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[書評]のメルマガ vol.222
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■■ [書評]のメルマガ     2005.7.16発行

■       vol.222【訂正版】 
■■  mailmagazine of book reviews  [ 索引は自分で作れ 号]
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■お詫び
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 配信済みの222号では、大橋あかねさんの「オヤツのオトモ」で、
すでに掲載済みの原稿を間違えて掲載してしまいました。改めて
正しい原稿を掲載した訂正版を発行します(他は変更ありません)。
大橋さんと読者の皆様にお詫びいたします。

[CONTENTS]------------------------------------------------------
★短期連載「『海の家スタディーズ』をめぐって」渡邉裕之
 →敢行を記念して、「海の家」と付き合った7年間を振り返ります。
★「新・新刊書店の奥の院」荒木幸葉
 →新天地・金沢でも書店員となったアラキ。売り場で拾った話をご紹介。
★「古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧」高野ひろし
 →長年古典芸能に係わってきた明治生まれの大御所への聞き書き本。
★「オヤツのオトモ」大橋あかね
 →アマいオヤツにゃ本が合う。本邦初の「食い合わせ」書評なのです。
★「林哲夫が選ぶこの一冊」
 →林さん謹製の木山捷平の日記索引。これだけ譲ってほしいなあ……。
★短期集中連載「不忍ブックストリートのつくりかた」南陀楼綾繁
 →谷根千エリアのブックマップをつくろう! 今回はお休みです。

*本文中の価格は、表示のあるもの以外は、税抜き(本体)価格です。

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■短期連載 『海の家スタディーズ』をめぐって  渡邉裕之
(1)なぜ海の家に魅せられたのか
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 7月上旬に鹿島出版会から『海の家スタディーズ』(2000円)という本が出
る。日大の海洋建築工学科の畔柳昭雄教授と私が書き手となってまとめた、海
の家に関する本です。
 この『海の家スタディーズ』が出るまでのいきさつを3回に分けて書いてみ
よう。

 私が海の家に興味を持ち出したのは、神奈川県の葉山の南にある秋谷という
海辺の街に引っ越した1998年からだ。東京から三浦半島地域に移住した理由は
大きく分けて2つ。私は日本語ロックの基礎を築いた、港区代表のはっぴいえ
んど、大田区代表のはちみつぱいに大きな影響を受けて、少年時代から城南地
域の街路を歩きまわっていた者だったんだけど、80年代東京都市戦争の破壊に
よって、抒情的に歩くことができる東京空間を90年代中期には失っていたから
です。もう一つは、当時一緒に住んでいた恋人が体の弱い女性で、体調がつら
い状態にあり、豊かな自然がある土地で暮らす必要があったから。
 
 98年夏、葉山の森戸海岸の海の家「オアシス」に行ってみました。そこでの
第一印象は「この海の家は、一度見捨てられた海の家を、転用してつくった空
間だ」というものだった。転用とは用途が変わることを意味する言葉だから、
それは正確な使用ではないのだけど、小さい頃、親に連れられていった60年代
の海の家、あの活力ある労働者とその家族が集っていた海の家と、現在の脱力
した若者がぽつりとくつろいでいる海の家とでは、まったく内容が違っていた
ので、転用という言葉が自分にはぴったりだったのだ。
 
 転用と身振りの関係性は私にとって大きなテーマで、まあ、恋人は失ってし
まったのだけれど、これだけは抱きしめておきたいことなの。そこで海の家の
人々とつきあってみると、その建物がスタッフたちによるセルフビルドで出来
上がっていることがわかってきた。そこでぴんときて、次の99年の海の家の建
設作業から観察をすることにした。 
 
 写真撮影はある写真家に頼み、私は彼等の労働を見続けた。その観察を通し
て彼等の労働、多くはレゲエのダンスホール派ミュージシャンだったのだが、
その脱力した労働のリズムがわかってきたので、どこかで発表したいと思った。
一番適した媒体がマガジンハウスの『relax』。背骨をすっと立たすことがで
きない子たちの(実例NIGO)、微妙な身振りの瞬間を撮った写真が多く載って
いる雑誌は、海の家の新労働にぴったりだと思い話をもっていくと、すぐに企
画は通った。

 記事は2000年6月に発表。「あの人、先月浜辺で見たよ」「誰のこと?」
「ほら、去年の夏来たでしょ、酒飲むとイッチャウおじさん」「あの人の弱点、
俺、知ってるよ」「娘の話すると泣いちゃうんだろ」「あの娘はどうなった? 
おまえが向くと必ずダッチュウノしてくれるの」といった彼等の仕事の合間の
会話も文字化する密着記録型原稿。三里塚の小川プロの気持ちで『relax』で
書いた。記事は好評だったが、実は私は大きな問題を抱えていた。それは海の
家の空間表現をめぐることだった。

〈わたなべ・ひろゆき〉フリーライター。詩人・奥成達と本について語るイン
ターネットラジオ「nusic books」放送中。海辺のゴミ拾い行為を漫画で描く
「Beach Clean Comics」を夏の葉山/海の家で販売予定。
情報は以下のblogで。
「beach hut on the blog」
http://d.hatena.ne.jp/hi-ro/

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■新・新刊書店の奥の院 荒木幸葉
(4)カブトムシがいっぱい、の巻
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 なんだかここ数ヶ月、児童書の新刊における“カブトムシ・クワガタムシの
本”率が異常に高い気がします。中谷彰宏が新刊だすペースくらい多い。つい
に最近は、『甲虫バトル ムシファイター!』といった、バッタもん風のもの
まで登場するようになりました。もう、おなかいっぱいです。

 それもこれもたぶん、「甲虫王者ムシキング」(http://mushiking.com)ブー
ムの仕業に違いありません。店ではそんなに売れてないのに、なんでかなぁと
おもってたら、放映中のアニメが、テレビ東京系列で、こっちではうつらない
みたい。やれやれ。

 それでも、カードゲーム(カードの虫に技をおぼえさせ対戦するらしい……)
は、はやっているらしく、キャラクター満載のボードブック、『昆虫超ひゃっ
か甲虫王者ムシキング カブトムシ・クワガタムシ大ずかん』(小学館)は、
いつも子どもたちの手垢でべとべとです。

 たとえば、グランディスオオクワガタだと、せいかく(デイフェンスタイプ)、
ちょうひっさつわざ(ガンガンスマッシュ)といった、ゲームやったことない
人間にはなんだかよくわからないカードデータの紹介をはじめ、実物大写真や
分布地図が見開きでもりこんであります。「からだのいろがじみ」(タイゴホ
ンツノカブト)、「かなしいことにじゅみょうがみじかい」(ノコギリクワガ
タ)、「ココヤシのはなが大すき」(ハスタートノコギリクワガタ)など、ト
ホホでかわいらしいエピソードも、読ませます。

「ほーら、ムシキングだよー、シールもついてるよー」と、飛びつかせておい
て、あわよくば知恵をつけさせよう、というのが、『知能育成ドリル 甲虫王
者ムシキング』(小学館)。「どのムシのかげかな?」とシルエットクイズで
「観察力」を、「ふえたのはどれかな?」で「注意力」を習得、といったもの
だけど、答えにあたる虫の名前が、ヒルトゥスヘラヅノカブト、とか、ラコダ
ールツヤクワガタ、とか、大人でも舌噛みそうです。まだ、ボキャブラリーが
薄い子どもには、正直、キツイのではとおもったけど、世界の首都を暗記した
幼児みたく、キャラクターを見ると条件反射で、意外とすらすら答えちゃうの
かもなぁ。言えてもあんまり意味なさそうだけど。

「ムシキング」の呪縛からはなれたところでは、タイトルもシンプルな『カブ
トムシとクワガタ』(主婦の友社)はいかがでしょう。「カブ&クワがウジャ
ウジャ集まる秘密のみつの作り方」として、ぶつぎりパイナップルとバナナ、
砂糖、酒をビンにいれてかき混ぜ、太陽光に当て、発酵させるとあります。こ
れを、「おかあさんにいらなくなったストッキングをもらい、ビンの中のみつ
と果物を入れて、木につるす」と完成。そうかあ、虫たち、ストッキングにむ
らがってくるんだなぁ。そのほか、福島の第三セクターがやっているカブトム
シの里「ムシムシランド」のルポも載ってます。どことなく東北顔で、すきっ
歯がにくめない「カブトン」ってキャラクターのグッズも気になるところ。

 また、『世界のカブトムシ・クワガタムシ完全飼育ガイド』(学研)では、
「固くなった虫をやわらかくするには、密閉容器にペーパータオルなどを敷き、
そこに50〜60℃のお湯を入れ、ふたをして蒸らす」標本作成の裏ワザが紹介
されていて、料理の本をみているような気分になります。

 と、ここまで書いて、小学生のときのある日の記憶が、鮮やかによみがえっ
てきました。いぐさ工場の前で花筵のにおいをかぎ、食用蛙がいる沼をぬけ、
竹やぶのトンネルにさしかかろうという、いつもの下校コースの途中、クラス
メイトのカジヤマくん、そう、カジさんって呼んでたっけ、が突然、夏休みの
自由研究で作った昆虫採集標本からカブトムシをむしり取り、食べちゃった。
そのときのバリっとも、パリッともいえない固い音が今も耳にのこっているの
です。

 ちなみに、小学館の学習百科図鑑『世界のカブトムシ』によると、アフリカ
の熱帯地方などでは、カブトムシの幼虫・成虫をたんぱく質に富んだ、栄養価
の高いものとして食べるのだとか。でも、『虫の味』(八坂書房)では、幼虫
(鋸くず臭いので、荒塩で揉みズミ)のから揚げにトライしたら、虫体が破裂
し、串焼きにしたら、外側が硬くて食べられなかった、とあります。カジさん
は、成虫派だったけど、完食したよなあ…。

 こんな複雑なおもいがわいてくると、だんだん、生のカブトムシがみたくな
り、白山のふもとにある、「ふれあい昆虫館」にいってきました。館内の「む
しむしハウス」では、カブトムシが何匹か放し飼いになっていて、勇気をだし、
何十年かぶりにさわってみました。虫の爪先が、手の甲にひっかかるのが、痛
こそばゆいんだけど、なんともいえず懐かしい感触です。それに、よくみると、
こんなに精巧にできてたっけとおもうくらい、体のつくりが左右対称で、つの
と手足のバランスも美しく、パーツをくみたててできた模型のようでした。こ
りゃ、飼いたくなります。

 ボタンひとつの必殺技で、画面上の虫をうごかすのもいいけど、実際に虫に
さわって、つのが折れたり、昆虫ゼリーに夢中でなかなか動いてくれなかった
り、はたまたおかずになったりと、生きた虫のどうにもならないやるせなさ、
みたいなものを、ムシキングの世界でしか虫を知らない子どもがいたらぜひ、
あじわってもらいたいなあとおもいました。虫とのふれあいは、意外にもわる
くなかったので。セミもトンボも一緒に食べてたカジさんみたいに、食べちゃ
いたいくらい虫のことが好きな子がふえるといいなあ。

〈あらき・さちよ〉能登半島さいはての岬にて、「ウラジオストック 772km」
とある標識に遭遇。九州より、ロシアに行くほうが近いところに住んでるんだ
った。

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■古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧  高野ひろし
(26)明治生まれの芸談を読む
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織田紘二、中嶋典夫編著『ぜんぶ芸のはなし』淡交社、2005年7月、2200円

 どんなジャンルでも芸談は面白いです。第一級の人々の話は、たとえ雑談で
も含蓄があって、未知の世界のことでも、つい引き込まれて読んでしまいます。
その話し手が年配者だと、更に面白さは倍増します。お年寄りには野心がなく、
ぎらぎらしたものが消えているでしょ。その当時の生々しい思いから主観性が
適度に削ぎ落ちて、良い部分だけが膨らんでいくからじゃないでしょうかね。

 『ぜんぶ芸のはなし』に登場するのは、3世茂山千作(狂言)、藤間藤子(舞
踊)、清元志寿太夫(清元)、17世中村勘三郎(歌舞伎)、芳村五郎治(長唄)、
釘町久麿次(舞台装置)等、長年古典芸能に係わってきた明治生まれの大御所。
とにかく皆さんの修行が半端じゃないんですね。分野は違っても、それは凄ま
じい教育を受けています。芸の深さと自分の至らなさを徹底的に思い知らされ、
このまま死んでしまおうとさえ思うんです。それを断ち切って修行を続けてい
くのは、自分の選んだ道という以上に、師匠を慕う気持ちかも知れません。

 本書の目次に並んだ名前に私達は、「名人だ、上手だ、巨匠だ」と思います。
でもこの人々が共通に語るのは、師匠の厳しさと同時に、芸の凄さ、周囲への
気配り、弟子への愛情なんです。その当時は「この野郎!」と思ったことが、
後々とてつもなく大きな糧になっています。例えば歌舞伎関係の人々にとって
の6代目尾上菊五郎は、その技術だけでなく、ちょっとした言動全てが、皆さ
んの財産になっているんです。

 本書に登場した人々がもし修行中に挫折していたら、本当に命を絶ってしま
ったかも知れない。そう思わせる逸話を、淡々と話す様子がまた、心を揺する
んですよ。そしてみんな良い顔してるんです。ビデオもテープもパソコンもな
かった時代だからこそ、師は命を懸けて芸を伝え、弟子は全身全霊で受け止め
たんでしょうね。

 ただ助高屋小伝次(歌舞伎)の話はちょっとほろ苦いんです。脇役の役者に
何故跡継ぎがいないのか、何となく分かる切ない話です。こういう人こそ、き
ちんと聞き書きをしておくべきだと思うんですけどねぇ。

〈たかの・ひろし〉東京生まれ、路上ペンギン写真家。
オールプラスチック製のアバウトなカメラを使い始めたら、楽しくて仕方ない。
絶対思い通りに撮れないのが、笑ってしまうほど面白いのだ。写真の仕上がり
が待ち遠しいなんて気分を味合うのは久し振り。こうしてチープカメラと仲良
くしてたら、メインのカメラのメーカーがカメラ製造から撤退し、手持ちのデ
ジカメ一眼は激しく値下げ&マイナーチェンジした。因果応報か?

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■オヤツのオトモ  大橋あかね
(15)日本の夏。ナルニアの夏。
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『カラー版 ナルニア国物語1 ライオンと魔女』(全7巻、以下続刊)、岩
波書店、C・S・ルイス著、瀬田貞二訳、ポーリン・ベインズ絵、1,300円

 ファンタジーの名作、ナルニア国物語をディズニーが映画化。「四人兄弟が
衣装ダンスを通って訪れた異世界ナルニアは、物言う獣達が住む国だった。」
というこのお話、余りに有名な作品なので、ひとまず新刊のカラー版の話を。

 カラー版の売りは、挿絵を担当したポーリン・ベインズがモノクロだった挿
絵に彩色を施したこと。既刊の単行本より版形は小さくなっているし、挿絵が
増えた訳でもない。1992年に出版された『スペシャルエディション』の方が、
書き下ろしカラー挿絵が19枚も追加されているので、よろしいかと。

 と言いながらも、実はいいんですよ、カラー版。特に既刊本愛読者の方にオ
ススメ。ページをめくる度、慣れ親しんで来たイラストに鮮やかな色彩が加わ
って、あぁ、こんな景色だったのかと心震える事、請け合い。心優しき獣達、
タムナスさんやビーバー夫妻の家の色彩の暖かさ。名敵役、冬の魔女の館の庭
の冷え冷えとした雰囲気。臨場感倍増でナルニアの魅力が伝わって来ます。

 ちなみに、今回のオヤツは主人公の一人、エドマンドが食べた絶品のプリン
に因んで『GIOTTO』のプリン。とろりとクリーミーなプリンの上には生クリー
ムと、クッキーで作ったスプーン。とってもファンタジックなお菓子。

 ナルニアマニアも初心者も、今年の夏はプリン片手にカラー版『ライオンと
魔女』で、ナルニア国への新たな旅を!

〈おおはし・あかね〉ハラゴメカエル作家。オマケのストラップ欲しさに、映
画の前売券をすでに買いました。ポーリン・ベインズのイラスト入りグッズも
出して欲しいなぁ。

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■林哲夫が選ぶこの一冊
(20)索引を作りながら読む本
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木山捷平『酔いざめ日記』講談社、1975年

「書物に索引を付けない奴は死刑にせよ」……なんとも過激なキャッチだ。し
かし、ときどき本当にそう思うことがある。とくに日記を含む実録や歴史随筆
などには欠かせないはずなのだが、諸般の事情から省かれる場合が少なくない、
というか、ほとんどの書物では無視されているようだ。
 
 このぶっそうなセリフを吐いたのはバーナード・ショーだという。品川力の
『本豪落第横丁』(青英舎、一九八四年)にそう書いてあった。警句の得意な
ショーらしい表現ではある。品川は本郷に店を構える古書店主であり、内村鑑
三の研究文献目録をライフワークとしただけに、索引や書誌作成の重要性を身
に沁みて感じているのだろう。
 
 索引というのは、言ってみれば、テクストを並べ換えるわけだから、一冊の
本のなかにほぼ同じ内容を重複して収録することになってしまう。例えば、拙
著『喫茶店の時代』(編集工房ノア)などでも、人名と店名の索引を付けてあ
るのだが、それをざっと眺めれば、内容の半分は読んだような気分になれるの
だ(?)。

 インターネット上のテクストについては、検索エンジンという大変便利な機
能が用意されており、多少のテクニックは必要だとしても、誰もが容易に捜し
モノを見つけ出せるようになっている。というよりも、そもそも電子テクスト
というのは、その存在様式そのものが索引なのではないだろうか。それは、秩
序をもって、しかもまったくバラバラに位置しているような、輝点記号の集合
体である。光の、波動を保ちながら同時に粒子であるという、在り方に似てい
るかも知れない。

 索引がなければ死刑だ! となると、たいていの編集者あるいは著者は生き
残れない。それはあまりにもカワイソーだ。ではどうするか。カンタン、読者
が自分で作ればいいのである。そんな面倒なことできないよ、と思う人にはむ
ろん勧めはしないけれども、これ、一度やりはじめると病みつきになる。あま
りに熱が入りすぎて、最後のページにたどり着いたときに、内容の方をほとん
ど覚えていない、なんてこともないとはいえない。索引ができたんだから、い
いんだよ、覚えてなくても、などと自らを慰める。そんなふうにして読んだ一
冊が木山捷平の『酔いざめ日記』である。

 個人的な興味、「喫茶店」ということで言えば、木山がどんな喫茶店に入っ
たか、わがオリジナル索引をひもとけば一目瞭然なのだ。ブラジレイロ、資生
堂、不二家、マロン、ランボー、新宿白十字、コロンバン、銀座ブラジルに各
一回、新宿モナミ、新宿高野に二回、こけしや三回、早稲田文庫、エルテル、
明治製菓に四回、きゅうぺる(キューペル)に六回……などなど。

 もちろん飲み屋も記録している。当然、喫茶店よりはるかに多い。ピノチオ、
樽平、山の茶屋、お龍、吉田屋、道草、よし子、三楽、北国、プーサン、風紋
……これらは繰り返し通った馴染みの店である。ちなみに道草へは何年か前に
一度だけ知人に連れて行ってもらったことがある。新宿駅近く、雑居ビルの上
階にあったが、阿佐ヶ谷文士が好みそうな雰囲気を色濃く残していた。風紋は
文壇バーとしてあまりにも有名。『風紋25年』(「風紋二十五年」の本をつくる
会、一九八六年)という文集も出ている。【編集部注】

 また、木山は原稿料をまめに書き留めている。これもたいへん参考になる。
初めて原稿料についての記述が現れるのは昭和十年四月二十日、《改造社山本
三生より払出の通知書来る。三十九円六十五銭也。文芸『掌痕』の原稿料也》、
最後の記述は《辰巳書房「漫画紳士」創刊号を持参した。(原稿料は田辺茂一
氏と同額の由)》で、この間(昭和十年〜昭和四十一年)、四十四回の言及が
あり、すべて金額が明記されている。むろん原稿料だけではなく、ちょっとし
た買い物や出費もちゃんと記入してあるので、物価を考える上でも恰好な文献
となるかもしれない。

 ただ、今思えば、失敗したと思うのだが、人物については個人的に注意して
いる名前を拾っただけですましてしまった。作品社の小野松二は一度きり、
《中山義秀訪問。小野松二が、小生を才人だといっていた由。》(昭和九年八
月三十一日)とある。仏文学者で出版にも手を染めていた淀野隆三はかなり出
ている。昭和十年二月二十日の淀野宅訪問《淀野と将棋さし小生のかち、彼よ
わし。》から、昭和四十二年七月七日《淀野隆三氏死去の通知あり。今晩通夜、
明日葬式。通夜七時より九時まで。病気は肺ガンで国立ガンセンターで死去。
六十三歳であった。》および、その翌日《淀野邸に到れば今出棺のところ、や
っと間に合った。》まで十一回登場。

 小説家の古木鉄太郎(こき・てつたろう)も昭和八年一月一日《古木鉄太郎
(作品)『ある日の散歩』をよむ。》から、《古木鉄太郎死去の通知来る。
(二日午後九時死去)五日通夜、六日一時〜二時告別式の由。嗚呼おどろい
た。》(昭和二十九年三月四日)を経て、《午後古木夫人(すゑ)来訪。鉄太
郎氏形見として夏羽織を頂く。又小田君には博多角帯を届けることを依頼され
た。》(昭和二十九年四月三十日)、
《古木鉄太郎氏一周忌。鷺宮の自宅にて。佐藤春夫夫妻。中谷孝雄夫妻。谷崎
終平、外村繁、小田嶽夫、上林暁、浅見淵、小生。帰途、阿佐ヶ谷で、浅見、
小田両氏とのむ。》(昭和三十年三月二日)、《古木鉄太郎『紅いノート』出
版記念会。大隈会館にて。会費八百円。少々おくれて出席。二次会は樽平にて。
小田氏と一緒に帰る。》(昭和三十四年十二月十一日)、
そして最後は《留守宅に古木すゑ夫人来訪、見舞にパジャマをもらった。》
(昭和四十三年五月三十日)まで都合二十四回登場である。

 古木に関する記述を繋げて読んで行くと、気のあった作家同士の交情の細や
かさが伝わってくるようで、柄にもなく感動してしまう。なお《古木鉄太郎
(作品)『ある日の散歩』をよむ》とあるのは小野松二編集の雑誌『作品』に
掲載された小説のこと。文字通り、ある日の散歩を叙述しただけながら、なん
とも味わい深い短篇である。古木夫人にパジャマをもらってから、わずか三月
足らずの八月二十三日、木山は食道癌で死去した。六十四歳だった。

 このように当該作品をまったく違った角度から読み直すことのできる索引作
り、読者諸兄にも試みられんことを。編集者諸兄には、死刑にならないために、
ぜひとも索引を付けるよう心懸けていただきたい……。ここで、念のためと思
い、『酔いざめ日記』を新刊で読めるかどうかを検索してみた。どうやら現時
点では読めないようである。残念、これが検索の限界だ、ないものは探し出せ
ない!(って当たり前、もちろん古書では手に入る)

【編集部注】
このあと、『風紋30年ALBUM』(「風紋三十年」のアルバムをつくる会、
一九九一年)という本もあります。貴重な写真、種村季弘・松山俊太郎らに
よる座談会など、盛りだくさんな本です。現在、書肆アクセスで取り扱い中。


〈はやし・てつお〉画家。
『帰らざる風景 林哲夫美術論集』みずのわ出版、好評発売中。書肆アクセス
他で入手できます。内容はこちら。
http://www.geocities.jp/sumus_livres/kaerazaru.html

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■あとがき
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 本格的に暑くなりましたね。こういう日には、葉山の海の家に行って、音楽
を聴きつつ昼間からビールを飲みたいものです。その海の家についての本をま
とめられた渡邉裕之さんに、三回にわたって連載していただきます。

 また、来月からは「全著快読」の新シリーズがスタートする予定です。
さて、どんな作家を読み込んでいくのか。乞うご期待。
 では、来月。今日も暑くなりそうだなあー。        (南)

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