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[書評]のメルマガ vol.252
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■■ [書評]のメルマガ     2006.2.17発行

■          vol.252
■■  mailmagazine of book reviews  [ 文学と映画と芸術 号]
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[CONTENTS]------------------------------------------------------
★新連載「楽しみと日々 古書展と書簡をめぐるあれやこれや」つばめ
 →やたらと本に詳しい謎の人物「つばめ」による書誌探求の余談です。
★「女ともだちの本棚」鶯谷万亀子
 →某人文出版社の辣腕編集者による過去と現在が交錯するエッセイ。
★「今月ハマったアート本」平林享子
 →恋焦がれても手に入らない愛しい人の美しさを夢中で描写するように。
★「全著快読 梅崎春生を読む」扉野良人
 →『桜島』などで知られる梅崎春生(1915〜65)の全著作を完読します。
★「もっと知りたい異文化の本」内澤旬子
★「中山亜弓が選ぶこの一冊」
 →この2本、残念ながら休載です。

*本文中の価格は、表示のあるもの以外は、税抜き(本体)価格です。

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■楽しみと日々 古書展と書簡をめぐるあれやこれや  つばめ
第1回 失われた「手紙」 その1
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【前口上】
『失われた時を求めて』を読みはじめたのに、献辞の注に出てくる「カイヨー
夫人之獄」が気になって、なかなか読み進めることができない、そのような読
者に宛てる手紙のつもりで、この文を書きました。できるだけゆっくり読んで
いただければ幸いです。もっとも、分からないところがあるからといって、気
に病んで潰瘍になる必要はありません。ほとんどが贋銅貨の「御冗談」ですか
ら。御感想、御教示、御叱正の手紙などお寄せいただければ幸いです。

【1】失われた「手紙」
 ある日、といっても、(宅急便の配送伝票によれば)平成17年10月27日の
こと。わたしは、ある仏文学者が「同学の先輩」に宛てた数十通の書簡を手に
入れた。
 長いあいだ、たよりもしないで、久々に会いに上京したのに、そのひとの父
が亡くなり東京を引き上げて家業を継いでいるとの消息を作品社の小野松二か
ら聞くこととなって、(往路では京都に寄ったから、知っていれば訪ねたのに、
帰途はそのいとまがなく、再び会うこともかなわないまま)当時の任地に帰っ
てからしたためた手紙(鳩居堂製の封筒に在中)にはじまり、それから30年あ
まりがたち、そのひとがこの世から飛び去ってしまった年の五月におくった絵
葉書におわる。一月半のち、「たなばた」の翌日にとりおこなわれた葬儀で、
同学の後輩は「文学と人生についての、掛替えのない指導者」に弔辞を述べた
のであった。

 文中には、作品社、岩波、高桐書院、弘文堂、創元社、世界文学社、文体社、
養徳社、三笠書房、新潮社、河出書房、筑摩書房等の名が出てくる。とりわけ、
手紙をやりとりした二人が「ふしぎなえにしにつながって、一人のフランス小
説家の長い作品を共訳しはじめた」た、その大長編の飜訳出版史について、ほ
かの資料では見出しがたい貴重な内容を含んでいる。とひとりひそかに喜んで
いる。

 わたしは、この書束を一日に一通ずつ、飜刻しようと思い立ったのだった。
といっても、封書と葉書とでは文章の分量がちがう。はがきなら一日に数通入
力してもいいだろう。目が慣れ、書き癖が分かるようになれば、作業は格段に
はかどるだろう。
 もっとも、手紙を文字に起こしたからといって、これを公表する権利は、い
まのわたしにはない。わたしが手に入れた手紙の発信者は、十七世紀書簡文学
の飜訳者であるのみならず、自らのエッセーでも、例えば、三好達治、澁澤龍
彦、小林太市郎、阿部昭らの手紙を引いているから、しかるべき手続さえ踏め
ば、その公表は、故人の意志に反するものではないだろう。しかし、その手続
を経ていない以上、著作権法は「公表された」著作物についてのみ引用を許し
ているから、当面は引用することすらできない。

 そういうわけで、わたしは、手紙のやりとりをした二人の名前もあえて明記
せずに(必要なときは、発信者を「Q」、受信者を「R」と表記しよう。「九」
と「三」でもいいのだが。)、内容もできるだけふれず、文章も一切引用せず
に、私注を書きこむ際に調べた、周辺のことを書きつづるしかないのであるが、
最後の絵葉書については言及しておきたい。

 この絵葉書は、行川アイランドの「はと小舎」の絵柄で、「超近代的なこの
はと小舎は、附近の山々と快よく調和している。五彩の鳩が飛び交って美しい。」
との説明文が印刷されている(「房総の楽園」もいまは失われてしまった。)。
 なぜ、名代のフラミンゴではなく、「鳩」なのか。
 それは、QとRが共訳したことのある『失われた時を求めて』に、鳩が重要
な役割を果たしていることをふまえているのではないかと思う。Qの文章を任
意に二つ抜き書きしてみよう。

【引用文1】
彼はかつて『楽しみと日々』の献辞で母をノアの箱舟から去る鳩にたとえたが、
母を犠牲の血に染められた鳩になぞらえ、《血染鳩》という表題を小説のため
に予定したこともあった。

【引用文2】
『囚われの女』の終末部に語られる小鳥=鳩の合図は、「神殿奉献」の古代祭
儀に献上された「犠牲の鳩たち」のことを私に呼び起こす。この健気な白い鳩
たちは、「悲しみの聖母」の運命を象徴するかのように、のど首から胸にかけ
て赤い血の色に染められて生まれてくるのである。

 これらの文章で、鳩は、死と犠牲のイメージを喚起する。「肺ガンであるこ
とが自分にもわかって、ガン研病院で手術をした後、退院と入院を繰り返し」
「すべてのすぐれた友人たちの仕事を助け、その大成を見とどけてから、悠々
と〔自分の〕仕事をやりとげる」のを待たずに亡くなったRが、この絵葉書を
受け取ったとき、どのような気持を抱いたのであろうか。五彩の鳩のなかには、
みようによっては赤い鳩も混じっている。

 しかし、ある日届いた、書窓会古書即売目録の「箱舟の窓に本をくわえて戻
ってきた鳩」の表紙が目にして、鳩は再生の寓意を含んでいるとの考えが頭に
浮かんだ。鳩の羽を入れた布団に寝かされた重病人は死なないとの俗信も知っ
て、わたしは、この絵葉書に回復への祈りが込められているように思いはじめ
たのであった。
(この項、続く)

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■女ともだちの本棚  鶯谷万亀子
(5)イメージガレリオのこと、「バリエラ」のこと 
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 札幌にはいくつかのレベルの映画館があった。まずは東映、松竹、東宝など
の封切館。それから名画座、というわけではないのだが、アート系の映画やハ
リウッドの古典なども上映していた三越名画劇場(2003年閉館)。それからミ
ニシアターとしてはJABBホール(1992年閉館)がススキノにあり、美術館
でも映画上映をしていた(寺山修司を観たのは道立近代美術館だったような記
憶がある)。わたしがこういった映画館よりも足繁く通ったのは、イメージガ
レリオというシネマテークだった。
このシネマテークの月間スケジュールのチラシがひさしぶりに出てきた。わ
たしの手元に残っているのは1987年8・9月合併号から、1990年4月号まで。
ちょうど高1の夏から高校卒業までということになる。

 1987年の8月から9月にかけてのラインナップは、ブニュエルの「黄金時
代」「忘れられた人びと」、リンチ「イレイザーヘッド」、長崎俊一「25時の舞
踏派」「シナリオ山口百恵の背信」、平野勝之「狂った触覚」「砂山銀座」「銀
河自転車の夜 第一部」、藤原章「人糞作戦」、原一男「さようならCP」、
深作欣二「仁義の墓場」、山田勇男「青き零年」「往復」「ボエオティアの山
猫」、山崎幹夫「極星」。9月下旬からは「ハリウッドの女神たち」と題して
「喜びなき街」(グレタ・ガルボ)や「殴られる彼奴」(ノーマ・シアラー)
など、11月には黒川芳正の「母たち」が上映されている。これらが2日か3日
きざみで上映され、会員だと500円から700円程度の料金で観ることができる。
ミニシアターでも次の映画がかかるまでには一ヶ月近く待たなければならない
のに、週に何本かは観ることができるのだから、時間とお金が許すかぎり通っ
たし、アンケートにこたえると抽選で招待券をもらえるので、せっせと書いた
ものだ。

ここで観た映画として記憶にあるものでは、ヴェルナー・ネケス「ユリシー
ズ」、ウォイチェフ・イェジー・ハス「砂時計」、マーク・オーベンハウス「海
辺のアインシュタイン」、溝口健二「祇園の姉妹」、松井良彦「追悼のざわめ
き」「錆びた缶空」「豚鶏心中」などで、通常の上映以外に会員用の無料上映
というのもあって、そういった機会にポール・シュレーダー「MISHIMA」を観
た。特別上映として市内のホールに会場を移しての上映会もあり、林光指揮、
札幌交響楽団音楽の「戦艦ポチョムキン」という豪華な企画もあった。しかし
一番記憶しているのは、見逃した映画についてなのである。

 1988年2月4日から8日、それからアンコール上映として1989年1月23日
から2月5日までイメージガレリオでかかっていた映画。それはイェジー・ス
コリモフスキーの「バリエラ」である。わたしは二度とも見逃したのだが、ま
た冬がくれば「バリエラ」を観ることができるような気でいた。東京に来てか
らももちろん、冬になると北海道の冬と「バリエラ」のことを思ったが、「シ
ティロード」や「ぴあ」を見ても、なかなかかかる気配がない。やっとみつけ
たのは、埼玉県志木市の、オールナイトで東欧映画を上映するちいさな上映会
だった。夜9時頃、有楽町線ではるばる向かった志木に降りた。迷いながら着
いた会場は、文化センターという名前だったが塾の教室のような場所で、ここ
でやっと「バリエラ」を観ることができたのだ。
(この項、続く)

訂正:前回配信の本連載中の「ジョアン・ジルベルトの「ベイビィ」」を
「カエターノ・ヴェローゾの「ベイビー」」と訂正します。

〈うぐいすだに・まきこ〉
1971年北海道千歳市生。NGO専従や映画配給会社を経て、人文系出版社編集。

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■今月ハマったアート本  平林享子
(21)沖縄に恋した岡本太郎。生命のエネルギーを伝える言葉に陶酔!
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岡本太郎『新版 沖縄文化論 忘れられた日本』中央公論新社  2002年7月
25日 1890円

 先日、東京都写真美術館へ「写真展・岡本太郎の視線」を見に行ったら、若
者たちで大変な賑わい。ひとつ上のフロアでやっていた「植田正治:写真の作
法」展は人もまばらで静かな雰囲気のなかで堪能できましたが、岡本太郎展は
内容も観客もパワフル。そのコントラストもいい塩梅でした。岡本太郎、再び
若者たちに人気なんですね。書店の美術コーナーでも、関連書籍を集めたフェ
アをよく見かけますものね。

 岡本太郎にはいろんな顔がありますが、私が今、強く惹かれているのは、人
類学者、民俗学者としての岡本太郎。今月は、『新版 沖縄文化論 忘れられ
た日本』にハマりました! 初版は1961年。著者撮影による写真も83点収録
されています。

 帯には「それは、一つの恋のようなものだった」とあります。まさしく、恋。
沖縄に恋したタロー。たとえば、「踊る島」の文章。

「たえず鮮やかに空間を切りひらき、なめらかに変転する。たとえ深い沈黙に
静止するように見えても、微妙な屈折で流れている。意識にふれるような、ふ
れないような。妖しく美しい持続。
 驚くべき技術だ。私は写真をとろうとしてそれに気づいた。ここだ、と思っ
てシャッターを押そうとする。一瞬、対象はすでにまったく異なった次元の美
しさに変貌してしまっているのだ。惜しげもなく。動きはデリケートで静かな
のだが、瞬間瞬間に逃れて行ってしまう」

 沖縄の踊りにすっかり魅了されてしまったタローの文章は、恋焦がれ、しか
し手に入らない愛しい人の美しさを夢中で描写するかのように連綿と続いてい
きます。そんなタローの文章に、私も恋に落ちてしまいました。

 全身を敏感なアンテナにして、受容器にして、反応し、感受する。それをで
きる限り、正直に、率直に、言葉に置き換えて伝えんとするタロー。情熱。ひ
たむきさ。これが惚れずにいられようか(ちょっと憑依しています)。本を読
んでグッとくる文章に出会うと赤鉛筆で傍線を引くのが習性なのですが、どん
どん真っ赤になってしいまい、途中で傍線を引くのは諦め、天の余白の部分に
横線を引いて「傍線を引いたことに準ずる」としました。そのくらいこの本は、
線を引きたい文章だらけ。魂に響く言葉が満載です。

こんなすごい本を、なんでもっと早く読まなかったのか! アホな私。いや、
しかし、今こそ出会う時期だったのです。容赦のない自然災害もあれば、為政
者の圧搾や横暴もある。ギリギリに追い詰められた過酷な状況の中でも、充実
して清らかに朗らかに生きる哲学……。これは今、まさしく逼迫した状況で溺
死寸前の私への、タローからの魂のメッセージとして受け止めさせていただき
ました。

 本との出会いも、恋。圧倒的な魅力の前でひれ伏し、自分の非力さに途方に
くれ、それでも、光を放つものに、畏敬の念を抱きつつ、少しでも近づきたい
と憧れる。そんな気持ちにさせてくれる本。本ってやっぱり素晴らしい!と思
わせてくれたタローさんでした。

〈ひらばやし・きょうこ〉
辛酸なめ子さんの新刊『消費セラピー』(集英社文庫、2月17日発売)の解説
を書きました。編集を担当した『アートの仕事』『本屋さんの仕事』(ともに
平凡社)も発売中です。会田誠×八谷和彦×小谷元彦による『アートの仕事』
出版記念トーク・セッションのページをアップしました。
http://www.cloverbooks.com/lecturebook/lecturebook_04_a.html

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■全著快読 梅崎春生を読む 扉野良人
(6)ラスコーリニコフ
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「その夜のこと」(1954年) 『拐帯者』光書房、1959年に所収  

 梅崎春生の年譜をみると1937年(昭和12)は「幻聴による被害妄想から
下宿の婆さんをなぐり留置場に一週間ぶちこまれる」(『ボロ家の春秋』[講談
社学芸文庫/2000年]付年譜)とだけある。「その夜のこと」はこの老女打
擲事件の顛末が描かれるが、友人や喫茶店が実名でちりばめられているので、
つい事実として読んでしまう。実名小説とは、どこまで信じていいのか注意し
ないといけないが…。

 大学にまじめに通わず怠惰な暮らしを送っていた「僕」は、あるとき病に臥
して─病名は明かされない─医者から安静をいいわたされ、酒、タバコはじめ
あらゆる欲望をつつしまねばならず、はなはだ面白くない毎日を送っていた。
そのうえ治療費がかさみ下宿代がはらえない、郷里にも下宿にも病のことは秘
密にしていた。「僕」にとってそれは「ヤケッパチな安静」で、先のことを考
えると暗澹とせずにはいられなかった。下宿代滞納のうえ、いつも部屋でごろ
ごろしている「僕」は、オカミや女中たちから険をふくんだ白い眼でみられる。
病のこともうすうす感づかれ下宿の雇い婆に陰口されていた。

「その夜」とは昭和12年1月8日のことであった。梅崎自身であるところの
「僕」は友人の霜多(※)と浅草常磐座に「笑いの王国」を観たあと、ひどく
寒い夜を本郷のオデン屋でコップ酒をかたむけた。それは医者から「もう酒で
もコーヒーでもいくら飲んでもいい」と病が全治した祝杯もかねていた。「そ
の味は、旨いとか不味いとかいうものではなく、言わばその彼方のものの味だ
った。」

 下宿には戻る気持ちになれない。オデン屋をでるとふたりは本郷の喫茶店「紫
苑」でビールを飲む(梅崎の昭和十一年夏以降の日記を読むと「病院で注射」
「笑いの王国」「紫苑」はセットのように出てくる)。マダムが「あれが川崎
長太郎よ。その横が浅見淵。立ってるあのノッポが壇一雄よ」と小声で教えて
くれた。酔った川崎がビール瓶を手に近よってきて「やい、大学生、ビール飲
め!」と瓶の口をあてがわれ、ごくごくと飲まされ宙に泡をふきだしたりした。
酒は快癒の祝いか、現実を忘れるヤケ酒か、それもよく判らない状態だった。

 その夜、老婆を殴ったのは一夜の酔いが一気に逆上してのこと、気がつくと
帳場の台の上にあった糊壺をつかんで婆さんの顔にたたきつけたらしい。「あ
あ、誰か来て。この極道者があたしを殺す─」「黙れ、クソ婆あ」。「痛快な
破裂音と共に、三尺四方もある大ガラスは無数の三角形に砕け散って、畳や台
の上に散乱した。框に残った部分は、するどい牙状になって、深夜の電燈の光
にギラギラと光った」
 年譜に一行で記された事件には、梅崎春生のなかのラスコーリニコフが住ん
でいるらしい。どうもそんなことを思わずにはいられない一篇だった。

※霜田正次。1913-2003、沖縄生れ、旧姓島袋。召集後、南方諸島を転戦。戦
後、沖縄史を書きつづけた。代表作に「沖縄島」、「明けもどろ」、「守礼の
民」、「道の島」など。

〈とびらの・よしひと〉1971年生まれ。3月初旬刊行の『ユリイカ』臨時増
刊「総特集 稲垣足穂」に梅崎春生と稲垣足穂がすれちがった話を書きました。

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■あとがき
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 249号の訂正、二つです。
「ホンのメド」で、3月18日、六本木・岡崎武志さんのストライプハウスギャ
ラリーでのトークをお知らせしましたが、予約受付先が間違っていました。
青山ブックセンター六本木店(03-3479-0479)にお願いします。
 もうひとつ、「大阪豆ごほん」今回の執筆者は、真治彩さん(ちょうちょぼ
っこ)でした。失礼しました。

 今月は通常号の間に、「この版元がエライ!」を2号挟んだので、この号の
発行が遅れてしまいました。すいません。では来月。
            (南陀楼綾繁)

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