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[書評]のメルマガ vol.709

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■■ [書評]のメルマガ                2020.09.20.発行
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■■ mailmagazine of book reviews [読書に親しめて何かが得られたら 号]
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■コンテンツ
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★「トピックス」
→ トピックス募集中です

★「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
→ #122『ダック・コール』

★「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
→ 『しんがり』(清武英利・著/講談社α文庫)

★「目につく本を読んでみる」/朝日山
→ 『邦人奪還』伊藤祐靖 新潮社

★【募集中】献本読者書評のコーナー
→ 献本お待ちしています!

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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#122『ダック・コール』

 夏休みが終わり、秋の行楽シーズン。キャンプに、海水浴に、都会人も自然
の中へ飛び出す季節だが、今年はコロナで多くの人が諦めたのだろうか。それ
ともGO TOキャンペーンが効いて多少は賑わいが戻ったのだろうか。

 正直、根っからのインドア派。アウトドア趣味には縁遠いのだが、子どもの
頃はやはり、『シートン動物記』やジャック・ロンドンの『荒野の呼び声』に
胸をときめかせたものだ。

 本の中なら、虫もいないし、蛇も出ないしね。

 山の中で人が行う営為はさまざまある。釣りもそうだし、トレッキングやハ
イキング、登山、ロック・クライミング……そのひとつに、「狩猟」がある。

 日本では一般的な趣味ではないが、その狩猟をテーマに「ハードボイルドの
厳しさと感傷を底流にした闘争の話を書こう」と志した作家がいる。

 稲見一良(いなみ・いつら)である。

 ハードボイルドは通常都会の物語だ。サム・スペードのサン・フランシスコ、
フィリップ・マーロウとリュウ・アーチャーのロス・アンジェルス。

 一方、大自然を背景にするのは、『北壁の死闘』のアイガーや『女王陛下の
ユリシーズ号』の北極海を引くまでもなく、冒険小説だろう。

 しかし、ハードボイルドを思想的底流に、冒険小説の闘争世界を描いた稲見
一良の文学は、そのどちらでもない領域に独自の旗を打ち立てた。それを作家
自身は、「狩猟小説」と呼んでいる。

 本書『ダック・コール』は、そんな狩猟小説の第三作。山本周五郎賞を受賞
した連作短編集である。

 ブラッドベリの『刺青の男』に想を得て、一人の男が語るさまざまな狩猟に
まつわる物語を紡いだ宝石箱のような書物。その中から今回は、第四話「ホイ
ッパーウィル」を、優れた音楽小説として紹介したい。

 舞台はアメリカ合衆国北部の山中。主人公はケンという日系二世である。

 一人暮らしの山小屋に、ある日脱獄囚が逃げて来る。闘いの末に捕まえて保
安官に通報すると、駆けつけた彼から、もう一人の脱獄囚を捕らえるのにも協
力してほしいと頼まれる。かくてケンはマンハントに乗り出す。つまりこの物
語で狩られるのは、動物ではなく人なのだ。

 脱獄囚の名はオーキィ。ナバホ・インディアンの巨漢である。

 ケンたち一行は紆余曲折を経て、獲物に迫る。すると、彼らは森の中で、意
外な音を耳にした。

 ハーモニカだ。

 ここが、この狩猟小説が優れた音楽小説でもある由縁なのだが、オーキィは
逃走の途中で盗んだハーモニカを吹いていたのだ。大自然の中で。追手が迫る
のを承知の上で。

 ケンたちは彼が奏でるハンク・ウィリアムスの「ロンサム・ホイッスル」を
頼りに森を進み、とうとうオーキィの居所を知る。

 すると、そのハーモニカに呼応するように、一羽の鳥が鳴き始める。

 ケンは即座に、それがタイトルにある鳥、ホイッパー・ウィルだと悟る。

 と言うのも、彼はジョン・ジェイムス・オーデュポンの有名な画集でこの鳥
の絵を見て、なぜか強烈に魅せられたのだ。しかも、人間がフルートやヴァイ
オリンで誘いかけると、それに応じて共鳴し始め、やがて人と大合奏を繰り広
げるという不思議な習性を持つことを知ると、いつかこの目で見たい、そして
名前の由来となった「ホイップ・プァー・ウィル」という鳴き声をこの耳で聞
いてみたいと、思いは募っていた。

 それにしても、作曲家メシアンを始め、鳥の歌をモチーフに作曲された音楽
は数あるが、鳥の方が人間と共演してくれるというのは珍しい。

 オーキィはもちろん、それを知っていてホイッパー・ウィルをハーモニカで
誘ったのだろう。

 やがてもう一羽が合奏に加わり、トリオ編成になる。さらにもう一羽、もう
一羽と増え続け、最後には一大コーラスが森を揺るがす。人と鳥はひとつのハ
ーモニニーに溶け合う。

 ここには、人と自然が一体となった、原初的な世界がある。

 古の知恵をいまなお生きるナバホ・インディアンに、これほど似つかわしい
音楽もあるまい。

 オーキィが罪を犯した背景には、ダムの建設計画があった。故郷の村が水没
する危機に見舞われ、建設に反対した彼は、結局暴力沙汰を引き起こしてしま
い、獄に囚われた。ところが自らが不治の病に冒されたことを知り、最後に水
の底に眠る故郷を一目見たいと脱走したのだった。

 だからその故郷を目の前にして、追手に居所を知られる危険を冒してでもホ
イッパー・ウィルと合奏をしたのは、失われた故郷へ鎮魂歌を贈りたかったか
らなのかも知れない。

 その時ケンたちが、眼前にいるオーキィをどうしたか。

 それは本書で味わってほしい。

 ハードボイルド小説で、音楽は割によく登場する。映画でも、ジャズが定番
だ。

 しかし、「ホイッパー・ウィル」で描かれた音楽は、単なるBGMや小道具
の域を越え、テーマにまで昇華された。

 ここに、ハードボイルドが描き得た、最も美しい音楽がある。

稲見一良
『ダック・コール』第四話「ホイッパー・ウィル」
一九九四年二月二十八日 発行
二〇〇〇年三月十五日 三刷
ハヤカワ文庫

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
インドア派とはいえ、やはり長引くステイ・ホームにはうんざり気味。今月か
らライブや観劇に恐る恐る出かけ始めました。まずは近所のLive barで、札幌
出身のシンガー・ソングライターなかにしりく。Absolute aria の山口諒也と
のツーマンでした。いやあ、やっぱりライブはいい! 配信では伝わらないサ
ムシングがあることを、改めて実感しました。

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■「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
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高卒という学歴で尽くした最後の仕事
『しんがり』
(清武英利・著/講談社α文庫)

 1997年、創業100年を迎える大企業・山一證券が自主廃業に追い込まれたと
き、24兆円の預かり金を顧客に返却し、廃業に至った債務隠しの顛末を究明す
る作業に携わった同社の「業務監理本部」(通称ギョウカン)の人々を描いた
作品。華やかな会社の中枢から遠く離れた日陰的存在な部署が、いざ落城とな
ったとき、報われないけれどやるべき義務をコツコツと果たす姿がドラマチッ
クです。役所広司主演で映画化もされ、サラリーマン諸氏の共感を得たノンフ
ィクション的小説、つまり「半沢直樹」みたいな話のルーツといっていいでし
ょう。

 タイトルの「しんがり」とは、戦国時代に戦に敗れて敗走するとき、最後尾
で盾となって敵を防ぎながら、味方を逃す兵のこと。山一證券のギョウカンを
「しんがり」になぞらえたわけですが、それはちょっと違うかなと。戦いはす
でに終わって負けが決まっていて、預かり金を返したり、内部で何がアカンか
ったか究明する作業の後には社外の第三者の調査が入るわけで、盾となって戦
ったという感じでもない。まあ、ちょっとこれは盛りましたかね。

 ギョウカンは古びたビルをあてがわれていたり、左遷人事の場とされたりな
にかとマイナスの面が多い。だけれどもちゃんと義務を果たすんだというとこ
ろに美学を感じる読者は多かったでしょう。

◎学歴社会における実力とは

 あと、おばちゃまが印象的だったのが、証券会社には高卒の人が多いという
こと。学歴って、現代社会ではなかなか繊細で、表立って学歴を聞いたり、他
人の学歴をああだこうだ言うのは差しさわりがある部分ですよね。でもこんな
猫も杓子も大学に行く時代だとしても現在の大学進学率は50%に過ぎず、世の
中の半分は高卒または中卒であるわけです。

 一流企業と言われる証券会社にも高校卒業の社員はたくさんいるんですね、
おばちゃまは、小学生のころ、テレビで「大番」という獅子文六の小説をドラ
マ化した番組を見たことがありますが、この主人公は小学校卒で兜町でのし上
がった立志伝中の人物。学歴関係なく実力で出世するという世界の名残が証券
会社に生きているんですね。(証券会社だけでなく、銀行などの金融、製造業
にもこの系統は生きています)。学歴社会と言われているけど、実際はそうで
もないんですよね、世の中って。

 「しんがり」の登場人物にも高卒の実力者が何人か描かれています。

 第一、主人公の嘉本からして高卒。島根県は隠岐の島の県立高校から山一證
券に入社したたたき上げ。奥さんも高卒後、経理部に配属された職場結婚。い
いですね、こういう昭和のにおいがする結婚は。ういういしくて堅実で間違い
がない感じ。
 また、その後輩の橋詰も高卒です。こちらは長野県立上田高校出身というか
ら地元のエリート。たぶん中学校の成績はクラス上位のはず。それがこの時代
では就職する人も多かったんですね。 
 その同僚の堀という取締役も兵庫県立篠山鳳明高校出身とやはり地元のエリ
ート校卒です。

 「橋詰と堀には共通の悩みがあった。貯えがほとんどなかったのである。
(略)古手の証券マンの常として仕事に身銭を切る質だった。(略)橋詰家は
三人、堀家は二人のいずれも息子を抱えていた。山一証券は高卒者でも実力さ
えあれば役員に引き上げるという会社だったが、一方で『高卒役員は視野が狭
く、目の前のことしか考えない』と学歴有用論を言い募る役員がいた。その役
員は『山一証券がダメになった一因は高卒の役員を増やしたことだ。一時は高
卒役員が十数人もいた』とまで批判した。」

というイヤなヤツの声に苦労しつつ、子どもの教育は母親任せ(当然、家事な
んてしなかったはず)で家庭を顧みないばかりか、息子には鉄拳も辞さないぐ
らい厳しく育てたと書いてあります。

 でその結果どうなったかというと、橋詰家の3人は東大、慶大を出て一流金
融機関に就職、堀家の2人の息子は京大医学部を出て医者になったと書いてあ
ります。おばちゃま、ここ読んでスカッとしましたね。

 「働き方改革」も「男女共同参画」もない時代は暗黒だったかというとそう
でもない。ただ一生懸命する美しさってあるんじゃないかなと。

 山一の廃業は、ここに書いてない、たとえば国とかの大きな力が働いていた
のでは?と言う人もいるかもしれないけれど、おばちゃまが感じたのは高学歴
ではないけれど実力のある人々が尽くした仕事の美しさでございました。

 実はこの本の存在は、今年の春、東京の有名私立進学高校の生徒が「コロナ
で学校が休校になった時期に読んだ本リスト」としてネットに上がったいたこ
とから知りました。
 おばちゃま世代にとっては「社員は悪くありまじぇ〜ん!」と社長が号泣し
たシーンはまるで昨日のことのように思い出すことができますが、高校生にと
っては生まれる前の知らない話なわけです。

 これからの世代を担う進学校高校生が、この本を読んでどう思ったのか、
「昔の会社はみなブラックだな」「今はネット証券だろう」と思ったのかはた
またしんがりを務める美学に酔ったのか、聞いてみたい気がしました。コロナ
で否応なく受験勉強の手を止められたけれど、その間、読書に親しめて、何か
が得られたらそれはそれで意義があることかもしれません。 

大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。
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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『邦人奪還』伊藤祐靖 新潮社

 日本の特殊部隊創設に関わった元自衛官が書いた小説として評判になってい
る本。
 スタートは尖閣諸島魚釣島に中国人民解放軍の特殊部隊が突如上陸し、灯台
に中国旗を立てたところから始まる。これに対し、日本は当初海上保安官を上
陸させ、中国旗を持ち帰り日本の旗を立てた。

 幸い、海上保安官が上陸したときには中国特殊部隊は拠点作りに忙しく灯台
にはいなかった。日本の対応は遅いと予想していた中国軍は裏をかかれた形に
なった。予備の旗を持っていなかった人民解放軍の特殊部隊は、日本の旗を燃
やして、また旗を付け替えに来る海上保安官を攻撃する気でいた。

 しかし、日本が次に差し向けて来たのは海上自衛隊特別警備隊(特殊部隊)
第3小隊だった。第3小隊小隊長,藤井義貴が主人公だ。読むとわかるが、藤
井は作者の伊藤氏の分身である。

 日本の特殊部隊が上陸し、作戦を行うと、中国側はほうほうの体で逃げ帰っ
た。伊藤氏は、特殊部隊創設に関わっただけでなく、魚釣島にこっそり上陸し
た経験もお持ちのようで、このシーンはその時の経験が生かされているようだ。

 そんなオープニングの次は、マレーシアの北朝鮮要人(実際は金正男)の暗
殺事件が発生し、その直後に平壌が大規模テロに襲われる。どうもクーデター
が発生したらしい。最高指導者の生死も明らかではない状況下、北朝鮮のムス
ンダリにいるとおぼしき反乱軍の一部が日本にミサイルを撃ってくるとの情報
が入った。しかもムスンダリには日本人の拉致被害者が5人いるという。

 官房長官の手代木洋一は、優柔不断な葛田肇総理をけしかけて北朝鮮のミサ
イル破壊と拉致被害者奪還を決定する。次の政権を虎視眈々と狙っている強力
な政敵である海原浩三外務大臣に対し、圧倒的な世論の支持で差をつけたかっ
たのだ。

 そして呼ばれたのが、習志野の陸上自衛隊特殊作戦群長天童剣一1佐と呉の
海上自衛隊特別警備隊第3小隊小隊長,藤井義貴3佐だ。

 この2人に指揮された部隊が北朝鮮に行くが、派遣されるまでの意思決定の
過程が、これまた読みごたえがある。政治家は政治的打算を考える。これに対
し、自衛隊側は大義を求めた。5人を救うために最大60人殺されるかも知れま
せん。それだけの隊員を殺してでも作戦を行う大義はあるのでしょうか? 大
義があり、行けと言われたら何十人戦死者が出ようと我々は拉致被害者を奪還
してきてごらんに入れます・・・

 何十と並ぶ棺桶と隊員の遺族を前にすることになったらどうしよう? 葛田
総理は逡巡するが、手代木官房長官が押し切った。

 習志野部隊は事実上空母の護衛艦で近づき、ヘリで北朝鮮に侵入し、基地を
無力化する。呉部隊は潜水艦で近づいて、海岸から侵入し、拉致被害者がいる
場所に行って救出する計画だ。

 自衛隊の作戦は成功するのか・・・ここから先は読んでいただこう。最後に
はどんでん返しも用意されている。

 特殊部隊創設に実際に関わった元自衛官の書く話である。メインストーリー
は当然面白いが、同じくらい細部が興味深い。実際に作戦を行うとき、相手の
出方をどう予測して、どのような対処をするのか? 特殊部隊の隊員には、ス
バイ同様の資質が必要らしい。

 他にもマレーシアの暗殺事件の直後にPMC(民間軍事会社)のメンバーが電
話をかけてきて日本はどう動くのか探りを入れてきたり、米英の特殊部隊と実
際に演習をしてその特徴と限界を解説するくだりなんかもあるが、こういうの
は小説的な産物ではなく、実際そのとおりなのだろう。

 そりゃ話題になるよな・・・

 そして思うのだ。実際にこういう状況になったとき、本当に日本は大丈夫だ
ろうか? 今飛んでくるミサイルを撃ち落とすより、まだ発射されていないミ
サイル基地を叩く方が容易なのは誰でも分かる。

 そんな簡単な算術を、反戦平和の「大義」を押し通すため認めようとせず、
わざわざ困難で、失敗すれば多数の死傷者を出すリスクを負えと言う人が日本
には少なからずいる。

 そんな人たちが安保法制の反対デモなどしていた頃、どんなに好戦的だった
かを思い出すと失笑を禁じえないのだけど、そんな人たちも日本国民であるこ
とには違いない。言論の自由が保証されている。黙らせる権限は誰にもない。

 こういう大きな問題は、それこそ先に上げたふたつの部隊が派遣されるまで
の意思決定の過程に描かれていることを議論すべきなのだろうと思う。この小
説を例にあげれば、60人の自衛隊員を死地に送るリスクと、拉致被害者を救出
し国家の大義を実行するベネフィットを示し、意思決定を行う・・・それと同
じことを我々も自分なりにすべきなのだ。

 そうでない議論は、たんに自衛隊員の命を弄ぶだけなのだから。


(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・渋谷昌三 著『人を傷つける話し方、 人に喜ばれる話し方』(WAC)
 http://web-wac.co.jp/book/bunko/280

・『ヒューマン ─ 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510


 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
・筆名(あれば):
・書評アップ先の媒体予定:
・コメント:

 をご記入の上、下記までメールください。

 表題【読者書評参加希望】
 info@shohyoumaga.net

 皆さんのご応募、お待ちしております。

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1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
 まで御自由にお送り下さい。(著者の皆様からの直接の献本はご遠慮くださ
 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

 〒142-0041 東京都品川区戸越5-4-3 アズ品川ビル4階
       ビズナレッジ株式会社内 [書評]のメルマガ 献本 係

2)このメルマガ上で、その本を読んで、書評を書きたいという方を募集します。
 先着ではなく、文章執筆実績と熱意優先で選ばせていただきます。(過去に
 執筆された文章などございましたら、合わせて御連絡ください。)

3)発行委員会はいただいたメールの中から、ピックアップし、献本いただいた
 本を送付します。(残念ながら提供いただいた冊数に応募数が満たない場合
 には、60日後に古本屋に売却します。)

4)ちなみにここでいう書評というのは、当メルマガに掲載する記事ではありま
 せん。送付先御本人分のブログ、あるいはアマゾンや楽天などのオンライン
 書店でも結構ですし、ブクログなど、専用のサイトでも構いません。つまり
 は当メルマガではないどこかリンクのできる外部に書評をアップお願いしま
 す。(あまりにも短いものは書評とは呼べませんので、文字数の条件を設け
 ました。書評は500字以上でお願い致します。)

5)献本を受け取った方は、1ヵ月後のメルマガ発行日までに、どこかに書評を
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 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 そろそろ秋の気配が感じられるようになってきました。(あ)

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[書評]のメルマガ vol.708


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★トピックス
→トピックス募集中です。

★「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
→110 子どもを心から大事に思うこと

★「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
→<128>山田風太郎とコミカライズ

★「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
→第126回 コロナ禍の中でどう生きようか

★「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
→今回はお休みです

★献本読者書評のコーナー
→書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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110 子どもを心から大事に思うこと

 社会の状況が厳しくなると、しわよせはあらゆるところに出てきますが、
 子どもにそれがいくことを可能な限り避けなくてはいけません。
 子どもが子どもでいられる時間を守れるのは友人や身近な大人です。

 と、深刻な書き方をしてしまいましたが、
 最初にご紹介する絵本はプププと笑いが出てくる友情絵本です。

 『ブウさん、だいじょうぶ? ともだちがたいへんなことになっていたら』
  バレリー・ゴルバチョフ 作 かわしま まなみ 訳 三辺律子監修
              発行 山恷  発売発行 春陽堂書店

 「いたばし国際絵本翻訳大賞」受賞作品です。
 受賞作品を刊行されていたきじとら出版さんから、今年は山恷さんと春陽堂
 書店さんの協働発行、発売元は春陽堂さんにて刊行されました。

 作者、ウクライナ出身のバレリー・ゴルバチョフさんの作品は日本でも多く
 翻訳されているので、絵をみたら、あ、あの人の!と思われる方もいらっし
 ゃるはず。

 人なつっこい絵というのでしょうか。
 見るからにあったかく、親しみがもてる絵で描かれるのはブウさんとメエさ
 んの友情。

 ある日、ヤギのメエさんはお隣のぶたのブウさんのばんごはんにおよばれし
 ました。ところが、ふとお隣の窓からみえるブウさんが、雨を降らしたよう
 に目から涙が流れています。
 それをみたメエさんは、きっと何かがおきたんだ!と心配し、対策を考える
 のです。
 さて、ブウさんになにがおきたのでしょう。

 メエさんがブウさんの大事な友だちで、その友だちが悲しんでいたら自分も
 悲しい。だから、何か助けることを考えるメエさん。
 ふくらむ想像はすべてブウさんを考えてのこと。やさしさいっぱいな思いを
 読んでいて、ニコニコ笑顔になります。
 それでもって、最後は笑顔ではおさまらず大笑い。

 笑いをもたらせてくれるのは、すばらしい翻訳のおかげ。
 この絵本、とってもおすすめです。


 『子どもの本の世界を変えた ニューベリーの物語』
   ミシェル・マーケル 文 ナンシー・カーペンター 絵 金原瑞人訳
                      土居安子 解説 西村書店

 翻訳児童書を探す一つの指針になるのが「ニューベリー賞」。
 アメリカで出版された児童書の中で、一年に一度すぐれた作品に贈る、歴史
 ある児童文学賞です。

 ニューベリー賞については、やまねこ翻訳クラブでも毎年受賞速報を流し、
 サイトでは充実したまとめを読むことができます。

 http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/newbery/index.htm

 ご紹介する絵本はこの賞の名前を冠しているニューベリーの伝記絵本。

 いまは子どもの本は楽しいもの!というのがあたりまえすぎて考えることも
 なくなっていますが、18世紀はアルファベットや算数を教える本や、子ども
 が守るべき決まりの本、キリスト教の本くらいしかなかったそうです。

 子どもだって、おもしろい本が読みたいはず!
 そう思ったニューベリーは行動にうつすします。

 アイデアマンでもあるニューベリーは、おもしろい本に楽しいおまけがつい
 ていれば、なおのこと子どもは喜ぶのではと考えます。

 子どもたちは大喜び!

 次は子どもたちが喜ぶ雑誌を考え、子どもたちが読む小説(それまでは大人
 が読む小説しかなかった)を自分の店で売り出します。

 ニューベリーのお店に来る子どもたちは、どれほど嬉しかったでしょう。
 おもしろそうな本があり、読んでみると確かにおもしろいんですから。

 絵本ではたくさんのページに、本に夢中の子どもたちが描かれています。
 本好きならば、この子たちの気持ち、よくわかりますよね。
 
 巻末には、大阪国際児童文学振興財団理事の土居安子さんによる解説「子ど
 もの本の主役は「子ども」!」は読みごたえあり。

 ジョン・ニューベリー作『小さなかわいいポケットブック』には、こう書か
 れています。


 教育において
 大切なことは、
 子どもを
 強く たくましく
 すこやかに
 正しく かしこく
 幸せに
 してやることだ。

(林さかな)
会津若松在住。「本の雑誌」新刊めったくたガイド海外文学担当。
http://1day1book.strikingly.com/

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■「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
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<128>山田風太郎とコミカライズ

 小学生の頃、実家の納屋をゴソゴソしてると、古ぼけた行李の中から「大日
本国防婦人会」との文字が黒々と染め抜かれた白い襷が出てきた。
 台所にいた母親のところへ持って行って、「これ、なに?」と訊くと、「あ
あ、多分、お祖母さんのンや」と言ったあと、いかにも忌々し気に「そんなも
ん、ほって(捨てて)しまい」と吐き捨てるのだった。

 そのころ既に別の場所に住んでいた祖母と母は、折り合いがあまりよろしく
なくて、ムシの好かない姑の持ち物だから、そういう言い方をするのかな、と
思っていた。
 後年、母方の祖父が戦時中、既に40歳を超えていたのに招集され、幸い前線
に出ることはなかったそうだが、終戦まで奈良の連隊に勤務していたことを聞
いて、あの襷は母にとって、父親が招集されて行く時の、忌まわしい記憶に結
びついていたからかな、と思い直した。
 祖父が出征するときには、おそらく、その襷をかけ、日の丸を掲げた婦人会
の面々に、「万歳」をもって送り出されたろうから。

 その戦争が終わったのは、わしが生まれる11年前だった。
 モノゴコロついた頃には、街は既に戦災からあらかた復興し、表面上は、戦
争の痕跡も見られなくなっていた。

 しかし、商店街を歩くと、そこには、白い着物に戦闘帽をかぶり、膝から先
のない片足を箱車に載せていざり歩きながら、アコーディオンを弾いては物乞
いする傷痍軍人の姿があったし、どこの墓地にもたいていはいくつか、そこに
葬られた人が戦死したことを示す剣型の墓標があって、建てられてからさほど
年月を経ていない墓石は、御影石の表面がピカピカに輝いていた。

 小学校の講堂には、舞台の中央奥に、やたらと仰々しい観音開きの扉があり、
そこは、かつて「教育勅語」と天皇皇后の「御真影」が収められていた「泰安
所」だと教えられた。
 その学校の教壇に立つ先生たちは、当然ながら皆が戦争経験者で、折に触れ
ては、空襲から逃げ惑った話や、戦中戦後の窮乏生活のことなどを話してくれ
た。

 家でも、戦時中や戦後の混乱期の話は父母からよく聞かされていて、「戦争」
というのは、とにかく、途轍もなく不幸で大変で異常な事態、と幼いころから
刷り込まれてきた。

 「戦後」も、今年で75年になる。
 もはや、戦争を直に体験した人というのは、探すのが難しくなってしまった。
 そんな今年の春に単行本の「1巻」が発売されたのが、勝田文『風太郎不戦
日記』(講談社モーニングコミックス)だ。
 雑誌に月一で連載が始まったのは昨年なのだけど、タイトルからもわかると
おり、山田風太郎『戦中派不戦日記』の、コミカライズ作品である。

 連載が始まった時には、正直、なんでいまさら…との思いもあったのだが、
連載が進むにつれ、そのリアリティに圧倒された。
 今の時代に、戦中のあの時代を再現するには、ディテールの正確さが何より
と思うのだけど、多分、かなり綿密に資料を収集したうえで、漫画化されたの
だと思う。

 漫画版を読んで、だいぶ昔に読んだきりだった、原作の山田風太郎『戦中派
不戦日記』もまた、改めて取り寄せて再読した。
 勝田文さんの齢は知らんが、もちろん戦争経験者ではないだろうし、わしな
どよりもずっと若い世代だと思うけど、原作を読むとなお、これを漫画で絵と
して再現した、その苦労がしのばれる。

 後の風太郎こと山田誠也は、昭和20年当時23歳。旧制中学卒業後、高等学校
試験に失敗。2年の浪人を経ても入学は果たせず、やむなくサラリーマンしつ
つ勉強を重ね、昭和19年、22歳で東京医学校への入学を果たす。
 浪人中に受けた徴兵検査は、患っていた肋膜のため「丙種合格」で招集され
ることもなく、この負い目が、後のシニカルな人格の形成に影響したとも言わ
れる。

 原作の「日記」を読むと、同学年の人たちよりも既に年上であったのもある
だろうが、時世と戦局を見るその視線はとてもシニカル、かつ客観的である。
 「今次大戦の勝利はすなわち科学の勝利たらんとしている。いまの日本の惨
苦は、過去の教育において顧みられなかった科学の呪いに外ならぬ」「個人主
義は利己主義と同意語と思い込んでいる一般日本人の無知笑うべきかな」など
と、やや「上から目線」気味なれど、冷静沈着に当時の「日本」を分析して見
せる。

 にも拘らず、時として「米兵が日本人一人を殺すなら、日本人は一人で米兵
10人、100人を殺せ」とか、東京大空襲を経験したのちには、「奴ら、ここま
でやるか」などと激情が迸ることも度々で、その「激情」は、終戦が近づくに
つれ、頻繁になっていく。
 ムッソリーニとヒトラーを、疑いもなく英雄視しているのもまた、当時の日
本にあっては「常識」だったんだろうと推察できる。

 ここに書かれているのは、昭和20年に23歳で、空襲で九死に一生を得た後、
学校ぐるみで東京から信州飯田に疎開したという経歴を持つ、当時の医学生の
体験である。

 野坂昭如と妹尾河童の対談を、いつだったか雑誌で読んだ。
 二人ともに同世代で、同じ神戸に育って、同じく神戸で戦争を体験している。
妹尾河童が住んでいたのは西神戸・長田の商店街で、太平洋戦争勃発後、近所
から次々と知り合いが出征していくのや、「隣組」の活動がにわかに忙しくる
などのなんやかやで、「戦争」は、ずっと身近に意識していた、らしい。

 ところが、片や、その反対側の東神戸、灘区に住んでいた野坂昭如は、空襲
に遭って家族を失い、自身が焼け出されるまで、まるで戦争を意識したことが
なく、「どこか遠い国の話」と思っていた、のだそうだ。

 わが亡父は、昭和6年生まれ。
 戦争当時は旧制中学生だったが、神戸市郊外の、当時は郡部だったところに
いて、神戸を空襲するB29の編隊を見上げ、山の向こうが「真っ赤に燃えとっ
た」のは見ていたのだが、やはり、実感としては乏しかったらしい。
 当時の中学生に共通だったろうが、軍隊に憧れ、中でも航空兵になりたいと
思っていたそうで、実際に陸軍の「少年航空兵」に応募しようとして、色弱で
撥ねられたのを、ずっと悔しがっていた。
 その悔しさは、相当だったようで、晩年に病気を得て退職したのちは、度々、
陸軍航空隊のあった八尾空港を訪れては、駐機しているセスナや滑走路をせっ
せとスケッチして、無聊を慰めていた。

 ひと口に「戦争体験」と言っても、その人が、当時何歳で、どこで、何を体
験したかによって、その「戦争観」というのは、百人百様、大きく変容する。

 山田風太郎の『不戦日記』もまた、そんな当時の日本で体験された、ひとつ
の戦争観である。
 これをビジュアル、ことに漫画の形で残しておくのは、とても意義のあるこ
とだ。
 実際に体験してないと、文章ではいまひとつイメージが掴みづらいことも、
漫画なら具象として、たちどころに理解できる。

 『風太郎不戦日記』1巻は、3月の東京大空襲を経て、さらに追い打ちをか
けるように4月、山の手にも被害が及んでくるあたりまでが描かれる。
 連載では、その後風太郎自身も下宿する家が焼かれ、学校ぐるみで信州へ疎
開し、そこで終戦を迎えるあたりまで進んでいて、終戦の日、8月15日の描写
が、圧巻である。

 『不戦日記』は、昭和20年12月までなのだが、できれば、この続編ともいえ
る、『戦中派焼け跡日記』『闇市日記』『動乱日記』もまた、これに続けて漫
画化してほしいと思う。

 加えて、山田風太郎だけでなく、様々な場所で体験された様々な戦争体験も
また、漫画や映像で後世に残してほしい。
 今や戦後75年、もはやそれができるのは、今が最終ギリギリの段階だろう、
とも思うゆえだ。


太郎吉野(たろう・よしの)
阪神タイガースお膝元在住。右投げ右打ち。趣味は途中下車、時々寝過ごし乗
り越し、最長不倒距離は三重県名張。
ちなみに「阪神タイガース」の「阪神」は、「兵庫県阪神地方」を指します。

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■「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
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第127回 コロナ後、世の中はどうなっているのだろう

 2020年、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、後世の世界史年表に
記載されるほどの大きな出来事になることは間違いがない。

 この大事件の真っ只中に生きている自分がとても不思議な気分になる。

 そうは云っても、これは現実だし、みんなどこへも逃れられない運命の中、
これからもしばらくは息をひそめておとなしく生活していくしか、他に方法は
ない。
 このパンデミックに対して、国内外でさまざまな対策が取られている。それ
らは成功も失敗もあるし、勇み足も後の祭りもある。しかし、この半年でよう
やくわかったこと、観念しなければならないことはひとつだけある。それは、
“人との交流を極力避ける”ということだ。

 まったく残念なことだけど、それこそが唯一の解決策なのだ。世界中の国々
が国を閉じるのが少し遅かった。そして私たちも人との交流を避ける工夫をす
るのが少し遅かった。

 新型コロナウィルス感染症蔓延の真っ最中ではあるが、このパンデミックは
必ず終息を迎えるだろう。そしてその後のこと、その後の世の中がどうなって
いるかを知りたい。この後、私たちはどうなるのだろう、という好奇心から、
この本を手に取った。

『コロナ後の世界』
(ジャレド・ダイアモンド ポール・グルーグマン リンダ・グラットン
 マックス・テグマーク スティーブン・ピンカー スコット・ギャロウェイ著)
(大野和基 編)
(文藝春秋社 文春新書)(2020年7月20日 初版)

 “世界の知性 6名に緊急インタビュー”と書籍の帯に書いてある。しかし、
この6名すべて英米の白人。ヨーロッパ大陸の人はいない。アジア系やアフリ
カ系もいない。
 偏った意見になっている、という批判は出るだろう。それでもこの時期にこ
ういう本を編集して出版する、ということの価値は大きい。編集者と出版社の
幸運と努力を買いたい。
 6名の“知性”には昨年(パンデミック前)に国際ジャーナリストの大野和
基氏が、直接本人たちに会ってインタビューをした。そしてこのコロナ禍の中、
4月・5月にリモートやメールなどで追加インタビューを行なった。それを新
書にしたのが本書である。各章ごとにひとりずつ6章に分かれている。

第1章    ジャレッド・ダイアモンド(米国・UCLA地理学教授)
 (独裁国家はパンデミックに強いか)
 一番丁寧に日本の読者のために発言している。が、少し楽観的すぎる気がす
るのだ。日本は大丈夫、というメッセージだらけ。少しだけ問題があるとすれ
ば、日本の問題は女性の活用の少なさ、移民の活用の少なさにある、という。

 ・・・・・それだけが問題ですか? ダイアモンド先生。

 また、問題のある近隣国とは、上手くつきあっていきなさいと簡単に云うが、
我々はそれができなくて、とても苦労している。かの国たちを軽んじてはいけ
ないし、悪口も云わない、でもかの国たちが私たちの罵詈雑言を云うし・・・。
結局日本はまだ戦後が終わっていないのだ。

第2章    マックス・テグマーク(米国・MIT理論物理学教授(AI研究))
 (AIで人類はレジリエントになれる)

 「レジリエント」=弾力性、柔軟性のあるさま。
 AIを活用して人類の輝かしい未来を築こう。とおっしゃるが、その楽観論
は信用できるのだろうか。AIを“私たちと同じ価値観を持ち、人間を大事に
するAGI(汎用AI)を「安全工学」的に作ってしまおう”と簡単に云うが、
私たちと同じ価値観とはいったいどんな価値観なのか? 人類の中でもさまざ
まな価値観がせめぎ合っているではないか。と思ってしまうのだ。・・・・・
この問題について、執筆子はよくわからない。

第3章    リンダ・グラットン(英国・ロンドンビジネススクール教授(人材論
・組織論))

 (ロックダウンで生まれた新しい働き方)
 今のこの生活が、“新しい生活規範”になる。という考え方に大賛成である。
誰も予想しなかったことだが、この半年で実践されている新しい方法を止める
ことはもうできない。私たちはこのパンデミックを経験したことによって、臨
機応変に行動することをようやく手に入れたのだ。本書の中で、最も首肯でき、
共感できる章である。

第4章    スティーブン・ピンカー(米国・ハーバード大学教授(認知科学・実
験心理学))

 (認知バイアスが感染症対策を遅らせた)
 知り得たことに対するかたよりが私たちの行動を間違えた方向に進めてしま
っている、ということに対しては、全面的に賛成する。感染症は戦争ではない。
でも為政者は戦争にたとえてしまうから、死者が出ても仕方ない、と思ってし
まう。感染症の専門家の意見に従っていればこのパンデミックは最小限に抑え
られたのに。という意見に賛成だ。
 現在、私たちが直面しているコロナ自衛団のような誤った行動も知り得たこ
とに対するバイアスがかかってしまったことによる行動であろう。

第5章    スコット・ギャロウェイ(米国・ニューヨーク大学教授(ブランド戦
略))

 (新型コロナで強力になったGAFA)
 GAFAについては、どうなんだろう。おそらくギャロウェイ先生のおっし
ゃるとおりなのであろう。この4社はメディアではなく、プラットホームであ
る、と云っているようだが、いまや完全に世の中全体の意見を牛耳っていて、
最も影響力のある組織であることに間違いはない。しかしだからといって、私
たちにできることは一体なにがあるというのか。問題に気づいき、もうgoogle
先生もipadもSNSも世界中が網羅されている通販網も使わないでいられるのだ
ろうか。・・・おそらくそれは無理。第一この原稿を書いているときでさえ、
執筆子はgoogle先生を参考にしながら執筆している。GAFAの負の部分を知
ろう、というけれど・・・・・。そういうことを知った上でどうしていいか、
わからない。

第6章    ポール・グルーグマン(米国・ニューヨーク市立大学教授(国際貿易))

 (景気回復はスウッシュ型になる)
 スウッシュ型というのは、ナイキのロゴマーク。コロナ禍による急激な景気
の落ち込みの後、緩やかな回復。という構図でコロナ後の社会を予想している。
それでも、コロナ禍初期の対応がまずかった、対策が遅かった、とグルーグマ
ン先生も嘆く。この章で最も読む部分は「追記」である。世界で最も裕福な米
国がなぜ、国民皆保険制度を導入していないか、との問いに対しては、それは
「人種」と回答している。つまり差別が制度の導入を阻止している。為政者た
ちはそのことに気づいているが、そうではない別の理由でこの制度を導入して
いないことにしている。人種的な敵愾心を煽るような人々が為政者でいること
が米国の悲劇である。・・・・・そのとおりだと思う。

 本書に書かれた事柄は、自分たちが生きる上で、今後にどう活用していけば
いいのかと云えば、それはほとんど活用できないと云える。書かれている内容
は、国家や大きな世の中をどう動かしていくのか、ということばかり。
 しかし、世の中のしくみを知る、ということはおそらく各個人が取るその後
の行動にある程度の影響は及ぼすであろうことは想像に難くない。
 本書は、世の中のしくみを知るための手引書なのである。そして、私たちは
このコロナ禍の中で考える時間を手に入れている。今の処、唯一手に入れたも
のは、考える時間だけなのだ。


多呂さ(コロナ禍の中で考えることが多くなったことが最も評価できることで
しょうか)
 ブログ→ http://d.hatena.ne.jp/taro3643/

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さい。

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 http://web-wac.co.jp/book/bunko/280

・『ヒューマン ― 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510

・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/cogito/%8Fo%94%C5%88%C4%93%E0/%8Ex%82%A6%8D%87%82%A2%81E%8Aw%82%D1%8D%87%82%A2.html

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 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 コロナでコロコロ太った、って話も聞きますね。いえ、それだけですが…。
(あ)

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★「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
→ 『万葉学者、墓をしまい母を送る』(上野誠・著/講談社)

★「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
→ #122『器楽的幻覚』

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■「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
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母と息子の相聞歌
『万葉学者、墓をしまい母を送る』
(上野誠・著/講談社)

 先月の『死にぎわに何を思う』(上村くにこ著・アートヴィレッジ)に引き
続き、今月も死をテーマにしてた本です。おばちゃまも60代半ば、どうしても
関心がこっちになりますねん。

 著者は万葉学者。と言われてもピンとこない方もおられるかもしれない昨今
ですが、元号・令和が『万葉集』からの引用ということでちょっと注目されま
したね。著者は、時代を超えて綿々と一定の読者を持つ『万葉集』の研究者と
して奈良大学教授の傍ら、メディアで大活躍している人気研究者です。
(ちなみに、大女優・松坂慶子さんも最近、万葉集を愛読しているそうです)
 2016年に母上を送った後、古くから担当している編集者に頼み込んで出した
のがこの本。

 なんでも歴史といえば、大きな事件や偉人について著述するものと思われて
いますが、そんな主流の歴史研究のほかに、フランスのアナール学派による、
社会と個人や習慣や心性の変化を綴る分野があるらしく、それに従ってご自分
の経験を描こうとしたと前書きにあります。

「祖父が死んだ1973年(昭和48年)夏から母が死んだ2016年(平成28年)冬の
43年間の死と墓をめぐる私自身の体験を心性の歴史として語ってみたい」とあ
り、おばちゃまはほぼ同世代なので、時代の雰囲気はわかりすぎるぐらいでし
た。

 話はまず、昭和48年の祖父の見送りから始まります。実業家だった祖父は葬
儀も大きく、通夜ふるまいは自宅で行われます。料理、酒を出すのは女たちで
台所はてんやわんや。
 おばちゃまの祖父も通夜を自宅で執り行い、近所の人をもてなしたからこの
たいへんさはわかります。母が疲労困憊してたよね。でも女は誰一人として席
について飲食してなかった。(ジェンダー的にどうよ)。
 そこで描かれるのは祖母(故人にとっては妻)と母(同・娘)による生々し
い湯灌の描写。これを著者は、故人との別れを愛おしむ儀式ととらえ、産湯と
同じものと省察します。

 葬とは故人を愛しながらも死=ケガレに触れることを避ける、この世とあの
世、生と死、愛と憎しみが相反する儀式であることを、イザナギとイザナミの
例を引いて語るところはこの本の1つのハイライトシーンです。

 母への愛がひしひし

 次に著者は高齢の母を介護することになります。母を福岡から奈良に移して
7年間、介護施設を転々とし、母の骨折や誤嚥性肺炎などを経ての見送りは、
経験したことがある人にとっては「あるある」と共感されるところでしょう。

 おばちゃまが感銘を受けたのは、介護をするうちにお母さまとの間に生まれ
た親密性についての描写です。
 そこを著者はあまり目立たないようにさりげなく書いているのですが、私は
墓の話より湯灌の話よりここが印象的でした。

「介護の中心となった私と母との間には。割って入りこめない世界があるとい
うような感覚を、他の家族たちはもったのではないかと思う」
「母と接する時間が多く、母も息子の私を頼ることが多くなると、ほかの家族
には立ち入れない心の領域ができてしまうものなのだ」
「長いつきあいの編集者に頼みこんでこんな本を出したいと願った私の心の奥
底にも、母を独占したい気持ちがどこかにあるような気がする」

 このような心情を斎藤茂吉の歌や、天智天皇大后の歌を引用しつつ述べてい
きますが、最後に大伴旅人の歌を引用するところに感銘を受けました。

 この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我はなりなむ
 生ける者遂にも死ぬるものにあればこの世にある間は楽しくをあらな
                    (『万葉集』巻3の348.349)

 来世、そんなもんは知らんさ。この世で楽しく生きられたら来世で虫に生ま
れ変わっても鳥に生まれ変わったって知るもんか。とにかくこの世に生きてい
る間が大切なんだから、楽しく生きなきゃソンだろう。

 母上はホトトギス派の歌人として名のある方だったそうですが、著者はこの
歌について、
「ちなみにこのふたつの歌は母も私も大好きな歌であった。」
と書いています。やや戯れ歌に近いような旅人のこの歌を介して母と息子の心
が触れ合う、この歌が相聞歌に思えてちょっとドキドキいたしました。

 本書によると、37回忌をもって人はみな個人から「ご先祖」とひとくくりさ
れるそうです。37回忌とはその人を覚えている人がいなくなる時期ですね。

 紫式部でも織田信長でもない私も、遠くない将来にはご先祖になるわけで、
となるとやはり「この世にあるうちは楽しく」生きるのがいいんだなと再確認
した次第です。

大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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#122『器楽的幻覚』

 高齢の知人が体調を崩し、原因はわからないものの肺炎だろう、と診断され
た。

 肺と言うと、すわ、コロナ、というご時世だが、幸い検査の結果は陰性で、
老人性の肺炎ということになった。

 それでも見舞いは一切禁止で、家族すら病室に入れない厳戒体制。院内感染
を警戒しているのだろうが、何の病気であれうっかり入院も出来ない厄介な時
代だ。

 ところで、老人性肺炎は、昨今よく聞く言葉で、特に食べ物が気管に入って
も気づかないまま炎症を起こす、誤嚥性肺炎が時折話題に上る。老人と言えば
肺病のイメージすらある。

 しかし肺の病は、かつては若者の宿痾でもあった。

 大岡昇平の原作を、塚本晋也の監督主演で再映画化した『野火』が、つい先
日テレビで放映されていたが、冒頭、主人公の兵隊が肺を病んでいる。

 それで、病院に行けと命じられるが、重傷者で手一杯の野戦病院ではたかが
肺病なんかで来るなと追い返される。仕方なく部隊に戻ると、帰れと言われて
帰って来るやつがあるか、粘れ、とまた追い返される。激しい咳に苦しみなが
ら、行ったり来たりを繰り返す悲惨な姿が描かれていた。

 肺という臓器の病いには、どこかそこはかとない悲しみがつきまとう。

 それは、「生きている」ことを「息がある」と表現するように、呼吸という
ものが生命現象の根幹であり、絶えざる運動であるからかも知れない。それを
司る肺が衰える経験は、直接死を覗き込む経験に近いのだろう。

 梶井基次郎が31歳の若さで夭逝したのも、肺結核の故であった。


 肺を病んでいると、常に体が微熱でだるい。その体の重さが芸術家の神経を
かき乱し、心を鬱屈させる。そこから抜け出ようと、ささやかな美的テロリズ
ムを敢行するというのが、代表作「檸檬」である。丸善の美術書売り場で、画
集を乱雑に積み上げた山の上に、一個の爆弾たる檸檬を置く、という有名なラ
ストシーン。ここでは当然、美術が重要なモチーフになっているのだが、当音
楽本批評としては、その前、そもそも主人公が果物屋で檸檬に出会うシーンで、
店先に並んだこの果実を形容するために、音楽を持ち出している点にも注目し
たい。

 実際「檸檬」のこの場面以外にも、梶井は多くの小説で音楽に言及している
のである。

 中でも「器楽的幻覚」は、音楽会での体験そのものを扱った、純粋な音楽小
説の佳篇として、美術をモチーフとする「檸檬」と好対照を成す。

 フランス人ピアニストが来日し、6回の連続公演を行った。そのある回。
「私」は第一部の長大なソナタを没入して聴くことができる。それは「そのソ
ナタの全感情のなかに没入することが出来た」ほどの、全身全霊を傾けた音楽
体験だった。

 こういうことは、いかに音楽が好きでもめったにない。特に長い曲になれば、
ややもすると集中力が途切れ、心は音楽を離れてあらぬ雑念に流されてしまう
ものだ。

 しかしこの時の「私」は、「いつもにない落ち着きと頭の澄明を自覚しなが
ら会場に入った」せいか、そうした奇跡的な音楽体験をするのだ。

 ところが、休憩になって一服しに出た「私」は、その感動が「一種無感動に
似た気持ちを伴って来ていることを感じ」る。

 そして第二部になると、もう「私」の集中力は戻らない。ピアニストの指が
泡を噛む波頭や戯れる家畜に見え、音楽よりも聴衆の様子が気になり始める。

 今度は短い曲がいくつも演奏されるのだが、曲の間聴衆は息を殺し、終わる
と拍手する、また次の曲が始まると沈黙し、終わるとざわめく。黙る、ざわめ
く、黙る、ざわめく。そのリズムの機械的な反復に「私」の心はさらわれ、音
楽そのものは虚ろに流れていくばかりだ。

 やがて息を殺して聴き入っている聴衆は、「私」には「石化」したように感
じられる。そして彼らは、ピアニストの白い手が、ピアノを操るのではなく、
「あの上で殺人を演じても、誰一人叫び出そうとはしないだろう」という奇怪
な想念に到達するのだ。

 一個の檸檬を芸術的爆弾に仕上げた、文学テロリスト梶井基次郎らしい想像
力の暴走。器楽的幻覚である。

 その後、音楽会が終わっても、「私」のテロリズムは終わらない。

 梶井基次郎という作家の評としては、退廃が逆説的に生き生きとした清浄に
至る点を、この稀有な作家の特質とするのが一般的なようだが、この小品に限
っては、「私」の鬱屈はどこにも突き抜けていかないのである。ただ、想像力
が猛々しく「私」の心を食い荒らしてしまうばかり。

 ここで唐突だが、ロバート・ジョンソンに飛ぼう。

 ブルースに革命を起こし、後のロックの礎となった、あのロバート・ジョン
ゾンである。


Me and the Devil

   was walking side by side

Me and the Devil

   was walking side by side, ooh

I’m goin’ to beat my woman

   untill I get satisfied

 これは代表曲のひとつ「俺と悪魔のブルース」の一節だ。

「俺と悪魔は並んで歩いていた 俺と悪魔は並んで歩いていた 俺は俺の女を
 殴るだろう 心ゆくまで」

 はっきりと「女を殴るだろう」と明言するロバート。いまならDVだが、当
時、アメリカにもそうした概念はなかったのか、小説を読んでも、男が女を平
気で殴っている。レディ・ファーストもまやかしに過ぎない。

 しかし彼はなぜ、愛する女を殴るのか。言葉を換えると、殴ってまで女に執
着するのか。続く歌詞は、こうなっている。


She say you don’t see why

   that you will dog me ‘round

She say you don’t see why

   that you will dog me ‘round

It must-a be that old evil spirit

   so deep down in the ground

「彼女は言う あんたは理由もわからずにあたしの後を犬みたいに付け回すわ
×2 きっとあの古い悪霊のせいね 地面の下深くにいるあの悪霊の」

 つまり、執着の理由を、あんたは自分でもわかっていない、と当の彼女が指
摘するのだ。

 そしてそれを「地面の下深くにいるあの悪霊」のせいにする。

 だがその悪霊こそ、いままさに彼と肩を並べて歩いている、その「悪魔」の
ことだろう。

 したがって「地面の下深く」とは、どこか遠い異世界ではなく、男自身の心
の中。いわゆる深層、無意識の領域を差しているのだ。

 愛しているはずの女を殴ってしまう自らの暴力衝動が、フロイト博士の知見
を待つまでもなく、深層心理に潜む何かに由来しているのだと直観するロバー
ト・ジョンソンの自己認識は、極めて近代的な人間認識である。

 そしてそのブルーな病理は、爽快で清浄な場所には出て行かない。むしろ地
面の下深くに埋没してしまい、そこでは一個の檸檬を見出すことが出来ない。

「器楽的幻覚」における「私」のように、

 ちなみに、梶井基次郎は1901年生まれ。ロバート・ジョンソンは10年遅れて
1911年生まれ。共に若くして亡くなっており、梶井は1932年、ジョンソンは
1938年、享年はそれぞれ31歳と、27歳である。もっともこの時代のブルースマ
ンの戸籍は正確ではないし、太平洋を隔てた日本とアメリカは、いまの何倍も
遠かっただろう。しかしそれでも、ふたつの人生がほぼ同じ時期に重なること
が、不思議な暗合に思えてならない。


 片や音楽を歌うことに、心の病苦を乗せたロバート・ジョンソン。
 片や音楽を聴くことに、心の病苦を乗せた梶井基次郎。
 それは同じコインの裏表ではないか。

梶井基次郎
「器楽的幻覚」
新潮文庫版『檸檬』所収
昭和四十二年十二月十日 発行
昭和五十九年一月二十日 三十三刷
おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン

相変わらず引き籠っています。先日、ヴォイス・トレーニングを再開しました
が、Skypeによるオンライン・レッスン。デジタル・ツールに弱く、Skypeを使
うのも初めてでしたが、何とか使えました。やってみると、案外家で出来るの
もいいな、という感じ。このまま分断社会が定着していくのかなぁ。

----------------------------------------------------------------------
■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『「オルグの鬼」 労働組合は誰のためのものか』 二宮誠 講談社+α文庫

 今の雇用環境は厳しい。非正規労働者が増えている上に、正規労働者でも賃
金が伸びないのも大きい。いわゆるブラック企業の問題も深刻だ。

 そんな労働者不遇の時代、一番頼りになるはずの労働組合の存在感は薄れて
いる。存在感が薄れるくらいならまだマシで、場合によっては労働者の敵扱い
すらされることもある。

 曰く「労働組合は正規労働者の味方で、非正規は蚊帳の外に置かれている」
「リストラに対し、組合は何も力になってくれない」等々、労働組合がいかに
役立たずかと宣う主張はいくらでも見つかる。

 そうなった理由は改めて述べないが、過去には労働組合が輝いていた時代も
あったのだ。この本の著者、二宮氏が活躍していた時代はそうだった。

 この本に注目したのは、帯に「ニトリの似鳥昭雄会長イチ押し!」とあった
から。手に取ると、二宮さんと似鳥会長の対談が載っているほか、株式会社エ
コス会長・平富郎氏、そして株式会社ダイナムジャパンホールディングス取締
役会議長・佐藤洋治氏と、二宮氏の対談まで載っている。

 いわば敵である経営側の人間と、「労働運動ひとすじ40年。全国各地で労働
組合の組織化を指揮してきた『伝説のオルガナイザー』」が仲良く対話してい
る。これは買わなきゃならないでしょw?

 著者の二宮氏は68年に拓殖大入学、70年安保の嵐が学内に吹き荒れていた環
境下、民社党系の会合によく誘われているうちに「いずれ政治家になりたい」
と思ってゼンセン同盟(全国繊維産業労働組合同盟・UAゼンセンの前身)の職
員となった。

 職員になって、いきなりぶつかった事件が、72年5月に発生した千日デパー
トビル火災だった。火元がニチイ(現イオン)の衣料品売り場で、同ビルに入
っていたキャバレーでも多くの死傷者が出た。そのキャバレーの経営に暴力団
が関わっていたことから、ニチイは企業存亡の危機に陥った。

 そんなニチイの危機を救ったのが、ゼンセン同盟の幹部であった竹内文雄と
いう方で、暴力団組長の自宅に単身乗り込み、サシで話をつけてきた。

 これが労働運動というものか。いずれ組合をバックに政治家になりたいと思
っていた二宮氏だが、そんな甘い考えではこの世界でやっていけないことを痛
感することになる。

 同じ頃、全盛期のオルガナイザーである佐藤文雄という人がいるゼンセン組
織局に配属され、プロパーとしての仕切り方やメンタルを鍛えられた。そして
福井県に飛ばされ労働組合の基礎を実践でたたき込まれることになった。繊維
会社が多い福井で街宣車1台と印刷用具一式を渡されて、繊維会社の中に労働
組合を作り、社員の組織化を進めていくのである。

 自分の担当として30〜40の組合の面倒を見ていながら新規開拓はなかなか大
変なことで、時間もマンパワーもない。そのためターゲットにする会社を決め
たら「社長の経歴、人脈、会社内の人間地図、主要取引先などを入念に事前調
査します。そして、そこの従業員の誰が手を上げれば、多の従業員がついてく
るのか、組織化の核(リーダー)となりえるキーマンの情報も掴んで、いよい
よ接触します」・・・どこの辣腕営業マンやねん?という感じw。

 もちろん労働組合を作るといわれて抵抗する経営者が多いわけだが、最初に
落とすのは業界トップの会社にしろ!そうすると2番手以降は抵抗をあきらめ
るとか、会社に不満があって自分から労働組合を尋ねてくるような奴は信用し
てはならないとか、会社が倒産した時はどう対処するのかとか・・・

 いわゆる労働組合としての仕事もするけど、労働組合のイメージとは全く違
う、有能なビジネスマンがやりそうなことが書いてある。当然そうした過程を
経て作られた労働組合は経営側からも信頼されることが多い。この本に三人も
優秀だとされる会社の経営者が出てくるのはそうした信頼があるからだろう。

 問題は、そうした戦績をもつ二宮氏を含め、過去の労働組合の組織化をやっ
て来た人たちのノウハウが現役の人たちに伝わっていないことだ。これは二宮
氏も忸怩たる思いがあるようで、この本も若い労働組合の職員に向けて書いて
いるような節がある。

 二宮氏が活躍していた時代は、1歩間違うと暴力沙汰とか普通にあったし、
今のように失言ひとつで炎上といったような、ぬるい社会状況ではない。鉄パ
イプ持った学生が殺しあってたり、ヤクザが地上げのためクルマを店に突っ込
ませるとか普通にあった。それゆえに「墓場まで持っていかなきゃならない」
ノウハウも多かったようだ。

 そうしたノウハウは今の時代にそぐわない部分もあるのかも知れないし、今
の若い人に教えても現実離れしているように思われるだけかも知れない。しか
し、そうしたノウハウの後継者が既存の労働組合に見つけられないなら、こう
した本で公開しても良かったのではないか?そんなことを思った。

 さらに言えば、こういう方がまだ生きておられるうちに、何がしか労働問題
を解決するサービスを提供するベンチャー企業を創ろうとするような人が、二
宮氏のような方がご存命のうちに教えを請いに行くべきではないかとも思うの
である。

 過去の労働組合のノウハウを労働組合ではなく、ベンチャー企業が活かして
も何の問題もないのだから。


(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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・『ヒューマン ─ 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
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・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
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[書評]のメルマガ vol.706


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■コンテンツ
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★トピックス
→トピックス募集中です。

★「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
→109 自分が何者かを考える

★「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
→<127>1972年、連合赤軍とポルノの相関

★「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
→第126回 コロナ禍の中でどう生きようか

★「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
→今回はお休みです

★献本読者書評のコーナー
→書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
└──────────────────────────────────

 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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109 自分が何者かを考える

 長い長い梅雨がようやく明けたら、次々くる台風。
 晴れた空の下に立てる幸せよ。

 『兄の名はジェシカ』
           ジョン・ボイン 原田勝 訳 あすなろ書房

 サムには4歳上の兄、ジェイソンがいます。
 ジェイソンは自慢の兄。
 政治家として忙しく働く母。その母の秘書をしている父。
 閣僚となり、どんどん忙しくなる両親のもと、兄ジェイソンはサムの面倒を
 いろいろみます。
 サッカー部のキャプテンとして活躍しているジェイソンは学校内でも人気者。
 
 ある日、ジェイソンは家族にある告白をします……。

 自分が何者なのか。生まれたままの性に疑いもなく成長するものもいれば、
 そうでないものもいます。
 ジェイソンは後者でした。

 あるがままのジェイソンを家族はなかなか受け入れられません。
 ジェイソンは、信頼しているからこそ、自分の苦しみを打ち明けたのですが
 理解を得ることができず、孤立を深めていきます。

 サムも学校での立場に変化が生じました。ジェイソンの弟として色眼鏡で見
 られるようになるのです。

 様々なことが詰め込まれているにもかかわらず、ごちゃごちゃしていません。
 親に理解されず、思春期だからと片付けられてしまうしんどさ。
 人気者からいっきにつまはじきにされるしんどさ。
 
 サムの視点で描かれ、兄への思慕、両親への期待、イギリス社会の政治的状
 もさりげなく組み込まれ、外国であるイギリスを知ることにもなります。

 登場人物すべてが多面的なので、誰かひとりの気持ちに肩入れすることなく、
 人の深みにも触れられます。

 自分はどんな人間なのか、そう考え始めている十代の人に読んで欲しい一冊
 です。

 
 『おきなぐさ』
 宮沢 賢治 作 陣崎草子 絵 ミキハウス

 ミキハウスの宮沢賢治絵本シリーズの最新作です。

 絵を描かれた陣崎さんは、この物語の舞台となった場所岩手にも取材され、
 「おきなぐさ」に魅入られ、自身で種から育てたそうです。

 「おきなぐさ」は絶滅危惧種となっていますが、群生地ではみることができ
 るようで、岩手の他にも栃木にも群生地があります。

 宮沢賢治のテキストは、まるで絵本のために書かれたようで、おきなぐさの
 花が咲き、種となって飛んでいくまでが、絵とあいまって、美しい世界を描
 いています。

 声に出して読みながら、おきなぐさの可憐さにひきこまれました。
 絵本は周りに子どもがいないと、高い買い物に思われるかもしれませんが、
 一級の美術を鑑賞できる、紙上の美術館でもあります。

 ぜひみてみてください。


 『せんそうがやってきた日』
 ニコラ・デイビス 作 レベッカ・コッブ 絵 長友恵子訳

 2019年にケイト・グリーナウェイ賞最終候補に選ばれた絵本作品。

 イギリスにおいて、2016年春に3000人の孤児の難民受け入れ拒否が起きたこ
 とをご存知でしょうか。時を同じくして、座る椅子がないという理由で、難
 民の子どもが学校への入学を断られました。

 作者ニコラ・デイビスはこの事実を知り、詩を書き、それがこの絵本の元に
 なりました。

 平穏な日常に、突然落ちてくる戦争。
 一瞬にして、日常が奪い去られ、ただただ戦争を追い払いたい少女。
 学校を見つけ教室に入ろうとすると、椅子がないからと入れてもらえません。

 椅子がないなら、どこからか持ってこよう――。
 
 この詩が読まれ、ツイッターでは#3000chairsというハッシュタグができ、
 たくさんの人たちが椅子の画像を投稿し、いまもそのハッシュタグを追うこ
 とができます。

 作者あとがきによると、椅子が教育を受ける機会のない子どもたちとの連帯
 を示すシンボルになっていったそうです。

 コロナや自然災害など、余裕をもって周りをみることが難しい時代ですが、
 戦後75年を迎えるいま、子どもたちに届けたい絵本です。

 
(林さかな)
会津若松在住。「本の雑誌」新刊めったくたガイド海外文学担当。
http://1day1book.strikingly.com/

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■「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
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<127>1972年、連合赤軍とポルノの相関

 JR琵琶湖線の石山駅は、京阪電車石山坂本線との連絡駅である。

 JRと京阪は、橋上駅舎でつながっていて、その京阪側の階段を降りたところ
が南口で、数年前までその真ん前に「ばんど旅館」と看板の上がった建物があ
った。

 石山は、新快速の停車駅であり、この南口側には、バスターミナルもあり、
周辺にはコンビニエンスストアやファストフード店、銀行に居酒屋と、そこそ
こ店やオフィスが建ち並び、それなりに賑わいを見せている。

 その中にあって、駅前でひときわ目立っていた建物が、その「ばんど旅館」
なのだった。
 木造二階建て、かなりの築年数を経たと思われる建物は、全体が黒くくすん
でいる。旅館としての営業は、かなり前にやめてしまったようで、窓も扉も締
め切られた内部は真っ暗で、人の気配もない。
 両隣をコンビニと金券ショップという、今様で軽薄なまでに明るい店舗に挟
まれた「ばんど旅館」は、その両隣に比べても間口が結構大きいがゆえに、余
計にその暗さを際立たせ、なにやら不吉で禍々しくさえ見えた。

 初めてそれを目にしたのは、2008年ころか、京都へ行くに際して電車を寝過
ごし、初めて降りたその駅周辺を、ついでだから、ちょっとぶらりとしてみる
か、と降り立った駅前に、これを見つけた。
 その異様な雰囲気に、これは、何かイワクがある建物なのでは? と帰って
から調べてみると、大きなイワクがあった。

 そこは、元・連合赤軍幹部で、1972年のあさま山荘事件で逮捕され、その後
1975年の「日本赤軍」による、クアラルンプール米国・スウェーデン両大使館
占拠事件での「超法規措置」によって釈放され国外脱出の後、いまだ行方の分
からない坂東國男の実家なのだった。

 そういえば、坂東國男の実家は、滋賀県で旅館を営んでいたっけ、と記憶が
蘇る。
 そして、坂東國男と言えば、あさま山荘事件のさなか、確かその父親が、
「世間様と人質になった人に対して申し訳ない」との遺書を残し、自宅トイレ
…ということはつまり、この旅館内で縊死したのでは、なかったか。
 そうと知って、ついその日に見たあの建物のイメージは、一層不吉に、禍々
しく思えてくるのだった。

 経営者であったろう父親の自死後、いつごろまで旅館として営業されていた
のかは知れないが、わしが見た2008年には、すでに廃業してかなりの年月を経
ているようでは、あった。

 その後、なにせ滋賀県方面にはそうそう用事もないのでそう頻繁ではないが、
なにかの折にこの駅を通るときには、気にして見ていて、数年前までは、確か
にまだあった…のだが、昨年の秋だったか、所用でこの駅に降り立った時にふ
と見ると、旅館の建物は既に取り壊され更地になって、「マンション建設予定
地」との看板が立っていたのだった。

 と、突然に、石山駅前にあった廃業旅館の記憶が蘇ったのは、坪内祐三『19
72 〜「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」〜』(文春文庫)を読ん
だからだ。
 読んだ…というか、実はだいぶ前に一度読んでいて、今回は再読、なのだけ
ど、今回は、事前に、というか多分に偶然なのだけど、山本直樹の漫画『レッ
ド』のシリーズを全巻読んでいたので、書かれた内容が、実にするすると頭に
しみこんできた。

 以前にこれを読んだ2007年ころでは、「そういえば、そんなこともあったっ
けね…」と、うすらにボンヤリと思い出す程度であったのが、今回は、実に鮮
明に、その上に映像付きでもって、「1972年」とその前後が蘇ってきた。

 坪内『1972』は、この年に起こった「連合赤軍事件」を核にして、この年あ
るいはその前後に「始まった」ものや「終焉を迎えた」ものを縦横無尽に論じ
ながら、あのころの「時代」を、実に鮮やかに浮き彫りにしてくれる。

 「連合赤軍事件」は、その凄惨さにおいて、60年代から始まった学生運動と
左翼的革命幻想に終止符を打ったし、その一方で、高度経済成長は最盛期に達
し、これまたある種の「終焉」を迎えて、一種の爛熟期に入ろうとしていた。
 その「爛熟」の象徴が、「ポルノ解禁」であったろうか。
 坪内氏は、連合赤軍事件の凄惨さを論じながら、そこから自然な流れでもっ
て、同じ文脈に当時の「ポルノ事情」や「アイドル」も置いて、これを「連合
赤軍」と同一線上で論じてしまうのだ。
 その辺、実に鮮やかだ。

 「ポルノ解禁」と叫ばれながらも、実際には大した「解禁」ではなかったの
だが、言われてみれば当時、雑誌のグラビアや映画の性表現は、このまま一気
に欧米並みの直接的具体的描写まで突き進むのではないか、と思ってしまいま
したよね…って、自分で自分に問いかけてますが。
 そのきっかけが、野坂昭如の「四畳半襖の裏張り」裁判であり、日活の「ロ
マンポルノ」路線への転換であった、とは、やはり言われてみれば「なるほど」
なのだ。

 テレビもまた、この当時は今に比べてかなり過激だった。
 なにせ、平日の夜8時のホームドラマに毎回、ストーリーとは何の脈絡もな
く、単なる「サービスシーン」として、いきなりに裸の女が出てきたり、かな
り大胆なベッドシーンが、やはりゴールデンタイムのドラマで展開されたりし
ていたのだ。

 平日真っ昼間のワイドショーには、応募してきた視聴者が、写真家の大竹省
二にヌード写真を撮ってもらい、スタジオでこれを披露する、という「美しき
裸像の想い出」なるコーナーがあって、毎回、応募が殺到していた。
 スタジオでは、しかつめらしい顔をした、女性を含む出演者たちが、「いや、
もう、まったくいやらしさを感じませんよね」とか言うていたが、当時高校生
だったわしは、もう「いやらしさ」バリバリで見ておりました、はい。

 上の、いきなりに裸の女が出てくるホームドラマには、当時人気絶頂だった
天地真理と浅田美代子が出演していたが、歌手が、手の届かない「スター」か
ら、すぐ隣にいるような「アイドル」に変じたのもまた、この時代だった。

 その他にも、坪内『1972』に“収集”された事象は、奥崎健三の『ヤマザキ、
天皇を撃て!』、「はっぴいえんど」と松本隆、フジ・ロック・フェス、矢沢
永吉と「キャロル」、新日本プロレスのテレビ中継終了と、後番組の『太陽に
ほえろ!』、「ぴあ」の創刊、ニクソン訪中、田中角栄、等々、等々。
 こうやって羅列してみると、副題の「はじまりのおわり」と「おわりのはじ
まり」というのが、説明はなくとも納得できてしまいそう、ではないか。
 1972年でもって、日本の「戦後」がひとまず終了した、と言ったのは、やは
り坪内祐三氏だったっけな?

 今回再読して改めて、この『1972 〜「はじまりのおわり」と「おわりのは
じまり」』は、実に名著であったと、再確認できた。
 そして今年1月に逝去された著者の坪内氏の死が、あまりにも早すぎる死で
あると、無念の思いが沸々と湧いてきた。

 この本、もう一度読んで、それからまた山本直樹の『レッド』も再読してみ
よう、と思っている。


太郎吉野(たろう・よしの)
阪神タイガースお膝元在住。右投げ右打ち。趣味は途中下車、時々寝過ごし乗
り越し、最長不倒距離は三重県名張。
ちなみに「阪神タイガース」の「阪神」は、「兵庫県阪神地方」を指します。

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■「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
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第126回 コロナ禍の中でどう生きようか

 新型コロナウイルス感染症の拡大が止まらない。日本は抑え込みに成功して
いるのか、失敗しているのか、よくわからない状況が続いている。経済を廻す
ことと感染症を食い止める行為は完全にその方向性は真逆なのであるが、それ
を同時に行おうとしている処にかなりの矛盾と困難を伴っている。新型コロナ
ウイルスがヨーロッパに広がりかけていた頃、今年の2月の末に、イタリアの
青年小説家が文章を書き始めた。そして3月にかけて27本のエッセイを書いた。
このエッセイを1冊の書籍にまとめたものが世界中に翻訳され、じわじわと読
者の共感を得てきている。

『コロナ時代の僕ら』(パオロ・ジョルダーノ 著)
(飯田亮介 訳)(早川書房)(2020年4月25日 初版)
『NEL CONTAGIO』(Paolo Giordane)(2020.03)

 1982年生まれの著者、パオロ・ジョルダーノは、素粒子物理学者にして、小
説家である。文学の素養がある数字に強い科学者がコロナ禍での生活について
書いた。しかも、まだ各国政府が緊急事態宣言を出したり、都市をロックダウ
ンにする前に、この新型コロナウイルスについて書いた。繰り返すが本書は、
2月から3月に掛けて書いたエッセイをまとめたものなのだ。ほとんどの人は、
不安を感じながらもぼんやりしていたころである。

 本書では、まず、感染症に対してしっかり対処しなければいけないふたつの
ことを念押しする。

 ひとつ目は、数的な問題。患者の数が多くなれば医療現場はパンクする。と
いうこと。

 ふたつ目は、人道的な問題。自分が感染しないことは人に感染させない、と
いうこと。

 私たちのすることとしないことが、自分だけの問題ではなくなる。陽性患者
を隔離することは彼自身を守るだけでなく、他者も守ることになる。

 “感染症流行時に助け合いの精神がない者には、何よりもまず想像力が欠け
ているのだ。”

・・・と云い切っている。

 本書は今回の新型コロナウイルス感染症の蔓延を人類が過度に自然を犯しす
ぎたこと、自然における禁断の聖域に足を踏み込みすぎたために起こった、と
している。そして、そのことは、私たち人類が自分たちの生活をより快適にす
るための突き進み過ぎたことが根本の原因であると断じる。そして、著者は、
ここで立ち止まって考えることを提案している。

 なにを?

 ・・・“僕たちが属しているのが人類という共同体だけではないことについ
て”・・・そして“自分たちが、ひとつの壊れやすくも見事な生態系における、
もっとも侵略的な種であることについて”。

 ステイホームの今、ひとりひとりがこのことについて考えることはとても有
意義なことだ。

 本書は、あとがきが最も読み応えのあるものである。3月20日に新聞に掲載
されたものを本書のあとがきに充てている。コロナ禍が過ぎたあとも忘れずに
考えたいことについて書かれている。

 コロナ禍が過ぎ去り、元通りになってほしいものと元通りになってほしくな
いものについて、考えることを推奨している。

 9年半前の東日本大震災のとき、新しい時代の到来を感じ、新しいしくみを
作ろうと考えた私たちだったが、それがどうなっただろう。ほとんどなにひと
つ変わらず、結局元通りになってしまった。原子力発電所は維持され、巨大な
工作物の建造が相次いだ。そして極めつけが東京オリンピック招致に成功して
しまったこと。この国の宰相は“Under the Control”と云ってフクシマをな
かったことにしてしまった。

 今度こそ、新しい世の中を作っていきたい。元に戻ってほしくないものを一
生懸命に考えよう。新しいシステムを作っていくことを考えよう。

 コロナ禍の中、読むべき本だと思う。


多呂さ(人と人との交流がどれだけ生活を豊かにしていたのか、ということを
ひどく懐かしい想いで考えている日々です。)
 ブログ→ http://d.hatena.ne.jp/taro3643/

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 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510

・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
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■あとがき
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 最近、よく人に語っていることに、「アフターコロナ」という表現を誤解し
て使っている人が多いのではないか、というようなことを思っています。

 これは、コロナが終息した後、という意味ではなく、コロナというひとつの
事件を人類が体験した後、という意味で、不可逆的な変化が起こった後、とい
う意味ではないか、ということです。

 時代の変化をどう感じるか? どう対応するか?

 今回の書評はそういう意味で、考えさせられるものばかりでした。(あ)

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[書評]のメルマガ vol.705

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■コンテンツ
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★「トピックス」
→ トピックス募集中です

★「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
→ #120『闘牛士エル・コルドベス一九六九年の叛乱』

★「目につく本を読んでみる」/朝日山
→ 『論より詭弁』香西英信 光文社新書

★「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
→ 『死にぎわに何を思う 〜日本と世界の死生観から〜』

★【募集中】献本読者書評のコーナー
→ 献本お待ちしています!

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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#120『闘牛士エル・コルドベス一九六九年の叛乱』

 山中伸弥教授のいわゆるXファクターのおかげなのか、日本のコロナによる
死者数は幸いなことに少ない。

 対して、まったく脆いのが欧米諸国。ことにイタリア、フランス、スペイン
のラテン系諸国が大変なことになっている。

 そのひとつスペインは、学生の時、スペイン語を学んでいたこともあり、何
かと気になる国なのだが、それでも近頃は大分落ち着いてきたらしく、フェイ
スブックなど見ていると、これは個人ではないと思うが、Like Spainというア
カウントから動画の投稿が時々あって、マドリー(マドリッドは英語読み。ス
ペイン語ではマドリー。アクセントはマではなく、リ)の街で散歩する人がち
らほらいたり、ガウディ設計でお馴染みサグラダ・ファミリア教会前のベンチ
にはソーシャル・ディスタンスを保ちつつポツンポツンと座っている人たちが
いたりする。徐々に外出制限が緩められていることをアピールし、またスペイ
ンに観光に来てね、と呼び掛けているんだろう。

 しかし、これらの動画の中には、見る限り闘牛がない。

 日本における大相撲に当たる、かの国の国技であり、貴重な観光資源である
はずだが、やはり未だ開催できないままなのだろう。毎年7月に行われる有名
な牛追い祭りも、中止になっている。

 闘犬があり、闘鶏もあるが、これらはいずれも犬vs.犬、鶏vs.鶏。また、同
じ闘牛でも高知県宇和島のそれは牛vs.牛。

 だが、スペインの闘牛は言うまでもなく、人vs.牛の闘いだ。

 人、すなわち闘牛士である。

 スペイン人にとって、闘牛士という存在がいかに大きいか。傑出した闘牛士
がどれほど尊敬を集める英雄であり、大スターであるかということは、頭では
わかっても実感が湧かない。同じ国技ということで、日本人にとっての横綱の
ようなものなんだろうな、と類比することで、辛うじて推測できる程度だ。

 例えば、ある年齢以上の人は、1960年代に、大鵬という伝説的な横綱がいて、
角界に君臨していたことをご記憶だろう。

 それと同じ時期、スペインにも、大鵬に匹敵する革新的なスター闘牛士がい
たのである。

 それが本書の主人公、マヌエル・ベニテス・ペレス・エル・コルドベスだ。

 本書の著者・佐伯泰英と言えば、いまでは時代小説のベストセラー作家とし
て有名だが、1970年代にはカメラマンとしてスペインに滞在し、闘牛を追いか
けて暮していた。その当時の体験と取材を元に書かれたのが、『闘牛士エル・
コルドベス一九六九年の叛乱』。第一回PLAYBOYドキュメント・ファイ
ル大賞の最優秀作品賞を受賞している。

 しかし、一体これが音楽本なのか、という疑問に、今回は先にお答えしてお
こう。

 まず、あなたは闘牛を何だと思うか?

 ショーなのか? スポーツなのか?

 どちらの要素も持ってはいるが、スペイン人にとって闘牛は、音楽のように、
「芸術」なのである。

 無慈悲な太陽と不毛の荒れ地に生きてきたことにより、スペイン人はとりわ
け「死」を強く意識する民族であると言う。

 このことの哲学的な意味を掘り下げようとするとかなり回り道をしなければ
ならないので、いまは雑だけど、そういうものなんだと理解しておいてほしい。

 そして闘牛は、まさに人と牛が命のやり取りをする。最終的にはどちらかの
死によって決着する。もちろん圧倒的に牛が殺される場合が多いのだが、それ
でも闘牛士が敗北し、死に至ることも少なくない。

 サーカスのようなショーや格闘技のようなスポーツでも、死が顔をだすこと
はある。しかしそれはあくまで不慮の「事故」であって、本来あってはならな
いものだ。

 しかし闘牛は違う。死が前提である。最後には、確実にどちらかの死体がア
リーナに横たわっている。それは人間の限りある生と、牛の限りある生とが、
一瞬交錯するドラマであり、表現なのである。

 だから、スペイン人にとって闘牛は、「死」を表現する芸術なのだ。

 もうひとつのポイントは、本書の時代背景が1960年代だということにある。

 著者は、この時代のイギリスに現れた音楽界のヒーローと対比しながら、ス
ペインに現れた闘牛界のヒーローの人生を綴っているのである。

 音楽界のヒーローとは、もちろんザ・ビートルズ。

 エル・コルドベスは、闘牛界のザ・ビートルズであり、ザ・ビートルズは音
楽界のエル・コルドベスであった。

 この視点が、本書を音楽本であり、一風変わったビートルズ本にもしている
のだ。

 単にこの両者が、たまたま同じ頃に登場し、それぞれのジャンルで活躍した
というだけではない。そんな表面的なことに留まらない、重要な共通点がふた
つある。

 ひとつは、<芸術>としての革命性だ。

 ザ・ビートルズのデビュー前夜、既に彼らの愛したロックンロールは時代遅
れの音楽だった。その全盛期は1950年代の半ばであり、数年が過ぎたイギリス
の音楽界では上品なポップスが主流となっていた。

 だから最初にザ・ビートルズがDECCAというメジャー・レーベルのオー
ディションを受けた時、担当プロデューサーは不採用にしたのである。これで
この会社は途方もないビジネス・チャンスを失ったのだが。

 しかしそれも無理からぬくらい、当時のマーケティングの常識によるなら、
ビート・グループはもう売れないはずだったのだ。

 しかし、実際にはザ・ビートルズの音楽は古いのではなく、異質だったので
ある。そこには単純なロックンロールを越えた、当時の良質なポップスに通じ
る美しいメロディや、類稀なコーラス・センスが横溢していた。

 その革命性を見抜けたかどうかが、DECCAとEMIの命運を分けた。

 一方、闘牛である。

 それがひとつの芸術である以上、闘牛士はとにかく牛を屠ればよい、という
ものではない。それでは単なる屠殺である。

 大切なのは、死に至る過程のひとつひとつだ。

 様式化された美しい技を繰り返し、逞しい牡牛との命のやり取りを積み重ね、
緊張と興奮の頂点で最後の火花を散らす。そしてどちらかの死をもって幕が下
りる。

 そのドラマが闘牛だ。

 エル・コルドベス以前の、伝統的な闘牛ドラマは「悲劇」であった。

 厳粛で、荘厳で、まっ赤な血に彩られた死のドラマであった。

 しかし、食べる物にも事欠く飢えた少年であったエル・コルドベスが、闘牛
士として身を立てようと初めてアリーナに立った時、彼にはそんな洗練された
闘い方をする余裕はなかった。彼は牡牛の前で滑稽なまでにぴょんぴょん飛び
跳ね、挑発し、その錯乱と油断を突いて勝利を勝ち取るスタイルを創造した。

 この飛び跳ねる動作は「カエル跳び」と名付けられたが、語感が示すように
それは優雅さも荘厳さもくそもなく、むしろ滑稽で道化たものであったらしい。
事実彼が「カエル跳び」をすると、闘牛場は爆笑の渦に包まれたと言う。

 エル・コルドベスは闘牛の「悲劇」を、「笑劇(ファルス)」に変えてしま
ったのだ。

 悲劇的闘牛は、洗練されている分、退屈でもあった。様式化され過ぎて、先
が予測できてしまうからだろう。

 しかしエル・コルドベスの新しい笑劇的闘牛は、予断を許さないスリルに満
ちていた。その滑稽な動きが、いつ必殺の死闘に転じるかわからない。だから、
人々は熱狂した。

 悲劇から笑劇へ、闘牛を革新したからこそ、エル・コルドベスはスターにな
った。

 もうひとつは、<ビジネス・モデル>としての革命性である。

 ザ・ビートルズはマネージャーであったブライアン・エプスタインの急死に
よって、以降、自らマネージメントすることにした。そのために、アップルと
いう会社まで設立したのである。

 これは音楽ビジネスにおいて、画期的な出来事だった。アーティストが作品
のみならず、ビジネス面まで自分で管理するというのは、今日ではさほど珍し
いことではないが、まさにその先駆となったのである。

 一方、1969年、エル・コルドベスもまた、闘牛界におけるビジネス・モデル
の変革に乗り出す。

 これが本書のタイトルにある「一九六九年の叛乱」だ。

 スペインの闘牛界は、一部のプロモーターが独占的に支配し、闘牛士は彼ら
の出演依頼を得て初めてアリーナに立つことが出来る仕組みだ。

 プロモーターはファミリー化して、排他的に興行権を持っているから、どん
なスター闘牛士でも逆らうことは許されない。干されてしまえば闘牛が出来な
いからだ。

 このプロモーターたちが、高騰する闘牛士のギャラを抑え込もうと、新たな
契約の枠組みを勝手に決め、上限を定めてしまう。当然、闘牛士側は反発する
が、根本的に雇われる側の弱さで太刀打ちできない。

 そんな中、既にスターとして大金を稼いでいたエル・コルドベスは、若手の
闘牛士と語らって、たった二人の叛乱を起こすのだ。

 彼らはプロモーターの手によらない、自主興行を始める。まさに、いまで言
うインディーズである。

 だが、正規の闘牛場はプロモーターたちが抑えているので使えない。そこで
テントによる移動式の闘牛場をつくって、旅して回るという原始的な方法を取
った。

 しかも、闘牛士は二人しかいないので、一方が怪我でもすれば終わりである。
体力的にも、精神的にも、非常に過酷なビジネス・モデルであった。

 この叛乱は、スペイン民衆に喝采をもって迎えられる。

 その背景には、当時の政治状況もあった。

 フランコ将軍率いる軍部が、強固な独裁制を敷いていたスペインでは、既得
権益に守られたプロモーターたちは権力者の隠喩であった。だから民衆は、彼
らに反抗の狼煙を上げたエル・コルドベスに声援を送ったのである。

 この叛乱の結末がどうなったか。

 それは、本書に当たってほしい。

 ここでは、ザ・ビートルズのアップルが迎えた結末に似たものだった、とだ
け書いておこう。

 何もそこまで似なくても、という気がするほどだが、スペインとイギリス、
海峡を隔てながらふたつの文化がシンクロするのも、時代というものが起こす
マジックだろう。

 そしてコロナ時代。

 音楽と闘牛は、いま同じ困難に直面している。

 人が集まることが出来ない、という考えてもみなかった困難である。

 これを解決するのは、かつてのザ・ビートルズやエル・コルドベスのような
革命児なのか。

 あるいは、もうそんな個人の才能に頼る時代ではなく、テクノロジーのよう
な集団的創造による解決を待つしかないのか。

 ちなみに、これを書いている今日(7月13日)の前日、スペイン北東部カタ
ルーニャ自治州政府は、再度外出禁止令を発令した。WHOの発表によると、
この日、全世界の新規感染者数が23万370人に上り、過去最多記録を更新した
そうだ。


佐伯泰英
『闘牛士エル・コルドベス一九六九年の叛乱』
1981年8月25日 第1刷発行
集英社

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
先日、久しぶりに電車に乗りました。作文教室の講師をやっているのですが、
3月以来の休講が解除され、ついに再開したのです。調べてみたら、3月22日
にヴォイス・トレーニングに行った時が、最後の電車。実に、3カ月半ぶりと
いうことになります。なんか、緊張しちゃいました。でも、土曜の午前中だっ
たせいか、電車は空いていて、行きはあまり怖くなかった。帰りは昼過ぎなの
で、さすがに少し混んでいて、でもラッシュには程遠く、無事に帰宅した次第
です。あ、ほんとに無事かどうかは潜伏期間の2週間が過ぎてみないとわかり
ませんが、まあ、ビビりすぎもよくないですね。治療法さえ確立されれば、イ
ンフル並みの脅威だって言いますから。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『論より詭弁』香西英信 光文社新書

 近年あまり言わなくなったとは言え、ビジネス書で「ロジカルシンキング」
とか「論理的思考」といった、考え方を指南する本は今も多い。

 この本の著者は、修辞学(レトリック)と国語科教育学の先生である。論理
的思考を身に付けたいと思う人が、この本を読むとする。前書1ページ目では
何も知らない人の教育より、(こんな本を読むような)中途半端に知っている
奴の方が教えにくいから、この本の価格は2倍3倍であって欲しいと書いてあ
る。2ページ目になると、こんなことが書いてある。

「正直言って、私は、生真面目な動機から、論理的思考について学ぼうとする
人間が好きではない。そういう人間に限って、論理的思考力の効能を固く信じ、
正しい議論を真剣になってやろうとする(ディベートの訓練をしている人など、
大抵そうだ)。

 だが、議論に世の中を変える力などありはしない。もし本当に何かを変えた
いのなら、議論などせずに、裏の根回しで多数派工作でもした方がよほど確実
であろう。実際に、本物のリアリストは、皆そうしている。世の中は、結局は
数の多い方が勝つのである。

 論理的思考力や議論の能力など、所詮は弱者の当てにならない護身術である。
強者には、そんなものは要らない。いわゆる議論のルールなど、弱者の甘え以
外の何者でもない」

 レトリックの先生が、こういうことを書いている。そして、この本のタイト
ルが「論より詭弁」・・・目次も見てみよう。

第一章    言葉で何かを表現することは詭弁である。
第二章    正しい根拠が多すぎてはいけない。
第三章    詭弁とは、自分に反対する意見のこと。
第四章    人と論は別ではない。
第五章    問いはどんなに偏っていてもかまわない。

 いや〜面白そうじゃないですか!

 で最初にくるのは、威嚇は詭弁か否か・・・たとえば、公設市場を作りたい
市議会議員の提案に地元商業組合が反対するのに「我々にも考えがある。賛成
するなら翌年の市議選でうちの組合からあなたに投票しない」というケースが
あるとする。これを「事柄の是非を突き詰めて議論せずに脅迫で自分の意見を
押し通そうとする」と批判してもあまり意味がない。論理的思考は対等の人間
関係を前提に考えると有効だが、ほとんどの場合人間関係は対等ではない。

 そもそも自分の生殺与奪を握る人を論破など出来ない。しかし説得すること
はできる。必ず出来るとは限らないが・・・すなわちレトリックとは「弱者の
あてにならない護身術」に過ぎないと言えなくもないが、そこにこそレトリッ
クの存在意義がありそうだ。

 そんなところから初めて、著者はさまざまなケースを例示しつつ詭弁につい
て語っていくのだが、論理的思考に沿っていないかのような書き方をしている
のが面白い。

 実際はレトリックの理論や実践的な使い方について、これとこれは書かない
とダメだとか、もっとレトリックを極めたい読者のことを考えて引用文献を選
んだりしつつ、慎重に目次を作っているのだと思うが、わざと自分がグタグタ
詭弁を弄しているかのように書いてあるのだ。

 しかしなぜ著者の香西先生は、そういう書き方を選択したのだろうか?どう
も人に詭弁を弄されて、嫌な思いをしたことが多かったからではないのかと思
う。というのは、あとがきにこんなくだりがある。

「私の知人で、語学が大変よくできる人がいるが、その男はいつも(もちろん
嘘だが)『外国語なんて勉強したこともない』と吹聴していた。そして、事情
を知らぬ善人が、『でも、外国語が少しでもできた方が、何かと研究に役立つ
のでは』などと忠告したりすると、間髪をいれず『勉強したことがないと言っ
たので、できないとは言っていない』と言い返すのだった」

 そんな現場を見て、
「ああ、あんなふうに性格が悪くなれたら。どんなに楽しいことだろう」と羨
ましく思っていたそうである。

 言い換えれば、読者に詭弁を弄する方に回って欲しい・・・それは詭弁を弄
する人たちのノウハウを身に着けて対抗できるようになって欲しいという願い
からではないかと勝手に想像する。たぶん著者は照れ臭くて、そう思っていて
も、決してそうは言わないだろうと、勝手な憶測をして、さも真実であるよう
に詭弁を弄してこの書評を終えるw


(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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■「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
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この世の人全員の死が近しくなった今年だから身に染みて読める
『死にぎわに何を思う 〜日本と世界の死生観から〜』
(上村くにこ著 アートヴィレッジ刊)

 降って湧いたような感染症のために、暮らし方も価値観も一変した今年。
死者が1000人を超えたという報道に、これまで遠いところにあると思っていた
死がひしひしとそばに近づいていることを感じます。

 そんなときに手に取ったのがこの本。ずばり、死にぎわに人は何を思うのか
をテーマに、西洋と日本の死生観を比較する文化論を展開しています。

 著者は長年、大学でフランス文学・神話学・ジェンダー論などを専攻した研
究者。退官後は、死生学をテーマに、医学、社会学、文学など多方面から専門
家を呼んで講座を開き、市民とともに死とは何か、生きるとは何かを学ぶNP
O法人を立ち上げました。この本はその8年にわたる学びを集大成し、研究者
としての見解を述べた1冊。バラエティ豊かにソクラテスから「ブラック・ジ
ャック」までを例に引く読みやすいエッセイになっています。

 まず、「死生観とは何か」から始まるこの本。江戸時代の武士道、乃木大将
を引用しながら日本人の死生観を検証、ギリシャ神話における死の神・タナト
スを引用して死の文化について考察。次に死生学の祖、シシリー・ソンダース
とキューブラー・ロスという、それまで放置されていた死に向かう人へのケア
を作り出した人を紹介いています。

 第二次世界大戦で300万人を失った日本人の遺骨に対する考え、西欧の頭骨
を集めてアート作品にする試みの対比など日本人と西洋人の感覚の違いなど興
味深い論考が多々あり、この手の本でこんなことを言っていいのかわかりませ
んが、読んでて楽しいです。

 そして最終章では安楽死について論じています。おばちゃま、この本はメモ
を取りながら3回読んだのですが、この安楽死については、「もし、自分が」
「もし家族が」と思うとなんだか背中のあたりがゾワゾワとしてきて、なかな
か読み進められませんでした。すでにオランダなど欧米では安楽死が死ぬ選択
の1つとして認められていますが、う〜ん、どうなんでしょう? この章を読
んで飲み込めるか否かで、その人の死までの距離がわかる気がしました。

 死生学を学ぶNPOを立ち上げてしばらくして著者のイギリス人の夫は医師
の注射による終末期鎮静(セデレーション)を選んで亡くなっています。(ま
た著者自身もがん患者であることを文中で述べています。)
 夫の死をなかなか受け入れられない著者が夫とよく歩いた場所を散策してい
ると一匹の蝶が飛んできて著者の胸もとに止まり、触っても逃げなかったとい
います。

 「このとき私は夫がそばにいてくれることを確信したのです。それで心の痛
みが無くなったわけではありませんが、悲しみの色がちょっと輝いて、穏やか
に耐えられるものになりました」

 まるで恋愛映画のラストシーンのように美しい光景だと思いました。

大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・渋谷昌三 著『人を傷つける話し方、 人に喜ばれる話し方』(WAC)
 http://web-wac.co.jp/book/bunko/280

・『ヒューマン ─ 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510


 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
・筆名(あれば):
・書評アップ先の媒体予定:
・コメント:

 をご記入の上、下記までメールください。

 表題【読者書評参加希望】
 info@shohyoumaga.net

 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
 まで御自由にお送り下さい。(著者の皆様からの直接の献本はご遠慮くださ
 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

 〒142-0041 東京都品川区戸越5-4-3 アズ品川ビル4階
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■あとがき
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 先日、酔っぱらって老眼鏡を壊してしまい、ちょっと不自由です。(あ)

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[書評]のメルマガ vol.704


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■■ [書評]のメルマガ                2020.07.10.発行
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■コンテンツ
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★トピックス
→トピックス募集中です。

★「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
→108 関心をもつこと

★「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
→<126>田島列島的恋愛は、井上荒野的だ。

★「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
→第125回 正統な文芸エッセイを書いた平川克美

★「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
→今回はお休みです

★献本読者書評のコーナー
→書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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108 関心をもつこと

 九州において記録的な豪雨により、甚大な被害がもたらされています。みな
さまの安全と一日も早く安心を取り戻せることを祈ります。

 コロナ禍の次は雨の季節だと多くの人は警戒していたと思います。それでも、
やってくる自然災害の強力さが予想より上回る……。
 おつかれのみなさまに一息つける日が早くきますように。

 さて、本の紹介です。

 ここにも何回か書いたように、私は震災前に数年間、蚕を飼っていました。
飼い始めは3令(2回の脱皮を終えている)の幼虫からでした。8頭くらいだ
ったと思います。周りに桑の木があったのですが、どんどん食べるので、散歩
をしては、桑の木を探していました。桑の葉を食べ、どんどん成長し繭をつく
り、糸をとるのが目的ではなかったので、成虫まで育て、今度は卵の孵化から
世話をするのです。デリケートなので育てるのは神経を使いますが、その分愛
着もわき、蚕が大好きになりました。

 それ以来、蚕に関する本や写真集をみると手にとらずにはいられません。

 『お蚕さんから糸と綿と』大西暢夫 アリス館

 写真家の大西さんは、人間、生活に密着した写真絵本を複数つくられていま
す。その方が今度は「蚕」を!と喜んで手にとりました。

 養蚕が国の産業として栄えていたとき、221万戸の農家が営んでいたのですが、
現在は300戸にもみたないそうです。

 写真絵本の舞台は滋賀県。そこで唯一残った西村さん一家の様子が写されて
います。

 お蚕さんを迎え育てる西村さん一家。むしゃむしゃ食べる音が聞こえてきそ
うなお蚕さんたち。一日三食の食事、排せつの掃除。本当に重労働です。

 それでも、「赤ちゃんから育てていると、愛おしいね」と、家族のひとりは
優しい表情で繭を見つめています。

 しかし、繭になったら次は命を止める準備です。繭を破って外に飛び出す前
に乾燥させます。その後、お湯の中で繭の繊維をほどき、死んだお蚕さんのさ
なぎも見えてくるのです。

 お蚕さんは家畜です。それも遺伝学を産業利用した、糸をとるために改良さ
れた生きもの。羽があっても飛ぶことはできない虫。

 大西さんはこう書いています。

「ぼくたちは、たくさんの小さな命を身にまとっている。その温かさは、お蚕
さんのぬくもりだということを。」

 蚕に興味が尽きないので、『養蚕と蚕神』(沢辺満智子著/慶応義塾大学出
版会)を次に読んでみようと思っています。


 子ども向けの本は、大人にとって理解が深まる良書がいくつもあり、今回ご
紹介する絵本もその一冊です。
 
 『ダーウィンの「種の起源」』
  サビーナ・ラデヴァ 作・絵 福岡伸一 訳 岩波書店

 帯にはこの本の訳者でもある福岡さんがこう書いています。

「ダーウィンの進化論は生物学の基本中の基本。そしてすべての人にとっての
教養です。本書を読んでそのエッセンスを正しく理解しましょう。」

 この絵本を書いたサビーナ・ラデヴァさんは、ドイツで分子生物学を学んだ
のち、科学の世界を離れ、グラフィック・デザイナーおよびイラストレーター
になった方です。本書は、科学とアートを結びつける仕事としての初めての作
品。

 美しくわかりやすいイラストはもちろん、グラフィックデザイナーとして、
紙面のデザインも視覚的にとても優れています。

 生命の「なぜ」、進化、適応、子どもたちに観察する力を学んでもらいたい
という著者の目的を果たすべく、すみずみまでじっくり読み込む楽しみがあり
ます。

 巻末には理解を深めるべく用語の解説や、進化についての誤解のかずかずも
紹介し、日本語で読めるおすすめ本も掲載されています。

 帯文の最後はこう締めくくられています。

「子どもはできるだけ早く、大人も遅すぎることはありません。」

 さあ、子どもも大人もぜひ手にとって読んでください。


 最後にご紹介するのも写真絵本です。
 西村書店の「世界に生きる子どもたち」シリーズの最新作。

 『男の子でもできること みんなの未来とねがい』
     国際NGOプラン・インターナショナル 文 金原瑞人 訳 
                          上野千鶴子 解説

 人は男の子でも女の子でも同じ権利をもって生まれてきます。
 しかし、現実は男の子のほうが、女の子より使える権利が多いことがありま
す。
 男の子のほうが夢をもちやすく、学校に行って勉強もできる。
 女の子は勉強したくても、学校に行くのではなく家事や労働をさせられる現
実があるのです。

 ですから、タイトルにあるように、男の子でもできることを絵本では伝えて
います。
 男の子ができていることを、女の子にもできるように、みんなの世界をつく
りたいと思うように。自由に生きていくことがもっとも自然な形だと、自らの
子どものときから知ってほしい。

 絵本には子どもたちのたくさんの笑顔がうつっています。
 この笑顔で未来に向かっていけるよう、
 たくさんの「みんな」に読んでほしい絵本です。


(林さかな)
会津若松在住。「本の雑誌」新刊めったくたガイド海外文学担当。
http://1day1book.strikingly.com/

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■「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
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<126>田島列島的恋愛は、井上荒野的だ。

 だいぶ前にここで取り上げたことのある、田島列島『子供はわかってあげな
い』が、映画化されてこの6月に公開…の予定だったのが、コロナ騒ぎで公開
延期となっているそうだ。
 ネットで公開されている、その予告映像を見てみたのだけど…う〜〜ん…微
妙…

 原作漫画の全体を覆いつくす、あの「ぽやぽや」とした空気感と、それと裏
腹の「かなりきつい現実」、そして辛辣でありながらどこか飄々とした、あの
絶妙な会話が、映画でどう脚色されて、どこまで表現されているのか、観てみ
たいような、観たくないような…

 その田島列島、モーニングの『子供はわかってあげない』の連載終了後、見
かけないな、と思ったら、すでに単行本が新規で3冊出ていた。
 たまたまアマゾンで別の本を探していたら、「オススメ」に引っ掛かってき
たのだ。

 2019年5月に『水は海に向かって流れる(1)』(講談社)が出ていて、12
月には、『水は海に向かって流れる(2)』と、『田島列島短編集 ごあいさ
つ』(同じく講談社)の2冊が同時発売されていた。
 どうも見かけない、と思ってたら、「別冊少年マガジン」で、ひそかに連載
が始まっていたのだ…って、別に「ひそかに」始めたわけではないですね、は
い。
 まずは、短編集の方を取り寄せ、読了後『水は〜』の1,2巻を同時注文。
もっとも「取り寄せ」っても、電子なんですけどね。

 短編集の表題作でもある『ごあいさつ』は、デビュー作でもあるらしい。
 OLの姉と二人暮らしの女子高生のもとに、夏休みのある日、見知らぬ女性
が、にこやかな笑みを浮かべて訪ねてくる。
 彼女は、姉が勤め先で付き合っている男性の妻で、「主人がいつもお世話に
なっている」その姉に「ごあいさつ」に来たのだった。
 帰宅後、彼女の来訪を聞いた姉は、「社会じゃよくあることなんよ」と嘯き
ながら、「しばらくここには帰ってこんわ」と宣言、逃亡してしまう。
 妹によって「昼ドラ」と名付けられた姉の不倫相手の妻は、その後も毎日ア
パートを訪ねてくる。
 妹は、彼女と顔を合わせたくなくて、夏休みに拘わらず学校へ行き、「地理
歴史部」顧問の教師を訪ねては、顛末を報告したり相談したり。
 「昼ドラなんて土器よ。その辺ほじくり返したらどこからでも出てくる」と
いう姉の言葉を伝えても「僕のところにはカケラも出てきません」という教師
が頼りになるわけもなく、日々は過ぎていき、「昼ドラ」は相も変わらず毎日
やってくる、姉は帰ってこない。
 そしてある日、アパートのドアの前で鉢合わせしてしまった「昼ドラ」を、
観念して招き入れ、対峙する…っても、たいした話ができるわけでもないのだ
が、「浮気されるって、どんな感じですか?」と高校生らしいと言えば、らし
い、直截な質問を彼女にぶつけ、「湾岸戦争をテレビで見る感じ」と答えた彼
女に、ある種の好感と共感を持ってしまう。

 「昼ドラ」を終わらせるには、自分もまた「昼ドラの中に入る」ことだと気
づいた妹は、姉に電話する。「ぐくく…」と笑いを堪えながら「帰ってきて」
と懇願する妹を、「泣いている」と勘違いした姉は、緊急事態と思い込み、す
ぐさま帰ってきて、その後「昼ドラ」の「ごあいさつ」を受ける。
 と、こんな顛末の『ごあいさつ』は、全32ページ。

 田島列島の独特な「間」というか、空気感、それに軽妙で飄々とした中に時
々「毒」や「棘」が「ぴっちょん」「チクリ」と混じり込む会話、これらは皆、
デビュー時から備わっていたんだ、とちょっと驚いた。
 何気ない会話や何気ない仕草から、高校生の「妹」の心情変化や内面の葛藤
が、ひしひし、と伝わってくる、この感じも、まさしく田島列島。

 連載作品である『水は海に向かって流れる』もまた、「不倫」をめぐる恋愛
譚である。
 高校進学を機に、学校に近い叔父の元に同居することになった「直達」。
 初めて訪れた漫画家の叔父が住む家は、女装の占い師、文化人類学が専門で、
しょっちゅうフィールドワークへ出かけている大学教授、妙齢のOL、たちが
同居するシェアハウスだった。
 戸惑いながらも、その新しい環境に慣れようとする直達だが、同居人である
「榊さん」と自分の間に、ものすごい因縁があることを偶然、知ってしまう。
 直達がずっと子供の頃に、榊さんの母親は、直達の父と、かつて「ダブル不
倫」で出奔した過去があり、直達の父はその後帰ってきたのだが、榊さんの母
親は、家を出たままになっている、というのだ。

 直達は、それを聞いてようやくに、小さなころ、母方の祖父母と暮らしてい
たことを「なるほど」と合点しながらも、それを「知ってしまった」ことを、
榊さんに伝えるべきか否か、あるいは、伝えないとしたらば、以後どんな顔し
て榊さんと向き合えばいいのか、また、姉の夫の不倫は知っているが、その相
手が榊さんの母親だとはつゆ知らぬらしい叔父に、伝えるべきか否か? また
また、父母には…?
 さらにまた、その当の榊さんに、どうやら恋心を抱きつつあるような自分の
気持ちをどう処理すればいいのか…?

 と、少年の心は千々に乱れつつ、たまたま同級生だった「男子生徒全員のア
イドル」で、占い師の「泉谷さん」の妹なども巻き込みながら、田島列島独特
の、飄々とした空気と「間」の中で、かなり、キレのある会話とともに、スト
ーリーは展開していくのである。

 そしてそのストーリー展開の中で、『子供はわかってあげない』で登場した
女装探偵「モジさん」も登場したり、してしまうのである。
 田島列島作品では、「女装の人」がよく登場して、その彼ら(彼女ら?)が、
かなり鋭いことを指摘したりも、するのである。

 田島列島が描く「恋愛」は、近頃立て続けに3冊ばかりを読んだ井上荒野が、
その小説で描く恋愛に、ある意味似てるんじゃないか、と、この『水は海に向
かって流れる』を読みながら、ふと思ってしまった。
 そこに描かれる人物像やシチュエーションには、共通点はないし、まったく
似たところはないのだけど、双方ともに、やや「ずれた」思考の持ち主たちが、
世間の尺度とはちょっと外れた倫理観や行動原理でもってとんでもない行動に
打って出る…ところが「似てる」のかな、と分析してみたんだが、どうでしょ
うか?

 いずれにしても、恋愛を描かせては、今、一番旬なのは、漫画では田島列島、
小説では井上荒野、とわしは認識しています。

 『水は海に向かって流れる』は、今も連載中であり、3巻はこの秋くらいの
発売らしいが、直達と榊さんの今後、あるいは泉谷さんとの関係は? とか諸
々気になるところではある。
 しかし、わし的に一番気になるのは、このかなり深くて微妙な心理描写が、
果たして「別冊マガジン」の読者層…おそらくは高校生くらいまでかと思うの
だけど、その彼らに理解できるのかな? という点なのだった。


太郎吉野(たろう・よしの)
阪神タイガースお膝元在住。右投げ右打ち。趣味は途中下車、時々寝過ごし乗
り越し、最長不倒距離は三重県名張。
ちなみに「阪神タイガース」の「阪神」は、「兵庫県阪神地方」を指します。

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■「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
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第125回 正統な文芸エッセイを書いた平川克美

 今月は平川克美さん。前々回に紹介した内田樹の幼なじみ。同じ中学校に通
った仲で、その後も一緒に仕事をしていた。そして内田はいま、関西で合気道
の道場を開き、平川は地元でカフェを開業している。

 今回、紹介する平川克美の本は、正統な文芸エッセイと云ってよいと思う。
詩を読み、そしてそこに自身の感じたことや思っていることを素直に綴ってい
る。これぞ、“文芸エッセイ”。文芸エッセイの王道を行く。文芸エッセイの
見本と呼んでよい。

『思考する身体に触れるための18章  言葉が鍛えられる場所』
(平川 克実 著)(大和書房)(2016年6月5日)

『喪われた時間を呼び戻すための18章  見えないものとの対話』
(平川 克実 著)(大和書房)(2020年4月20日)

 2冊とも大和書房のホームページに掲載していたものをまとめて加筆補筆し
て本を作った。
 1冊目の『言葉が鍛えられる場所』は4年前の発行で、“言葉”についての
考察を主な題材にいており、2冊目の『見えないものとの対話』は、今年4月
に発行され、過去と現在、つまり“時間”を主な題材にしている。
 『言葉が・・・』は、結局、「言葉が鍛えられるのは、ほとんどの場合、言
葉が通じない場所において・・・」という結論めいた文言があとがきにある。
さらに平川氏は、本書が「鍛えられた言葉」を紹介した、と書いている。
 平川氏が若い頃から親しんでいた「詩」の数々を紹介しながら、それらの詩
を通じて、言葉が通じない所でもそのハンデを打ち破って、ただの言葉を鍛え
られた言葉にしていくさまをエッセイ形式で解き明かしている、そんな感じで
ある。
 鮎川信夫、石原吉郎、黒田喜夫、吉野弘、岩田宏、安東次男、鈴木志郎康、
安水稔和、田村隆一、清水哲男、谷川俊太郎・・・・・(本書での登場順)。
 さまざまな詩人による作品を紹介して、その詩を平川氏なりに解釈し、また
世の中のさまざまな事象に対して詩を通して解説している。また世の中に現在
広く流布している言説に対して、彼ら詩人の作品で反論している。それは為政
者の誠を語っていない薄っぺらな言葉だったり、愛国心を振りかざす見にくい
言葉の数々を詩人たちの作品を武器に立ち向かうのである。

 一方の『見えないものとの対話』は、失われたときを追うような印象なのだ。
本書で最初に掲載している作品が、円谷幸吉の遺書である。まさに失われたと
きを追うようなエピソードから始まる。
 本書は、平川氏自身の生い立ちを辿るような構成になっている。大田区の城
南地区での日々。
 家が町工場だったこと。そして家族との関わり。また学生時代のこと、独立
してからのこと、両親を見送ったとき、そういう著者本人の生い立ちの中で、
著者自身が思い返してどうだったか、を詩や散文や音楽、そして映画を通して
解き明かして。嫌らしい云い方をすれば、自身の生い立ちの中からネタになる
部分を抜き出して、それを文芸の諸作品で加工して味付けしている、という様
子なのだ。

 それは、悪口を云っているのではない。執筆子は、ここで著者本人の生い立
ちを切り刻んでネタにしているという云い方をしたが、それは一般的なふつう
の市井に生きる人間に置き換えることは可能なのである。平川氏はある意味、
実験台になっているのではないか。

 なんの実験台になっているのか。

 執筆子の解釈としては、この引用を紹介する。

 「同じ過ちを犯し続けるのが人間の本性だとするならば、何度でも反省をし
続けることも人間の本性であろう。もし、反省をやめれば、人間は人間ではな
くなる。」

 同じ過ちをし続け、そして、そのときどきで反省をし続ける人間が、本書の
著者である平川氏であり、自分を晒すことによって、人間の本性を確認してみ
る、という試みをしている。

 この上で引用した一文が本書の胆(きも)であるような気がするのだ。

 とてもいい読書ができた。

多呂さ(人と人との交流がどれだけ生活を豊かにしていたのか、ということを
ひどく懐かしい想いで考えている日々です。)
 ブログ→ http://d.hatena.ne.jp/taro3643/

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#119『十年ゴム消し』

 みんな〜、愛し合ってるか〜い?

 今回は忌野清志郎の文体(話体?)模写でお届けするぜ。
 だってこの『十年ゴム消し』は、清志郎の本なんだからな。

 あいつがRCサクセションでデビューしたものの、ろくに仕事もなく、国立
のアパートでただただ暇を持て余していた時期。当てもなく書き散らした詩や
ら日記やらのノートを、そのまま編集もせずに本にしたっていう、いい加減な
シロモノさ。

 ヒマだった裏っかわには、何だかどろどろした事情があるらしいけど、俺は
よく知らねぇし、まあ、ここでは関係ねぇ。
 それよりも、その結果、ほぼ引きこもり状態になった清志郎の鬱屈が綴った
言葉たちが、コロナ・ファッキン・ヴァイルスのせいで、緊急事態制限の外出
自粛のという憂鬱な日々にシンクロして、ぐさぐさ刺さるってことを言いてぇ
のさ。
 これはこれで、清志郎という類稀れなブルースマンが創った、ひとつのブル
ースなのさ。

 例えば、こんな詩がある。

  一日二十四時間を
  眠って
  食べて
  ピアノを弾いて
  ギターをかかえて
  字を書いて
  ほとんどそれで
  おしまいだ。

 おお! まるで俺のいまの生活じゃねぇか! ピアノ以外はな。
 
 けど、この詩で清志郎は、そういう日々を決して嫌がってはいないのだ。
 嫌悪を表明はしないのだ。
 だから最後は、こうだ。

  ぼくの部屋の中には
  歌が
  とび散っているから
  満たされた毎日を
  ぼくは この中だけで
  暮したい。

 こんな日もあった。

  今日は一日
  本を読んで暮した
  とても冷える日だった

 これが記されたのは、六月一日だ。
 六月に、そんな冷えたのか?
 そういや、今年の五月も天候不順で、ゴールデン・ウイークが明けってのに
、まだうすら寒い日があった。一方で七月並みの夏日があったりもしたが、清
志郎が引きこもったこの時も、やっぱり天気までブルースだったのだろうか。
 あるいは、この一行には清志郎の心の寒さが映り込んでいるのかも知れない。

 と言うのも、こうした日々を嫌悪していない、と書いたが、それ以外の詩に
は、やっぱそんな訳ねぇよなって言葉がたくさんあるからだ。

 例えば、

  このあいだ 二、三日の間
  外にも出ずに
  本を読んだり 日記をつけたり
  歌を作ったりして過ごしたら
  少し 頭がおかしくなりました。

  電車に乗ったのです
  新宿駅のかがみで
  ぼくを見ると
  その目つきにびっくりしました。
  一人で 何日も 放置されてることは
  大変 キケンなことだと
  つくづく思いました、

 あるいは、

  別に意味もなく
  わけもなく
  ひとを恨んで暮しています。

  黒メガネをして
  かくしていますが
  ものすごい にくしみの目で
  にらみつけています。
  すぐにこれらの恨みつらみを
  ぼっ起させます。

 歌を作って満ち足りてたんじゃねぇのかって?
 そりゃあ、そういう日もあったろう。
 けど、こんな気持ちになる日だってある。

「ぼくはなぜ、これ以上まだ歌を作ろうとするんだろう? なぜ、そんな必要
があるんだろう? 作曲家でもないのに。
 こんな事じゃだめだ。いつまでも同じなんだ。
 スタジオが自由に使えたら、いいんだが。気に入ってる曲を全部レコーディ
ングしたら、もう、曲なんか作らないだろう。
 そして、何も思い残すことはないんだ。あのやっかいな、コンサートになん
か、もう出なくていいんだ。
 この仔猫と遊んでいられたら、幸せだろうな。梅毒なんかに脳をやられて。」
(七月十一日(木))

 創造は、心を癒す時もあるけど、虚しい気分に落ち込ませる時もある。
 こんなもん創って、何の意味があるんだって思ったりする。
 それは、余計なことをいろいろ考えてしまうからだ。
 考えてしまうってのは、人間の、本当にいいところでもあり、本当に苦しい
ところでもある。
 だから、梅毒なんかに脳をやられたいって思うのさ。
 考えることを止められれば、どんなに楽だろうってことさ。
 俺も時々そう思うから、よくわかる。

 そんな清志郎の毎日に、二人の女性がいる。
 一人は「みかん」。彼女の名前は名曲『スローバラード』の共作者としてク
レジットされているから、市営グランドの駐車場で二人毛布にくるまってカー
ラジオから流れるスローバラードを聴いたあの子なのかも知れない。
 もう一人は「こけし」。断片的な記述からははっきりしないが、この本の清
志郎は大体、彼女と付き合っているようだ。
 清志郎のささくれを受け止めながら、彼女たちもこの本の日々を暮している。

 暮す、という言葉が、ほんとによく出て来るんだぜ。
 でも、それは当たり前だ。
 アーティストは生活感がないなんて、思ってねぇだろうな?
 ブルースは生活だ。人生だ。暮しなんだ。だから、ブルース・マンである清
志郎が「暮し」を語るのは当たり前なんだ。

 そんな鬱屈した「暮し」は、結局百二十日で終わったらしい。
 こんな詩がある。

  のり切らねば ならなかった
  百二十日もの間、
  待っていて その間
  きっと 何の進展も これといってなくて
  ただ そのことに
  とらわれながら
  待っているのでは
  他には 大した進展は
  見られなかっただろう。

  ただ のり切らねば
  ならなかったので
  ぼくらは のり切った。

 まるで、緊急事態宣言解除までのことを書いているようだぜ。目に見えない
ウイルスにやられて萎縮したブルーな生活を、ウイルスに囚われながらじっと
待っていて、そうして一旦は乗り切ったんだが、でも大して進展は見られなか
った。ただ乗り切らなきゃいけないから乗り切っただけだ。

 乗り切ったけど、進展は見られなかったということが、具体的にどういう状
況なのか、この本からはわからない。
 この詩の後の文章を読んでも、あまり乗り切った感じはしない。
 相変わらず清志郎は、鬱屈したり、歌を作ったりしている。
 こけしにピアニカを吹かせて一緒に歌を作ることもあり、その時の清志郎は
楽しそうだ。
 ああ、やっぱり、何かを創るしかないのかな。
 虚しくなっても、一人で、二人で、何かを創ることが、暮していくことなの
かな。

 その内に、こんな風に思える日もある。
「きのうは、本当にいい、お休みだった。」(七月十六日(火))
 清志郎はこけしと、国立の街をぶらつく。
「大学通りの牛乳屋の前のベンチにしばらくすわっていた。あの辺は、とても
不思議な場所で、今日もさっかくにおちいりそうになった。
(あの辺は、時々、まったくちがう場所になってしまう。国立駅もそうだ。上
りが下りで、下りが上りになって、北口と南口がさかさまになると、とても、
みりょく的な街になる。そんな日は、ぼくは南口におりて、まごつきながら、
坂のあたりでやっと北口をとりもどした。――そんなさっかくにおちいりそう
になった。もう少し、十メートルほど歩けば、おちいれたかもしれない。する
と、とてもいいけしきなんだ。童話のさし絵で見たような街になる。)

 学生の頃、バンド仲間がみんな国立にいたから、俺もあの街にはよく行った
ぜ。
 清志郎はその頃、もう国立にはいなかっただろう。見かけたことはなかった。
 ただ、チャーが、まだちっちゃいジェシーと奥さんらしき女性と、いかにも
当時のニュー・ファミリーな感じで、駅前のロータリーを散歩していたのを見
かけただけだ。

 清志郎が国立にいなかったのは、RCが売れたからだ。
 スターになった清志郎は、でも、この本の頃、まだ自分がスターになること
を知らない。
 明日が見えないこと。それが人間の根源的なブルースだ。
 そしていま、俺たちも明日が見えない。
 いろんなやつがアフター・コロナを語っているが、いろんなやつがいろんな
ことを言っているそのことが、誰にも何にもわかっちゃいねぇってことの証さ。

 それでも、結局俺たちは、「暮し」ていく他、ねぇんだけどな。

 清志郎はあとがきに書いている。
「こいつは、俺が、十年以上も前に書いたノートだ。みんなに見せびらかしな
がら、そのうち本にでもして出版するんだと言いふらしながら、二、三カ月で
書いたものだ。当時、たくさんの友達がこれを読んで、あきれたものさ。泣い
た女もいたぜ。自分の名前を入れて欲しいと思う奴もいたかも知れない。
 しかしあの頃はほんとに、ヒマだったんだな。こんなにたくさん字を書くな
んて、ほんとにやる事がなかったんだと思うよ。
 でも、それも今じゃみんなチョー消しさ。十年や二十年なんて、ゴム消しさ。」
(encore)

 コロナが完全に解決するまで、五年かかるとか、十年かかるとか言っている。
 けど、そんな五年も、十年も、ゴム消しさ。


忌野清志郎
『十年ゴム消し』
二〇〇〇年二月二五日 初版印刷
二〇〇〇年三月三日 初版発行
河出文庫

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
緊急事態が解除になって、国は「新しい日常」と言いました。経済のためには
「日常」に戻ってお金使ってほしいけど、その結果感染爆発したら責任問題に
なるから、「これまで通りの日常が戻る」とは間違っても言えない。いろんな
やつがいろんなことを言い、収拾つかなくなってどうしようどうしましょうで
三日三晩徹夜。侃侃諤諤の末やっとこ生み出された官僚的作文が「新しい日常」。
なんじゃないかな。作文と言えば、カルチャースクールで作文を教えてますが、
3月以来休講になっており、それが7月、再開するかも知れません。でも、マ
スク着用とかいろいろ新ルールがあって、まさに「新しい日常」って、あれ、
案外これ、言い得てるぞ。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『熱源』川越宗一 文芸春秋

 第162回直木賞受賞作。所用で2月に大阪駅横のグランフロント大阪に行っ
た時に寄った紀伊国屋で山積みになっていたサイン本を買って、4ヶ月後の今
読んだ。暑くなると寒いところが舞台になる小説を読みたくなるというのは、
字数稼ぎの冗談である。
    
 で、この作品、小説としても大変面白いが、それ以上に勉強になる。明治時
代にアイヌが日本やロシアからどんな扱いをされていたか。樺太にポーランド
独立の英雄(にして独裁者)の兄貴がいてアイヌ研究に大きな役割を果たすと
同時に、ポーランド独立運動の工作員まがいのことをしていたとか、この作品
を読んで初めて知った。

 アレクサンドル・イリイチ・ウリヤノフ(レーニンの兄)や金田一京助、大
隈重信、白瀬矗など実際にいた人がたくさん出てくるので、ノンフィクション
ノベルかと見まがうが、おそらくは史実を押さえた上で作者の想像力でーを駆
使して書かれているのだろう。

 序章に出てくるのは、第二次大戦末期、レニングラード出身の女伍長アレク
サンドラ・ヤーコヴレヴナ・クルニコワが極東戦線に派遣されたところから始
まる。レニングラード大学で民族学を学んでいたクルニコワはドイツ軍に包囲
されたレニングラードで戦線に赴いた恋人を亡くした。

 軍に志願し、ナチスドイツと追いつめベルリンにやってきた時、ドイツ女を
強姦していた政治将校を射殺した廉で極東戦線に飛ばされてきた。クルニコワ
は、戦うことしか知らない女になっていた。そんな伍長は、かつて大学で聞い
たことのある樺太の五弦琴の音楽を思い出していた。録音していたのはブロニ
スラフ・ピルスドスキー。当時のポーランドの指導者にして独裁者と同じ姓の
民族学者だった・・・。

 そこから話は60年ほどさかのぼり、ブロニスラフ・ピルスドスキー(ブロニ
スワフ・ピウスツキ)と樺太に住むことになったアイヌの3人、ヤヨマネフク、
シシラトカ、千徳太郎治(アイヌと日本人の混血で後にアイヌ最初の著作者と
なる)の物語に移る。もっともメインはブロニスラフとヤヨマネフクになる。

 ポーランド(と言うよりリトアニア)の人で、ロシアからの独立運動に燃え
ていたブロニスラフは1887年、皇帝暗殺に与した罪で樺太流刑になり、絶望的
な日々を送っていた。しかし、樺太にいたギリヤーク(民族名)と出会い、そ
の生き様に感銘を受けて彼らの研究を始める。

 この研究が植民地開拓のノウハウとして欧州で関心が高まっていた民族学界
隈に認められて、ブロニスラフは反皇帝の政治犯にして民族学者として知られ
るようになる。同時に、ギリヤークをはじめとした先住民族を文明から取り残
された劣等民族として教化の対象にしているのに反発し、ロシア語を教えよう
としたり、ギリヤークの俊英インディンを留学させるなどしていた。

 対するヤヨマネフクは元々樺太生まれだが養父に連れられて北海道の石狩郡
対雁(現当別町)に移住していた。同地のアイヌの統領であるチコピローにも
かわいがられていたが、アイヌ差別の現場にもいた。先進国の我々が未開の民
族を教科指導するとする差別である。

 西郷隆盛の弟、西郷従道が視察に来た時の歓迎会もアイヌ差別の現場だった。
ここでヤヨマネフクは突っ張ったことで、アイヌ随一の美女で五弦琴の名手キ
サラスイを娶ることになるが、コレラでキサラスイを亡くしてしまう。

 キサラスイも樺太の出身で、「帰りたい」と言っていた・・・ヤヨマネフク
は五弦琴とキサラスイの遺した息子と共に樺太に戻った。

 樺太に集った彼らは、民族差別にあらがうために学校を作ろうとする。ロシ
アや日本に対抗するには知識が必要なのだ。しかし学校建設のためのカネ集め
は苦難の連続だったが、なんとか開校のめどがついた。

 ブロニスラフの元には、弟からの伝言を預かってきたヴァツア・コヴァスル
キがやってきてポーランド独立闘争のために早く戻ってきてくれとせかす。

 そんな中に起こった日露戦争は、再び彼らの運命を変えていく・・・最後は
序章に出てくるクルニコワ伍長が決着をつける。個人的には、ここで出てくる
小数民族オロッコ出身の源田一等兵と日本人嵯峨少尉の最後の戦いに涙した。

 それにしてもゴールデンカムイといい、この小説といい、近年アイヌを舞台
にした作品が出てくる理由はよくわからないが、こうしたあまり知られていな
い舞台を描く小説が増えてくると、勉強にもなってうれしい。

 書く方は、調べモノに苦労することになるので地獄かもしれないけどw

(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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■「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
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サラリーマンが現代アートのコレクターになる話
『現代アートを買おう!』
(宮津大輔・著 集英社新書)

 お国から一律10万円がいただけると聞いて、「何に使おうかな」とあれこれ
考えたけれど、結局、日々の暮らしの費えに紛れて終わりになりそうな労働者
諸君!(「男はつらいよ」より)でも、一瞬でも10万円でも、思わぬ収入の使
い途を考えるのは楽しいですね。

 おばちゃま、もし大金持ちなら何にお金を使うだろうと空想することがとき
どきありました。若い芸術家のパトロンになるとか、稀覯本のコレクターにな
る・・・というのがこれまでのプランでございました。

 ところが、大金持ちではないのに、現代アートのコレクターとしてその分野
で名を知られるようになった人がいて、その顛末を書いた本がこれ、「現代ア
ートを買おう!」でございます。

 著者は普通のサラリーマンです。(とは言っても文中から察するになかなか
いいお給料をもらっている感じではありました)。

 それがアンディ・ウオーホールとの出会いによって現代アートに目覚めます。
大学生のときに草間彌生作品のとりこになり、社会人になってからとうとうギ
ャラリーに行き、作品を購入します。A4サイズの白地に黒いドットのドロー
イングで約50万円。これをボーナス2回払いでやっとの思いで購入します。こ
の最初のドキドキ感は読んでいてとても素敵で、天からのメッセージみたいな
ものがこの人に降りかかったんだなと感じさせられて読んでるこちらもテンシ
ョンが高まります。

(でも1953年の草間彌生作品ですから、今だったら50万円ではとてもとても・
・・・ですよね。いや、やらしい話)。

 これをきっかけに、現代アートコレクターとしての活動が始まるのですが、
家族のいるリーマンの身、金額には限度があります。しかし、どうしても欲し
いという欲望には勝てず、結局、妻や母や祖母に無心して購入するんですね。
特に、著者の祖母という方はいわゆるお金をお持ちの好事家のようで、かわい
い孫のために資金を用立ててくださいます。いいな、いいな。

 著者は素人のコレクターとして徐々に活動を広げていき、海外の有名コレク
ターの家でのパーティに招かれるようになるのですが、ここぞというときには
コム・デ・ギャルソンのジャケットに日本の若手デザイナーのシャツやパンツ
(予算のないときはユニクロ)というコーデ、または父の形見の和服で参加す
るそう。

「素敵なジャケットね。それはコムデギャルソン?」と必ず数人に話しかけら
れるそう。「コム・デ・ギャルソン・オム・プリュスの服は和服と同様の効果
を持っている」と著者は言います。

 なんだかギャルソンの服が欲しくなってしまいました。

 あと、子供用の絞りの帯揚げをマフラーにしていって、帰国後に、ほめても
らったアーティストやギャラリー・オーナーに鳩居堂または榛原の千代紙の文
箱に入れてサンクスレターとともに送るといいます。こういうとこもとても素
敵! 

 著者はしまいには現代アートを収納するためのアーティスティックな家を建
てるまでになるのですが、ほんとうらやましい。
 私には、「ああ、私はこんな人になりたかったけれどなれなかったんだな」
と思う人が数人います。そのリストに宮津大輔という人が加わったようです。

 憧れとともに人は生きる。憧れをもって生きることはとても素敵と思わせて
くれた一冊でした。興味がある方は本の最後に現代アートのギャラリーがリス
トアップされているのでぜひ!

 現代アートは大好きですが、エナジー、時間、力量などなど、いろんなもの
が足りないおばちゃまは、数年前に青森の美術館のミュージアムショップで購
入した奈良美智の貯金箱を毎日眺める、身の丈に合った愛好度で楽しもうと思
います。


大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・渋谷昌三 著『人を傷つける話し方、 人に喜ばれる話し方』(WAC)
 http://web-wac.co.jp/book/bunko/280

・『ヒューマン ─ 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510


 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
・筆名(あれば):
・書評アップ先の媒体予定:
・コメント:

 をご記入の上、下記までメールください。

 表題【読者書評参加希望】
 info@shohyoumaga.net

 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
 まで御自由にお送り下さい。(著者の皆様からの直接の献本はご遠慮くださ
 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

 〒142-0041 東京都品川区戸越5-4-3 アズ品川ビル4階
       ビズナレッジ株式会社内 [書評]のメルマガ 献本 係

2)このメルマガ上で、その本を読んで、書評を書きたいという方を募集します。
 先着ではなく、文章執筆実績と熱意優先で選ばせていただきます。(過去に
 執筆された文章などございましたら、合わせて御連絡ください。)

3)発行委員会はいただいたメールの中から、ピックアップし、献本いただいた
 本を送付します。(残念ながら提供いただいた冊数に応募数が満たない場合
 には、60日後に古本屋に売却します。)

4)ちなみにここでいう書評というのは、当メルマガに掲載する記事ではありま
 せん。送付先御本人分のブログ、あるいはアマゾンや楽天などのオンライン
 書店でも結構ですし、ブクログなど、専用のサイトでも構いません。つまり
 は当メルマガではないどこかリンクのできる外部に書評をアップお願いしま
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 ました。書評は500字以上でお願い致します。)

5)献本を受け取った方は、1ヵ月後のメルマガ発行日までに、どこかに書評を
 掲載し、そのURLを発行委員会に送付します。(もし、本を受け取りなが
 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 良いことだとは思うのですが、ある有名なNGOから玄関にポスティングがあり、
最大10万円で途上国の人がこれだけ救える、と寄付の呼びかけがありました。

 良いことだとは思うのですが、なんだかな、という気がしました。

 今回は、良いことなので良いですが、悪いことを考えている人も動き出して
居そうですね。気をつけましょう。(あ)

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[書評]のメルマガ vol.702


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■■ mailmagazine of book reviews      [マスク、嫌いなんです 号]
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■コンテンツ
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★トピックス
→トピックス募集中です。

★「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
→107 美しい絵本、考える自然科学の本

★「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
→<125>少女漫画の時代が、あった

★「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
→第123回 村上春樹と彼の父親のこと

★「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
→今回はお休みです

★献本読者書評のコーナー
→書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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107 美しい絵本、考える自然科学の本

 今年の時間の過ぎ方はいままでにない独特なものですが、それもまた慣れる
もので、晴れた日は庭でラジオ体操をして、ベンチブランコで本を読んでいま
した。自分の家に庭がなくても、緑や土のあるところを野生の庭といったのは、
フランスの庭師ジル・クレマンです。そう、きっとどこにでも庭はあるのです。

 さて、今回最初にご紹介する絵本は、クラウドファンディングで刊行された
ものです。訳者の横山さんはとびっきりの目利きで、刊行されている訳書のほ
とんどが「ひとめぼれ」して持ちこんだ作品です。

 本書はご自身で主催してクラウドファンディングをたちあげ、
 日々、SNSで情報を発信し、見事に目標を達成しての刊行です。

 『ジュリアンはマーメイド』
       ジェシカ・ラブ作 横山和江 訳 サウザンブックス

 ジュリアンはおばあちゃんとスイミングに行きました。
 2人で帰る電車の中で、マーメイド姿のきれいなお姉さん達が乗り込んでき
ました。

 「きれいだなあ」とみとれるジュリアン。
 空想します。自分もあんな風に、髪の毛をのばして、きれいなドレスを着た
いなあと。

 帰宅したジュリアンは、空想を現実にしてみようと、衣装を身につけている
と、おばあちゃんがまたもお出かけに誘ってくれます。どこへ行くのでしょう。

 表情豊かなのびやかな絵に魅せられます。

 ジュリアンはもちろん素敵なのですが、私自身の年頃と近くなりつつあるお
ばあちゃんのキュートさにも目が離せません。

 版元サイトの紹介文によると、「本作は、50代になってからトランス移行さ
れた友人との会話をきっかけに生まれた」とあります。

 ジュリアンがきれいなマーメイドのようになりたいという願いを、おばあち
ゃんが軽やかに受け止め、ジュリアンの望む姿が美しく描かれ、何度も読み返
したくなる絵本です。


 次にご紹介するのもとても美しい絵本。

 『中国の昔話 九色のしか』
           リン・シュウスイ 文 リャオ・ジャンホン 絵 
                   宝迫典子 訳 廣済堂あかつき

 薬草とりは王妃の命令で森へ「美しくなれる薬草」を探しに出かけます。
 森でいっしょうけんめい薬草を探しているとき、鳥たちの話が耳に入りまし
た。「美しい九色のしか」が森に住んでいるというのです。

 薬草とりは九色のしかを見つけ、うっとりと眺めました。と、その時にあら
われたクマに気をとられ、池に落ちてしまいます。九色のしかはそれを見て、
薬草とりを助けます。命を助けてくれたことに深く感謝する薬草とりに、しか
は自分のことは誰にもいわないよう口止めします……。

 昔話らしい、さっぱりとしたリズムのいい語り口に、影絵にみえるようなタ
ッチで黒を基調にして描かれた絵は相性ぴったりです。

 話の筋は恩のあるしかに対して、薬草とりがどんなことをしたかというもの
ですが、元は敦煌の壁画に描かれた物語。絵本の形になったおかげで、遠くに
いかずとも、自分に近づけてじっくり絵を楽しめます。

 創作にかけた時間は実に3年間。
 作家あとがきによると、何度も推敲しながら創作するその過程は一種の修行
のように思われると書いています。
 よりよいものをつくるために、満足いく形に仕上げていった、それがよく伝
わる贅沢な絵本です。


 『シェルパのポルパ エベレストにのぼる』
                石川直樹 文 梨木 羊 絵 岩波書店

 写真家の石川直樹さんが文章を書いた絵本。絵を描かれた梨木さんにとって
は本書が初絵本作品です。

 主人公のシェルパのポルパはヒマラヤ育ち。小さいときからヒマラヤの山を
眺めて暮らしてきました。いつか、シェルパとなって山に登る、それがポルパ
の夢でした。

 体力がついてきたことを認められ、おじさんからシェルパへの手ほどきを受
けるようになります。

 梨木さんの発色のきれいな絵は、ポルパの表情、ヒマラヤの山を臨場感をも
って伝えてくれます。大きく全体を描いた見開きの絵もすてきですし、私がも
っとも好きなのは、山の道具をもった手がズームアップされている絵です。
これらの道具で山へ登るんだという意志が感じられる手が描かれます。

 この絵本はシリーズとなっており、『冬虫夏草とおおきなヤク』(2020年秋
刊行予定)、『火星の山にのぼる』(2021年春刊行予定)となっています。

 本書で初めて荷物を運んでベースキャンプを往復したシェルパ。次はどんな
旅にでるのでしょうか。

 この絵本と一緒に読むのにおすすめは、福音館書店の月刊たくさんのふしぎ
「アラスカで一番高い山 デナリに登る」(2020年4月号)です。

 石川直樹さんが写真と文章のいずれもを担当されたもので、アラスカで一番
高い山、デナリの厳しく美しい山と登山の様子を知ることができます。
 ぜひあわせて手にとってみてください。


 最後に岩波少年文庫の『チョウはなぜとぶか』(日高敏隆)をご紹介します。

 本書は1975年に岩波科学の本として刊行され、その後1998年、高校生に贈る
生物学として刊行され、今回はこちらが底本とされています。

 著者が小学生の頃にアゲハチョウは何故、同じ道を飛ぶのだろうとという疑
問をもち、その疑問をずっと忘れずに持ちつづけ、後に動物行動学者となり、
探求し続けたことを書いています。

 我が家の庭にもモンシロチョウが毎日飛んできますが、どういう道を飛んで
くるのか疑問に思ったことはありませんでした。なにげないチョウの生態を深
く深く追求する様子に感嘆します。

 実験や観察がどれほど時間と手間をかけて行われてきたかが、つぶさに書か
れ、それまでチョウに興味をもっていなかった私も一気に引き込まれました。

 自分の見えている世界を深く追求していくおもしろさが本から熱く伝わって
きます。今年はコロナ禍でいつもの夏休みがあるのかどうかも、いまはまだわ
かりませんが、自由研究の参考にもなると思います。

(林さかな)
会津若松在住。「本の雑誌」新刊めったくたガイド海外文学担当。
http://1day1book.strikingly.com/

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■「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
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<125>少女漫画の時代が、あった

 新型コロナは、これからもずっと、ほぼ未来永劫、付き合っていくしかない
ウィルスとなったみたいな今日この頃。
 ぼちぼち、恐る恐る、という感じで、社会活動及び経済活動も再開され始め
ている。

 関係先の学校と大学では、各校の対応にやや差があって、あくまで「遠隔」
主体で当面は様子を見よう、というところや、6月初めから一気に、従来通り
の対面授業を始めるところ、対面・遠隔それぞれにおよそ「半々」で始めると
ころ、と様々。

 しかし、「対面」の授業でも、学生と講師の間にはアクリルのパーテーショ
ンが設置されたり、座席が大幅に減らされて「ソーシャルディスタンス」が考
慮されていたりと、かなり慎重だ。
 教室では、講師も学生も「マスク着用」が、絶対原則で、これが、わしには
鬱陶しい。

 わし、マスク、嫌いなんです。息苦しいし。
 ことに、これからますます暑くなるし、マスクなんてしてられませんって…
と言うて、してないと、なんだか白い目で見られてしまうし。
 なので、教室では一応マスクはするのだが、一歩外に出ると、即座に外す。
 街でも、電車に乗ったり店に入るときにはマスクをするが、外に出たらば速
攻外す、という対応で済ませている。

 マスクについては、こんないい加減な対応だが、その代わり…というか、手
は、やたらこまめに洗うようになった。
 トイレに入った後、石鹸で手を洗うなど、以前にはまったくしなかったのだ
が、今は、せっせと洗ってます。
 以前は、「小」では、まったく手は洗わずに「スルー」で、「大」のときに、
水で「ちょろっ」と流す程度、だったんですが、とてもこまめできれい好きに
変身しました、はい。

 皆が皆マスクをしていて困ることがひとつ。
 新年度となり、どの学校でも新しい生徒や学生と接することになるのだが、
これが全員マスクをしているので、顔が覚えられない。
 出席を取るにしても、「はい」と声だけでは、どこから聞こえてくるのかわ
からない。
 なので、手を挙げてもらうようにしてるのだが、顔は、依然判別がつかない。
 今年、ずっとこれだと、とても困ったことになるぞ、と危惧しながらの2か
月遅れの新年度なのだ。

 4月、5月のコロナ「自粛」の日々、徒然なるままに本棚の整理などをして
いたのだが、「あれ、こんなのあったっけ?」とか、以前探して見つからなか
った本が意外なところから出てきたり、買った覚えも読んだ覚えもない本が出
てきたり、懐かしい本が出てきたり、が、やたらとあって、それら…買ったは
いいが読んでなかった本を読んでみたり、以前読んだがすっかり内容を忘れて
いた本を再読したり、の二か月間なのだった。

 W.P.キンセラ『シューレス・ジョー』( 永井淳・訳:文春文庫)なんて、久々
に読んだら映画も観たくなって、だいぶ前に買ったDVDの『フィールド・オブ・
ドリームス』を探し出しては、観てしまった。
 再度原作読み込んでから映画を見ると、こちらにも、新たな発見が多々あり
ますね。

 そんな再読本のひとつが、ちくま文庫版の米沢嘉博『戦後少女マンガ史』。
 これ、改めて読んでみたけど、戦後の少女漫画の歴史を、緻密に詳細に体系
的に網羅していて、まことに名著…いや、ただ「名著」なんて言葉では言い表
せないほどの労作であり、貴重な資料となり得ている。

 そして、これのあとに、やはり再読したのが、姫野カオルコ『部長と池袋』
なのだった。
 『部長と池袋』は短編集で、著者・姫野氏の少女時代から現在に至るまでの、
おそらくは体験に基づくと思われる作品が、多く収録されている。

 姫野氏は、その著書『昭和の犬』にも描かれているが、かなり特異な少女時
代を送った作家だ。
 父親が絶対君主として君臨する家庭で、母親もまたその父親に従順で、毎日
の生活は、この父親の抑圧の下、そこここ裕福であったにかかわらず、清貧的
ストイックな生活を強いられたらしい。

 そんな抑圧された少女時代に、あれこれ空想の世界に遊ぶしか楽しみのなか
った生活が、あの『ツ・イ・ラ・ク』における、女子中学生と若い教師との、
あり得ないほどに凄まじく赤裸々で生々しい性行為の描写に結実したのだ、と
思う。
 そして、その想像力の源となったのが、どうやら少女漫画であるらしい。

 姫野氏には、『ああ、懐かしの少女漫画』という著書もあるとおり、少女漫
画にはかなりの造詣があるようで、この短編集の中にも、少女時代に読んだ少
女漫画、あるいはそれらが掲載されていた雑誌をモチーフにしたものが何篇か
ある。

 姫野氏の厳格な父親にとって、少女漫画に限らず、漫画などは、教育上「よ
ろしくない」悪書に相違なく、ことに「少女フレンド」は、「不良が読む雑誌」
と決めつけて、一切買ってもらえなかったらしい。
 が、昭和30年代から40年代、たとえ買ってもらえなくとも、それを読む方法
は、いくらでもあったのである。
 友達に借りる、本屋で立ち読みをする、の他に、姫野氏にとって一番確実に
漫画雑誌を読む手段は、「散髪屋」だった。

 これ、同世代なので、よくわかる。
 当時の散髪屋さんはどこでも、順番待ちの客のために、少年サンデーやマガ
ジン、少女フレンドやマーガレットといった漫画雑誌を毎号買っては、待合の
椅子横に置いてくれていたのだ。
 わしもまた、小学生時代には、漫画は「悪」と決めつけられていて、唯一、
小学館の学年誌だけは買ってもらえたのだが、「サンデー」や「マガジン」は、
もっぱら散髪屋さんで読んでいた。

 散髪をしなくとも、「おっちゃん、漫画読ませてな」と断って、おとなしく
座って読んでいる分には、別段文句も言われなかった。
 姫野氏もまた、同様にして、滋賀県の片隅にある散髪屋さんの椅子で、毎週
のように少女雑誌を貪り読んでいたようだ。

 我が家では、わしが中学生のころには、漫画に対する考えもやや軟化してい
て、当時小学生だった妹などは、時々「少女フレンド」や「マーガレット」を
買ってもらっていた。

 これを、こっそり盗み読むのも、実はひそかな楽しみであった。

 散髪屋さん時代にも、人の眼を盗んでは、こっそり「少女フレンド」などを
読んでいたのだが、友達と一緒のときには、絶対にやらなかった。
 男が少女漫画を読むのは、とても恥ずかしいことでもあったのだ。

 ゴツゴツ武骨で荒っぽい少年漫画に比べて、華やかできれいな画面は、現実
離れしていて、結構のめり込んでいた。
 「ステディー」とか「ジンジャーエール」とか意味はわからずとも、なにや
らハイカラでおしゃれな雰囲気も楽しかった。

 『ベルサイユのばら』が宝塚で舞台化される、というニュースが衝撃をもっ
て伝えられたのが1974年。
 ちなみに、このときマスコミ各社は、「宝塚が劇画を舞台化」と報道したの
だが、当時、ストーリーのある長編マンガは、すべて「劇画」と括られていた
のである。

 漫画の中でも「傍系」でしかなかった少女漫画は、東京オリンピックを契機
とした「スポ根」もののヒットで、徐々に認知度を高めていたのだが、『ベル
ばら』の舞台化とヒットで、一気に中央に躍り出た。
 そして、その後の「花の24年組」の登場で、少女漫画は全盛期を迎えて、男
性の読者も徐々に獲得していく。
 80年代に入ると、もはや男が少女漫画を読んでいても、誰も違和感を覚えず、
それは、ごく普通、当たり前の光景となっていた。

 そんな少女漫画が、現在は徐々に萎みつつある。
 あれほど全盛を誇った少女マンガ誌も、今や数えるほどしか残っていない。
 ただいまの学生たちに、「かつて少女漫画は、3誌が週刊で発行されていた」
と言うと、一様に「信じられない」という顔をする。

 しかし、少女漫画の描き手たちは、今や少年漫画、青年漫画に進出し、かつ
ての少女漫画テイスト…緻密で奥深い心理描写や繊細でスタイリッシュな線…
を、青年漫画、少年漫画の世界に持ち込んで、独特の世界観の構築に成功して
いる。

 思うに、これからの漫画は、「少年」だの「青年」だとか「少女」だのとい
う区分けを取っ払い、ボーダーレスになっていくんじゃないか…いや、そうな
らないと、今後の漫画の発展は、とても望めないんじゃないか、なんだかそん
な気がする、6月ようやく年度初めの日々なのだった。


太郎吉野(たろう・よしの)
阪神タイガースお膝元在住。右投げ右打ち。趣味は途中下車、時々寝過ごし乗
り越し、最長不倒距離は三重県名張。
ちなみに「阪神タイガース」の「阪神」は、「兵庫県阪神地方」を指します。

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■「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
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第123回 村上春樹と彼の父親のこと

 今月は村上春樹。たぶんとても売れている本なんだろうな、と思う。コアな
ファンが買っていると思う。
 わたしたちは、村上春樹、個人については、結構よく知っている。若い時に
何をしていたのか。何を考えていたのか、よく知っている。彼はいろいろな処
に自分自身のことを綴ったエッセーを書いているし、わたしたちは、それを読
む機会がたくさんある。村上春樹の家族のことはあまり知らない。

 そんな中、彼の父親のことを書いた本が出版された。

『猫を捨てる  父親について語るとき』(村上春樹 著)(文藝春秋)
(2020年4月25日)

 新型コロナウイルス感染症蔓延の真っただ中の出版である。
 本書は「文芸春秋」2019年6月号に載った記事を単行本にしている。月刊誌
に載せる長めのエッセーを単行本にしたわけだ。

 それにしても、本書の体裁。内容はともかく、一冊の本としての量が少ない
から大きさを新書版にして、紙も画用紙なみの厚紙を使っている。そして本文
中ところどころに高妍(ガオイェン)という台湾の若いイラストレーターの挿
絵が入っている。むろん文字は大きめ。上製本に巻きカバー付き。さすが天下
の村上春樹。村上春樹の文章だけでも充分であるが、さすがにそれだけだと色
気というか、ユーモアというか、そういうものが感じられず、村上春樹で一儲
けしたい、という出版社の強欲さが前面に出てしまう、残念な本になってしま
うのだが、これにイラストをつけることによって本書の価値がグーンと上がっ
たことは間違いない。この台湾の若いイラストレーターによるイラストが村上
春樹の孤独を表わしているようで、本の内容によく合っている。・・・気がす
る。本書の出版はひとえに編集者の勝利であろう。

 本書のハイライトは、お父さんの従軍経験の記述部分である。1917年(大正
6年)生まれのお父上は、ばっちり従軍体験者である。従軍したことによるさ
まざまな体験をこのお父上もあまり周囲に語らなかった。したがって、息子の
春樹さんは少ない情報から、お父上の軍歴を調べた。お父上は三度招集されて
おり、三度ともほんのちょっとしたきっかけで命拾いをしていた。特に二度目
の招集は、太平洋戦争直前の昭和16年(1941年)9月に招集されているが、わ
ずか2か月後の11月に招集解除になった。これはいまも大きな謎だという。村
上家の謎。お父上が招集解除にならず、そのまま従軍していたら、お父上の部
隊はフィリピン攻略隊としてマニラ方面へ派遣され、最終的には部隊壊滅して
いたという。そして三度目の招集は昭和20年(1945年)6月12日。この頃にな
ると既に日本軍は船も飛行機も戦車もないので、内地での勤務になり、終戦後
の10月に除隊となっている。

 詳細を語ることがなかった父親の足取りを息子は父親の死後、追体験をする
ように調査して記録した。

 息子の春樹氏は、“・・・かつての仲間の兵隊たちが遠くの南方の戦場で空
しく命を落としていったことは、父にとって大きな心の痛みとなり、切実な負
い目となったはずだ。・・・”と表現している。仲間を見捨てた人。一緒に死
ねなかった人。死に損なった人。生き永らえてしまった人。戦後の日本は、そ
んな帰還兵に満ち溢れてたのだ。

 こうして戦後となり、お父上は結婚し、春樹氏が生まれた。春樹氏は18歳ま
で関西で両親と一緒に過ごす。成長し大人になった春樹氏は、そこで父との諍
いがあったようだ。“心理的軋轢”と表現している。

 実はそのことを読者は一番知りたいと思っている。しかし、本書はそのこと
には触れていない。若い息子と軍歴のある頑固な父親がコミュニケーションを
欠き、引くに引けないほど険悪な状況になっていった、と想像するしかない。

 それでも命は父から子へ受け継がれ、連綿と続いている。“名もなき一滴”。
それでも“一滴なりの思いがあり、一滴の雨水の歴史があり、それを受け継い
でいくという責務がある”。
 結局、父親について考えた末に村上春樹氏は自己を大自然の中の一滴に例え
た。大きな何かと小さな自分自身を対比させたわけだ。


多呂さ(ひとりひとりがそれぞれコックピットにいるようなイメージ。距離が
近いのか遠いのか、よくわからず、でも一つ云えるのは、スキンシップはまっ
たくなくなりました)
 ブログ→ http://d.hatena.ne.jp/taro3643/

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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#118『愛と幻想のファシズム』

 ポスト・コロナ時代がどんな世界になるか、多くの人が自身の考えを発信し
ている。
 その中で、ひとつ確かだと思ったのは、民主主義かファシズムか、という選
択を迫られるだろうということだ。

 自粛警察という奇態な言葉が生まれたように、自粛しない人たち、もしくは
自粛していないと思われた人たちに対するバッシングが激しい。
 なぜ、彼らは自粛しないのか。それは、日本が欧米諸国のような罰則を伴う
強権的外出「禁止」が法的に出来ず、あくまで自粛の「要請」に留まらざるを
得ないからだ。
 ならば、法を変えるべき、と、そう思っている人は多いのではないか。
 具体的には、国民の基本的人権を保障した法律、すなわち日本国憲法の変更
である。

 もちろん、今回のような「緊急事態に限る」という制限は付ける。その上で、
公益のために一部の人間のわがままを抑えるのだから、これをファシズムと呼
ぶのは不当だという考え方に立つだろう。

 しかし、「緊急事態」の定義は、言葉による以上、不透明さがつきまとう。
解釈の幅がどうしても出来る。
 その時権力を握っているのがどんな人物か、現時点では予測がつかない。

 だがそれよりも、根底にある国民観が、「同じ日本人だからと言って、誰も
が信用できる訳ではない」というものであることになる。
 一部のわがままを抑える、というのだから、一定数の勝手な人間がいること
が前提だからだ。

 一方、民主主義の前提は「国民への信頼」だろう。
 信頼できないものを「主」にするはずはない。
 日本がこの民主主義を選び取った背景には、大日本帝国時代、国家や軍部が
主導した戦争で世界に悲劇をもたらした歴史への反省がある。
 つまり、国家よりも、国民を信ずる、という決意と思想が込められた民主主
義だ。
 さらに言うなら、われわれ自身が一人の国民であるのだから、それは「互い
を信じ合う」ことに他ならない。

 そんなこと言っても、実際勝手な奴がいるのだから、信頼できなくてもしょ
うがないだろう、という反論も想定できる。
 だから、国家によって強権的に規制しないとダメだ。いくら民主国家でも犯
罪は国が取り締まるではないか。殺人などの重罪には死刑だってあり得る。人
間の集団には、そういう暴力的な装置も時に必要なのだ、と。

 この場合は、国民同士の相互信頼よりも、国家の方が信用できる、というこ
とになる。

 国民か、国家か。
 われわれは、一体どちらを信じて生きていくのか。

 コロナ以降の日本で、恐らく改憲論議としてこの選択が迫られる日が来ると
いうのは、十分予想されるシナリオだと思った。

 国家を信用する考え方を、民主主義に対応するうまい言い方が他にないので、
便宜上ファシズムと呼ぶならば、村上龍の『愛と幻想のファシズム』には、優
れて今日的なテーマが描かれていることになる。

 本書が刊行された当時は、村上龍が「経済」の勉強を始めた、と話題になっ
た記憶がある。初版を買って読んだのも、ちょうどそのころ就職して企業戦士
の一人になったばかり、これから自分が参入する「経済」という世界に文学が
どう切り込むのか、関心があったからだと思う。

 しかし、これは「政治」の物語でもある。

 主人公の鈴原冬二は若いハンターだ。彼は弱肉強食、適者生存こそが、自然
なあり方だと考えている。
 しかし、人類はヒューマニズムという胡散臭い思想に毒され、弱者を「食う」
のではなく、「救う」社会を築いた。その結果、昔なら幼少期に死んでいた人
間も生き延びるようになり、人口は爆発。民主主義、平等主義が、弱者の発言
権を容認したために、世界は現実から目を逸らし、安逸に流される愚民の群れ
に動かされ、結果ひたすら破局へと驀進することになった、というのが彼の立
場だ。

 これを解決するには、もう一度狩猟時代に戻って、強者と弱者の選別、淘汰
を行う以外にない。

 そのためには、現在の世界システムをひっくり返す必要がある。
 かくて鈴原冬二は、狩猟社なる政治結社を立ち上げ、仲間を集めて世界シス
テムを動かすエンジン、「経済」の転覆を志す。

 彼の具体的な戦術は暴力だ。
 都合の悪い人物を暗殺したり、失脚させたり。自衛隊にシンパをつくりクー
データーを起こさせたり。
 後半では、ハッカー集団を使って、さまざまな偽の情報をマス・メディアに
流させる。重要人物の映像をCG加工して、言ってもいないことを言ったよう
に見せかけてしまう。世界はその誤情報に右往左往し、恐慌が起こり、内戦や
紛争が勃発する。

 1987年に上梓された本なので、まだ「フェイク・ニュース」という言葉はな
い。インターネットも情報流通の経路としては一般化していない。もっぱらテ
レビや新聞によって、ニュースは世界を駆け巡っている。
 しかし、それだけにこの謀略の先見性には驚く他ない。いくら経済の勉強を
したとはいえ、作家の想像力がここまで時代を先取りするものだろうか。
 最後の方には、ほぼ言葉だけだが「AI」すら登場するのである。

 逆に言えば、当時は途方もない物語に思われた『愛と幻想のファシズム』が、
世紀を跨いでようやく現実味を帯びて来たのである。

 鈴原冬二率いる狩猟社は、終盤、自分たちの存在を誇示するために、ビッグ
・イベントを企画する。反対勢力からは、まさにヒットラーのナチス党大会だ
と揶揄されるが、あくまで一政治結社の主催するイベントに過ぎない。
 しかし、多くの国は出席者として大使を送り、まるでオリンピックや万博の
ような日本の国家的イベントへと肥大していく。

 このイベントのテーマ曲を、狩猟社がドイツの現代音楽作曲家キルシェに依
頼するところが、音楽本としての注目点だ。

 鈴原冬二はロック嫌いで、音楽はクラシックしか聴かない。ことにお気に入
りはモーツァルトである。
 残念ながら、あまりモーツァルトを聴いたことがないので、この作曲家を主
人公の好みに設定した村上龍の意図はよくわからない。
 しかし、鈴原がドイツ人の「現代音楽作曲家」を選ぶ点のは非常に面白い。

 まず、単純にドイツということで、ナチスを連想する。
 しかし、より重要なのは、キルシェが「現代音楽」の作曲家であることだ。

 ポップスの場合、作曲家は英語でソングライターだが、クラシックでは、コ
ンポーザーと呼ばれる。
 コンポーズは本来、「構成する」という意味だ。人は作曲家というと、天啓
を得て閃いたメロディを楽譜に定着する人だと思うし、ロマン派ぐらいまでは
実際そうであっただろう。だが、20世紀に入ると、より「構成する」ことが重
要になってくる。もはや自らメロディをつくらないのも当たり前だ。
 
 例えば、バルトークはルーツであるハンガリーの民謡を素材にコンポーズし
た。
 ホルストの『組曲:惑星』中の一曲で、平原綾香が「ジュピター」としてヴ
ォーカリーズした「木星」の有名なメロディもどこかの民謡だったはずだ。
 ジョン・ケージは易の占いを用いて旋律を決定し、偶然性の音楽をコンポー
ズした。
 藤枝守は、植物の葉に流れる微弱電流のパターンを音程に変換するという手
法で、『植物文様』をコンポーズしている。

 こうした現代音楽の作曲法に基づき、キルシェも自分ではメロディをつくら
ない。
 非常に弱い動物で、なぜ進化の過程で淘汰されなかったのか、現代でも謎と
されているある動物の、遺伝子パターンを元に主題をつくるのである。
 そしてそれを冒頭で提示する時、使われる楽器は、シンセサイザーなのだ。

 いわばバイオテクノロジーから導き出された旋律を、エレクトロニクスに歌
わせる音楽なのである。

 ここで読み手は戸惑いを覚える。
 そもそも弱者の淘汰を目的に鈴原は動いてきたのではなかったか。なのに、
なぜ、弱者でありながら淘汰を免れた動物の遺伝子をモチーフにさせたのか。

 そして、狩猟時代に返る、ということは、原始に返る、ということであるは
ずなのに、素朴なアコースティック楽器ではなく、最先端の電子楽器を起用す
るのはなぜか。

 先の疑問の答えは、自然淘汰を是としながら、淘汰に打ち勝つ能力が「強さ」
だけではない、ということへの、鈴原の漠然とした気づきがあるからだと考え
られる。
 適者生存ではあっても、適者たる資質が「強さ」とは限らない。少なくとも、
「強さだけ」とは限らない。「弱さが勝つ」ということはあり得ることだ。そ
のことへの直感的な理解が、鈴原の心の底に眠っている。主人公の思想の揺ら
ぎが、物語を立体的にする。

 そして、もうひとつの疑問には、「身体観」の問題だと答えよう。

 鈴原はケミカル・ガスから自衛隊の戦車、果ては核兵器まで、さまざまな現
代技術を利用する。また、サイバー・テロを行うためにハイテクを駆使する。
 これはハンターたる彼にとって、矛盾ではない。
 なぜならハンターもまた、銃を使い、ナイフを操る。生身の肉体ひとつで猛
獣と戦う訳ではないからだ。
 その時武器は、ハンターにとって、身体の一部である。熊が爪を持ち、虎が
牙を持つように、人は武器を持つ。それは拡張された身体である。
 銃やナイフから、核兵器やハッキング技術までは、相当な開きがあるようだ
が、しかしそれが「道具」という、たったひとつの概念に括られることは、既
にスタンリー・キューブリックが映画『2001年宇宙の旅』で、類人猿の放り投
げた棍棒が宇宙船にオーヴァーラップするという衝撃的なビジュアルを通して
指摘している。

 したがって、狩猟社会に戻ろうとする人間が、ハイテクを携えていくことは
決して矛盾ではない。

 ちなみに、弱者でありながら淘汰を免れた謎の動物はディクディクと言う。
いまでは日本の動物園でも見られるらしい。

 そして、2020年。
 予期せぬパンデミックに見舞われたわれわれの目に、鈴原冬二の民主主義へ
の挑戦は、どう映るのだろう。
 幻想のファシズムは、現実のファシズムになるのか。
 それとも、民主主義に踏み留まるのか。

 ともあれ、選択するのはわれわれの世代になる。
 その選択が、これから先の世界にとって、よいものになりますように。

村上龍
『愛と幻想のファシズム』
上 一九八七年八月二〇日 第一刷発行 一九八七年九月二四日 第二刷発行
下 一九八七年八月二〇日 第一刷発行
講談社

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
もともとインドア派なので、外出自粛はさほど苦になりません。むしろ外出が
必要な時、緊張で憂鬱になってしまう。世間とは逆向きのストレスです。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『農家はつらいよ――零細メロン農家・年商1億までの奮闘記』 (DOBOOKS)

新規就農したい人よりも、毒親に苦しむ人が読むべき本

 新規就農したいと言う人の中にはもともと農地を持っている農家出身の人を
うらやむ人を時折見かける。そういう人がこの本を読むと、そんな気持ちが吹
っ飛ぶだろう。隣の芝生は青く見えるかもしれないが、実際は真っ赤っかだっ
たりすることもあるのだから。

 この本の著者、寺坂祐一さんは、消費者相手の直販で大成功した農家として
以前から有名な方でした。除草剤散布事件で全国的な話題になった北海道のメ
ロン農家、寺坂さんが血を流しながら書いた自叙伝。「血を流しながら」とは、
彼の人生が毒親を克服する人生だったから。

 北海道の零細兼業農家の跡取り息子として育てられた寺坂さん、親の期待に
応えようとする素直なお子さんでした。しかし、不幸なことに彼の家庭は、世
間で言うところの毒親に支配されていました。じいちゃんばあちゃん、父さん
母さんみんなアル中だったという・・・そんな状態でも素直に育ったのはアル
中のダメじいさんではあったけど、かわいがってくれたおじいちゃんがいたか
らだったようです。

 寺坂さんの子供時代、農家であることに誇りを持っている寺坂家でしたが、
当時の基幹農業者であったおじいちゃんはアル中で、父親は水道屋さんに勤め
ていて、それなりに高い給料を得ていました。と言っても当時の水準ですと全
国レベルでは大卒30歳の平均年収くらいでしたけど・・・ま、それはともかく、
寺坂家は農業収入では食えなかったのです。

 そうした家庭事情を知らない中学生の寺坂少年は、進路として旭川の農業高
校に行きたいと思いました。地元にも農業高校はありましたが、まじめで農業
で生きていくんだと思ってましたから、勉強したい。だから、地元の農業高校
に通って狭い世界で学ぶだけではなく、もっと広い世界を見たい。地元以外の
ことも知りたいと思ったのです。

 これに親は反対しました。じいちゃん、ばあちゃん、父さん、かあさん、み
んな「毒親」だったからです。そんな親たちの言う通りにしてはダメなのです
が、中学生の寺坂少年は気がつきませんでした。素直な中学生なんだから、当
然ですよね。妹さんは、賢くて気がついておられたようで、さっさと逃亡しま
したが、最後にすばらしい活躍を見せてくれます・・・これは読んでのお楽し
み。

 話を戻して、高校卒業後、寺坂さん就農してみたら、秋が終わった時に通帳
見ると残高マイナス160万円。全然儲かってない。でも家が破産しなくて済ん
でいたのは父親が水道会社から月給を取ってきたからでした。

 農業で飯を食えていない。にもかかわらず農家であることに対し妙にプライ
ド高い寺坂家・・・時はバブル経済の時代、普通の農家ならこういう経営状態
だと親は子供に農業継げとは言いません。「農業では食べていけないから、勉
強していい学校に入って、給料のいい大企業に入れ」と子供に助言するもので
した。

 しかし、その逆を寺坂家はしていたわけですね。親の言う通り農業の道に入
った寺坂さんは絶望しかかりますが、唯一活路を教えてくれた人がいました。
北海道の農業高校では、卒業後、さらに勉強したい人のために農業専攻科とい
う過程が用意されていたそうで、その農業専攻科の担任だった榎本先生が、寺
坂さんにメロンを作らないかと提案したのです。

 この、榎本先生の提案が今に続く寺坂さんの人生を決めました。まじめな寺
坂さんが、(アル中の)親の言う通りやっておれば未来はない。そう思って榎
本先生は、当時北海道で活況を呈しつつあったメロン栽培を勧めたのです。

 そこから寺坂さんの快進撃が・・・続かないというか始まりもしない。北海
道の全てがそうではないのですが、寺坂家の地元はアホみたいに保守的な地域
で何か新しいことをしようとすると足を引っ張りたがる人が多い地域だったよ
うです。その上親が毒親ですからもう・・・これは相当メンタルが強い人でも
負けてしまう環境です。

 実際、寺坂さんはメンタルを病みました。何度も死のうかと思いました。し
かし死ぬことも精神病院に入ることにならなかった。なぜか?

 なんとか自分の農業に役に立てたいとwebマーケティングなどを学びに行っ
た時に知りあった仲間たちも心の支えになりましたが、何よりも奥さんとカウ
ンセラーがいてくれたことがよかった。読んで行くと、奥さんとカウンセラー
がよくなかったら、この方は100%つぶれていましたね。

 血を吐く苦労をして農業やってきて、そんな中で、何者かによる除草剤散布
事件。この事件に直面した時も、寺坂さんは精神を病んでいました。そんな状
況でも踏ん張り、事件を乗り越えた後にも続く毒親問題も乗り越えて、彼が見
たものは何なのか?

 この本は、農家や新規就農したいと思う人が主な読者層になると思いますけ
ど、そんな人たちよりも毒親に今も苦しめられている人が読むべきです。

 苦しんでいるのはあなただけじゃない。それが分かるだけでも読者は救われ
ると思います。


(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)
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■「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
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メメント・モリ。セミもサケもヒトも生きて死ぬ

『生き物の死にざま』
(稲垣栄洋・著 草思社・刊)

 長い間、書店が閉まっていて、本を買うのは巨大通販サイトのみ・・・。そ
れで間に合うっちゃあ間に合うんですが、やっぱりね、書店をぶらりと覗いて
気になる本をパラパラ立ち読み、おもむろにレジに向かって購入・・・そんな
生活がしたいよね、と思ってから2か月。

 やっとその欲求がかなって昨日、書店に行って購入した本がこの本です。地
味めな本なのでなかなか書評とか広告には出てこないから、ア〇ゾンでは探せ
ないタイプの本です。

 これはタイトルにある通り、「生き物の死にざま」を描いた本です。そのま
んまなんですよ。著者は大学の先生で専門は雑草生態学。セミやらシャケやら
はちょっと専門外みたいですね。

 内容は、「生き物の死にざま」を描いてあります(説明が下手ですみません
が、そのまんまなんで、ある意味、このタイトルが秀逸ということです)。

 引用しますね。

 「セミは必ず上を向いて死ぬ。昆虫は硬直すると脚が縮まり関節が曲がる。
(中略)彼らの目に映るものは何だろう。澄み切った空だろうか。夏の終わり
の入道雲だろうか。それとも、木々から漏れる太陽の光だろうか。

 ただ、仰向けとは言っても、セミの目は体の背中側についているから、空を
見ているわけではない。昆虫の目は小さな目が集まってできた複眼で広い範囲
を見渡すことができるが、仰向けになれば彼らの視野の多いは地面を向くこと
になる。

 もっとも彼らにとっては、その地面こそが幼少期を過ごしたなつかしい場所
でもある。」(セミ「空が見えない最期」)より。

 ね、続きを読みたくなったんじゃありませんか。

 この感じでシャケやカマキリやカゲロウなんかのことが書いてあります。
 文章は声でいえば低音ボイス。抑えた感じの派手なところがまったくない文
章で淡々と生き物の最期を描いています。

 シャケなんてね、もう卵を産むまでに障害(自然の障害とニンゲンが作った
障害と両方です)がありすぎてそこをケナゲに泳ぐとこなんて読んでるとせつ
なくて泣けてきますよ。

 ただ、思ったのは生物に感情移入しすぎてもいけないのかなということ。
 生物はなんのために生きているのかというと、親子の情愛とか、遺伝子を残
そうという強い意志で生きているのではないのです。筆者が文中で何度も述べ
ているように、サケが生まれ故郷の川をめざして泳ぐのも、ハサミムシが自ら
の体を子に食べさせて死んでいくのも、意志の力ではなくすべて遺伝子に組み
込まれた生物としての本能に因るものということがわかります。

 生物を擬人化して書いてあって感情移入しやすいけれどそれは便宜上のこと
であって、地球上の生き物はみな本能の波のまにまに生きているんですね。
 それでヒトですよ。ヒトももちろん生物なんで本能に従って生きてるんです
ね。サケと同じ。
 この本が身に染みて感じるのは、年齢を重ねたこともあるけれど、パンデミ
ックがやってきていつもよりも死が身近になったせいでもあると感じています。
生物はみな生きて死ぬ。メメント・モリ!
 だからジタバタしないで淡々と流れにそって生きていけばいいんだとちょっ
と思いました。
 もうね、検察長官が賭け麻雀したとか、沖縄でゴルフした芸能人はけしから
んとか、お上からマスクが届かないなんてどうでもいいことだとこの本を読ん
で思いました。(給付金はもらいます)。

大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。

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 せん。送付先御本人分のブログ、あるいはアマゾンや楽天などのオンライン
 書店でも結構ですし、ブクログなど、専用のサイトでも構いません。つまり
 は当メルマガではないどこかリンクのできる外部に書評をアップお願いしま
 す。(あまりにも短いものは書評とは呼べませんので、文字数の条件を設け
 ました。書評は500字以上でお願い致します。)

5)献本を受け取った方は、1ヵ月後のメルマガ発行日までに、どこかに書評を
 掲載し、そのURLを発行委員会に送付します。(もし、本を受け取りなが
 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 5月20日号です。遅くなりましてすみません。(あ)

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[本]のメルマガ vol.755

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■■ [本]のメルマガ                 2020.06.05.発行
■■                              vol.755
■■  mailmagazine of books     [行き詰ったときに間食をする 号]
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『まとまりがない動物たち:個性と進化の謎を解く』

ジョン・A・シヴィック著 染田屋茂・鍋倉僚介共訳
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クールなネコもいれば愛嬌たっぷりのネコもいる。当たり前に思うけど考えて
みれば不思議。なぜ動物はみんな性格が違う? ていうか個性ってなに?
近年注目される動物の性格研究。動物の個性と進化の驚きの関係に迫る!


■CONTENTS------------------------------------------------------------

★トピックス
→ トピックスをお寄せください

★「[本]マガ★著者インタビュー」
→ 『ハンナのいない10月は』著者、相川英輔さんへのインタビューです。

★味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
→ その48「海の底でお食事を」

★声のはじまり / 忘れっぽい天使
→ 今回はお休みです。

★ホンの小さな出来事に / 原口aguni
→ 今回はお休みです。

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■トピックス
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■トピックスをお寄せください
└──────────────────────────────────

 出版社の皆様、あるいは出版業界の皆様より、出版関係に関わるトピックス
(イベント、セミナー、サイン会、シンポジウム、雑誌創刊、新シリーズ刊行
など)の情報を、広く募集しております。

 情報の提供は、5日号編集同人「aguni」hon@aguni.com まで。

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■「[本]マガ★著者インタビュー」:
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 今回は、『ハンナのいない10月は』(河出書房新社)の著者、相川英輔さん
へのインタビューです。

『ハンナのいない10月は』
相川英輔 著
単行本 46 ● 272ページ
ISBN:978-4-309-02886-6 ● Cコード:0093
発売日:2020.05.27

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309028866/

イベント情報
https://aikawaeisuke-booktalk.peatix.com/view
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−この本が誕生したきっかけを教えて下さい。

 僕の場合、頭の中には常に1,000個くらいのアイディアの断片がふわふわと
浮遊しているのですが、ときどきそれらが連鎖していって物語の原型が生まれ
ます。「テトリス」とか「ぷよぷよ」といったパズルゲームをプレイしたこと
はありますか? ああいったゲームではパズルが1つ繋がると、どんどん連鎖
していく場面があるのですが、感覚的にはそれに近いです。
 『ハンナのいない10月は』も、ある日、大学・猫・定食屋などいくつかのキ
ーワードが次々に結びついていき、舞台となる正徳大学のキャンパスや登場人
物たちが目の前に浮かび上がってきました。彼らの行動を「記録」していき、
気がつくと物語が完成していました。

−なぜこの出版社に決まったのですか?

 僕は兼業小説家で、日中はサラリーマンとして働いています。どうしても時
間的な制約があるので、アップルシード・エージェンシーというエージェント
会社と契約を結び、営業や広報などをお願いし、僕自身はできるだけ執筆に集
中するようにしています。
 担当のエージェントさんが河出書房新社とお話ししてくださり、出版が決ま
りました。新人の自分が河出書房新社のような歴史ある出版社から刊行できる
なんて夢のようです。エージェントさんはいつも僕のことを気にかけてくださ
り、すごく助けられています。

−編集の担当の方に一言!

 本当に感謝しています!
 作品がより良くなるためのアイディアを沢山いただき、『ハンナのいない10
月は』を一緒にブラッシュアップしてくださいました。
 また、いただくメールはいつも心が温かくなるような内容で、コロナ禍の中
でも穏やかな気持ちになることができました。

−書籍を形にするまでにいちばん苦労したことは?

 物語を紡いでいく中で、行き詰ったときに間食をする癖がついてしまい、体
重が5キロも増えてしまいました(笑)。いや、笑えないです。今、懸命にダ
イエット中です。

−書籍を出版していちばんうれしかったことを教えてください。

 自分の書いた物語が本の形になるのは、小さな奇跡のようなものだと思って
います。見本本が届いたときは本当に感無量で、体が宙に浮かんでいるんじゃ
ないかと感じるほど嬉しかったです。

−これから本を出したいんだけど、という方にアドバイスを!

 僕は二十代半ばで文学賞をいただき、大手文芸誌にも載りましたが、そこか
ら単著を出すまで十年以上かかっています。その間、気持ちを切らすことなく
ずっと書き続けてきました。今回二作目を刊行でき、さらなる未来も拓けてき
ました。
 夢を叶えるためには書き続けないといけません。仕事や学生生活、日々のい
ろいろで気持ちが萎えることがあるかもしれませんが、自分を信じて書き続け
ましょう!

−最後に書籍の宣伝をどうぞ!

 『ハンナのいない10月は』は、大学を舞台としてさまざまな出来事が起きる
物語です。いくつもの要素が含まれているので、特定のジャンルに区分するこ
とはできないかもしれません。青春小説であり、ミステリであり、お仕事小説
でもあります。小さいともし火でもいいので、読んだ方の心に確かな火が灯れ
ば嬉しいです。ぜひ手にとって新しい物語を楽しんでください。

−ありがとうございました。

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 メールにて、インタビューを受けていただける著者の方、募集中です。
 【著者インタビュー希望】と表題の上、
 下記のアドレスまでお願い致します。
 5日号編集同人「aguni」まで gucci@honmaga.net

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■味覚の想像力−本の中の食物 / 高山あつひこ
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その48「海の底でお食事を」

 今回は皆様をお誘いし、贅を尽くした豪華な食堂で、お食事を共にしたいと
思っている。

でも、その場所は海の底。

ジュール・ヴェルヌ著『海底二万海里』の世界なのだ。

 物語は、一角獣のような海の怪物に船が襲われるという事件が相次いで起き
たところから始まる。ついにはアメリカ海軍の軍艦が調査に向かうことになり、
生物学者のアロナックス教授も請われて船に乗り込むことになる。軍艦は怪物
を追い詰めるのだが、教授は船から投げ出され、助手のコンセイユと共に海を
漂うことになる。やがて二人は潜水艦の上に辿り着く。そこには怪物を捕まえ
ようと海に飛び込んで潜水艦に飛び乗った銛打ちの漁師ネッドもいて、やがて
現れた物言わぬ乗組員たちによって、潜水艦の中に連れ込まれるのだ。

 三人は船室に連れていかれ、着替えの衣服をあたえられる。その間に食事が
準備されるのだが、その様子は、

「銀の覆いをかけた皿がテーブルクロスの上にきちんと並べられた」

とあり、リヴァプールのアデルフィ・ホテルかパリのグランド・ホテルにいる
ようだとある。かなり格式に沿ったテーブルセッティングだったのだろう。こ
の二つのホテルはともに、その時代の最先端のホテルだったようで、アデルフ
ィ・ホテルの建物は建て替えられたようだが、二つとも現存する。ぜひその豪
華さを映像で見てみて欲しい。

 そして、教授はMobilis in mobiliとNと銘打たれた食器に感動するのだ。
「動中の動」とか「流れ動くものの中での動体」と翻訳され、まさしく海中で
の潜水艦を表す言葉だと教授は感動している。でも、反射的にアリストテレス
の「不動の動者」(Motore immobile))を思い浮かべてしまうこの銘が、本当
に意味するものはいったい何なのだろうか?
 ノーチラス号こそが海の中の神であると、語っているのではないだろうか?

さて、いわば捕虜に近いこの三人に与えられた最初の食事は、こんな具合だ。

水。
おいしく調理された魚料理が数皿。
それと、
「ことのほかおいしい料理は、どういうものか私には言うことができなかった。
その材料が植物なのか、動物なのかさえわからなかった」という料理。

 とにかく、三人はおなか一杯食べて、寝てしまう。ところがその後、目が覚
めても何時間も放っておかれ、三人は空腹に苦しむことになる。空腹のあまり
怒り狂ったネッドは、やっとやって来たボーイに襲いかかってしまう。

 その時初めて、この潜水艦の持ち主ネモ艦長が現れ、教授を食堂に招待する
のだ。

 豪華な家具や陶器類が飾られたその部屋で、一杯に並べられたごちそうを食
べる教授。でも、やはり食べながら、その料理の材料が何かわからなくて首を
かしげる。そこで、ネモ艦長がこう説明する。

「私は、陸上動物の肉はまったく使ってないのですよ」

牛肉と思えたものは、海ガメのひれ肉
ポーク・シチュウはイルカのレバー

そして、

ナマコのつけ物
大ヒバマタという海藻からつくった砂糖
イソギンチャクのジャム
鯨の乳のクリーム

を食べるように、勧めるのだ。

 そんなことあるのかな?と思うのだけれど、精進料理のいくつかを思い浮か
べると、納得がいく気もする。茄子で作ったウナギの蒲焼もどきとか、豆腐で
作った鶏の唐揚げとか、違う材料で、あたかも肉料理のようなものを作るとい
う技術は存在する。

 けれど、このうち最後の三つはとても怪しい。

 大ヒバマタという海草は、珍しく日本人は食べないのにヨーロッパ北部では
香辛料やハーブティ等に使用されてきた海草なのだが、糖分は全然含まない。
イソギンチャクは、九州の柳川では食べる習慣があるらしい。唐揚げや味噌煮
にして食べ、その味は貝のようだという。あの触手からヴェルヌは花を連想し
たのだろうけれど、これは植物ではないのでジャムはあり得ない。最後の鯨の
乳だけれど、これは水族館などの研究によると、とても油成分が濃いもので、
乳糖もなく、おいしく飲めるものではないようだ。物語の第二部でマッコウク
ジラを殺し、その新鮮な乳を勧められて教授が飲む場面があるのだが、牛乳の
十倍もの油分が含まれているというから、きっとまずかったと思う。ただ、そ
の乳からチーズやバターを作るという記述が続くのは、ありえなくもないこと
だと思う。

 さて、その後、教授は自分の部屋で、コンセイユとネッドは一緒の船室で食
事をする習慣になったようで、ある日の教授の食事の内容が書かれている。用
意されていたのは、

最上等の青ウミガメでつくったスープ
薄くはがれるホウボウの白身
美味しく調理されたホウボウの肝
鯛の王様であるマダイの切り身

 そして教授は、この味はサケなどよりまさっていると思うのだ。

 私もだよ、教授。鯛は王様だ。

 さて、最後に艦長と会食する場面があるのは、海底への散歩の前だ。潜水服
を着て歩くこの散歩はかなり長くかかるので、たっぷり食べるように言われて
御馳走されたのは、

魚数品
おいしいナマコのさしみ
ポルフィリア・ラキニアタやラウレンティア・プリマフェティーグ
といったひじょうに食欲を高める海草料理
リキュールを数滴入れた水。

 このリキュールは、《ロドメニイ・パルメ》という名で知られている藻を、
カムチャッカ風に発酵させて作ったものだという。

 まあ、海草料理のおいしさを十分知っている身としては、納得のいく献立だ。
例えば、ワカメのごま油炒めとか、昆布の佃煮だけでも、十分おいしくご飯が
食べられる。ただ、やはり炭水化物、パンとかコメとか麦や粟でもいい、穀類
について何も書かれていないのは気にかかる。

 そして、教授が変わった味付けと感じるのは、ネモ艦長の出自がインドであ
ることが関係しているのではないかとも思うのだ。

 海から獲れるものだけを食べて、大変健康だというノーチラス号の乗組員。
教授たちも病気一つしないのだが、ネッドはパンと肉と葡萄酒がないのが辛い
と言い続けている。

 ネッドは漁師でありながら肉が大好きで、島に上陸できる機会を逃さず、パ
ンの実やサゴヤシ、マンゴーやバナナなどの果物を採り、鳥やイノシシを狩っ
て、その肉を食べて大喜びする。

 ネモ艦長は平和な海の底の支配者という風を装っているが、動物性のたんぱ
く質として南極でペンギンや海牛(ジュゴン)を大量に捕獲して食料にしたり
する。乗組員たちがネッドも一緒にマナティを狩る場面は、今の感覚では、な
かなか残虐な感じもするし、マッコウクジラを歯があるからといって海の殺略
者扱いをして、潜水艦の衝角で切り裂いて大量虐殺する場面は実に残酷だ。ど
うも、ヴェルヌはマッコウクジラをシャチと間違えたらしいのだが、いずれに
しろ凄まじい。

 そんなネモ艦長が海の生きもので何を恐れるかといえば、それはタコのよう
なのだ。巨大なタコの群れに囲まれ、スクリューにくちばしが絡んで動けなく
なり、大騒ぎでタコと戦う場面がある。船員がタコの足に絡みつけられてさら
われる場面を初めて読んだ時には怖かったのだが、大人になってから読むと、
タコは人間なんか食べない気がして、もう一つしっくりこない。

 怖ろし気に描かれている海底にすむ巨大な蟹やシャコガイも同様だ。確かに、
何かの拍子に足とか挟まれて逃げられなくなると危険だけれど、恐怖を感じる
対象ではない気がする。

 それより、なにより……。

 食欲を感じませんか?

 私たちはやはり海に囲まれ海産物を食べて生きて来た民だから、どうもいけ
ませんね。きゃあこわい、と思うより先に、タコの酢のものとか、里芋の煮物
とかにこの巨大タコの足一本あれば素敵なのにと感じてしまう。

 蟹に至っては、もう、大きければ大きいほどありがたい。クモガニのおぞま
しい姿とか書かれても、タカアシガニだあ!と喜んでしまう身にとっては、怖
くもなんともない。

 さて、そういうわけで、長くなりましたが、こんなメニュウをご用意しまし
たので、そろそろテーブルのお席にお付きください。
 
 メニュウは以下のようなものです。

 前菜  :エビのカクテル
 スープ :青海亀のコンソメ    
 サラダ :海草三種
 魚料理 :真鯛の刺身、または蟹のグラタン
 肉料理 :鯨のステーキ
 デザート:鯨のミルクのアイスクリーム
 
 あちらのテーブルには、蟹を丸々一匹蒸したものも幾つかご用意しました。
毛ガニ、花咲ガニ、タラバ、タカアシガニ。どれでもお好きなものをどうぞ。
あ、ネモ艦長が顔をしかめてますが、他にタコとワカメとシラスの酢のものや
タコのアヒージョ、そしてタコ焼きなどもご用意させていただきました。

 なんだかネモ艦長の座っているテーブルから、誰もいなくなる気もしますが、
まずは、おいしく召し上がっていただければ幸いです。

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『海底二万海里』ジュール・ヴェルヌ著 清水正和訳  福音館書店

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高山あつひこ:ライター(主に書評)。好きなものは、幻想文学と本の中に書
かれている食物。なので、幻想文学食物派と名乗っています。著書に『みちの
く怪談コンテスト傑作選 2011』『てのひら怪談庚寅』等

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
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 なんと!というほどでもないですが、今回は無事にほぼ日付通りに配信出来
ました。(aguni原口)

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