とかっ色の制服にぬりつぶされていったあの
暗い時代に、いっときにしろ、自然に、自由に、心の底から笑えるものに出会
ったよろこびを、いまも回顧する年配のドイツ人が少なくありません。『おと
うさんとぼく』は全体主義の中で人間性をおしつぶされていた1人1人が、ほ
んとうの人間に出会えてほっと一息つけるオアシスでした」

 プラウエンの『おとうさんとぼく』が私にとって特別な本になったのは、上
田さんの文章があったからでもあるのです。
 その上田さんも昨年暮れに逝去され、さみしい限りですが、翻訳された本や
解説を書かれたを本を含め、これからも読み継がれていくことでしょう。

(林さかな)
会津若松在住
http://1day1book.strikingly.com/

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■「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
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第104回 巡礼と殉教。殉教するために聖地を巡礼した(?)日本人

 朝日新聞の土曜日別刷版「Be」6面から7面に「みちものがたり」という
エッセー記事がある。さまざまな道について、そこを歩いた特定の人物やそこ
に伝わる伝説などを紹介している。今年の6月のある土曜日の「みちものがた
り」は、「ペトロ岐部、殉教への道 大分県「司祭になる」一路ローマへ」と
いう見出しで、17世紀に大分県国東半島出身のペトロ岐部という人が、はるば
る海を越え砂漠を渡りエルサレムを巡礼し、そしてローマで司祭に叙任され、
再び海路日本へ戻り、最期は火刑に処せられた、という内容が書かれていた。

 執筆子は不勉強で、このペトロ岐部という人のことをこの記事を読むまで知
らなかった。彼はとてつもない苛酷な人生を送った人だった。

『銃と十字架』(遠藤周作 著)(小学館P+D BOOKS)(小学館)
(2015年11月13日電子書籍版発行)
『殉教者』(加賀乙彦 著)(講談社)(2016年4月25日発行)

 両書籍ともペトロ岐部を扱った小説である。著者はふたりともカトリックの
洗礼を受けたクリスチャンである。

 徳川家が政権を握り、統一政権を樹立した時代に、キリスト教は禁制であり、
キリシタンは追放される。ペトロ岐部も日本から追放されたのち、はるばる聖
地エルサレムの巡礼を成し遂げ、さらにカトリックの総本山たるローマまでた
どり着き、司祭に叙任され、殺されることがわかっている日本へ戻る。そして
実際に処刑された。

 ペトロ岐部カスイ(本名:岐部茂勝)。
 1587年(天正15年)豊後国国東郡にて豪族の長男として出生。両親ともにキ
リシタン。
 1600年(慶長5年)、13歳の時に有馬のセミナリオに入学。
 1612年(慶長17年)と1613年の江戸幕府による禁教令により、日本国内での
布教は全面的に禁止。
 1614年、ポルトガル領マカオに追放される。
 1616年、マカオを発つ。翌1617年にポルトガル領インドのゴアに到着。
 1619年の年初に、エルサレムへの巡礼を経て、ローマに向かうべくゴアを出
発。同年5月、聖都エルサレム着。
 1620年、大都ローマに到着。このローマでカトリック司祭に叙任された。
 1623年、リスボンから喜望峰を回り、1624年にゴアに辿り着く。
 1625年、ゴアからマニラへ向かい、さらにマカオに到着。
 1627年、マカオからシャムのアユタヤに向かう。
 1629年、アユタヤからマニラへ。
 1630年、マニラから日本へ出発する。7月中旬、薩摩国坊津着。さらに長崎
へ。
 1633年、陸奥国伊達藩へ移動。
 1639年、捕縛。江戸へ護送ののち、同年7月4日腹を火で炙られ殉教。享年
52歳。

 このように淡々と彼の行動を記載してみて、そこにさまざまなドラマがある
だろうということは想像できるが、それが実際にどんな様子だったのかは、残
された資料がすくないこともあり、想像するしかない。
 しかし、ものがたりを紡ぐ小説家は、彼、ペトロ岐部カスイの人生を想像の
帆を膨らませて、見事に再現した。

 遠藤氏の『銃と十字架』では、キリスト教が西洋諸国による植民地支配の尖
兵となっていることとそれでも純粋に信仰心を持って教えに殉じようとする日
本人の姿。そのふたつの要素をあぶり出している。バテレン追放令によって、
日本からマカオに脱出したことの負い目。日本に残って布教活動をしている仲
間はたくさんいたが、彼、岐部は結局、迫害から逃げたわけであり、その汚名
をそそぐためにローマまで行き、司祭叙階され、日本に戻り殉教する。彼の殉
教は、その負い目ばかりではない。西洋の植民地拡張主義とキリスト教が同じ
ではない。ということを証明しようとして日本に戻ったのだ。キリスト教は純
粋な宗教であり、日本人でも信仰を持って殉じることができる、ということを
訴えるために殺されることがわかっている日本に戻った。題名の銃は植民地拡
張主義の象徴であり、十字架は純粋な信仰の象徴である。

 加賀氏の『殉教者』は純粋な信仰心を全面に出して、さまざまな差別や迫害
に耐えて本物の信仰心を持っていることを証明しようとした主人公、岐部の姿
を描いた。マカオのイエズス会では、日本人だから、という理由で叙階を拒否
された。ならばローマで叙階してもらおうと壮大な計画を立てて、実行してし
まう。17世紀に日本からローマまで自力で行った日本人はそれほど多くはない。
そして岐部をしてそれをさせたもうたのは、ひとえに信仰心であろう。マカオ
での辛酸やゴアでの憔悴。そして砂漠を越えてエルサレムや死海での高揚感。
さらにローマでの安堵と静謐な勉学の日々。さらに帰国を決めてリスボンから
の帰途での苦労。その帰途は筆舌に尽くしがたいものだったようだ。海と密林
と砂漠と都市と。異文化の中に身を置きながらも自分を忘れずに、日本で待っ
ている信徒たちと共に生きていきたい岐部の精神力が日本まで彼を辿り着かせ
た。九州での布教が難しくなると、彼は仲間とともに奥州仙台藩に潜入して布
教活動をしている。しかし1637年(寛永14年)の島原の乱が国内で残ったキリ
シタンたちにとって致命的な出来事になってしまった。単純な農民による一揆
がキリスト教と結びついていると幕府は早合点をして、さらに念には念を入れ
た大弾圧を行った。仙台藩でも同様。捕まるのは時間の問題となり、ついに密
告により捕まってしまった。江戸に送られ壮絶な拷問の末、岐部は腹を火で炙
るという残酷極まりない刑罰で処刑された。

 なによりも優先される信仰心とは一体なんなのだろう? 生き続けることよ
りも殉教することに価値を置かなければならなかったこの時代に生まれてしま
った不幸、ということだけで片付けてしまうことはできないほど、このテーマ
は重い。


多呂さ(すごい夏でしたね。暑さはともかく、災害がこんなに身近に感じられ
るとは。)
 ブログ→ http://d.hatena.ne.jp/taro3643/

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・『ヒューマン ― 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510

・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/cogito/%8Fo%94%C5%88%C4%93%E0/%8Ex%82%A6%8D%87%82%A2%81E%8Aw%82%D1%8D%87%82%A2.html

 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

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6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
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 こちら、今日は何やら曇天で涼しい一日なのですが、大雨でも降るのではな
いかと少し警戒してしまいますね。

 台風や地震以外にも、うちの近所では今年は雷雨が多く、瞬間的な停電を何
どか経験しました。

 今年はこれからの台風や大雪にも、警戒が必要かもしれませんね。(あ)

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■コンテンツ
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★「トピックス」
→ トピックス募集中です

★「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
→ 『音楽はなぜ人を幸せにするのか』

★「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
→ 『泣いた赤おに』(浜田広介・著)

★「目につく本を読んでみる」/朝日山
→ 『みんなちがって、みんなダメ』中田考 ベストセラーズ

★【募集中】献本読者書評のコーナー
→ 献本お待ちしています!

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
└──────────────────────────────────

 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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#98『音楽はなぜ人を幸せにするのか』

 前回『透明人間の告白』を取り上げ、窮地に立たされた主人公がハイドンを
聴いたことに違和感を覚えたと書いた。そんな時にハイドン、聴くかなぁ、と。

 とはいえ、じゃあ、自分だったら何を聴くだろう、と考えてみれば、案外答
えるのが難しく、「少なくともハイドンじゃない」としか言えない。
 それは、そもそもどうして音楽を聴くのかが曖昧だからではないのか、とい
う気がした。

 そこで、本書『音楽はなぜ人を幸せにするのか』を手に取ってみた。

 ほとんどタイトルだけのチョイス。著者・みつとみ俊郎についてもまったく
知らない。本書の紹介によると、青山学院大学卒、渡米して南イリノイ大学と
ミシガン州立大学で音楽を学び、帰国後はスタジオ・ミュージシャン、作曲家
として活動しているという。

 読んでみると、文章的に少々問題もあるし、いろいろな問いを設定するもの
の、結局その答えがわかりづらかったりもする。
 しかし、逆に言えば、音響学的な視点、心理学的な視点、音楽史的な視点、
医学的な視点、脳生理学的な視点と、実に多彩な知識を駆使して、広範な角度
から音楽を聴く理由について考察しているがゆえのわかりにくさでもある。

 そうなのだ。一口に音楽を聴く理由と言っても、こんなに多様なアプローチ
があるのだ。本書を読んで一番心に残ったのは、実はこれだった。

 音楽療法のように、具体的なメリットを期待して研究する人たちがいる。
 新しい音楽を創造しようとする、音楽家たちの哲学的な問いかけがある。
 音だけではなく、匂いや触覚も含めて、人間の感覚や認知機能に迫ろうとす
る学者もいる。
 それだけ、音楽は謎の深いものなのかもしれない。

 そうした議論の筋道は、本書を辿っていただくとして、ここで一足飛びに、
ぼく自身の問い――人はなぜ音楽を聴くのか――に対する、著者の結論を書い
てしまうと、「音楽は異世界への鍵だから」ということになる。

 あのー、最近NHKでやっている『チコちゃんに叱られる』という番組、ご
存知?
 永遠の5歳という設定の少女キャラ・チコちゃんが、大人に素朴な質問をす
る。大人たちはあまりにも素朴すぎて答えられず、「ボーッと生きてんじゃね
ぇよ!」と叱られる、という番組だが、じゃあ、答えは何?という段になって、
チコちゃんは常に判じ物めいた答え方をする。もちろん、視聴者の「え? ど
ういうこと?」という好奇心を煽り、回答VTRに繋いでいくレトリックなわ
けだが、この「音楽は異世界への鍵だから」という答えも、それに類する判じ
物めいたところがある。

 くわしく見ていこう。

 まず著者は、「異世界」にはふたつの意味があると言う。

 ひとつは、恐ろしい世界。死の予感を孕んだ不浄の世界である。
 しかし、そこへどうしても行かなければならない時が、人間にはある。そう
いう場合、人はどうするか?
 自らを鼓舞するために、歌うのである。

 その端的な例として著者は、子供の頃、夜、トイレにひとりで行くのが怖か
った経験を挙げる。その恐怖を克服するために、歌をうたったと。
 確かに、夜のトイレが怖かった覚えはぼくにもあるが、しかし歌ったという
記憶はない。だって、他の人が起きちゃうでしょう。

 まあ、それでも言わんとするところは理解できる。
 トイレは不浄の場所であり、忌避される。そこには根源的な恐怖がある。だ
から学校の怪談で、花子さんがいるのはトイレでなければならない。
 しかし、そこは同時に、行かなくてはならない場所でもある。特に夜、おね
しょを避けるためにはどうしても行かなくてはならない。
 そこで、自らを励ますために歌をうたう。その気持ちはわかる。

 そう言えば、景山民夫のホラー小説にも、主人公たちが怪物と対決するため
に、深夜のプールに行くシーンがあった。ちなみにアメリカのホラー映画でも、
最終対決の場所がプールというのは実に多い。江戸時代の幽霊が出没したのも、
川縁の柳の下だ。異形のものは湿気を好む。これは洋の東西を問わず、真実な
のかもしれない。

 それはさておき、いざ出陣という時、既にいい大人の主人公たちは、歌をう
たうのである。
 しかも、曲は『ミッキー・マウス・マーチ』。
 能天気なほど明るいあの歌が、彼らに怪物と対峙する勇気をくれるのだ。

 つまり、人は恐ろしい異界に敢えて立ち向かう時、音楽を必要とするわけだ。
これはまさに、『透明人間の告白』の主人公がハイドンに求めたものだろう。
 舞台となるニューヨークはごく普通の都会であるが、自分が異分子である透
明人間になった瞬間に、そこは異界へ変貌する。
 だから、この街でなお生きていこうとする勇気を、主人公はハイドンに求め
たということだ。
 さほどハイドンを聴いていないけれど、例えば『トランペット協奏曲』辺り
であれば、辛うじて『ミッキー・マウス・マーチ』的な鼓舞する力はあるかも
しれない。

 一方、もうひとつの異界とは、祝祭的な儀礼空間である。
 古代から、ハレの儀式に音楽は欠かせないものだった。中国では礼楽が整備
され、それが日本に伝わって雅楽となった。ヨーロッパではグレゴリオ聖歌が
キリスト教的な天国の表現として発展し、クラシック音楽の礎になっている。
 神的な異世界へ通じる扉を開けるために、音楽が必要だったのである。

 現代でも、大掛かりなロックフェスは、ひとつの祝祭空間と言っていい。宗
教を失いつつある現代人は、宗教儀礼の代わりにフェスを生み出したのかもし
れない。

 そもそも、音楽の起源には、神秘の感覚が横たわっていると思う。
 洞窟で声を出した時、思いがけず複雑に反響したり、小さな骨の欠片を叩い
た時、予期しないほど綺麗な音がしたり。そんな経験は古代人にとって、ひど
く神秘的に響いたのではないだろうか。

 そして、その感覚は今でも生きている。ぼくもギターを何気なくいじってい
て、思いがけず不思議な和音を探り当てたりすると、ちょっと神秘を感じるこ
とがある。
 そうした、音そのものの魅惑が音楽の根底にはあり、そこから宗教儀礼まで
はほんの一歩の距離なのだ。

 しかし、音楽が「怖い世界」と「神秘的な世界」ふたつの異世界への鍵だと
しても、やはりある人生の瞬間に、誰のどの曲を必要とするかは人によるし、
そのメカニズムはやはりわからない。

 音楽は謎であり、だからこそ魅惑的なのだろう。


みつとも俊郎
『音楽はなぜ人を幸せにするのか』
発行 2003年5月15日
新潮選書

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
4月頃、8月くらいには再就職先も決まっているんじゃないかと根拠なく思っ
ていましたが、未だ浪人中。でも、いつしかこの生活にも慣れてきて、焦りは
まったくありません。いいことなのかどうか。先月は人のバッキングを頼まれ
て、『愛燦燦』のギターを弾いたのですが、Youtubeの映像を流しながら練習
していて、驚いたのは美空ひばりのタイム感。バックの演奏に対して相当遅い
のですが、まったくモタることがない。ちょっとビリー・ホリディを連想しま
した。改めて、すごい歌手だなあ。

----------------------------------------------------------------------
■「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
----------------------------------------------------------------------
失ってからわかる大事なこと
『泣いた赤おに』(浜田広介・著)

 元スマップの中居正広君が「BEST FRIEND」を歌うと泣いてしま
うように、だれにも触れるとなぜだか泣いてしまうコンテンツがあるのではな
いでしょうか? おばちゃまの場合は童話の『泣いた赤おに』(浜田広介)で
す。理由はわかりませんがなぜか最後のシーンになると必ず涙腺が緩みます。
最近、おばちゃま、自分が青鬼になるかも・・・なシチュエーションが起きた
こともあり、久々にこの作品を読み返してみました。

 『泣いた赤おに』のストリーはご存じですよね。ある村に赤鬼が住んでいて
人間と仲良くしたいのに、村人は鬼というだけで恐れて近寄ろうとしない。へ
こんでいると、友だちの青鬼が来てプレゼンする。それは青鬼がわざと村人に
乱暴をして、それを赤鬼が助けることで、村人の信頼を得ようという作戦。作
戦はうまくいって赤鬼は村人と仲良くなれるのですが、ある日、ふと青鬼が心
配になって彼の住処に行ってみると、だれもいなくて「あなたと仲良くすると
村人に作戦がばれるから僕は長い旅に出る。君は村人といつまでも仲良くして
ください」という手紙が残してありましたというお話。

 正直言いますね。今回、読むたびに泣いていたのに泣きませんでした。年齢
を重ねてもう涙も乾いてしまったのか、私。もう感情さえも干上がってしまっ
たのかと不安になりましたよ。

 でも別の面も見えてきました。若いころこの話を読むたびに泣いていたのは、
強いて言えば青鬼の友だちを思う気持に共鳴して感情が揺さぶられたのだと思
います。仲良しの鬼の窮地を身を呈して救い、自分は姿を消すという自己犠牲
精神に泣けたのだと分析するわけですが、今回読んだら、赤鬼の心情に共鳴し
てしまいました。

 赤鬼、不器用なんですよね。村人と仲良くなりたいのにうまくなれない。そ
の前に、鬼なのに人と仲良くなりたいと望んでいる。おもてなしのセンスやイ
ンテリアの知識があり、高級なお茶やお菓子を用意する財力がある。(財源ど
こ? 他からの略奪?笑)。このアンバランスな望みを傍で見ている青鬼はた
ぶん、人と仲良くしようとも思わず、自分のテリトリーで行動しようとする常
識人だと思います。

 しかし、赤鬼にあふれるばかりの友情を持っていて、もしかしたら心のどこ
かで彼自身も村人との異種コミュニケーションを望んでいて、友だちの身の丈
に合わない望みをかなえようとしたのではないでしょうか。では、なぜ青鬼は
赤鬼に二度と会えないように長い旅に出たのか、それがこの童話の最大のポイ
ントですね。

 青鬼はたぶん、友だちを助ける力量があるぐらいなので、人間力というより
鬼力がありますから、遠い町でもやっていけるでしょう。

 しかし、赤鬼はそれができません。そして若干、無理な背のびをしている。
今回読んで一番気になったのは赤鬼のムリなコミュニケーションですね。
 
 赤おには自分でお茶をだしてきました。おかしも自分で運んできました。な
んとおいしいお茶でしょう。なんとおいしいおかしでしょう。
 これまでこんなにおいしいおかしをたべたというものが、ただのひとりもい
ませんでした。
 
とあります。「え?村人、お茶とおかしが目当て?」 長い目で見たら赤鬼の
不器用なコミュ力がもつかどうかは疑問です。それでも人と仲良くなりたい赤
鬼の心情もせつないのですが、もっとせつないのは、自分を思ってくれる本当
の友だちは青鬼であるとわかったときにはもう、その人はいないということで
すね。

 これは人と人が(鬼と鬼が)別れていく物語。

 そして、本当に大事なことは失ってからわかる。

 赤おには、だまってそれ(手紙)を読みました。
 二ども三ども読みました。戸に手をかけて顔をおしつけ、しくしくとなみだ
をながして泣きました。

・・・いろいろ思い、やはり今回も涙腺が緩んでしまいます。


大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『みんなちがって、みんなダメ』中田考 ベストセラーズ

 サブタイトル「身の程を知る劇薬人生論」である。「身の程を知る」と「劇
薬人生論」って矛盾しているじゃ?なんて事も思うが、書いているのは、あの
中田考センセである。

 イスラム法学者にしてカリフ制復興を主張するアジテーター。そして公安が
周囲をうろうろする「危険人物」が書いているのだ。ひとくせも、ふたくせも
ある内容に決まっている。

 果たして内容は、冒頭いきなり。「人間はみなダメです」と書いてある。た
とえぱ、「炊事場の奥にしまってあった、わさび茶漬けの素を食い散らかした
憎きネズミが今どこにいるのか、どうすれば退治できるか」こんなことすらわ
からないと言う。

 そのこころは、「私たちは自分が本当に知りたいことを、何か一つでも知っ
ているでしょうか?」ということ。すぐそばにいるネズミ相手でもろくな対処
ができないのに、社会がぁとか言ってるのってアホちゃうかというか、アホだ
ろということ。

 だからいって、人間はダメな存在なのかというと、そうではない。ネズミに
は微分方程式も万有引力の法則も知らないが、どうやって生きていけばいいの
かは知っている。しかし人間は、ネズミも知っていることを知らない。知るべ
き事を知らない者はどんだけ知識を持っていようがバカであると中田先生は言
うのである。要は生きて行く方法だけは知っておけってことですね。それだけ
分かっていれば、賢く生きて行ける。

 で、だったら賢くなる方法を教えてくれるのかというと、さにあらず。そう
ではなくて、ダメなりの生き方を教えようとするのが、この本の内容だ。

 結論を言ってしまうと、一部の天才肌の人は別として、人は「周囲の真似を
して」「親分についていく」のがいいという。いわゆるリベラルが嫌う生き方
だ。なぜそんな生き方がいいのかと言えば、自己承認要求などを持たず、身の
程を知る生き方が平安に生きる最もよい方法だからである。

 そうした考えの背景にあるのは、中田先生のことであるからイスラムの教え
なのだけども、同時にリベラル、ないしは自己啓発に対する猛烈な反発がある。
リベラルは能力のない者に「あなたは有能だ」とささやいて人を不幸にしてい
る。たとえばミミズに「おまえは蛇だ」と吹き込んで、蛇同様に土の中から地
表に出て行けと言う。そのことばを信じて地表に出たミミズは蛇に喰われる。
そんな風になるくらいなら、地中に隠れてろよというわけ。

 もう、夢も何もあったもんじゃないけども、筋は通っている。で、ここで納
得してしまうと、「あなたが不幸なのはバカだから」とか「教育(学校)は洗
脳だ」とか「ヤズィーディ教徒は滅んでもかまわない(滅ぼすべきだと言って
いるのではない)」とか刺激的な文章が並ぶ。民主主義とか自由にも批判的だ。

 そして、最後に、おそらくはセールス上の要請からだと思うが、ベストセラ
ーになっている「きみたちはどう生きるか」を読むとバカになると断じるので
ある。

 コペルニクスになれそうもない連中にコペルニクスになれというのは人を不
幸にすることだ・・・そもそも、この本の書かれていた時代と今は違う。にも
かかわらず、自己啓発としてこういう本を発掘してくるのはよくないと断じる。
要は承認要求なんて持たずにいるほうが幸せだと言うことだ。当然自己実現な
ど不要である。

 読んでいて、こいつは何を言い出すんだと思う人も出てくると思うが、実際
そういう生き方をしていて幸せな人は世の中にたくさんいる。いや、ほとんど
がそうだと言ってもいいかもしれない。

 日々の仕事を人並みにこなし、本などほとんど読むことないから、モノを考
えることもない。仕事を終えたらテレビのワイドショーやレンタルビデオなど、
そのへんに転がっている娯楽を楽しむ。

 周囲と同じことをしていたら、波風は立たないし、難しいことは「えらい人」
が考えてくれるから精神的にもラクである。

 もっとも、これを突き詰めれば、周囲や上の言うことに疑問をもたない人間
になることこそ良い生き方になる。となると、周囲や上が悪ければエルサレム
のアイヒマンみたいな凡庸な悪に染まってしまうことも危惧されるのだけど、
今の日本でそんなことになるとは思えない。過激行動に出る者は、思想が何で
あれ排除されるからだ。

 そんなことを考えると、いわゆる向上心を持つことが人に不幸を強いること
になるというのは、確かに一定の説得力はあるように思う。

 しかし、そうであるなら、本を読むことに何の意味があるだろうとも思うけ
ど、現実には向上心のある人は本なんて読まなくても向上心を満たすべく努力
はしているだろう。

 と、そこまで考えて気が付いた。自分が出来ることをするのは良いのだ。し
かし自分の能力を超えた向上を目指そうとするからしんどくなる。要は身の程
を知れと言うことなんだなと思っていたら、よく読めばそう書いてある。

 向上心を否定しているようで、実際は向上心を持ってもいいが、無理なレベ
ルまで目指すなということ。自己啓発を否定しているようで、実際はそうでは
ない。

 「劇薬人生論」ということだが、実際は正統派の人生論の本である。


(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・『ヒューマン ─ 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510

・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/cogito/%8Fo%94%C5%88%C4%93%E0/%8Ex%82%A6%8D%87%82%A2%81E%8Aw%82%D1%8D%87%82%A2.html

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■あとがき
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 お盆あけたらずいぶん涼しくなりました。暑さが恋しいなんてことはないで
すが、このまま一気に秋になるのでしょうか?

 季節の変わり目、体調も崩しやすいかと思います。御自愛ください。(あ)

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[書評]のメルマガ vol.659

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★トピックス
→トピックス募集中です。

★「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
→<104>「関西りゃくご」についての一考察

★「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
→86 空は高く青く、夜空には星がまたたく

★「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
→第103回 読書をする意味。人はなぜ読書をしなければならないのか。

★「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
→人事の超プロが明かす評価基準(西尾太著 三笠書房 2015/11/18)

★献本読者書評のコーナー
→書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 人間総合科学大学 金子様、井上様より、下記の書籍の献本を頂戴しました。

 久住眞理/久住 武・著『ヒューマン ― 私たち人類の壮大な物語』
 (発売:紀伊國屋書店  発行:人間総合科学大学)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
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<104>「関西りゃくご」についての一考察

 年年歳歳、夏という季節への「イヤ!」度が増してくる。
 「夏」とか「夏休み」というフレーズに胸躍らせ、ワクワクしていた時代も、
確かにあった。確かにあった…が、それはすでに遠い昔の記憶だ。

 いつごろからですかねえ? 夏が、一年で一番イヤな季節になったのは……

 今年はまた、例年になく暑さが厳しく、最高気温「40℃超」という地域が続
々と出現しているし、京都では、「最高気温38℃以上」という日が、7日間に
わたって続くという異常事態が出来した。
 大阪でも神戸でも、天気予報で「猛暑日」のマークがつかない日はない、と
いうこの7月から8月。

 ふと思い出してみたのだが、わしらが幼少のみぎり、気温が30℃を超えると、
「ふえ〜〜〜っ! 30℃!」と皆でたまげていたのだ、確かに。
 あの頃は、30℃が「暑さの限界点」で、それを超えて「35℃」とかになると、
それはもう限界を超えた「異常な暑さ」と認識されていた、と思う。

 「日射病」というのはあったが、「熱中症」というのは、認識されてなかっ
たし、そもそもそんな「病名」すらも存在しなかった…と思うのだけど…あっ
たのかな?

 その暑いさなかに、今年もまた甲子園では夏の高校野球が開幕した。
 今年は「100回記念大会」とのことで、史上最多56校が出場して、賑々しく
も始まった開会式では、式典の途中で「熱中症対策」もとられていたようだ。
 しかし、わざわざ式を中断して「給水タイム」設けるくらいなら、壇上での
お偉方の挨拶をこそ、短縮、あるいは省略してやれよ…と思ったのは、わしだ
けでしょうか。

 その開会式があった日に、甲子園駅で電車を待っていた時のこと。
 「あの、三宮へ行きたいんですが?」
 と、関東イントネーションで駅員に問う男性がいた。
 「三宮やったら、次の次の直通特急が一番早いです」
 と駅員は、ホームの屋根からぶら下がっているディスプレイを指して答える。
 「ああ、この姫路行き、ですか?」
 「え……? あ、そうです、それに乗ってください…」

 この会話で、最後の駅員の答えが、「え?」と一拍間が空いたのは、関東お
じさんの「姫路」が、一瞬わからなかった故だ。
 全国から人が集まってくる高校野球のこの時期、この「姫路」は、駅で電車
で、実によく耳にする。

 関東の人に多いのだけど、「姫路」を、標準語の「姫」につづけて「ジ」と
発音する。
 すなわち「ヒめじ」、竹久夢二の「夢二」、または「テレビ」と同じアクセ
ントで発音するので、駅員もまた「え?」となるのだ。

 「姫路」は、「ひメじ」と、「しめじ」「夢路」と同じアクセントで発音す
るのが、正しい。

 70年代にスマッシュヒットした↓この曲、歌詞に「姫路」が出てきますが、
きちんと「ひメじ」と発音されています。

 https://www.uta-net.com/movie/215520/

 この東西でのアクセントの違いは、会話の中で思わぬ誤解を生むこともある。
 東京時代、同僚と二人、車で仕事先に向かっていたときのこと。
 「雲が出てきたなァ…」と、フロントガラスから空を見上げてつぶやいたわ
しに、「どこ…? おいおい、蜘蛛なんてどこにもいねーよ!」と、板橋生ま
れの彼は返すのだった。

 学生時代、あれは国語国文学の授業でだっけか、壇上の先生が「この中に関
西出身の人、います?」と言うので手を挙げた。
 「じゃ、あなた、これを読んでみて」
 と先生が黒板に書いたのは、「雲」「蜘蛛」「橋」「箸」。
 先生はさらに、東京出身者を指名して、わしと交互に「くも」「くも」「は
し」「はし」と読ませると、わしの「蜘蛛」は彼の「雲」だし、彼の「橋」は、
わしの「箸」なのだった。

 と、上記同僚との車中で、そんなことを唐突に思い出したりも、した。

 日本全国画一化が言われて久しいが、関東・関西の間には、まだまだ深い川
がある。

 やはり70年代、わしが学生の頃なのだけど、何かの雑誌で、誰だか忘れたけ
ど、近頃…って、つまりその頃の、東京におけるある風潮を憤っている文章に
接したことがある。

 彼が憤っていたのは、そのころ開通した「環状七号線」「環状八号線」とい
う道路の略称だった。
 既に一般に浸透していた「環七(かんなな)」「環八(かんぱち)」という呼称
を、彼は「東京らしくない!」と、激しく憤っていて、それを「関西の悪い影
響だ」と断定していた。

 言われてみれば確かに、「かんなな」「かんぱち」は、「うえろく(上本町
六丁目)」、「てんろく(天神橋筋六丁目)」、「たによん(谷町四丁目)」、
「がもよん(蒲生四丁目)、等々に通じる、大阪的な略し方かな? とも思え
る。

 その文章では、「正統的な東京風略称」では、「環状七号線」「環状八号線」
は、それぞれ「環状線」あるいは「七号線」「八号線」と略されなければ「な
らない」と断じているのであった。

 さらに彼は、伝統的な東京風地名省略形として、「新宿=ジュク」、「池袋
=ブクロ」、「渋谷=ブヤ」、「新宿二丁目=二丁目」というのを列挙してい
たのだけど、わしは、十と数年間東京に住んでいて、「二丁目」はともかく、
「ジュク」「ブクロ」、あるいは「ブヤ」と呼称する人には、とんと遭遇の機
会を得なかった。

 東西の略称の違いとしてよく提示されるのが、「マクドナルド」と「ユニバ
ーサル・スタジオ・ジャパン」だ。
 すなわち、東の「マック」「USJ」に対して、西の「マクド」「ユニバ」。

 これについては、先日、偶然見ていたテレビで、言語学者の金田一秀穂氏が、
実に明確な解説をしてくれていて、おもわず「なるほど!」と膝を打ってしま
ったのだった。

 それによると、関西弁というのは「母音をはっきり発音する」言語で、だか
ら「まァくゥどォ」「ゆゥにィばァ」ならしっくり発音できるのだけど、間に
促音や長音の入る「マック」「ユーエスジェー」では、「まァッく」「ゆゥう
えすじェえ」と、とても発音しづらい、なので、「マクド」「ユニバ」で定着
した、というのである。

 言われてみれば、「長音省略」もまた、伝統的な関西的略語の方法だ。
 「天王寺」→「てんのじ」や、「阪神高速」の省略形である「阪高」を、
「はんこ」と呼ぶのもまた、その一例だろう。
 落語の笑福亭松鶴一門の芸名には、この長音省略形が多用されている。
 「松鶴」→「しょかく」が、そもそもそうだし、「鶴光」→「つるこ」、
「鶴瓶」→「つるべ」等々。

 昔、鶴光や鶴瓶らが東京へ進出したころ、大阪のラジオでキダ・タローが、
東京のテレビが彼らの名を「つるこう」「つるべい」と呼ぶのを、「ちゃんと
呼んだらんかい!」と、かなり激しく憤っていたのを、聴いた覚えもある。

 ちなみに、阪神高速の略称「はんこ」は、「判子」ではなく、「鶴光(つる
こ)」と同じアクセントである。

 やや変則的な略語としては、「中間音省略→促音+拗音化」というのがあっ
て、「松屋町=まっちゃまち」、「一番=いっちゃん」などが、これにあたる。

 「略語」ではないのだけど、語調を整えるための「撥音挿入」という例は、
「馬場町(ばんばちょう)」などの読みに見られる。
 明石の「魚の棚商店街」は、表記にわざわざ平仮名の「の」が入っているに
も関わらず、もっぱら「うおンたな」と読まれている。

 そんな関西弁を文字表記する際、そのままで表記すると、やたらと「もっさ
り」してしまうのである。
 たとえば、「めっちゃおもろうて、わろたわろた」とすべて平仮名で表記す
ると、なにやらそれは狂言のようで、妙に間延びがするし、ひらがな表記では、
イマイチ意味が通じにくい。

 なので、わしの場合は、これを、「面白ォて」とした上で、「おもろ」とル
ビを打ち、「笑ろた笑ろた」と表記するようにしている。
 「笑うた」と表記すると、ますます「狂言」になってしまって、テンポのい
い関西弁になってくれないのである。

 田辺聖子は、関西弁を文字表記する際、「なにしとんねン」「あかんねン」
と、カタカナの「ン」表記で、「もっさり」を抑止してテンポのいい関西弁を
表現している。

 先日、西加奈子の小説『ふる』(河出文庫)を読んだのだ。
 西加奈子は、『こうふく みどりの』(小学館文庫)を読んだとき、そのリ
アル版「じゃりんこチエ」的世界観の中で、大阪弁、それも「もっさり」では
ない、とてもテンポのいい大阪弁の表現が「うまいな」と感心したのだけど、
今回読んだ『ふる』は、大阪出身でただ今は東京に暮らす「池井戸花しす(28
歳)」が主人公。

 小学生のころのあだ名が「どォやん」で、現在は、東京の小さな会社で、ア
ダルトビデオの女性器にモザイクをかける仕事をしている現在は、「イケちゃ
ん」とか「池井戸さん」と呼ばれる彼女は、東京でも相変わらず大阪弁を喋っ
ていて、そんな彼女が人に感謝を示すときに発する言葉が、「ありがとう」で
はなく、「ありがとぉ」と表記されるのだ。

 この表記を見たとき、「おおっ!」と思った。
 「ありがとう」ではなく、「ありがとぉ」と表記すると、「アりがとう」と
いう標準語イントネーションではなく、「ありがトォ」という、尻上がりの関
西イントネーションに、ごくごく自然に読めてしまうではないか。

 黒川博行もまた、関西弁のニュアンスをテンポよく文章に表現するのに長け
ているけど、女性作家なら、ただ今現在では、まず西加奈子だな、と改めて思
ってしまったのだった。

 ちなみに、「ラジオ」「テレビ」という外来語もまた、関西弁では標準語と
アクセントを異にしていて、「ラじお」ではなく「らジお」、「テれび」では
なく「てレび」と発音するのだが、その昔の「ナショナル(松下電器)」のCM
ソングでは、正しく関西アクセントでもって「らジお」「てレび」と歌われて
いる。

https://www.youtube.com/watch?v=-4ZQxmb6unc


太郎吉野(たろう・よしの)
 2011年に神戸から西宮へ引っ越して、ただ今のホームグラウンドは甲子園。
右投げ右打ち。掛布二軍監督はひとつ年上の同級生。

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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86 空は高く青く、夜空には星がまたたく

 酷暑が続き、各地で最高気温を記録しています。
 豪雨被害の被災地ではまだまだ生活再建に時間がかかり本当に大変ですが、
休めるときは少しでもゆっくりできますように。

 さて、夏休みの季節になり、涼しい部屋で本を読む時間をもてているでしょ
うか。
 最初にご紹介する絵本は、7つの国、それぞれで暮らす子どもたちが描かれ
ています。

 『わたしのくらし 世界のくらし
   地球にくらす7人の子どもたちのある1日』
       マット・ラマス 作・絵 おおつかのりこ 訳 汐文社


 イタリア・日本、イラン、インド、ペルー、ウガンダ、ロシア、これら7つ
の国に住んでいる子どもたちの様子が見開きいっぱいに紹介されます。

 子どもたちの表情、学校に着ていく服、授業の様子、学校の先生、名前の書
き方、放課後の過ごし方――。

 見開きに複数の国の子どもが紹介されているので、様子の違いがひとめでわ
かります。どんな洋服を着ているのか、どんな遊びをするのか、食べ物はどう
いうものを食べているのか。丁寧に描かれた絵から、その先にある生活のリア
ルさが感じられます。

 作者のマット・ラマスさんは、この子どもたちが、その国や文化の代表だと
はいえませんと説明を加えています。代表ではなくても、自分たちの国以外の
生活をみることは、世界を広げてくれます。違っているところ、似ているとこ
ろ、知るのは楽しい読書体験です。
 それに鳩や猫、馬なども描かれているのですが、動物は各国ほとんど同じで
す。私は鳩が食べ物をついばむ小さなシーンが大好きです。どのシーンも、何
が描かれているのか観察し、発見があります。

 巻末には用語集もあり、例えば、ごはんのページに登場する料理がどんなも
のか教えてくれるので、食べたことがなくてもイメージがわきます。

 そしてなにより私がこの絵本でハッとしたのは7つの国の子どもたちの共通
点です。互いの国で同じにみえるものがあることに、あらためて感動し近しさ
を感じます。
 ぜひみてみてください。

 次にご紹介するのはいまの季節にぴったりの絵本。

 『すいかのプール』
 アンニョン・タル 作 斎藤真理子 訳 岩波書店

 今年は韓国文学がにぎやかで、翻訳者の斎藤さんのお名前をよく見かけます。
絵本にも活躍の場が広がっていて、うれしいかぎり。

 本文を引用します。


 「まなつのお日さま あっつあつ。
  すいかはすっかり じゅくしてます。

  すいかのプールの プールびらきです。」


 すいかプールの管理人さんでしょうか。大きな麦わら帽子をかぶった白髪の
おじさまが、すいかプールをチェックします。


  「うーむ、きもちいい

 プールびらきを知った子どもたちは、走ってプールに向かいます。

  たっ たっ たっ たっ たっ たっ」


 足音が聞こえてきそうです。

 この足音にはじまり、絵本には音がいっぱい登場します。
 すいかプールに入る音、ちゃぽーん。
 さっく さっく さっく さっく
 足でぴちゃぴちゃすれば、すいかジュースもたまります。

 子どもだけでなく、妙齢の大人も楽しんでいるのに、ニヤニヤします。
 暑いですからね。

 プールのまわりの出店も味があります。

 夜になり、最後の子どもが帰ると、すいかプールも店じまい。

 絵本の中に入りこみたくなる、引き込み力抜群のお話です。
 夏の間にぜひ読んでください。

 続いて、こちらもいまの季節にぴったりの絵本。

 『おやすみなさい トマトちゃん』
     エリーザ・マッツォーリ 文
          クリスティーナ・ペティ 絵
             ほし あや 訳 きじとら出版

 今年の東京都板橋区いたばしボローニャ子ども絵本館主催、
 いたばし国際絵本翻訳大賞〈イタリア語部門〉受賞作品です。

 きじとら出版では、翻訳受賞作の絵本を刊行しており、本作は今年受賞した
ものです。

 表紙で大泣きしているのは、主人公のアニータ。
 トマトが大嫌いでいつも残しているので、とうとうおかあさんはトマトを食
べ終わるまで、トマトと一緒に部屋にいるようアニータに言いました。

 アニータはいつか気が変わって呼んでくれると、楽観的にかまえていました
が、なかなかそうならず、おなかはすくばかり。

 他にすることもないので、トマトを相手におかあさんごっこをはじめます。
 アニータはおかあさん役。
 あやして、遊ばせて、寝かしつけて、そして……。

 トマトはリアルな写真がコラージュされ、思わず指でさわってみたくなるほ
ど赤くてピカピカきれいです。

 アニータがおかあさんごっこで、トマトちゃんと近くで過ごしているうちに
芽生えてくる感情にふふふと笑いがこみ上げてきます。

 赤くておいしそうなトマトちゃん。
 どこでねんねしているかな。

 さて、今号最後にご紹介する骨太絵本はこちらです。
 
 『この計画はひみつです』
  ジョナ・ウィンター 文 ジャネット・ウィンター 絵
     さくまゆみこ 訳 すずき出版

 ジャネット・ウィンターは、伝記や実際にあったことを描いた作品を多くつ
くっている絵本作家です。文章を書いているのは、息子。ノンフィクション絵
本を手がけています。

 この2人が描いたのは、核です。

 1943年3月、アメリカ合衆国政府は、科学者を集めて、ひみつの計画をスタ
ートさせました。科学者たちが作り出したものは、最初の「原子爆弾」です。
1945年7月16日、ニューメキシコ州南部の砂漠で、最初の核実験が行われたの
です。

 ジャネット・ウィンターの絵は、マットな色調とやわらかな線で描き、率直
にできごとを伝えてくれます。

 世界で最初に行われた核実験の影響は、2018年現在も続いており、アメリカ
政府は2014年になって、その当時住んでいた人たちの健康調査をはじめました。
70年過ぎてからです。

 私は最初にこの絵本を読み間違えていました。この実験の後に日本に2度核
爆弾投下されることについて書いているのかと勘違いしたのです。

 しかし、この絵本を読んだ2週間後、ノーマ・フィールドさん(※)の学習
会に参加する機会を得て、このトリニティ実験について詳しく知ることができ、
絵本をあらためて読み直しました。

 大人がした愚かな行為を、子どもにわかるように絵本の形で伝えていること
は意義があると思います。強い印象を残す、実験後のキノコ雲の絵、そしてラ
ストのページの意味することを、これからも大人は伝えていかなくてはいけな
いのです。

 絵本の著者あとがきと、訳者あとがきも読みごたえがあります。

 知らなくてはいけないことが描かれている大事な絵本です。

 (※)ノーマ・フィールド
 日本で生まれ、米国シカゴ大学で日本文学を教えてきた。
 原爆投下や原発事故の「被ばく者」に寄り添いながら、日本社会に発言を続
 けている。(2016年4月26日朝日新聞の紹介文より)
 http://digital.asahi.com/articles/ASHD66560HD6PTIL00P.html


(林さかな)
会津若松在住
http://1day1book.strikingly.com/

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■「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
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第103回 読書をする意味。人はなぜ読書をしなければならないのか。

 読書することが、すなわち人生であり、生きていくことである。少なくとも
自分はそう思っているし、読書が自分の人生を切り開いていった、と思ってい
る、という人の本。

 敏腕編集者として超のつくほど有名な幻冬舎の見城徹氏の本。
 この自信に満ちあふれた名編集者は、どんな読書遍歴をしてきたのか? そ
の読書に裏打ちされた編集者という仕事をどのように果たしてきたのか? と
いうことに純粋に興味があった。

『読書という荒野』(見城徹 著)(幻冬舎)(2018年6月5日第1刷発行)

 「読書という荒野」という一見乱暴に感じるタイトル。表紙には本が無造作
に積まれているデスクであの見城氏がじろりとこちらを睨んでいる写真。そし
て本の帯には、“血で血を洗う読書という荒野を突き進め!”と挑発的な文言。

 中身はすべてにおいて、自信に満ち溢れている。しかしながら、それは功成
り名遂げた人が自分の歩んだ道を振り返り、自慢するのとは違う。本の中で著
者の見城氏は「自己検証、自己嫌悪、自己否定」があってこそ人間は進歩でき
る、と最初に書いている。

 自分の愚かさや狡さ、浅はかさを自分自身が理解している、ということがわ
かっている、ということが自己検証であり、自己検証して愚かな自分というも
のが存在していることに自己嫌悪に陥る。が、そんな狭量な自分の立ち位置を
否定させしめる行為こそが、自己否定である。

 そのネガティブな3つの行為をしていくことが、生きている証であり、生き
ることに他ならない、と云っている。自分の生き方を否定してこその人生。そ
んな苛酷な環境の中で戦うことが人生なのだ。見城氏はそうやって戦い続け、
人生を生きているのだ。戦う彼の人生を読書という行為、本を読むというフィ
ルターを通して、表現しているのが本書であり、そうやって戦っている自分の
軌跡を後輩たちに伝えている。綺羅星のような成功例であるが、それは執筆子
も含めてたいがいの人には真似はできない。やってもいないうちから、できな
いと云ってしまうが、本書を読む限りたいへん壮絶な努力をしている。凡人の
執筆子はそんなことはできない。はじめから白旗を上げてしまうのだ。

 なぜできないのか? 本書で使われている言葉で考えてみた。

 人間は言葉で考える。思考する。自己検証・自己嫌悪・自己否定は言葉によ
って認識することができる。そしてそのネガティブな行為の中で、それこそ血
で血を洗う壮絶な戦いをして、自己肯定の世界へと立ち上がっていく。そのた
めの手段、最も有効な武器が読書なのだ。

 読書を手段に3つのネガティブを認識することができる人は、認識者である。
そして、そこから自己肯定の高みへ行こうと格闘し戦う人こそ実践者となる。
凡人は認識者止まりである。認識者にすらなれない人は大勢いるだろう。読書
をしない人たちのことだ。読書をしても、読んで何が書かれているかを知るだ
けでそこから何を得たか、どう感じたか、を考えない人たちだって、著者の見
城氏に因れば、認識者になれない。認識者になるためには読書という行為が必
要なのだが、実践者になるためにはその読書を武器として、戦わなければなら
ない。戦う人こそ実践者なのだ。戦士=実践者。そしてこの実践者は、何を実
践する人なのだろう。なんのために戦っているのか? それは自己実現するた
めに戦っているのだろう。自己否定で終わらずに自己肯定し、自己実現のため
に血を流しながら戦うのだ。見城氏は本の編集者なので、身近な実践者は、作
家たちということになる。戦っている実践者は、つまり世間的には才能ある人
たちのことなのである。表現者としてたくさんの共感者を得た一握りの人たち
のことを我々は才能のある人たちと呼んでいる。それが見城氏の表現では実践
者となるのだ。

 戦うための根気とか克己心とか我慢とか努力とか、そういうことを厭わずに
実行することがすなわち才能なのだろう。面倒くさがらず実践者する人のこと
を才能がある人というわけだ。かくして、怠け者、ぐず、面倒くさがりは実践
者になれずに、才能なしのレッテルを貼られる。

 そもそも実践者は、少しでも面倒くさいと思っているのだろうか?・・・・
・否、思っていまい。たぶん楽しいと思っているに違いない。面倒なことを楽
しいと思ってしまえることが、すなわち、才能なのだろう。

 読書とはなんだろう?

 自分が経験できないこと、経験していないことを読書によって獲得する。読
書によって違う世界をみることができる。そしてそれを自分のものにするため
に考える。自分にない部分を恥じる。そして貪欲に取り入れようとする。その
ために考える。思考する。たぶん最初は空洞なのだ。読書によって空洞がすこ
しずつ埋まってゆく感じ。

 一方で、読書するによって世の中のことについて疑問が生まれる。読書は矛
盾や差別の存在を先鋭的に我々に突きつける。その矛盾や差別に対峙するエネ
ルギーを読書からもらう。読書は矛盾と差別に向き合うためのエネルギーの供
給源なのだ。

 本書は読書がもつ意味をさまざま、我々に突きつける。それは、あらためて
自分の無能さに気づかされてしまい、グズなことが露呈してしまったことで、
傷つく。さながら諸刃の刃のような本だ。


多呂さ(こんな酷暑は感じたことがありません。こんな炎暑の中で我々はこれ
から生きていけるのでしょうか)
 ブログ→ http://d.hatena.ne.jp/taro3643/

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■「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
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人事の超プロが明かす評価基準(西尾太著 三笠書房 2015/11/18)

 つい先日、読売新聞の朝刊を眺めていたところ、毎週連載されている「就活
ON!」というコーナーにこんな記事が載っているのを見つけました。

人事評価に不満 6割

 大手人材サービスのアデコが2月、20〜60歳代の就業者1356人から回答を得
た調査では勤務先の人事評価制度に「不満」「どちらかというと不満」と答え
た人は6割を超えた。
 不満の理由を複数回答で聞いたところ、「評価基準が不明確」が最も多く、
「評価者によってばらつきが出て不公平」「フィードバックや説明が不十分、
もしくはその仕組みがない」が続いた。

 記事では6割となっていますが、私の肌感覚としては7割、いや8割といっ
ても過言ではないような気が。人事評価って、社員の給料やら出世やらに直結
するものですからね。

 何年前かは忘れましたが、第一生命が毎年発表しているサラリーマン川柳の
入選作に『成果主義 最終評価は 好き嫌い』と出た時には、あまりに的を得て
いて思わず笑ってしまったのですが、働いている人間にとっては人事評価って
そのくらい曖昧であり、人事側も運用するのが難しい代物だと思うのでありま
す。

 今回の本は、まさにその人事評価をメインテーマとしたもの。著者は様々な
企業の人事部門を経て、現在は人事コンサルタントとしてご活躍されている方
になります。

 この本で紹介されているのは、「あらゆる企業に共通する普遍的な評価基準」
についてです。

 著者によると、会社の規模や業界に関係なく、運用されている人事制度の根
底にあるものや原型はほぼ同じ形をしており、この普遍的な評価基準を知り、
仕事の中で実行することができれば、どんな会社でも業界でも、通用する人材
になれる、とのことです。

 ここで評価基準として著者が取り上げているのが「コンピテンシー」という
キーワード。「会社の中で活躍する人に共通する特徴的な行動や考え方」のこ
となのですが、著者は新入社員から役員まで、一般的な会社内の職位を6つの
クラスに分け、それぞれに求められるコンピテンシーがどのようなものかにつ
いて、明らかにしていきます。

 たとえば課長クラスであれば、どんな行動がOKで、何がNGなのか。そし
てそれを達成するために必要な行動や学びとは何か。1つ上の部長クラスにな
ったら何が違ってくるかなど、各クラスごとにかなり具体的に記述されている
ので、会社の評価基準が曖昧だと感じている人にとっては、納得感のある内容
ではないかと思います。

 実はコンピテンシーというキーワード自体は、人事の中では比較的メジャー
な存在です。そのため、長く人事をやっている人がこの本を読んだとしたら、
内容はうまくまとまっているけど特に目新しさはない、と感じる人がいるかも
しれません。

 しかし私が思うに、この本の一番の価値は「一般のビジネスパーソン向けに
書かれていること」だと思うのです。

 評価制度に限らず、人事に関連する書籍のほとんどは、人事の実務担当者向
けです。人事は自社で課題になっていることがあったら、関連する書籍を購入
し、内容を理解したうえで、自社に落とし込んだらどうなるかを、あれこれ考
え始めます。

 制度や仕組みを変えるのには、いろいろと難しいことが発生するのですが、
特に難しいのは、制度を作ること以上に、社員にポイントを理解してもらうこ
と、そして円滑に運用させることなのです。

 人事が会社のため、社員のためを思い、これまでにない制度を作り上げたと
しても、全社員がもろ手を挙げて賛成!なんて状況は、、、残念ながらまず起
こりません。

 社員の側としては、今の制度に不満を持ってはいても、仕組みが変わること
に対する抵抗感が生じるんですね。人事は口先でメリットを強調してるけど、
逆にどんなデメリットが生じるんだとか、何か制度を変える裏があるんじゃな
いか、とかとか。

 新制度をスムーズに運用していくためには、まずはスタート時点で懇切丁寧
に説明していくしかないわけですが、これ本当に辛いです。あれこれと説明し、
それに対して寄せられる質問を聞いていくと、やっぱり人事ってブラックボッ
クスのような捉え方をされるんだなと悲しくなったり。

 その意味で、「人事向けではない人事本」というのがもっと増えていってほ
しいと切に願います。人材採用の分野では、その手の本を見かけることはある
ものの、特に人事制度に関するものは皆無です。

 もし評価制度を変えようとしている会社で、社員がこの本を読んでいたなら
ば、新しい制度に単にケチをつけるのではなく、社員と人事の間で、建設的な
議論の空気が生まれるのではないかと。そうなると、社員がもっと人事につい
て考えてくれるきっかけにもなりますし、会社も良い方向へと変わっていくの
ではないかと思います。

 では、実際にこの本を社員に読ませてみてはどうかという考えが、頭の中を
よぎったものの一瞬で消え去りました。それこそ、どんな裏があるんだと勘ぐ
られるのは嫌なので(笑)。

show-z
某IT企業で人事担当者として勤務。千葉県在住。

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・『ヒューマン ― 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510

・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/cogito/%8Fo%94%C5%88%C4%93%E0/%8Ex%82%A6%8D%87%82%A2%81E%8Aw%82%D1%8D%87%82%A2.html

 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
・筆名(あれば):
・書評アップ先の媒体予定:
・コメント:

 をご記入の上、下記までメールください。

 表題【読者書評参加希望】
 info@shohyoumaga.net

 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
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 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

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 先着ではなく、文章執筆実績と熱意優先で選ばせていただきます。(過去に
 執筆された文章などございましたら、合わせて御連絡ください。)

3)発行委員会はいただいたメールの中から、ピックアップし、献本いただいた
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 には、60日後に古本屋に売却します。)

4)ちなみにここでいう書評というのは、当メルマガに掲載する記事ではありま
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 書店でも結構ですし、ブクログなど、専用のサイトでも構いません。つまり
 は当メルマガではないどこかリンクのできる外部に書評をアップお願いしま
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 ました。書評は500字以上でお願い致します。)

5)献本を受け取った方は、1ヵ月後のメルマガ発行日までに、どこかに書評を
 掲載し、そのURLを発行委員会に送付します。(もし、本を受け取りなが
 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 とにかく毎日、暑い日が続きますね。このメルマガでの原稿にも「暑」とい
う字がちらつきます。

 私もできるだけ水分をとり、部屋の冷房も消さないようにと心掛けています
が、仕事の生産性が落ちるのだけは致し方ないという感じです。

 涼しくなる秋を待って、頑張るのはそれからにしようかな、とも思っていま
す。

 皆様も、御自愛ください。(あ)

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★「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
→ 『透明人間の告白』

★「目につく本を読んでみる」/朝日山
→ 『スキャンダル除染請負人』田中優介 プレジデント社

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→ 『サザエさんの東京物語』長谷川洋子・著(文春文庫)

★【募集中】献本読者書評のコーナー
→ 献本お待ちしています!

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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#97『透明人間の告白』

♪とーめーにんげん、あらわるあらわるぅ

 ある世代には懐かしい、ピンクレディーの『透明人間』。
 この歌の主人公は、自分の意思で消えることのできる透明人間で、そういう
意味ではお気楽なものだけど、不慮の事故で透明人間になってしまい、元に戻
れない体になってしまった時、人はどんな運命に見舞われるのだろう。

 この疑問を、極めてリアルにシュミレーションしてみるという画期的なアイ
デアで、かつてベストセラーになり、映画化された小説がある。
 H・F・セイントの『透明人間の告白』だ。

 ちょっと前にスティーブン・L・トンプソンの『A−10奪還チーム 出動せ
よ』を再読して、改めてその文体に感心したのだが、それって原作者の文体が
いいのか、翻訳がいいのかと思い、同じ訳者による本書を、これまた再読して
みた。
 こちらの方は文体的にさほど感心するものでもなかったので、やっぱりトン
プソンがすごいんだな、と結論したのだが、内容的にはこの『透明人間の告白』、
評判を呼んだだけあって、改めてよく出来ていると思う。

 主人公は証券アナリスト。新商品を出しますとか、新しい技術を開発しまし
たといった企業の広報発表を取材し、投資先として有望かどうかを判断する仕
事だ。
 その日も、とある新技術についての発表を聞きに、ニューヨーク郊外の研究
所に出かけていくのだが、その核エネルギーに関する新技術は、実は未完成。
研究をさらに進めるため追加の投資を募る必要があり、見切り発車で発表する
ことになったのである。
 その無理がたたって事故が発生、大爆発が起きる。
 ほとんどの人は爆発前に避難するが、ただ一人建物内に取り残された主人公
はその影響をもろに受け、透明人間になってしまう。

 もちろん、人間だけが透明になったわけではない。
 研究所の建物も透明、そこにあった家具も透明、機械類も、絨毯も、果ては
飼われていた猫まで透明になってしまう。

 いち早くこの異常な事態を知った政府の秘密機関が、研究所を封鎖し、調査
を始める。
 とはいえ、その状況は奇妙なものだ。
 防護服を着た男たちが二階に上がれば、何もない空間に浮かんでいるように
しか見えない。調べるにしてもすべてが透明だから、どこに何があるかわから
ず、しょっちゅう家具にぶつかって悲鳴を上げる。

 そんな彼らに、はじめは救いを求めようとする主人公。だが、よくよく考え
てみると、透明になった自分には学術的にも、軍事的にも、とてつもない価値
がある。当然政府は彼を元に戻すことよりも、透明人間として活用しようとす
るだろう。
 スパイとしてどこかに送り込まれるかもしれないし、同じような透明人間を
たくさん生み出すべく、貴重なモルモットとして研究しようとするかもしれな
い。
 いずれにしても、もう自分勝手には生きられない。それだけはいやだ、と主
人公は思う。このあたり、何よりも自由意志を尊ぶアメリカ人らしい価値観と
言える。

 ところが、彼の存在を秘密機関は察知してしまい、捕獲しようとする。
 ぐるりを即席の壁と鉄条網で包囲された研究所から、見えないメリットを活
かして、どう脱出するか。本書は上・下二巻に分かれた大部の小説だが、上巻
のハイライトがこの脱出劇である。

 下巻は、ニューヨークに戻った主人公が、いかに秘密機関の追求を交わすか
の逃亡劇となる。
 ここが非常にリアルで、周到に考え抜かれているのだ。

 例えば、透明人間が物を食べたらどうなるか。真剣に考えてみたことがある
だろうか。
 人は透明でも、食べ物は透明ではない以上、その咀嚼、嚥下、消化の過程は
丸見えになるのである。
 それは実に、奇怪にしておぞましい光景だ。
 簡単に言えば、中空にゲロが浮かんでいるわけだから。

 あるいは、雑踏を歩くことがいかに困難であるか。
 人は無意識に他人の動きを見ながら、巧みに交わし合うことで雑踏を歩く。
そのことは、新宿西口の地下広場を歩く時などに実感する。
 あそこは地下鉄丸の内線、JR、小田急線、京王線の改札口が集中し、西口
方面、南口方面、都庁方面、東口方面と、さまざまな方向に向かう群衆が乱雑
に交錯する場所。だから、透明でないぼくでさえ、まっすぐ歩くのには苦労す
る。
 特に、人の動きにまったく関心を払わない地方出身者や外国人観光客が平然
と突っかかってきたり、スマホしか見ていない連中がのろくさと行く手を遮っ
たりするのである。
 あれ、ひょっとしてぼくの姿は見えてないのかな、と不安になるくらい、近
頃の雑踏を歩く人は自分のことしか意識にないようでもある。

 それでも、本当に透明だったら、その困難は何十倍にもなるだろう。

 公園のベンチで一休みするわけにもいかない。
 誰もいないと思った別の人間が、いつ座りに来るか分からないからだ。

 自分のアパートに入るのにも気を遣う。
 ドアを開けるところを誰かに見られたら、どうなるか。その人の目には、ド
アが勝手に開いて閉まるように見えるのだから。

 食事、移動、休憩、帰宅。
 ごくごく当たり前に誰もがやっている細かな生活の些事が、ただ「透明にな
る」という一事をもって、これほどまでに危険な試練に変貌するとは。
 本書が現れるまで、そこに思い当たった人は一人もいないだろうが、言われ
てみればまったくその通りで、こういう点が優れたアイデアの見本なのである。

 また、主人公を追う秘密機関の側にも、リアリティがある。
 ジェームズ・ボンド型の大人のファンタジーでは無尽蔵に経費が使われるが、
ここではワシントンから厳しい会計監査が入り、秘密機関のリーダーも透明と
いう機密を守りながら、予算獲得に奔走する。

 エンターテイメントにありがちな、ご都合主義的ハッピーエンドを避けてい
るのも、本書にユニークな読後感を与えている。
 大体この手の話では、主人公は最後、無事元に戻るものだが、本書ではそう
ならない。
 と言って、絶望のまま終わるわけでもない。
 ハッピーでもアンハッピーでもない、これも現実の肌合いを感じさせる、秀
逸なエンディングだ。

 さて、ここまで読んでくれた方は、そろそろ疑問に思うだろう。
 これのどこが、音楽本なの?と。
 まさか、ピンクレディーに引っ掛けただけなの?と。

 もちろん、そんなことはない。ぼくにとって本書が音楽本である理由は、
「追い詰められた時、人はどんな音楽を聴くのか」ということについて考えさ
せられたからである。

 自宅にやっとたどり着いた翌朝。
 ほっとする間もなく、上述のような生活にまつわる困難の数々に少しずつ気
づいていく主人公。仕事のことも気になるし、やがては金にも困るだろう。
 さまざまな不安に押し潰され、彼はうつ状態になる。

 その時彼は音楽を聴くのだ。しかも、ハイドンを!

 え、ハイドン?
 と、ぼくは思った。

 確かに、主人公はクラシック好きという設定だ。
 この後、バカンスで出かけている家に侵入してアジトにするのだが、ついク
ラシックをかけてしまい、隣人に「留守のはずなのに音楽が聴こえる」と不審
がられ、秘密機関にバレてしまうシーンもある。
 だから、鬱屈した時に彼がクラシックをかけるのは、まあいい。

 だが、ハイドンなのか?

 しかも、他の箇所では「クラシック音楽」としか書かれていない。
 ここだけ、明確に「ハイドン」と指定されているのである。
 そこには何か意味があるはずだ。

 ベートーヴェンだと、将来への不安に打ちのめされた時に重すぎるのはわか
る。しかし、なぜバッハでもなく、モーツァルトでもなく、ハイドンなのか。
 ハイドンと言えば「交響曲の父」だ。有名でもある。
 しかし……

 うまく説明は出来ないが、この選択にぼくは違和感を覚えたのである。

 そこでぼくは考えた。
 じゃあ、自分だったら何を聴くだろうか、と。
 不慮の事故で透明人間になってしまい、この先さまざまな不安を抱えて、一
生孤独な人生を歩まなければならないと思ったら。
 10代から親しんできたビートルズだろうか。
 いま大好きな月光グリーンだろうか。

 そこで気がついた。これ、「無人島に持って行く一枚のレコード」に匹敵す
る、案外面白い問題じゃないか、と。
 そんな問題提起をしてくれた本書だからこそ、ぼくの基準では立派な音楽本
なのである。

 では、改めて問いましょう。
 もし透明人間になったら、あなたはどんな音楽を聴きますか?


H・F・セイント
高見浩訳
『透明人間の告白』
平成四年五月二十五日 発行
平成四年六月二十五日 二刷
新潮文庫

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
相変わらず、再就職活動中です。先日は、クラシックのコンサートを企画・運
営する会社の面接を受けました。採用には至らず、続けて、図書館長とかコン
ベンション・ホールの館長とか、演劇の舞台美術制作とか、世の中にはいろん
な仕事があるもんだなー、と感心しつつ、楽しみながら回っています。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『スキャンダル除染請負人』田中優介 プレジデント社
 
 いわゆる企業スキャンダルをどうやって沈静化させるのかという「リスクマ
ネジメント」の実際を描く小説の連作集。主人公は、元警察のエリート官僚だ
ったキァリアをもつ、ダメージコントロールブレーン (DCB)社の危機管理コン
サルタント橘沙希と部下の穂積孝一。2人のコンビが、企業が直面するスキャ
ンダルの沈静化の仕事を受けて問題解決に挑んで行く物語。一章が一短編とな
っており、全部で八つの連作短編集だ。
 
 書いているのは、危機管理コンサルタントの親監修、息子が書いている。と
いうか、最初父親が書いているのを息子が読んで、これは小説になってないと
小説好きの息子が全面的に書き直したものらしい(笑)
 
 スタートは企業の社長がスポンサーとなっている女子サッカーチームの選手
と不倫しようとしていたところを週刊誌に写真を撮られて、どうしましょうか
と相談に来るところから始まる。実際はやる寸前でやってもいない「未遂」だ
が、マスコミ対処はこのようにやるのだとする見本のような展開を見せられる。
 
 三つ目で、橘沙希がどうして警察に入ろうとしたのか、どうして期待されて
いた職場を捨てて、危機管理コンサルタントになったのかが語られる。高校生
の時、ストーカーに狙われていたことから父親に相談すると、父親は友人であ
る警官、水野を紹介し、水野に沙希は助けられる。
 
 この経験から沙希は警察官を志望し、合格し、水野にあいさつしようとする
とそっけない対応をされた。警察は階級社会。キャリア採用とは言え、学校出
た手のぺえぺえとすでに何十年も勤務し、ノンキャリ最高クラスまで出世して
いる水野とでは、「階級」が違うのである。
 
 だったら出世してやるとがんばって、将来女性初の警視総監かと言われるほ
どにまでなったところで彼女の人生はひっくり返ることになる。
 
 なぜそうなったのかは、読んでいただくとして、読んでいて思ったのは、こ
の世界はイメージよりも人としてのあり方が問われる仕事のようだ。
 
 スキャンダルを沈静化させる仕事と言うと、たとえば反対情報を出してある
事件の告発者を不当に貶めるディスインフォメーションを連想してしまうのだ
けど、そういう話は出てこなかった。むしろ、クレーマーと、そうでない人の
判別法など、人の観察眼を問われる話ばかり出てくる。
 
 某病院で、看護師が自殺した。いわゆる過労死のように見えた。とはいえ多
少オーバーワーク気味ではあったが、それが原因だとは思えない。むしろかわ
いがっていた子供の患者が相次いで亡くなったことにショックを受けていたよ
うで、むしろそっちの方が自殺の原因のように思えた。しかし世間はそうは見
ないだろう。
 
 亡くなった看護師の夫は、当然怒っている。そんな中、初期対応をしっかり
とやり、夫に寄り添う形で自殺原因を探って行く姿勢は、ディスインフォメー
ションの話を期待していた私としては拍子抜けすると同時に、この仕事を「汚
れ仕事」だと思っていた認識を改めさせられた。むしろ人をどれほど理解でき
るのかが、この商売の成否を決めるらしい。
 
 もちろん、謀略じみたテクニックを披露されている章もある。会社の取締役
に送られてくる怪文書を一切開封させず、取締役会ではじめて公開する手法な
ど典型例だろう。
 
 これは怪文書を送ってきたのは、取締役の誰かだという確信があってのテク
ニックで、怪文書をすべて公開せず、きりのいいところで切って取締役会に提
出し取締役の反応を見る。「これは続きがあるんじゃないか?」と言ってきた
取締役・・・そいつこそが怪文書を送ってきた張本人だ!まだ続きがあると知
っているのは、犯人だけなのだから。
 
 そんな感じで一章読んでいくごとに小説を読みながら企業のリスク管理の手
法が理解できるようになっている。しかもご丁寧なことに、橘沙希の前に立ち
塞がる敵は、リスク管理の良くない事例の紹介に使われているから、何をやっ
てはいけないかもわかる。知識を得るビジネス小説として、とても良くできて
いる本だと思う。
 
 一つ苦言を言っておくと、あとがきに、この本のネタ本として「克危論」と
いう著者の父の書いた本のことが書いてあるのだけど、これがネットで検索し
ても出てこない。
 
 著者の父親である田中辰巳名義の本はいくつか見つかるのだが、おそらくは
父親の主著であろう「克危論」だけが出てこないのは、私家版か何かなのだろ
うか?
 こういう、本の存在が示唆されていて、読みたいのに、見つからないのはち
ょっとしたストレスであった。
 
 とはいえ、これから続編が出てくる期待もある(そういう終わり方をしてい
る)。この本は元々「克危論」全25章のうち、8章をネタに使っているという
ことだから、三冊シリーズで完結という予定なのかも知れない。
 
 今後に期待しよう。

(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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■「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
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世田谷の「細雪」、それぞれの心情
『サザエさんの東京物語』長谷川洋子・著(文春文庫)

 書店で見て気楽に読める夏の時間潰し本としては最適と思って購入、寝転び
ながら読んて半刻・・・おばちゃま、ガバっと起き上がって正座しましたよ。
(すぐにまた寝転んだけども)。

 今から半世紀も前、母が「すごくおもしろい、もうおなかを抱えて笑える漫
画」と言って買ってくれて読んだのがサザエさんを読んだ最初でした。

 そのあと、サザエさんのメーキングともいうべき「サザエさんうちあけばな
し」も読みました。実をいえば、私、サザエさんのおもしろさというのがよく
わからなくて、(サザエさんを全巻揃えている人っているけど、それにちょっ
とした権威主義も感じてしまっていて・・・)でも、「うちあけばなし」は楽
しくて、何回も読み返してきました。

 サザエさんは「フツウの庶民の暮らし」を描いていると言われていますが、
それは誤解で、「昭和のホワイトカラーの暮らし」を描いているというのが正
しいですね。

 おばちゃまは私はこの東京山の手の中流階級の暮らしが今でも羨ましくてね〜。
それはフツウに見えて実はフツウではなく、手に届きそうでなかなか届かない
世界だからだと思います。

 この本は、サザエさんの著者、故・長谷川町子の妹が描いたファミリーの話。
「うちあけばなし」でわかるように、両親、3人の娘と福岡で平和に暮らして
いた家族は、父の死去とともに上京、母が3人の娘を育て、それぞれに才能を
磨くうちに次女が漫画を描いて成功し、長女がその漫画の出版社を経営し、妹
が手伝うという鉄板の女系家族の暮らしが続きます。

 つまり、「働く細雪」なんですね、この家族は。働くといっても被雇用者で
はなく、会社経営者+文化人で、時代を先取りしております。

 「細雪」の姉妹たちが一見、穏やかに暮らしているように見えて、危うさを
はらんでいるように、末の妹が描いた母や姉も、家の中では人見しりでわがま
まで暴君だったという描写は、さもありなんと思って、読んでいたのですが。

 ガバッと起き上がったのは、文庫本で187ページ「別れ」からの章。サザエ
さんの連載が終了し、姉が新しい家を建て末娘に、「あなたも同じ敷地に家を
建てたらいいわ」と誘うのだが、逡巡した結果、古い家にとどまると決意して
姉たちに手紙を送ると、姉たちは驚愕して、一切の交際を絶ってくるのです。
著者が淡々と書くだけに、それぞれの心情を考えると、なんだか芯から恐ろし
く文章の合い間を何度も読むのですが、手がかりはなく・・・読者である私は
途方に暮れるのでありました。ただ、

「生まれたときから末っ子の味噌っかすで、機関車に引かれる貨物列車同様、
姉達の引いたレールの上を走ってきた。おもしろいこと、楽しいこと、心強い
こともたくさんあった。でも、自分で考えて自分で決めて、自分の足で歩いて
こその人生ではないだろうか」

 著者の心情はこの文章に尽きるでしょう。その基盤には、元の家の名義が著
者だったこと、3姉妹の中でこの人だけに子どもがいるということも見逃せな
い要素だと思います。(昭和25年、桜新町に母が買った土地を「この土地は洋
子ちゃんにあげましょう。きっと役に立つときがくるから」と買ってもらった
土地が坪2000円。「この芋畑が50年後に何百倍になっているとは誰も思わなか
った時代で」とあります)。

 この遅すぎる末っ子の反抗期に上2人の姉は国交断絶で応戦します。その激
しさは、長谷川町子さんが亡くなったときに知らせないばかりか、「洋子には
ぜったい知らせてはいけない」との言葉が聞こえてくるほど。そして遺産相続
の放棄の依頼と受諾、上の姉が亡くなったときも知らせないという激しさです。

(1つわからなかったのは、著作権がだれにあるかということ。この本の表紙
は「サザエさんうちあけ話」から取っているみたいですが、遺産放棄したのな
ら著作権はどこに?)

 怒りを生きるエネルギーにするような命の燃やし方はすさまじいばかりであ
ると同時に、わかる気もします。妹が溜めてきた無意識の不満について、家族
を牽引してきた姉はどう思うのか、もはや誰も聞くことができません。

 日本の復興、高度成長期に合わせて連載された「サザエさん」はまことに巨
大なコンテンツです。そのメーキングが平穏で平凡・・・なわけはありません。
才能と才覚に恵まれた女ばかりの家族のそれぞれの心情は、そこにいた人にし
かわからないものだと感じ入りました。

 だからこそ、「サザエさん」が成立したのだと感銘を受けました。

大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510

・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/cogito/%8Fo%94%C5%88%C4%93%E0/%8Ex%82%A6%8D%87%82%A2%81E%8Aw%82%D1%8D%87%82%A2.html

・『追憶 下弦の月』(パレードブックス)
  http://books.parade.co.jp/category/genre02/978-4-434-23989-2.html

・『元アイドルのAVギャル瀬名あゆむ、アイドルプロデューサーになる』
 (コアマガジン)
 http://www.coremagazine.co.jp/book/coreshinsho_024.html

 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
・筆名(あれば):
・書評アップ先の媒体予定:
・コメント:

 をご記入の上、下記までメールください。

 表題【読者書評参加希望】
 info@shohyoumaga.net

 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
 まで御自由にお送り下さい。(著者の皆様からの直接の献本はご遠慮くださ
 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

 〒142-0041 東京都品川区戸越5-4-3 アズ品川ビル4階
       ビズナレッジ株式会社内 [書評]のメルマガ 献本 係

2)このメルマガ上で、その本を読んで、書評を書きたいという方を募集します。
 先着ではなく、文章執筆実績と熱意優先で選ばせていただきます。(過去に
 執筆された文章などございましたら、合わせて御連絡ください。)

3)発行委員会はいただいたメールの中から、ピックアップし、献本いただいた
 本を送付します。(残念ながら提供いただいた冊数に応募数が満たない場合
 には、60日後に古本屋に売却します。)

4)ちなみにここでいう書評というのは、当メルマガに掲載する記事ではありま
 せん。送付先御本人分のブログ、あるいはアマゾンや楽天などのオンライン
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 は当メルマガではないどこかリンクのできる外部に書評をアップお願いしま
 す。(あまりにも短いものは書評とは呼べませんので、文字数の条件を設け
 ました。書評は500字以上でお願い致します。)

5)献本を受け取った方は、1ヵ月後のメルマガ発行日までに、どこかに書評を
 掲載し、そのURLを発行委員会に送付します。(もし、本を受け取りなが
 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 暑い暑いと冷房の中にずっといたら、体が冷えてしてしまいました。こうい
うときは熱中症にならないように水分を取って、敢えて窓を開けてだらだらと
汗を流しながらお昼寝をする、なんてのも体調回復に良いようです。

 というわけで、ちょっと、おやすみなさいませ。(あ)

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[書評]のメルマガ vol.657

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■■ mailmagazine of book reviews    [ざわざわする心持ちのとき 号]
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■コンテンツ
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★トピックス
→トピックス募集中です。

★「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
→<103>思わず笑ってしまった、いくつかの件について

★「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
→第102回 自分を偽って生きることについて。血の繋がりだけが家族か

★「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
→85 普遍的な物語の効能

★「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
→今回はお休みです。

★献本読者書評のコーナー
→書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
└──────────────────────────────────

 書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
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<103>思わず笑ってしまった、いくつかの件について

 You tubeを渉猟してたら、地方から東京へ遊びに来た人たちに、東京の印象
を尋ねる、という旨の街頭インタビューをやっていた。
 なんかのテレビ番組から抜かれた映像だった。
 その中で、「神戸から観光で来た」という、大学生くらいらしい女子2名が、
「あ、あれ! あれが、めっちゃおかしかった」とケラケラ笑いながら答えて
いたのだった。

 彼女たちが「めっちゃおかしかった」のは、電車のラッシュで、しかもすし
詰めになった乗客たちの誰もが「なんかな、みんな、すっごい真面目で真剣な
顔して乗ったはるねン」と、山手線のホームで笑い転げていたらしい。

 確かに、関西で東京と同じようなラッシュが出現するのは、大阪の地下鉄御
堂筋線くらいやもんなあ…と思ったところで、けらけら笑う彼女らに、なんだ
か既視感があるのに気がついた。

 そうだった、そうだった、と思い出したのは、10年ほど前のこと。
 当時勤めていた神戸の専門学校の学生たちを、東京での研修に引率したとき
だった。

 その日は、三鷹のジブリ美術館の見学が予定されていて、男子2名女子4名
を連れて、ホテル最寄りの水道橋駅の新宿方面行ホームに上がったのは、朝の
8時頃。
 ところが、ちょうどラッシュアワー、やって来た電車は満員のすし詰めで、
「え〜〜〜っ? これに乗るんですかァ〜〜?」と、女子連が難色を示した。
 何本遅らせようと同じだとは思ったが、思い知らせるために1本遅らせるこ
とにして、とりあえず、1本目は見送った。
 と、動き出した電車を眺めながら、女子たちが、なにやらケラケラと笑って
いるのである。
 何がそんなにおもしろいのかと問うと、さきのテレビの神戸女子と同じく、
「せやかって、なんか、みんな、真剣な顔で電車に乗ってやるし……くくく…」
「女の人なんか、眉が吊り上って……きゃははは…」と、笑いながら口々に言
うのだった。

 彼女たちにとっては、初めて見る「超」のつく満員電車が物珍しいのと同時
に、そこに笑いもせず無表情で乗っている乗客たちが、なんだかコントの一場
面のようにも見えたようなのだ。
 ほどなくやって来た次の電車も、案の定、同じく満員で、「え〜〜〜っ!?」
と嫌がる彼女らに、「いくら待ってもおんなじやから、乗れ!」とムリヤリ乗
っけたのだが、すし詰めの車内に入ってもなお、周りの乗客を眺めまわしては、
「くくく…」「うふっ…うふふ…」という忍び笑いから、やがてケラケラと無
遠慮に笑いだし、通勤のサラリーマン・ОLの皆さんから、顰蹙を買いまくっ
てしまった。

 あ、今書いていて思い出したのだが、自分にも、同じようなことが、ありま
した、ありました。
 あれは、受験のために初めて東京へ行った1974年の春。
 新幹線を降りて、国電のホームに上がると、電車を待つ人たちが、まるで小
学生の朝礼のように、整然と並んでいたのだった。
 皆が皆、真面目くさった顔で「前にならえ」したみたいにきれいに並んでい
て、下を向いては思わず「くくく…」と笑ってしまったのだった。

 あのころ、「ホームに整列する」という文化は、関西にはなかったですもん
ね。
 電車を待つ乗客は、ホームのあちこちに、てんで勝手にばらばらと立ってい
て、電車が来ると、団子になってそれぞれのドアに殺到してました。
 今でこそ、一応は並んで待つようにはなったが、それにしても、あの整然た
る様とは比べ物にならず、かなりばらけてくだけた並び方です、関西は。

 ふと買った、あるいはたまたま見かけた漫画で、「思わず笑ってしまった」
というのが、このところ何度かあった。

 スケラッコ『大きい犬』(リイド社)は、たまたま書店で見つけて買った本。
 作者のスケラッコは、「トーチweb」で知っていて、独特の「ちょっと不思
議」な世界観が好きだったので、買ってみた。

 オムニバスなのだが、表題作の『大きい犬』に、まず「思わず笑って」しま
った。
 主人公・高田クンは、「インドに行く」という友人から、留守中の部屋…と
いうか一軒家なのだが、そこに留守番として住んでくれるよう頼まれる。
 引き受けたはいいが、彼から渡された地図はごくごく簡単なもので、目印と
して「大きい犬から二軒め」としか書いてない。
 「大きい犬って、なんだよ?」と角を曲がったところにいたのは、まさに
「大きい犬」。
 そこには、家一軒分ほどの大きさのでかい犬が、家と家の間の空き地に、つ
くねんと寝そべっているのだ。

 犬はいいやつで、なぜか犬語が話せる高田クンは、この犬と次第に交情を育
んでいくのだが、高田クンが旅行から帰ると、犬は、街から忽然と姿を消して
いた。
 自分の言葉が、知らず犬を傷つけたのでは? と悩む高田クンのもとに、や
がてひょっこりと犬が帰ってきて、旅行に出かけた高田クンを見て、自分もま
た、ここに留まっている必要はないと気付いたのだ、と告げ、「動く」ことに
気づかせてくれた高田クンに感謝しつつ、またもやどこかへ旅立っていく。

 これ、誰しも「大きい犬」の登場シーンでは、思わず笑ってしまうと思う、
絶対。

 この他にも、ある日突然お爺ちゃんが、家族全員に向かって「実は、わし、
えびすさまなんや」と、七福神の一人であることを告白して、あっけにとられ
る家族を尻目に、お爺ちゃんの元へ、七福神が続々と集結し、挙句の果ては
「宝船」であるらしいハイエースに乗り込んで、揃って天に昇って行ってしま
ったり……

 と全編、なんだかまったりとした「不思議」に満ちていて、「大きい犬」の
後日譚もまた、ほんの短く収録されているのだった。

 スケラッコは、「トーチweb」でただ今『平太郎に怖いものはない』を連載
中。
 備後三次地方に伝わる有名な怪異譚「稲生物怪録」を、現代の広島に置き換
え、さらに飄々とした16歳の主人公「平太郎」の「なんとなくな恋」などもオ
リジナルで挿入された妖怪怪異譚の連作オムニバス。
 これまた、ホンワカとした「不思議感」が作品全体に流れていて、とてもい
い味を出している。

 原作に忠実に、1話1日、「30日」で物語が完結するみたいだが、既にその
およそ半月分が、単行本に「上巻」としてまとめられている。
 これは、「買い」ですぜ、絶対。

 ちなみに、「トーチ」連載中の漫画は、「動く」漫画なのだけど、紙の単行
本では当然動くことはなくて、電子版なら動くのかな? と今回は電子版を手
に入れたのだが、これもやはり、紙と同じく動きませんでした。

 意志強ナツ子『魔術師A』(リイド社)もまた、「トーチ」連載からの単行本。
 こちらは、その連載中に、単行本にも収録されている一篇『コリコリ屋さん』
を見て、衝撃を受けると同時に「思わず笑ってしまった」ので、単行本化を知
ってすぐに購入。
 でも、単行本でまとめて読んでみると、「トーチ」で初めて見たときほどの
インパクトがなくて、「あれ?」と思ったのだが、それでも、全編に、おもわ
ず「ぢょしこうせい」と「ち」に点々の平仮名で書きたくなるやーらしさとい
うか、怪しいエロティシズム…というより「淫靡」と言った方がハマるような
「気」が、こってりと満ちているのだ。
 さりながら、ここに描かれた女子高生たちは、まさに「今」を生きる少女た
ちで、意志強ナツ子、次回作も是非「ぢょしこうせい」でお願いしたい、と思
う。

 「トーチ」では、あの『あれよ星屑』の山田参助が、小島功ばりの「うっふ
んお色気画風」で挑む『ニッポン夜枕ばなし』も始まった。
 この人、ほんとに器用ですね。

 「トーチ」連載作品ではさらに、この8月には単行本も発売されるらしい、
斎藤潤一郎『死都調布』も、注目だ。
 この人は、あの西野空男が主催した雑誌「架空」出身の作家なのだ。

 コマの中で絵が動いたり、マイナー作家を発掘してきたり、漫画家じゃない
人に漫画を描かせたり、漫画家にさまざまな新しい取り組みをさせてみたり、
と今や「トーチ」は、漫画の実験場といった感があるのだけど、それも含めて、
やはり「トーチ」は、現代の「ガロ」である、といつだかも言ったけど、改め
て強く感じるのであった。

 あの「リイド社」が運営するこのウェブマガジン、既に単行本もかなりな点
数が出ていて、『クモ漫』のような映画化作品もあるのだが、いかんせん、ま
だまだかなりな赤字ではあるそうだ。
 ここには、現代の「ガロ」、漫画の実験場として、ぜひともに頑張って頂き
たいと思う。

 がんばれ、「トーチ」!


太郎吉野(たろう・よしの)
 2011年に神戸から西宮へ引っ越して、ただ今のホームグラウンドは甲子園。
右投げ右打ち。掛布二軍監督はひとつ年上の同級生。

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■「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
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第102回 自分を偽って生きることについて。血の繋がりだけが家族か

 「万引き家族」。カンヌ国際映画祭で最高賞「パルムドール」に輝き、その
後のサン・セバスチャン国際映画祭での「ドノスティア賞」。そしてミュンヘ
ン国際映画祭では「外国語映画賞」を受賞した。

 今回の課題は、パルムドール作品だから、というわけではない。この作品を
作った是枝裕和監督は、これまでもホームドラマの体裁を取りながら、この世
の中の構成要素を切り取った、まさに社会の縮図を描いている作品を世に送り
出している。その監督の映画の題名が「万引き家族」。万引きをして生計を立
てている家族を描いている、という前宣伝だった。犯罪映画か?犯罪誘導映画
か?と思ってしまうのも無理はない。しかし、映画の後半から徐々に真実が明
らかになり、さまざまな問題を提示して、映画は終わるのだ。

 映画を観終わった後、書店で早速映画の題名と同じ題名の本を買って読んだ。

『万引き家族』(是枝裕和 著)(宝島社)(2018年6月11日第1刷発行)

 本書は映画の原作ではない。映画は完全に是枝監督の頭の中で紡がれ、まず
は脚本という形で現れた。本書は、たぶんト書きと台詞を厳密に分けているそ
の脚本を小説という形に整えたものだと思う。全体の作りが脚本に似ている。
そしてたぶんト書きには書いていない、役者オリジナルの演技を文章化してい
る。是枝監督は演技を役者に考えさせ、役者に任せた部分もある、とどこかの
インタビューで云っていたのだが、本書は描写が映画で描かれている場面と同
じなのである。だから、本書の発行日(2018.06.11)は映画公開日(2018.06.
08)よりも後になる。もうひとつ云うと、映画ではカットされたけど、本書で
は、描かれている場面があるのだ。おそらく撮影はしたのだけど、編集段階で
尺の関係から切らざるを得なかったのではなかろうか。

(以下、すべて映画のネタバレになります。まだ映画を観ていない人は読まな
くていいです)

 是枝監督に拠ると、最初に撮ったシーンが後半のハイライトである海水浴の
場面で、そこで樹木希林のアドリブによって、映画の方向が決まった、とのこ
とだ。そのアドリブだった台詞も、本書にはばっちり書かれている。

 なにもかも映画が最初にありきの本である。したがって、本書のことを書く
ことは映画に対する批評でもある。

 「万引き家族」で是枝監督は何を訴えたかったか。この映画は実はとても重
い。家族と社会と貧困について考えさせられる。それらのなんと間口が広く、
奥行きもあることか。さまざまな人がさまざまに云っているし、それはほとん
どが間違ってはいない。正解のない命題。観た人それぞれが自分の経験や自分
の考えに照らし合わせて、自分の尺度でものを云う。たぶんそれでいいと思う。
さまざまな感想があることはとてもいいことだ。

 で、執筆子はどう観て、どう読んだか。

 一言で云うと、“血縁関係だけが家族か”・・・・・ということに尽きる。
本作の家族は、6人。祖母(初枝=樹木希林)、父(治=リリー・フランキー)、
母(信代=安藤さくら)、母の妹(亜紀=松岡茉優)、息子(祥太=城桧吏)、
娘(ゆり=佐々木みゆ)。実は誰ひとりとして血は繋がっていない。家族のふ
りをしている。が、前半でヒントになる出来事がある。この映画は娘のゆりが
拾われた日から始まるが、家族の中でゆりを返してくる、返さない、で少し議
論になる。結局母(信代=安藤さくら)が引き取ること(それでも世間ではこ
のようなケースを誘拐というが)に賛成して、ゆりは家族の一員となる。返す
ことを主張していた母が、ゆりの本当の家の様子をみて(DVの家庭だった!)、
ゆりを引き取って育てることにした。その決心のシーン。母がゆりをぎゅっと
抱きしめる。映画ではこれだけだが、本ではそこに母信代の独白が入る。「お
前なんかにこの子を返してやるもんか」。

 この独白が後半、一家が警察に捕まり、取り調べにおいて、信代が取り調べ
の警官に云い放つせりふにリンクしている。「誰かが捨てたのを拾ったんです。
捨てた人は、他にいるんじゃないですか?」

 家族がテーマのものがたりである以上、主役は家族全員なのだが、いちばん
大切なのは母なのだ。女性なのである。映画では父役のリリー・フランキーが
最初にクレジットされるが、全員が主役であり、なにより大切なのは母役の安
藤さくらだと思った。

 ものがたりは、まず、父の治と息子の祥太がスーパーマーケットで見事な連
携プレーで万引きをするシーンから始まる。どうして万引きをしているのか、
ものがたりが進むにつれて、少しずつ分かってくる。治は日雇い、信代はクリ
ーニング店、亜紀は風俗でそれぞれ働いている。しかし祖母の初枝の年金が最
大の収入源である。年金だけでは心許ないので万引きをして生計を維持してい
るようだ。子の祥太は小学生だが、どうやら学校に通っていない。この状況で
拾ってきたゆりを家族の一員として認めていく。そしてゆりも万引きするよう
になる。そのあたりからものがたりは少しずつ、この偽装家族が壊れていく様
を描いていく。最初のほつれは、ゆりが行方不明、とマスコミで報道されたこ
と。観客(読者)は、この家族はもしかしたらみんな他人なのではないか、と
思い始める。祖母の初枝と妹の亜紀の関係が明らかになるシーンでは、初枝は
善意で行動しているのか、また悪意を込めて小ゆすりたかりをしているのか、
亜紀の両親の家庭に行って小遣いを得ているのだ。この偽装家族は、ある意味
ユートピアを築いていた。しかしそれは、実は砂上の楼閣に過ぎなかったこと
が、この大報道でわかってしまう。そして、次にものがたりが壊れるのは、母
信代がクリーニング店を馘首になるとき。さらに三番目の破綻は、祖母の初枝
の死。葬式とか届け出とかそういうことをすると、この偽装家族のことがあっ
という間に世間にバレてしまい。バレたときがユートピアの終焉になることに
気づいた、父(治)と母(信代)は、初枝の死をなかったことにする。なんと
穴を掘って埋めてしまうのだ。それでも翌日から偽装家族は続く。死亡届を出
していないので、期日には初枝の口座に年金が入る。偽装家族は初枝が死んで
も初枝の年金をあてにする。そんなことをしているうちに、息子の祥太が罪悪
感をもってしまったことが第四の破綻。父の治よりも早く万引きに対する罪悪
感を持ってしまった。

 そして息子祥太が、ゆりをかばうためにスーパーの店員にわざと捕まり、一
家は解散の日を迎えた。

 このものがたりの凄さは、誰も救われない処にある。信代はすべての罪を被
って刑務所へ。亜紀は、治と信代に騙され、そして最愛の初枝にも騙されたと
思い込んでいる。ゆりは実の両親に引き取られ、あいかわらず暴力を受けひと
りで過ごす。治は淋しく一人暮らし。全員に捨てられた状況。祥太は施設に入
る。祥太は救われるのか。ゆりは頑張って生きていけるのか。亜紀は大丈夫な
のか。最後まで能天気な治はひとりで生活できるのか。信代はいつ刑務所から
出られるのか。これは嘘をついたことの代償なのだ。この偽装家族は、人を騙
すと共に自分自身も偽って生きていたのだ。自分を偽って生きている人に救い
と希望はない。

 ものがたりを観終わり、読み終わっても、なお未来を想像してしまうのだ。
 このものがたりは、確実に家族のものがたりであり、ホームドラマである。
それが他人同士であっても。

多呂さ(昨年に続いて7月7日の凶報。大雨によるたくさんの犠牲者。被災者
が一刻早くもとの生活に戻れるように祈念します)
 ブログ→ http://d.hatena.ne.jp/taro3643/

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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85 普遍的な物語の効能

 各地の水害で避難にあわれたみなさまの日常が、一日も早くもどってきます
 ように。孤立されている方々が無事救助され、食べ物や日常に不足なものが
 なくなりますように。

 一年の中でおだやかに過ごせる季節が少なくなっているような感覚です。
 地震があり、豪雨があり、土砂災害があり。

 ざわざわする心持ちのとき、
 なにを読めるだろうかと考えました。

 そんなとき、
 フェイスブックで、京都の子どもの本の店「きんだあらんど」さんが、『山
 の上の火』というエチオピアのおはなしを紹介されていたのを読み、久しぶ
 りに再読したところ、なんともいえない落ち着いた気持ちになりました。

 「きんだあらんど」Facebookページ
 https://goo.gl/LdZVHM

 アルハという若者がご主人様と賭けをします。
 スルタ山のてっぺんに一晩中、裸で突っ立っていられるかどうかです。
 アルハは賭けを引き受けてから心細くなり、ものしりじいさんに相談しまし
 た。じいさんは、スルタ山の谷を隔てたところにある岩の上で火をもやすの
 で、それをみて山に立ち続けることを提言しました。

 直接あたためない火でも、その火を燃やし続けてくれるじいさんの気持ちは
 アルハを一晩山の上で立たせる力の源になりました。
 
 その後の話は一筋縄ではいかないのですが、しめくくりはとてもよいもので
 した。

 この話を読んだあと、アンデルセンを読みたくなりました。

 岩波文庫や福音館文庫でも、アンデルセン童話集は刊行されていますが、
 この5月にのら書店からアーディゾーニが選んだアンデルセン作品が出たの
 です。

 『アンデルセンのおはなし』
 スティーブン・コリン /英語訳
 エドワード・アーディゾーニ/選・絵 江國香織訳 のら書店

 たくさんのアンデルセンの物語から、14編を選び絵をつけたのが、エドワー
 ド・アーディゾーニ。1979年に亡くなっている、イギリスの画家です。
 『チムとゆうかんなせんちょう』(福音館書店)のシリーズ絵本等の他、児
 童文学の挿絵も描いています。

 アーディゾーニの描く子どもは、その心情が浮かび上がってくるかのような
 繊細なタッチで、見入ってしまう魅力があります。

 既訳のアンデルセン作品は、大塚雄三さん(福音館文庫)も、大畑末吉さん
 (岩波文庫)も、簡潔ですっきりしたものですが、江國香織さんの訳文は、
 情景が目に見えるようで、また、すっきりした読みやすい文章は、声に出し
 て読むとより楽しめます。

 14編をいくつか音読していると、高校生の娘もいつのまにか聞いていたほど、
 よく知っている話でも、ぐぃっと物語世界に引き込まれます。

 2つの話をご紹介します。

 「しっかりしたスズの兵隊」

 25人いるスズの兵隊の内、1本足の兵隊がいました。
 彼は、片足を上げて踊っている小さな女の人(紙でできています)も自分と
 同じように1本足だと思い、心を寄せます。
 同じ家のおもちゃには、びっくり箱に入った小鬼がいました。小鬼はスズの
 兵隊に冷たい言葉を放ちます。小鬼のしわざなのか、スズの兵隊は、家から
 出てしまい、紆余曲折を経て、また同じ家に戻るのですが、残酷な運命が待
 っていました……。

 スズの兵隊の実直な様子や、小鬼の意地悪さ、踊り子の可憐さがまっすぐに
 伝わり、兵隊が運命に翻弄されラストを迎えるまでずっとハラハラします。

 短い話ですが、スズの兵隊に流れる人生の時間はとても濃密です。

 「皇帝の新しい服」は「はだかの王様」というタイトルでよく知られている
 話です。

 衣装に目のない皇帝が、すばらしい衣装という言葉にひかれて、ペテン師に
 だまされてしまう話です。
 
 その役職にふさわしくない者にはみえないすばらしい衣装。皇帝より先に、
 チェックした側近たちもみな、役職にふさわしい事を示すために、みえない
 衣装をほめちぎります。

 衣装をつけたつもりで大行列する皇帝に、ひとりの子どもがぴしゃりと言い
 ます。「皇帝は何も着ていないよ!」

 この子どものひとことは、いまの私には響きました。

 はだかの王様を滑稽だと思っていたときもありましたが、いい大人になって
 から読むと、周りの目を気にすることをより理解できるようになったからで
 す。

 普遍的だからこそ、このお話はいまも読み継がれるのでしょう。

 まずは、ひとつふたつ、読んでみてください。


(林さかな)
会津若松在住
http://1day1book.strikingly.com/

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 お詫びです。前号6月20日号の号数を誤っておりました。正しくは656号で
した。謹んでお詫び申し上げます。

 今回は、久々に、あまり遅れずに発行できました。(あ)

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→ 『クロスロード・ブルース』

★「目につく本を読んでみる」/朝日山
→ 『八九六四』安田峰俊 角川書店

★「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
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#96『クロスロード・ブルース』

 前回は、吉松隆『クラシック音楽は「ミステリー」である』をご紹介したが、
音楽とミステリー小説は割に相性がよいのか、音楽ミステリーとサブ・ジャン
ルにしてもいいほど、いろんな作品がある。
 ただ、取り上げられる音楽は何となくクラシックが多い印象。ミステリーの
スタイルとしても、いわゆる本格ものが多い気がする。

 だがもちろん、クラシック以外の音楽をテーマに、本格もの以外のスタイル
で書かれた小説が存在しないわけではない。
 例えば本書、エース・アトキンスの『クロスロード・ブルース』は、タイト
ルからお分かりのように、ブルースをテーマとしており、スタイルとしてはハ
ードボイルドに分類される、音楽ミステリーの秀作である。

 ブルースとハードボイルド。一見ミスマッチだが、このふたつには、ある共
通項が存在する。これを見出したことが、この作品を皮切りにスタートした
『ニック・トラヴァース・ミステリー』シリーズ最大の功績だろう。

 今日、ブルースはロックの母体となった音楽として、少数ながら熱心なファ
ンを世界中に持っているが、20世紀初頭、本国アメリカでは黒人社会でのみ演
奏され、聴かれる音楽だった。したがって、当時黒人が多く住んでいた南部の
田舎にしかブルースマンはいなかった。
 その点、白人を聴衆に持ち、ニューヨークのような大都会で演奏されていた
ジャズとは大きく異なる。音楽的には「ブルースはジャズのいとこ」と言われ
るにもかかわらず。

 しかし、どこにでも天邪鬼はいるもので、そんな黒人だけの音楽に心を奪わ
れた白人もいた。その一人がアラン・ローマックスで、彼はまだテープ・レコ
ーダーが発明される前から、重い録音機材を車に載せて、南部を旅して回った。
ブルースマンの所在を探して話を聞いたり、その演奏を記録に残すためである。

 しかし、それは大変な難行であった。
 マス・メディアはおろか、インターネットが当たり前になり、世界中のマニ
アックな情報が簡単に手に入る現代とは異なり、ラジオも電話も普及していな
いアメリカのディープ・サウスを、いい加減な噂話だけを頼りに、流浪のブル
ースマンを追跡するのである。
 やっと辿り着いたと思ったら、つい数日前に別の町へ行ったと知らされたり、
生きているものと信じていた相手がとっくに墓の下に眠っていたり。
 それでも、徒労に終わるかも知れないと承知の上で、埃っぽい未舗装の田舎
道を、よたよたと車で走り、あっちの町、こっちの辻を訪ねて回る。ブルース
が演奏される酒場ジューク・ジョイントを探して。
 その姿は、ある別の職業を想起させないだろうか。
 そう、私立探偵である。

 ハードボイルド・ミステリーの創始者ダシール・ハメットが『血の収穫』で
長編デビューしたのは、アラン・ローマックスが南部を放浪する少し前だが、
30年代には二人の活動期間が重なってくる。
 その、ハメットの小説は、主人公として私立探偵を選んでいた。
 コンチネンタル社という大手探偵事務所に所属する名前のない「私」はもち
ろん、映画『マルタの鷹』ではハンフリー・ボガードが演じたサミュエル・ス
ペードも私立探偵である。
 ただ、ハメットの物語の始まりに彼らが依頼されるのは、人探しではない。
 その後のレイモンド・チャンドラーを経て、ロス・マクドナルドに至るハー
ドボイルドの歴史の中で、行方不明の家族を探してほしい、という依頼が物語
の起点となるケースが、いつしかこのジャンルのひとつの定型となっていくの
である。
 その理由は、ぼくには定かでないが、結果ハードボイルドは、PI(Private 
Investigator=私立探偵)小説とも呼ばれるようになり、ジェイムズ・クラム
リーの『さらば甘き口づけ』が典型だが、まさに「人を探す物語」になってい
った。

 目撃証言を頼りに、行方不明者を探す私立探偵。
 噂を頼りに、ブルースマンの消息を訪ねるアラン・ローマックス以降のブル
ース研究者。
 あやふやな情報を追って、広大なアメリカを彷徨する点で、このふたつの職
業はぴたりと重なり合う。
 このことに気づいた著者エース・アトキンスは、ならば私立探偵の代わりに、
ブルース研究者を探偵役にしたハードボイルドを書いてみよう、と思ったので
はないかと思う。

 こうして本書の主人公ニック・トラヴァーズが誕生した。

 彼は元アメリカン・フットボールのプロ選手。だが、悪質タックル問題では
ないが、コーチと揉めて引退。その後大学に入り直して、ブルース研究者にな
ったという変わり種だ。
 もっとも、ハードボイルドの常として暴力シーンはつきもの。この際主人公
がひ弱な音楽研究者ではしょうがないので、こんな経歴を設定したのだろう。
その証拠に、物語上、特にアメリカン・フットボールが重要になるわけではな
い。

 一方ブルース研究者に転身したのには、必然性がある。
 ニックの両親は彼が幼い頃に離婚しており、親代わりとなってくれたのがブ
ルースのライブハウスを経営するジョジョと、その妻でシンガーのロレッタだ
ったのだ。ニックは子供の頃から店に出入りし、本物のブルースを聴いて育っ
た。そして、筋金入のブルース・ファンに成長したのである。
 ブルース研究者となったいま、彼自身も時折、ブルースハープ・プレイヤー
としてジョジョの店のステージに立つこともある。

 そんな男の活躍を描く『ニック・トラヴァース・ミステリー』の第一作が、
本書『クロスロード・ブルース』だ。

 本書のもう一人の主人公とも言うべきなのは、実在したブルースマン、ロバ
ート・ジョンソンである。ロックやブルースを聴く人なら、本書のタイトルを
見ただけで、それは分かるはず。
「クロスロード・ブルース」はジョンソンの代表曲であり、後にエリック・ク
ラプトンがクリーム時代に「クロスロード」というタイトルで演奏し、ロック
の名曲ともなっているからだ。

 ロバート・ジョンソン自身、謎めいた伝説に彩られている。
 元々ギターが下手だったのに、暫くどこかへ姿を消したと思ったら、戻って
きた時には別人のように上手くなっていて、ギターのテクニックと引き換えに
悪魔に魂を売ったと噂されたこと。
 27歳の若さで殺されているが、死因が毒殺とも刺殺とも言われ、もちろん犯
人は不明のままであること。

 そんなロバート・ジョンソンが、実は生前最後に録音した幻のレコードが存
在した!
 その噂を聞いた、ニックの同僚の音楽学者が真相を探る旅に出たまま、消息
を断ってしまう。困った上司に、ブルースマン探しの腕を買われ、ニックは同
僚の捜索を依頼される。
 まさに、ハードボイルドの伝統に忠実なオープニングである。

 手がかりとなるのは、アルビノの黒人。また、謎めいた老いた黒人がうろう
ろし、親代わりのジョジョにまで怪しい動きがある。
 さらに、ジョンソンの幻のレコードを手に入れようと目論むギャングが背景
におり、彼の殺し屋志望の手下が、エルビス・プレスリーに心酔している、リ
ーゼント・ヘアの若者という強烈なキャラクターだ。

 ちなみに、この若者は本書で死んだはずなのだが、第2作『ディープサウス
・ブルース』にも名前を変えて登場する。
 こちらでは、彼の相棒となる、パーフェクト(=完璧)・リーという変わっ
た本名を持つ女も出てくるのだが、彼女もまた実にエキセントリックで、忘れ
がたい印象を残す。
 エース・アトキンスには、悪人を魅力的に描く才能があるようだ。

 随所に、凝った言い回しがあり、時にそれが過剰で意味が伝わりにくかった
りもする。
 例えば、ロバート・ジョンソンが演奏のために立ち寄った酒場の描写。ブル
ースの演奏と酒に酔った客たちの賑やかな様子を、「まるで納屋の二階から干
し草を投げ下ろしているかのようだった」と喩えているが、南部のシズル感が
ある一方、納屋の二階から干し草を投げ下ろしたことも、それを見たこともな
いぼくには、いまひとつピンと来なかったりするのだが、恐らく、デビュー作
によく見られる気負いだろう。実際、第二作では大分その悪癖が治まっている。

 ともあれ、蒸し暑い梅雨時。
 南部アメリカの湿度を感じさせる物語と文体に酔うのも、一興かと。


エース・アトキンス
峯村利哉訳
『クロスロード・ブルース』
平成十二年十二月二十五日 初版発行
角川文庫

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
先日、心理テストを受けました。たくさんの質問に答えると、分析の結果、ど
んな職業に内心つきたいと思っているか、ランキング形式で教えてくれるとい
うもの。中には商社マンで、1位が「パティシエ」と出て、本人もまったく理
解できない、ということもあったそうなので、果たしてどんな結果が出るか興
味津々でした。すると、1位は「作家・ライター」となり、これはまあ予想通
りでしたが、7位に「役者・俳優」が入っており、11位の「ミュージシャン」
より上になっていたのが意外でした。ちなみに、「役者・俳優」が上位に来る
人は、相当珍しいとか。自分のことを一番よく分かっていないのは、自分なの
かもなー。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『八九六四』安田峰俊 角川書店

 「八九六四」とは89年6月4日、天安門事件の大虐殺があった日のこと。サ
ブタイトルは「『天安門事件』は再び起きるか」である。何年もかかって60人
以上の人にインタビューして、天安門事件のこと、そして今考えていることを
聞いて回った本である。

 天安門事件は、個人的に思い入れがある。というのも、学生自体に自治会委
員長やっていた経験上、ほぼ同世代(と言っても若干年下になる)の若者たち
が、本当に中国を変えるかも知れないと思わせる迫力のある運動をしていたか
らだ。6月4日の弾圧は、会社の帰り道、阪急梅田駅の紀伊國屋書店のところ
ある大型スクリーン、ビッグマンで流されてるのを見て知った。

 もうあれから29年になる。中国では天安門事件につい触れるのは今もタブー
で、本はもちろんネットで見ることもできない。スマホ決済の送金すら8964元
の指定は出来ないという。それだけこの事件の衝撃が大きかったということだ。

 聞いて回った相手は、有名どころでは王丹やウアルカイシ。無名(匿名)の
人も多い。インタビューの場所は日本だけでなく北京や台湾、香港、タイまで
ある。また中国人だけでなく日本人もいる。

 もっとも、6月4日に天安門広場にいた人はほとんどいない。母親が倒れた
り、やむなき事情で広場にいなかった人だからこそも今も生きていて証言でき
るのだ。もっとも死体の転がる中、逃げてきた人もいる。

 読後感は、既視感がある。それに尽きる。私が中国の社会運動をよく知って
いるというわけではない。そうではなくて、人こそ多くは死ななかったが、日
本で行われてきた社会運動が潰れていったパターンとそっくりに見えた。しか
も運動敗北後に国の経済が世界トップレベルまで向上したのもそっくりなら、
運動が停滞していたのも同じ。運動から足を洗った人たちがエリートほど今も
社会的地位が高く、そうでない人たちは沈んでいったのも同じ。もちろん、今
もこの道をずっと歩き続けている人もいる。

 多くの人が、今、天安門事件が再び起こったら応援するかと言われて、否定
的見解を示す。なぜなら運動敗北後の中国は、日本の高度経済成長を彷彿とさ
せる経済成長を実現している。今では日本企業が、かつてのアメリカ企業のよ
うに叩きのめされている状態だ。フィンテックにいたっては、日本よりはるか
に進んでいるだろう。

 もちろん今でも中国は都市と農村の経済格差や戸籍差別など問題は山積して
いる。しかし多くの元活動家たちは当時ほとんどいなかった大学生でエリート
だった。社会変革よりも金儲けに転向すれば、普通に成功できる人たちである。

 多くの国民が豊かになった。豊かな中国を作ったのは中国共産党そのもので
ある。マキァヴェッリ曰く

「民衆というものは、善政に浴している限り、特に自由などを、望みもしなけ
 れば、求めもしないものである」

 まさしく、マキァヴェッリの言うとおりに中国国民は、政府を支持している。
かつての運動家たちは、そんな現実が見えないような愚かな連中ではない。

 中国共産党を絶賛するわけではないが、あのとき立ち上がったのは間違いだ
ったのではないか・・・確かに天安門事件後の中国を見ていたら、そう思う人
が多数でも不思議ではない。

 逆にエリートではなかった人たちは、今も総じて恵まれてはいない。中国共
産党はエリートは大事にしても、そうでない人には過酷だ。このあたりの落差
も、日本以上にえげつない・・・。本当に救いがない。台湾や香港で今の天安
門事件の評価をめぐる党派の人の話も、そうしたカオスを見るようだ。

 とはいえ、読んでいて嬉しかったこともある。王丹やウアルカイシが健在で、
年相応に成熟して、台湾のひまわり革命に貢献していたこと。ひまわり革命は
運動家たちが過去の社会運動についてよく勉強していて、戦略を練り、落とし
どころを最初から考えていた。そして政府内の支持者と連絡はしないが、彼ら
の足を引っ張らないように動いた。

 そうしたやり方を王丹やウアルカイシが教えたわけではない。彼らはただ、
頑張れと言いに言っただけだ。本には書いてはないが、たぶん彼らは思っただ
ろう。自分たちの失敗に、彼らは学んでくれたのだと。自分たちの子供の世代
が、自分たちを上回る存在となったことを素直に喜んでいる。

 私はSEALDsの主張を支持しない。しかし、若者が異議を唱えるという運動は
成功してもらいたかった。しかし、そうはならなかった。その原因は、SELDs
の面々も、その取り巻きも、天安門事件に学べる能力がなかったからだろう。

 これって、日本の人口人口が中国の1/10以下だからなんでしょうかね? 確
率論で言えば、日本で10年に一度の逸材は、中国では毎年1人は出ているはず。
天安門事件から学べる人もそれだけ多いから、雨傘革命は成功し、SEALDsの運
動は失敗した。そんなことを読み終えたとき思った。

(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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 メルマガ発行準備をしているときに飛び込んできた地震のニュースに驚きま
した。

 東京に居るとあまり大阪の情報が入ってきませんが、皆様、大丈夫でしょう
か? 余震はまだまだ落ち着かない様子でしょうか。

 くれぐれも、お気をつけください。(あ)

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[書評]のメルマガ vol.655

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★トピックス
→トピックス募集中です。

★「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
→<102>「旅行」とは、「電車に乗ること」と見つけたり

★「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
→84 微細に描かれた絵本の楽しみ

★「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
→第101回 「国体」ということばで日本の姿を説明する

★「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
→今回はお休みです。

★献本読者書評のコーナー
→書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中

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 株式会社三楽舎プロダクション 小林様より、下記の献本を頂戴しました。
ありがとうございます。

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■「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
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<102>「旅行」とは、「電車に乗ること」と見つけたり

 細川貂々『日帰り旅行は電車に乗って 関西編』(ミシマ社)を読んだのだ。

 映画やドラマにもなったベストセラー『ツレがうつになりまして』の貂々さ
んの最新刊は、鉄道コミックエッセイ。
 鬱から寛解し、ただいまは専業主夫を務める「ツレ」さんと、一人息子の
「ちーとくん」と三人(正しくは、毎回もれなく同行するミシマ社の担当女史
「ミッキー」さんを加えた4人)で、関西あちらこちらの電車に乗りに行った、
その顛末記。

 元々は、貂々さんもツレさんも、電車や鉄道にはまるで関心がなかったらし
い。
 が、息子のちーとくんが、2歳ころから電車に異様に興味を示し、まずは家
事及び育児担当のツレさんが、息子に引きずられる形で「テツ」化し、その後
貂々さんも巻き込んで、最初は息子の欲求を叶えるためだった首都圏電車旅の
あれこれを、2012年には『親子テツ』(朝日新聞出版)というコミックエッセイ
にまとめてしまったらしい。
 …「らしい」というのは、そちらはまだ未読だから。

 そして、一家で関西に移住した後、家族ぐるみの「テツ」化はさらに加速し、
『親子テツ』では、自宅最寄りの地下鉄東西線を中心に、あくまでなんらかの
用事があって、たまたま乗った電車を取り上げることが多かったようなのだが、
「関西編」では一変、「電車に乗る」ことをまずは第一の目的として家族で出
かけた日帰り旅の、その時々あちこちの様子が描かれている。

 いや、その「日帰り」範囲の広いこと、広いこと。京阪神は言うに及ばず、
関西一円に広がっていて、目次を見るとたまげます。
 やはり、初めての土地に移り住んで、何処へ行っても物珍しく、勢い、その
活動範囲も広がったのだと思う。

 わしもまた、学生時代、東京に住み始めた当初、さすがに電車目的ではなか
ったが、暇を見つけては、あちこち、「寅さん」の葛飾柴又や、鈴木翁二の調
布とか仙川、深大寺、つげ忠男の利根川とか、安部慎一の阿佐ヶ谷、神代辰巳
の映画でよく見た新宿歩行者天国、これも映画によく出てきた神田界隈やら、
はては横浜、横須賀あたりまで、あちこち「見物」に出かけたものだ。

 当然のこと、その行き帰りには電車を利用するのだが、初めて見る東京の電
車は、70年代のその当時、関西のそれに比べると、駅や車両や設備その他、す
べてにおいてなにやら垢抜けなくてドン臭く、電車は古くてボロい上に冷房も
なくて、小田急や京王線の新宿駅とか東急渋谷駅や西武池袋駅といった私鉄タ
ーミナルもまた、どこもやたらとショボいのに、「な〜〜んや、こんなモンか
い」と妙な優越感を抱いたりも、した。

 『日帰り旅行は電車に乗って』では、神戸電鉄とか山陽電車、能勢電鉄、北
条鉄道といった、関西人にとってもマイナーな路線もピックアップされていて、
神鉄沿線生まれ、神鉄使って三田まで通学し、北播磨はお友達エリア、能勢電、
山陽電車は遠足電車でした、なわしには、個人的にとても嬉しかった。

 ただ今の自宅最寄駅でもある阪神電車・武庫川駅を、ちーとくんが「すごい
よ」とリスペクトしてくれてんのも、うれしかったです、はい。
 わしも、この駅に最初に降り立ったときには、びっくりして、思わず笑い出
してしまいましたですよ、ちーとくん。

 何年か前まで、京阪神一円の書店をまわる、出版営業代行をしていた。
 そのお仕事で、普段はあまり乗る機会のない京阪電車や南海電車、近鉄南大
阪線などに乗るときには、仕事ではあったが、なんだか旅行気分で少し「わく
わく」して、駅の様子や車窓など、必要以上にきょろきょろとあちこち見回し
てたりもしていた。
 京阪電車には、編成の1両ずつにもれなく「成田山」の交通安全のお札が張
り付けてある、というのも、この時に「発見」した。

 通勤などで通い慣れた路線でも、たまに降りたことのない駅に途中下車して
みると、これまた即席の非日常、束の間の旅行気分が味わえて、これはただ今
もなお、ときどきやらかしております。

 「旅」すなわち非日常空間は、わざわざ遠くへ行かなくても、ちょいと視点
を変えてみるだけで、たちどころに現れる、ということを、貂々さんの『日帰
り旅行』は思い出させてくれた。

 ずっと昔の我が家では、毎年夏休みと暮れから正月にかけての年2回、一泊
ないし二泊の家族旅行が恒例だった。
 この恒例行事が始まったのが1965年の夏で、わしは小学4年生。
 この時は、前年に開通したばかりの新幹線で名古屋へ行った。
 名古屋城を見物した後、名鉄の赤い電車で熱田神宮から犬山の木曽川畔へ回
ってここで一泊、翌日、これまたオープンしたばっかりだった明治村を見て、
やはり前年に開通したばかりの名神高速を走るバスで帰ってきた。

 その年の暮れには、富士山を見に行った。
 新幹線の「こだま」を静岡で降り、東海道線で沼津まで普通電車に乗った。
オレンジと緑のツートンカラーの電車は、前面が二枚窓の、その少し前まで大
阪や神戸にも走っていた、旧型の湘南電車だった。
 「しみず」「おきつ」「かんばら」「ふじかわ」「ふじ」「よしわら」と、
駅に停まるごとに駅名票を読み上げていったのだけど、駿河湾に沿って走る駅
や沿線が、やたらにほのぼのと長閑な光景だったのを、今もよく覚えている。

 この時の宿泊先は御殿場のホテルで、沼津で乗り換えた御殿場線では、「気
動車」というのに生まれて初めて乗った。
 「ゴーゴー」と唸るエンジン音や油っぽい車内の臭いもそうだったが、乗客
が手動で開け閉めするドアが、とても物珍しかった。
 一泊二日の旅で、翌日は御殿場から箱根を周遊したのだが、あいにくの雨降
りで、前日も曇っていたので、結局富士山は見られなかった。

 岡山に向かうために、朝早くに神戸駅から乗った急行列車は、東京から夜を
徹して走ってきた客車列車で、車内の人達の多くがまだ眠っていた。
 岡山から倉敷を回って、帰りの急行は電車だったが、途中の姫路駅で立ち売
りの「そば」を買ってもらって、いざ食べようとしたら、開けっ放しの窓から
吹きこんでくる風に煽られ七味唐辛子が目に入り、神戸駅で下車した後も、ず
っと痛かった。

 大阪弁天埠頭を夜に出航して四国松山経由で別府に向かう関西汽船は、年末
の帰省客でごった返していて、船底の入れ込み座敷風三等船室は言うに及ばず、
食堂や通路、トイレや、はてはシートで風よけされた甲板にまで、船客が毛布
にくるまって寝ていた。

 わしが小学4年の時に始まった家族の慣例はその後も続いて、わしが高校2
年になるころまで、律儀に年に2回繰り返され、四国・山陽方面から北陸、飛
騨高山、伊勢志摩、南紀、山陰等々、結構あちこちへ連れて行ってもらったの
だが、どこでなにを見て、どこに泊まって何を食べた、というのはほとんど覚
えていないのに、何に乗って、どこからどこまで移動した、というのは、その
車窓の風景も含めて、鮮明に覚えている。

 宿泊を伴う旅行でなくとも、うちの場合は父親が、会社のイベントのハイキ
ングとかなにかの催しとか、あるいは休日出勤の会社に、よく連れ出してくれ
たのだが、その途中では、かならずナニガシかの鉄道薀蓄を聞かせてくれた。
 大阪の地下鉄は3分ごとに電車がやってくる、とか、阪急電車の車内の「木
目調プリント鉄板」は、「父ちゃんが大学に通った戦前にはもう採用されとっ
た」とか、「近鉄は日本一大きな鉄道会社なんやで」とか、開通前の新幹線の
線路を「いっときは阪急電車が走っとったんやァ」とか。

 その場合もまた、行った先での出来事は、ほとんど覚えていないのに、そこ
へ行く電車の中の景色は、鮮明に覚えていて、旅行とか旅というのは、つまる
ところが「移動」の過程こそが、一番重要で、それこそが旅のキモ、なんでは
なかろうか、と、貂々さんの『日帰り旅行』で改めて思い出し、そして実感で
きたのだった。

 この漫画は、ミシマ社のウェブサイトでの連載を単行本化したものなのだが、
足かけ3年(だったっけ?)に及ぶ連載が進むにつれ、両親をテツの道に引き
込んだちーとくんが成長し、彼の鉄道熱が徐々に冷めていくという過程もまた、
描かれている。
 そうですよね。男の子には「電車好き」が、やけに子供じみて、なにやら恥
ずかしくなる年ごろ、というのが必ずあるのですね。
 しかも、家族連れでゾロゾロと、ただ電車に乗りに行く、それを母が漫画に
描く…男の子的にはもう、「頼むからヤメテくれ〜〜!」な状況ですよね。

 そんなちーとくんも、両親とともにわざわざ乗りに行った鉄道の「旅」の記
憶は、深いところに鮮烈に、そしてとても印象深く残って、ずっと遠い先のど
こかで、ふと思い出しては、記憶を遡ってもう一度辿ってみたくなったり…が、
たぶんきっとあると思う。
 …というのは、実はわしの実体験だったり、するのだが。

 貂々さんご一家が関西移住を決めたのは、東日本大震災がきっかけで、ちー
とくんのためにも「もっと暮らしやすいところ」を模索した結果、ヅカファン
な貂々さんと、中学まで大阪に在住していて関西に思い入れが深かったツレさ
んの思惑が一致。
 来てみれば、ツレさんの記憶の通りに関西は「電車天国」、ちーとくんも夢
中になって…と、この本が出来上がったようだ。

 震災をきっかけに関西、それも阪神間に移住…というと、なにやら谷崎潤一
郎なども彷彿してしまうのだが、関西に移住後、その文化にどっぷりとハマっ
た谷崎のように、貂々さんもまた、ヅカ及び関西を満喫しつつ、今後は「電車」
以外の分野でも、関西あちこち、できればできるだけマイナーなスポットをル
ポしていただきたい、と勝手なお願いなどもしてみたり…

 ところで、『日帰り旅行』中で、ツレさんが一行にぜひとも見せたかったの
に、見せられなかった「大阪のスゴイゴミすてば」というのは、おそらく、
↓これのことだと思うのだが、

http://www.hetgallery.com/semba_b13.html

 これ、阪神高速の湾岸線からは、実にくっきりはっきり良く見えるのだが、
ニュートラムと地下鉄からは、ちょっと遠すぎて、まず見えない思います、は
い。

太郎吉野(たろう・よしの)
 2011年に神戸から西宮へ引っ越して、ただ今のホームグラウンドは甲子園。
右投げ右打ち。掛布二軍監督はひとつ年上の同級生。

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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84 微細に描かれた絵本の楽しみ

 福音館の月刊誌絵本のひとつ「たくさんのふしぎ」が今月号で400号を迎え
 ます。節目の絵本は、大好きな西村繁男さんによるものです。

 「絵で読む子どもと祭り」西村繁男 作
 月刊たくさんのふしぎ 2018年7月号(第400号)福音館書店

 2014年から4年かけて取材された、子どもが参加している地域のお祭りを9
 つ紹介されています。
 
 西村繁男さんの絵本といえば、たくさんの人と共に周りの様子も微細に描か
 れているのが特徴です。

 本書は「絵で読む」とタイトルにあるように、絵の読みごたえがたっぷりで
 す。お祭りの見所を双眼鏡でみるかのように、ところどころズームアップも
 されています。

 当初、西村さんは、祭りの絵本を提案されたとき、ご自身が子どもの時に経
 験がなく、その後も積極的に参加したことがないので、祭りを執り行う人た
 ちの思いや情熱を描けるか自信がなかったそうです。

 しかし、いままでのように、たくさんの人々を観察し祭りの現場をみて人を
 描いていけば絵本にできるのではと、時間をかけてできあがったのが本書で
 す。

 春から始まり冬にかけて、9つの場所でのお祭りはたくさんの人が登場して
 います。

 視界に入るものをくまなく描き出した、その世界はにぎやか。子どもたち、
 観客、ただ通り過ぎる人も含め、様々な人が絵本の中にいっぱいです。

 中でも印象に残ったのは3つのお祭り。

 11月第3日曜日 神奈川県川崎市で開催されるのは「さくらもとプンムルノ
 リ」。

 日本や朝鮮半島、中国、東南アジア、南米などにルーツをもつ子どもが参加
 するお祭りで、プンムルノリというのは、韓国・朝鮮の伝統的な踊りです。
 1990年から商店街の祭りで踊りが披露されるようになり、踊りと楽器の練習
 は1年を通して行われています。

 踊りの横では、各国の食べ物が出店されている様子もみえ、美味しそうな料
 理にも見入ってしまいます。

 2月9日から11日にかけて行われるのは高知県吾川郡仁淀川町の「秋葉まつ
 り」

 過疎化でこの集落では30年以上子どもが住んでいないそうです。200年以上
 続いているお祭りを絶やさないために、近くの小学生が参加し、祭りをもり
 あげています。

 「神楽」「太刀踊り」「鳥毛ひねり」の披露にはたくさんの観客が集まって
 いて壮観です。

 2月中旬に行われるのは、福島県福島市と双葉郡浪江町の「安波祭(あんば
 まつり」
 
 もともとは福島県浪江町でおこなわれてきた豊作と豊漁を祈るお祭りですが、
 2011年の東日本大震災で、浪江町の住民は避難生活を余儀なくされました。
 福島市でおこなわれた、子どもたちによる「田植え踊り」の後ろには、仮設
 住宅が連なっています。

 昨年2017年の夏には、震災から6年ぶりに、浪江町の神社があった場所で、
 「田植え踊り」が奉納されたそうで、その時の様子も描かれています。
 
 お祭りは少子化、震災など、その時々によって乗りこえていかなければ続か
 ない現状もあらわしているのです。

 それでも、いつの時も大人たちは子どものお祭りが続いていくよう尽力してい
 ます。

 ハレの日の象徴ともいえるお祭りがこれからも長く続いていきますように。

 さて、2冊目も福音館の「こどものとも」。こちらは先月の6月号です。

 「しりとり」安野光雅 さく/え
 月刊こどものとも 2018年6月号 福音館書店

 安野さんもまた、繊細な絵を描かれる方で、代表作でもある「旅の絵本」シ
 リーズでは、世界各地、ひとつの国を舞台に、昔話など、物語のモチーフが
 随所に描かれ、それらを探しながら風景を楽しめるもので、私も子どもの頃
 から愛読しています。(新作はスイスを舞台にしたもので、今月15日に刊行
 です!)

 その安野さんがどんな「しりとり」を描いたのか。

 しりとりは、
 あいす→すずめ→めだか、というように最後の音で次の単語をつないでいく
 言葉遊び。「ん」がでたらおしまいです。
 
 安野さんの「しりとり」は、見開きに10数種類ほどの絵が描かれ、その中か
 ら好きな絵で自分のしりとりをはじめます。

 いちまいめは、さる きびだんご しるこ こあら けんびきょう 等々。

 たとえば、「さる」を選んでみます。
 「る」が次の単語のはじまりです。

 次の見開きのページに描かれている絵から「る」ではじまるものを見つけ出
 します。「る」は、るーれっと。

 そうやって、自分で次の言葉を選びながら最後のページにたどりつきます。
 そこで「ん」のつく言葉で終わるとおしまい。
 もし、最後が「ん」以外であれば、最初のページにもどって、しりとりは続
 くのです。

 ぬすびとはぎ、じんちょうげなどの可愛い花や、わまわし、みちしるべ、ち
 ょうちんなど、ふだんの生活ではあまり見かけないものなど、どの絵もやさ
 しいタッチで心ひかれるものがあります。

 子どもと一緒でも、大人が一人で遊んでも、おもしろい。

 我が家の小さい子どもたちが大きくなり、定期的な月刊誌が届かなくなって
 からは書店や図書館でチェックし、気になったものはいまも購入しています。

 今回ご紹介した2冊も購入して何度も読み返しています。
 最近では気に入ったものは複数冊購入して、あの人なら気に入りそうという
 方に贈っています。

 月刊誌は児童書を手厚くおいている書店ですとバックナンバーもおいていま
 すし、単品の注文は書店でも受け付けています。

 最後にご紹介するのも絵本です。
 
 『ちょうちょのために ドアをあけよう』
 ルース・クラウス 文 モーリス・センダック 絵 木坂涼 訳 岩波書店

 大人の手のひらくらいの大きさの絵本に、
 世界を楽しく生きるために覚えておくといいことがつまっています。
 子ども視点で子どものための便利帖みたいなのですが、けっこう大人にも響
 きます。

 たとえば、

 「おおごえで うたう うたを
 ひとつくらい おぼえておくと いいよ
 ぎゃーって さけびたくなる ひの ために」

 「そんなに つかれたって いうなら
 つかれを ポイって すてちゃえば いいのよ」

 詩人、木坂さんの言葉は、同じく詩人であるルース・クラウスの言葉をぴっ
 たりに伝えてくれます。

 センダックの絵は、細いペン画で子どもたちのユーモアさや可愛さを余すこ
 となく描いています。

 最初から順に読んだあとは、好きなページを開いて声に出して読んでみるの
 もおすすめです。


(林さかな)
会津若松在住
http://1day1book.strikingly.com/

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■「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
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第101回 「国体」ということばで日本の姿を説明する

 『永続敗戦論−戦後日本の核心』(2016年)は一度、ここでも紹介した。そ
の著者の白井聡氏が再び一般大衆にも読みやすい新書で日本の姿を表現する作
品を上梓した。

 『永続敗戦論』では、戦後の日本はアメリカの最重要同盟国となり、戦争に
敗北したことを曖昧にすることによって(“敗戦の否認”)、永続的にアメリ
カに従属しなければならなくなり、際限なくアメリカに従属をし続ける限り、
ずっと敗戦を否認していかなければならない。という論法で、我々に衝撃を与
えた。敗戦の否認が今も続く米軍基地問題や賠償問題になっているということ
だ。
 今回、紹介する本は、その“永続敗戦レジーム”を一歩進めて、実は戦前の
日本と戦後の日本はパレラルに同じ流れを辿っている、ということを訴えてい
る。そのキーワードが「国体」ということばだとういう。

『国体論 菊と星条旗』(白井 聡著)(集英社新書)
(発行:集英社)(2018年4月22日初版発行)

 戦後の日本は「国体」ということばと縁を切った、と大多数の国民は思って
いる。しかし、著者の白井氏に拠れば、「国体」は戦後も脈々と生きている。
1945年に一度仮死状態になったものの、実は復活している、という。現代日本
の状況を唯一説明できることばが「国体」という概念なのだ。

 明治維新からこっち、日本は天皇制とともに近代化の道を歩んできたが、一
度1945年に歴史は断絶した。

 明治維新 1868年
 敗戦   1945年
 現在   2018年

 維新と敗戦の間は77年。そして敗戦と現在は73年。明治維新から現在までの
時間の流れの中で、敗戦を分岐点とするならば、そろそろ戦前と戦後は同じ期
間になりつつある。

 敗戦前の歴史では天皇がすべての物事の中心に存在していた。すなわち、そ
れ自体が「国体」であった。天皇が真ん中にある、ということ、そしてすべて
の国民ひとりひとりが天皇と直接つながっている状態がこの国の「国体」であ
った。

 1945年の敗戦から現在まで、この国は何を中心にしているのだろう。

 執筆子は、それは憲法だと思っていた。大多数の人も同じ意見であろう。こ
の国の中心は「日本国憲法」である。

 しかしながら、この国はひとつだけ様子が違うのだ。実は憲法より上位に
「日米安保条約」がある。実に安保条約が憲法に優先しており、憲法は安保条
約に違反しない限りにおいて有効なのである。我々は沖縄を中心にしてたびた
び起こる、米軍関係の事件や事故の処理時にそのことを苦い思いで思い知る。
安保条約に付随した地位協定という悪夢のような規程の存在が、安保条約が憲
法より上位に存在している、ということの証左にほかならない。

 ここまでで、もうおわかりかと思うが、本書のサブタイトルが「菊と星条旗」
とある通り、1945年からこんにちまでの、この国の中心はアメリカ合衆国なの
だ。アメリカを中心にしてこの国は存在している。それがこんにちの「国体」
である。

 親米保守政権(主に自民党政権、と云ってよいだろう)は、積極的にアメリ
カに追従する道を選び、それがいまや既得権益化している。それはいまの安倍
政権をみれば一目瞭然。アメリカが云ったことをそのままなぞることしかしな
い。アメリカが北朝鮮との対話路線に舵をきれば、安倍政権も金正恩との会談
を模索します、とかの国の大統領に申し上げた、というニュースがあった。

 以前から、執筆子は、日本はアメリカの植民地だ、という感想を漠然と感じ
ていた。ときに尊大なアメリカの高官たちの振る舞いに憤りを感じていた。参
勤交代のようにワシントンに行く日本の首相がそこで、さまざまな約束をさせ
られているのをみて、日本がアメリカの属国の印象を強く持っていた。

 しかしながら、7年前のあのとき(東日本大震災)、執筆子は“これで日本
は変わる。日本は真の独立国になれる”のではないか、と淡い期待を持ったの
も確かである。原子力発電の廃止を時の政権は掲げた。が、親米保守政権にな
った途端に原発存続の方針に振り子が戻ってしまった。政権は既得権益を守る
ことを選んだ。既得権益=親米路線なのである。

 いまや完全にアメリカにすがることしかないこの政権のもと、私たちはそれ
によってもたらされる不利益を甘んじて受けなければならない。日本は結局自
らの力では何も変わらない。何も変えられない。

 それもこれもこの国の中心にアメリカがあるからなのだ。アメリカが国体で
ある。まさに「アメリカの日本」。

 筆者の白井氏は、まず一昨年8月の天皇陛下の「お言葉」に関することから、
本書を書き始めている。彼はあのお言葉に強い衝撃を受けた。このかたちを一
緒に考えようと、いう文脈で陛下は、あのお言葉を発したという感想を持った、
というが執筆子もまさにそのとおりだと思う。執筆子も陛下による与えられう
る限り最大の抵抗。現政権が進める、憲法を無視した政策への反旗であると受
け止めた。集団的自衛権容認。共謀罪の導入。そして民主主義を明らかに踏み
にじっている、文書改竄問題の放置。なにもかもが憲法をないがしろにしてい
る。

 本書は怒りの書である。

多呂さ(痛恨の一回とばし。5月が抜けたことをいまだに悔やんでいます。二
ヶ月ぶりの書評です。)
 ブログ→ http://d.hatena.ne.jp/taro3643/

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
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・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
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・『追憶 下弦の月』(パレードブックス)
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・『元アイドルのAVギャル瀬名あゆむ、アイドルプロデューサーになる』
 (コアマガジン)
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 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 またまた、ちょっと遅れての発行となりました。(あ)

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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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#95『クラシック音楽は「ミステリー」である』

 佐村河内守の『交響曲第1番HIROSHIMA』が、現代には珍しい「調」のある
クラシック音楽だったこと。
 そして、「そんな作品が書けて、実際に演奏されるかもしれない」という期
待に動かされて、新垣隆がゴーストライターを引き受けてしまったこと。

 前回はそんな話を紹介したが、だとすれば、少なくとも新垣隆は「調」のあ
る交響曲を書きたかった、ということになる。
 つまり、現代音楽が「無調」全盛になったのは、聴衆が求めなくなったから
であって、作曲家側は「古臭くても、やっぱり調のある音楽がいいよね」と思
っている、ということになる。
 少なくとも、一人は。

 いや、実際には、さらにもう一人、そういう作曲家がいる。それが今回取り
上げる『クラシック音楽は「ミステリー」である』の著者、吉松隆だ。

 吉松は音楽大学で作曲を学んだ経験がなく、慶應大学工学部中退。音楽アカ
デミズムとは無縁の場所から現れたせいか、「調」を捨てたいわゆる現代音楽
が、どんどん「非音楽的」になっていく傾向に異を唱え、メロディの復権を掲
げて、「現代音楽撲滅運動」や「世紀末叙情主義」を標榜した。

 デビュー作は『朱鷺によせる哀歌』。近年では大河ドラマ『平清盛』でお茶
の間進出。まー、お茶の間というのも死語ですが笑。
 ともあれ、吉松隆は20回以上作曲コンテストに応募しては落ちることを繰り
返し、自力でここまで到達したという。佐村河内に頼らず、新垣隆も自力で頑
張って「調」のあるシンフォニーを書けばよかったのに……と、これは他人事
ゆえの無責任な感想です。
 で、いま気づきましたが、二人とも「隆」なんだなー。

 さて、そんな吉松隆だが、文筆家としても旺盛な活動をしており、ウィキで
は12冊の著作が上がっている。
 その中の一冊を、今回は取り上げたい。

 本書はもともとブログ「月刊 クラシック音楽探偵事務所」の一部を書籍化
したもの。
 自身の「はじめに」に於ける定義では、「この本は、音楽の中にひそんでい
るそんな「暗号」や「謎」を深読みする(ちょっと怪しい)ミステリーであり、
音楽の世界の「裏側」に踏み込む冒険譚」ということになる。

 全体は5章からなっている。

 第1章は、「バッハと五線譜の中の「暗号」」

 正直言って、この部分を読んだ時はがっかりした。
 既に知っている話だったこともあるが、大して推理するほどのこともない、
ごく単純な「暗号」だからである。

 音の名前として知られるドレミは、もともとラテン語で、それがイタリア語
に転訛した。
 日本の音楽教育のダメなところは、音の名前としてはドレミを採用しながら、
調を示す時には「ハ長調」とか「イ短調」と日本語を使うところだ。
 ドとハが、実は同じ意味――つまり、同じ音の高さを表すことに、ぼくは随
分長い間気づかなった。
 しかも中学生になってギターを弾き始めると、CだのAmだのといった英語が
登場する。
 実はこれ、和音の名前ではあるが、アルファベット自体は音の高さを表して
いる。
 つまり、ド(伊)=ハ(日)=C(英)という関係なのだ。
 Mare(伊)=海(日)=sea(英)と同じことである。
 これを先に言っといてくれればよかったのに。
 ひょっとすると、授業では言っていたのに、ぼくが聞いてなかっただけなの
かもしれないけど。
 ちなみに、イタリア語はドから始まるが、日本語と英語はラに当たるイ、A
から始まる。これも混乱のもとだ。

 それはさておき、この章で取り上げられる楽聖バッハが住むドイツ語圏でも、
英語と同じように、音の名前はアルファベットで表すのだ。ただ、英語ではシ
=Bなのだが、ドイツ語ではシ=H(ハーと読む)、B=シ♭なのが、またやや
こしい。

 とはいえ、要は音の名前がアルファベットで書ける、ということだけご理解
いただければ、この場はいい。
 すると当然、楽譜にある音符を、アルファベットに置き換えて、意味のある
単語にすることが可能であることはおわかりいただけるだろう。
 これを本書では「暗号」と読んでいるのである。
 だから、これを解くのはまったく簡単だ。ドはC、レはD、ミはEと置き換え
てやればいいだけなのだから。

 しかし、使えるアルファベットがAからHまでと少ないので、長い文章は無理。
結局「暗号」と言ったところで、バッハも自分の名前「BACH」=「シ♭・ラ・
ド・シ」というメロディを曲の最後に入れる程度のことしかしていない。
 著者はこれを、画家が絵に記すサインに当たるものとしているが、だからと
いって何かが伝わるわけでもない。
 ただ、未完に終わった遺作「3つの主題によるフーガ」の、一番最後にこの
BACH=シ♭・ラ・ド・シのメロディが出てくるのが、ちょっと面白い。バッハ
ほどの大作曲家が、生涯の最後になって、やっと自分のサインを入れてもいい
と思うほどの曲が出来た、という意味なのだろうか。

 いや、未完に終わっているからには、まだその先があるべきだが、自分には
ここまでが限界だ、後は後世に託す、という意味にも取れる。
 確かにちょっと深読みしてみたくはなるにせよ、ただ、さほどの感銘は受け
なかった。

 ところが、第2章「ショスタコーヴィチ、二重人格の「ファウスト」」にな
ると、俄然面白くなってくる。

 ショスタコーヴィチは、ソ連という国と歩みを同じくした作曲家だ。若くし
て天才と呼ばれたが、時はスターリンによる恐怖政治の時代。すべての芸術は
社会主義リアリズムに奉仕しなければならないとされ、この方針に背いてスタ
ーリンの不興を買えば、死刑もシベリア流刑も、普通に有り得た時代なのだ。

 そんな中で作曲家生活を送ったショスタコーヴィチの鬱屈が、彼を二重人格
に追い込んだ、というのが著者の推理。

 しかも、第10交響曲がリストの「ファウスト」を下敷きにしているところか
ら、自らをファウストに、スターリンを悪魔メフィストになぞらえているので
はないか、と考え、ならばファウストを救う恋人グレートヒェンは誰なのか、
あれこれと推理を繰り広げる。

 さらに面白いのは、第3章「モーツァルト、「ドン・ジョバンニ」殺人事件」
である。

 この有名なオペラは、色事師ドン・ジョバンニが、騎士長の娘にちょっかい
を出し、その結果騎士長と決闘になって殺してしまうところから始まり、さら
に懲りずに今度は村の娘にちょっかいを出してその恋人を敵に回し、正妻には
ストーカーされ、最後は騎士長の亡霊によって地獄へ連れて行かれてしまう、
という話。

 このファンタジーを著者はリアリズムで解釈し、登場人物の誰かがトリック
によって「騎士長の亡霊に地獄へ連れて行かれた」かのように見せかけた、と
考えるのである。
 実際、ドン・ジョバンニの最期を目撃したのは、その忠実な従者ただ一人で
あり、この解釈はあながち無理ではない。たった一人を騙せればいいのだから。

 となると、騎士長の亡霊などというものは存在せず、ドン・ジョバンニは生
きている人間の手によって、殺されたか、拉致されたということになる。
 はたして、その犯人は誰か。

 この章を読んでみるとわかるが、著者は相当なミステリー・マニアでもある
ようだ。
 途中には、銀田一耕助、明智小二郎、御手洗きよし、荒川コナンと、名前を
見ているだけで嬉しくなってしまう名探偵のパロディたちが、喧々囂々の推理
合戦を繰り広げるシーンがあり、それぞれの仮説がアンソニー・バウチャーの
『毒入りチョコレート殺人事件』のように、よく練られているのだ。

 しかも、それらの諸説を凌駕する、驚愕の真相が用意されているところも、
バウチャーの名作を彷彿とさせる。

 さらに、第4章「作曲家たちの「犯罪捜査」風プロファイリング」では、様
々な作曲家のバイオグラフィーから性格を分析。実は作曲家のプロファイルっ
て、連続殺人鬼のそれに似ている、という空恐ろしい事実を指摘する。

 最後の第5章「プッチーニ「トゥーランドット」の謎」では、イタリアの作
曲家が、行ったこともない中国の、それも古代王朝を舞台に描いたオペラの、
あれ、これおかしくない?な点をいくつもあぶり出し、その背景を探っている
のである。

 ところで、ぼくにも、昔からクラシックに関する解けない謎がある。

 中学の時、友達がビゼーの『カルメン』を評して、「これが3分にまとめら
れたら天才なんだがなー」と言っていた。
 まあそれは極論だとしても、クラシック音楽はなんであんなに長いんだろう、
と言うのが長年の疑問なのである。
 室内楽なんかで短いものもあるけど、一般に
「長っ!」
 というのがクラシックに対する印象だ。あんなに長いと、飽きちゃうよね、
実際。

 もっとも、ベートーベンの交響曲は、暗い冒頭(例えば『運命』のハ短調)
が、紆余曲折を経て明るい終結部(ハ長調)に到達するから感動するのであっ
て、それを3分に凝縮したら、大河小説のダイジェストみたいなもので、内容
はわかるけど感動はしない、と言われると、まあそうかな、とは思うのだが。

 でも、やっぱり長いよなー。
 どうしても、あの長さじゃないとダメなの?


吉松隆
『クラシック音楽は「ミステリー」である』
2009年12月20日 第一刷発行
講談社+α新書

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
再就職活動に備えて、会社に入ってからこれまでのキャリアを振り返る作業を
のんびりやっています。思い出に浸りつつ、結局これまでにどんなスキルを積
み上げてきたのか確かめてみるのも、初めての経験にして一興です。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『中国抗日ドラマ読本』岩田宇伯 パブリブ

 4月10日の発売以来、日本よりも中国で話題になり、彼の地で大論争を引き
起こしている本である。

 ほとんどオールカラーでコストがかかってる。モノクロはアニメの紹介のあ
たりだけだが、なぜここだけモノクロなのかは謎である。「時代背景完全無視
!反日プロパガンダどころか、もはやギャグ」という帯の文句から、内容は想
像できよう。

 内容はタイトル通り、中国で製作されている抗日ドラマの解説本で、21作品
が紹介され、あらすじと人物相関図をつけた後に、ドラマシーンの写真付きで
解説という名の突っ込みが入っている。抗日ドラマだから共産党員が主人公の
作品ばかりなのかと最初は思っていたが、そうでもない。

 大げさな脚色で日本兵士をばたばた倒していく中国版水戸黄門みたいな共産
党英雄の話かと思っていたら、それも違う。

 いや、大げさにあり得ないことをやっていて、あるいは何も考えずにイケイ
ケと撮影しているように見えて、それが笑いを誘うのは間違いないのだが、単
なる宣伝映画以上に大まじめにエンタテイメントを作っているように思えた。
たとえば、読む前は日本人が一方的に、一面的な悪者に描かれていると思って
いたが必ずしもそうではない。意外とバラエティがある。

 日本軍に美人の女性将校や学ラン姿の忍者部隊がいたり、カンフー使いの抗
日英雄や「北斗の拳」のケンシロウみたいな、触れただけで相手を殺すキャラ
がいたりする。作中の80年間、顔が変わらない人もいたりする。そう書けば確
かに笑える。「吉岡ダンス」とか、実際見たら笑いが止まらなくて苦労するの
ではないか?

 作品内に登場するモノも面白い。1930〜40年代を描いている映画の主人公の
乗っているバギーにデジタルメーターがあったり、戦前が舞台なのに懐中時計
がクオーツだったりする。ここまで来ると、もはやネタとしてウケを狙って作
っているんじゃないかと疑うレベルだ。

 で、「ほう、中国人というのはそんな拙劣なドラマを見て満足していたのか
w」と、中国人を馬鹿にするネタが出来たと思った人は、認識不足だ。だって
考えてみて欲しい。日本人を馬鹿にするつもりなら、日本軍の女性将校の配役
に美女を持ってくるはずがない。ばかげたドラマかも知れないが、意外と真面
目に作っているように思えた。

 本の中にも書いてあるが、中国の映画作りのテクニカルの水準は決して低く
ない。中国の映画技術はもともと戦前にあった満映(満州映画協会)が源流と
なっていて、これまで多くの秀作を作ってきた歴史がある。香港映画のノウハ
ウも当然入ってきているだろう。

 最近日本で話題になった中国映画としては「空海 KU-KAI 美しき王妃の謎」
があるが、これを拙劣な映画と言う人はいないはず。言い換えれば、レベルが
低いから、こういうドラマを作っているわけでは、決してない。

 実際、抗日映画の製作現場では外国人スタッフを使っていることもあるし、
ハリウッド帰りの韓国人スタッフが戦争シーンを作っていたりする。大量のエ
キストラを使える優位性もあるし、日本よりも優れた部分も少なくないそうだ。

 そして無視できないのが中国共産党の意向だ。抗日ドラマは基本中国共産党
の意向に沿って作られるが、そうした中で中国の映画人は真剣に自分の作品を
撮ろうとしていると見るべきだろう。

 たとえば日本でも現代劇でやれば、どことは言わないが猛烈に批判してくる
組織や市民が出てくるのが容易に想像できるテーマがある。そういうテーマを
描くのに現代の代わりに江戸時代の設定にしたり、SFにして300万光年向こ
うの惑星の話にするとかして非難を回避するテクニックは多くの人が知ってい
る。

 同じことが、抗日映画という舞台を設定して、中国でも行われているのでは
ないか?

 そんなことを思うのは、コラム扱いになっている抗日ドラマに出てくる日本
人俳優のインタビューを読んだからだ。彼らが見ている映画づくりの現場は、
「中国共産党の意向に沿った作品しか作れない」といった嘆きが聞こえる無気
力な現場ではないし、日本よりも厳しい基準でドラマを作っていることがうか
がえる。

 日本人俳優が媚びて「日本悪い」と言っておれば人気が出たり、生き残れた
りするほど甘い世界じゃない。演技力があるのが前提だろうが、日本人として
誇りを持っている人でないと、観客もこついはダメな俳優だと見抜く。中国人
の目は節穴ではないのだ。

 そう考えると、次のような仮説が生まれる。私は映画作りなどしたことがな
いのでよくわからないが、日本で実際に映画を作る人が見たら、むしろ日本に
はない制限のかかった製作環境の中で、彼らはこんな風に頑張っているのか・
・・日本の映画作りのプロたちは、そんなことを考えるのではないか?

 この本は、一種のお笑いとして売れるのだろうし、それはそれでいいのだけ
ども、日本の、あるいはハリウッドで働くプロの映画人、ドラマ人たちはどん
な評価をするのだろうか? 普通書評を書く人は、自分の評が一番的確だと思
って書くと思うが、この本に限ってはプロのドラマ制作者とか映画人の書評を
読みたくなる。

 内容も珍しいが、人の書評が読みたくなる本というのも、また珍しい。


(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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■「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
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孤独について数冊読んで考えました

 最近、「孤独」とタイトルがついた本が多くありませんか?
 揃ってまあまあの売れ行き…ということは、これからもまた柳の下を狙って
ぞろぞろと出ることでしょう。

 立ち読み、買って読み、借りて読みした中で、わかったことは孤独本は傾向
が3つぐらいに分かれるということです。

 1つめが、「孤独はいいもんだぜ」のエッセイ本です。

 一番売れている下重暁子『極上の孤独』、五木寛之『孤独のすすめ』がこの
代表。
 犖鋲箸老なものと思われがちだが、ほんとうはすばらしいもの瓩箸い趣
旨で、それ以上でもそれ以下でもありません。
 『孤独のすすめ』(それにしても、まんまなタイトルやなあ。五木先生だと
このタイトルでいいんですね。また、またタイトルはひねらないほうがいいと
いう典型かも。勉強になります)には、「私は歳を重ねるほど、人間は孤独だ
からこそ豊かに生きられると実感する気持ちがつよくなってきました」とあり
ます。
 孤独だからこそ豊かに生きられる……ふふふ。いや失礼しました。

 以下、青春、朱夏、白秋、玄冬の話や、下山の景色、学生期から遊行期の話
と、五木先生の総まとめ的なお話が続いていて、ものすごい安定感です。
 年を重ねると耳新しいことを聞くのはつらいですね。おとぎ話のようなこれ
まで聞いてきたことをもう一度聞くのが安らぐので、しばし孤独を忘れること
ができるでしょう。

 下重さんの著書もこれと同じだと思います。
 しかし、ほんとうに孤独な人、孤独に悩む人の気持はこれでは癒されません。
孤独エッセイには、人から離れてあえて一人になって自分を見つめるカッコイ
イ自分に酔ってる感があり、孤独なオレを見て見てという自己主張が感じられ
ます。

 孤独と孤立は違うと言われます。
 社会の中で孤立している人を救いになるという観点が見当たらないのがこれ
らの本の特徴と言えます。

◎ひとりではなくソロ?

 「孤独」という言葉は「おひとりさま」「ひとりぼっち」(若い世代的に言
うと「ぼっち」)、など時代時代で新しい言葉を派生させてきました。
 「おひとりさま」にはシングル女性の自虐と同時に矜持が感じられ、「ぼっ
ち」には集団から浮く存在へのからかいや恐れが含まれています。

 最近、気になったのが「ソロ」という言葉です。

 これまでとどう違うのか、『ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である』
(名越康文著)を読んでみました。
 タイトルは「ひとりぼっち」とありますが、大事なのは一人の時間=ソロタ
イムであると書かれています。

 群れの中で空気を読んだり忖度していると疲れるので、そんなときは1人に
なって自分を見つめなおして疲労を回復しましょうという趣旨です。
 孤独な人がどうしたらいいのかではなく、現役でバリバリやっている人をあ
えて孤独にして癒し、休息させる感じです。
 そのためには呼吸法とか大きな木に抱き着くなどが効果的と、今、流行のマ
インドフルネス的な話が盛り込まれています。
 一方で、「1つの習慣を身につけるには2週間本気を出さないといけない」
とか上昇志向と裏腹なところがおもしろいですね。

 この本を読んで、アメリカのIT関係者とかが禅の思想とか、マインドフル
ネスに注目している理由がなにかがなんとなくわかった気がしました。
 まあ、ホントに疲れているのだとは思うけれど本来の老荘思想を源流とする
東洋的な考え方ではなく、また再び戦うための疲労回復療法として「孤独」と
か「ソロタイム」を位置付けているんじゃないかと思いました。

◎孤独を社会問題ととらえる

 孤独と孤立とは違うとさきほど述べました。

 これだけ人がいるのに、だれからも関心を持たれない孤立は、やはり社会で
解決していかなければいけない問題だと指摘しているのが『超ソロ社会 独身
大国・日本の衝撃』(荒川和久著)です。

 本文250ページに及ぶ力作で、2035年には人口の半数が独身になる日本の現
状を述べ、家族や社会がどのように変化するかを考察しています。
 結婚や血縁による家族ではない、新しい家族を構築することへの期待や、独
身者が支えるマーケットの可能性についてなどが書かれていておもしろいです。

 今回、時間切れで読めなかったのですが、『男の孤独死』(長尾和宏著)と
いう本でも、孤独を扱っていて、これはリアルな医療現場から発言されていま
す。

 「孤独」は文学や哲学の範疇に含まれると思っていましたが、そうなると社
会学や医療問題まで、(介護も含まれるので政治問題にもなる)幅広いジャン
ルを巻き込む壮大なテーマだということだということがわかりました。


大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。
・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
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・『追憶 下弦の月』(パレードブックス)
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・『元アイドルのAVギャル瀬名あゆむ、アイドルプロデューサーになる』
 (コアマガジン)
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 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

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6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 さすがに5月もこの時期になると、初夏っぽい季節を感じますね。このまま
梅雨無しに夏がいいなぁ。(あ)

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