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[書評]のメルマガ vol.116
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■■ [書評]のメルマガ     2003.5.12発行

■            vol.116
■■  mailmagazine of book reviews [購読者数微増 号]
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[CONTENTS]------------------------------------------------------
★「平日寄り道日記April 2003」ふじたかなこ
 →戸板康二サイトの主宰者が浮き浮きと東京を歩きながら読んだ本は。
★「古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧(13)」高野ひろし
 →キッチュでポップな入門書に見えて、じつは驚異の「歌舞伎教科書」。
★「オヤツのオトモ(2)」大橋あかね
 →新連載2回目。喫茶店で甘いものを食べながら読みたい本をご紹介。
★「中山亜弓が選ぶこの一冊(10)」
 →本人以上に宇野亜喜良に詳しい人物がプロデュースした画集のハナシ。
★「全著快読 古山高麗雄を読む(5)」荻原魚雷
 →昨年亡くなった芥川賞作家の残した約50冊を丹念に読んでいきます。
★「パルプレビュー徘徊記(11)」グッドスピード
 →雑誌・新聞その他、いろんなメディアの「書評欄」をご紹介します。

*このメルマガで紹介する本は、特記以外はすべて「本体価格」です。

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■訂正
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 本誌前号で、神戸・海文堂書店での佐野眞一さんのサイン会情報を掲載しま
したが、海文堂書店サイトのURLが間違っておりました。正しくは、以下の
通りです。お詫びして訂正します。
http://www.kaibundo.co.jp

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■平日寄り道日記April 2003 ふじたかなこ
 今と昔の東京とを照らし合わせることはいつも楽しい
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★4月1日(火曜日)
 今日も一日無事に終わって何より何よりと、心持ちよく浮か浮かと築地の京
橋図書館へと歩く。その途中奥村書店で永井龍男の『雑文 衣食住』(講談社)
を買う。本全体のフォルムに惚れ惚れ。図書館のあとはタリーズでさっそくペ
ージを繰って、まずは「わが寄席行燈」という文章を熟読したあと、全体を卒
読した。永井龍男の随筆はいつでも、そこにあらわれる昔の東京、鎌倉の路地、
町ッ子の教養などいろいろなものが重層的に綴られていてなんともぜいたく。
永井龍男のハードカバーを買ったのは今回が初めて、これは講談社の「雑文集」
四冊目とのこと。これから一冊ずつ集めていこうと思う。帰りは銀座駅まで歩
く。祝橋のところの夜桜がきれいだった。春の夜。

★4月2日(水曜日)
 帰りは中央線に乗りこんで、昨日図書館で借りた『新日本古典文学全集明治
編 河竹黙阿弥集』(岩波書店)より『人間万事金世中』を浮き浮きと読む。
詳細な註には岡本綺堂の『ランプの下にて』や鏑木清方の『明治の東京』への
言及もあって、かねてからの愛読書といろいろつなげることができそうで心は
躍る躍る。とかなんとかしているうちに阿佐ヶ谷に到着。ラピュタ阿佐ヶ谷で
『新妻と女秘書』という映画を見た。

★4月4日(金曜日)
 今週も無事に終わって何より何よりと丸ノ内仲通りを直進して有楽町の歯医
者へ。1時間後、歯医者も無事に終わって何より何よりと銀座へ向かった。二、
三買い物を済ませたあと、並木通りの琥珀亭へ。サンドイッチをつまみながら、
『新日本古典文学全集明治篇 河竹黙阿弥集』をめくる。『島鵆月白浪』がた
いへん面白くて、いてもたってもいられぬ。暗い照明の下、じっくりじっくり
読みふける。それにしても、黙阿弥の散切物にあらわれる「明治」はいろいろ
な意味で面白い。

★4月10日(木曜日)
 行きの電車で、野口冨士男『作家の椅子』を読んでいるうちに、猛烈に『わ
が荷風』を読まねばと思い立った。こうしてはいられないと、帰りは神保町へ。
東京堂で、買い損ねていた講談社文芸文庫を買う。低音量でシューベルトの
《死と乙女》が流れていた。この曲を耳にするのはずいぶん久しぶり。耳をす
ませながら文庫本をいろいろ眺める。

★4月15日(火曜日)
 築地の図書館に本を返したあと、大急ぎで銀座方面に戻る。本日をもって休
店の近藤書店でレーモン・クノーの『オディール』(土曜社)を買うことに決
めていたのだが、あいにく在庫がない。緑色のカヴァーとともに読もうと計画
を立てていて、わざわざ他の書店では購入を見送っていたのだったが残念。近
藤書店ではいつも海外文学ものを買っていて、読了後緑色のカヴァーをはずし
て本棚に並べる瞬間が大好きだった。近藤書店のない銀座はちと寂しい。餞別
に何か買って帰りたいなあと思ったそのとき、隅の方に群像社ライブラリーの
チェーホフ『かもめ』の新訳を見つけた。何ヵ月も買い損ねていた本。銀座の
近藤書店での最後の買い物は文庫本サイズで、茶色のカヴァーとなった。

★4月18日(金曜日)
 出勤30分前のひととき、とあるビルヂングの古い喫茶店で過ごす。ここに
入るのは今日が初めて。昭和30年代の日本映画に登場しそうな趣。注文後15
秒で届いたコーヒーは思いのほかとても美味しかった。以前京都のイノダコー
ヒで朝食を食べたときのことを思い出して、妙に満ち足りた気持ちになって思
いかげなく上機嫌になって、ナボコフの『ロシア文学講義』のチェーホフの箇
所をたどっているうちに時間になる。

★4月25日(金曜日)
 出勤30分前のひととき、先週入った隣のビルヂングの喫茶店に入ってみた。
ちょいと早起きして喫茶店でコーヒーを飲むだけで、こんなにも満ち足りた時
間を過ごせるなんてと、毎週金曜日の朝に導入してみることに決めたのだ。舞
台装置は完璧、と、野口冨士男の『私のなかの東京』を読み始めた。

★4月30日(水曜日)
 今夜は紀伊国屋寄席、開演30分前に新宿紀伊国屋に到着。「東京かわら版」
を買いがてら6階の演芸書コーナーへせっせと上り、しばし立ち読みの時間。
ふと手に取った吉田章一著『東京落語散歩』(青蛙房)をめくっているうちに、
ムラムラと衝動買い。4階のホールへたどり着くと、前座さんの噺の途中だっ
た。その声を背後にロビーで『東京落語散歩』を浮き浮きと繰る。今知ってい
る東京と、書物や落語や歌舞伎や映画にあらわれる昔の東京とを照らし合わせ
ることはいつもどうしてこうもまあ楽しいのだろう。逆に東京を媒介にしてそ
れらに触れる歓びも本当に尽きないなあと思う。
 
〈ふじた・かなこ〉「戸板康二ダイジェスト」というページを作りつつ、緩慢
なる戸板康二研究(のようなもの)をしています。平日は丸の内で働いています。
http://www.on.rim.or.jp/~kaf/books/index.html

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■古今東西歌舞音曲芸能図書偏読三昧  高野ひろし
(13)見巧者養成のための高度な歌舞伎啓蒙書
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渡辺保『歌舞伎ナビ』マガジンハウス、2003年3月、3500円

 歌舞伎の入門書やガイドブックって、何であんなに沢山出るんですかね。雑
誌の特集でも良くみかけますもん。確かに独特の世界を持った演劇ですけど、
入門編ばかりが出るんです。もしかして、その先は必要じゃないのかも。誰で
も分かる良いとこ取りで、後は用無し。常に同じレベルの繰り返しを作る。ま
ぁ体裁が悪いから、ちょこっとひねって出来上がり。ファッションと同じです
か……。

 『歌舞伎ナビ』の表紙は、落書きのような国芳の絵。ざらざらした紙質のペ
ージをパラッとめくると、一見写真も適当にトリミングした感じ。それにマガ
ジンハウス。どうしたってキッチュでポップな入門書でしょ。ところがこれが
大変。ちょこっと歌舞伎を囓って「芝居好き」を標榜する書き手を一蹴するよ
うな、驚異の教科書です。
 代表的な演目を取り上げ、その筋を追いながら、歌舞伎特有の「作品」と
「芸」と「役者」の関係を、微に入り細に入り伝えてくれます。

 例えばある役柄でも、その演じ方にはいくつも種類があるんです。ポーズの
違いは単に見た目の違いを表すのではありません。「こういう思い入れを持っ
て演じるのだ」と昔の名優達が苦心の末作り上げたものなのです。これを「型」
っていうんですけど、団十郎型とか菊五郎型とか、沢山の名前がついています。
所作だけじゃなく、台詞ひとつ、その言い回しひとつにも、深い意味があります。

 それを分かりやすく説明してくれるんですね。写真が古くてぼけていても、
一部だけトリミングしていても、そのサンプルとして一番相応しいものを、き
ちんと選んでいるんです。これは画期的な写真の使い方ですよ。ポップなブッ
クデザインは、そんな写真をマッチさせるための作戦だったんです。

 多分、著者は見巧者を作りたいんだと思いますよ。厳しい目を持った客こそ
が、役者を育てます。優しい語り口ですけど、この本には著者が長い年月をか
けて学び、見続けてきた歌舞伎の知識が惜しげもなく詰め込まれた豪華版です。
難しく書けば立派な歌舞伎学の論文。つまりこれは完璧に啓蒙書ってこと!

〈たかの・ひろし〉先日『ぴあ』のウェブ紹介ページの取材を受けた。ゴミた
めの如きコレクションルームで薄ら笑いを浮かべる姿か、家の裏に走っている
都電の線路端で怪しいカメラを持つ姿のどちらかが、6月9日発売の号で露わ
になる。ペンギン・グッズを集めていると言うと、いつもコレクションの数を
聞かれるのだが、集めた数を正確に言えるコレクターなどいるのだろうか? 
仕方がないので「6畳の部屋一杯と倉庫」と答えることにしている。

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■オヤツのオトモ  大橋あかね
(2)狩猟の達人
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時雨沢恵一『キノの旅−the Beautiful World−』1〜6巻、メディアワークス
電撃文庫、2000〜2002年、各490〜530円

 私は狩りが上手い。自分の好きな物に対して、勘働きがいいのである。
 例えば、久しぶりの大当りだった『キノの旅』。今迄、メディアミックスを
念頭においた和製ファンタジーを歯牙にもかけていなかった。それが、「人間
キノと言葉を話す二輪車エルメスの旅の物語」というコピーに、ピンと来た。

 主人公が様々な国を旅していく連作短編のシリーズで、まず、その国固有の
常識設定がシニカルで可笑しい。例えば『過保護』という話では、小さな子供
を出兵させるのに、両親が防弾チョッキを着せるかどうかで夫婦喧嘩をしてい
る。また、旅先で起きる事件に対して、主人公が傍観者然としているところも
いい。ファンタジーお決まりの勧善懲悪の結末を予想していると、良い意味で
の肩透かしを喰らう。ロードムービーのような淡々とした印象に、騙される歓
びが詰まったこの作品は、私の獲物の中でもマンモス級である。

 家の近く(立会川)にある仏蘭西料理屋、『canvas』にもピンと来る物が
あった。ティータイムの時間に、パウンドケーキを頼んだら、フィナンシェの
生地で作られていて、びっくりした。ありがちなもたついた感じがなくて、
アーモンドオイルでしっとりしている。そのくせ、軽くて油っぽくないのだ。

 『キノの旅』を読みながら、パウンドケーキを口に運び、あぁ、今日の狩り
も成功だったと満足する。そして、願う。この狩猟技術が、恋と金に役立つ日
が来ることを。

〈おおはし・あかね〉ハラゴメカエル作家。HPのハラゴメ絵日記に、『オヤツ
のオトモ』の写真を載せています。多分。毎回、本よりオヤツの方が大きく
写っているのは、お気になさらず。ちなみに、『canvas』というお店は、壁の
代りにキャンバスで包まれていて、テントみたいで不思議な感じなのです。
http://www.haragome.com/

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■中山亜弓が選ぶこの一冊
(10)宇野亜喜良をめぐる人々との出会い
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宇野亜喜良モノクローム作品集『MONO AQUIRAX』愛育社、2003年4月、
2800円 B5判600P

 今週末、5月17日(土)に、私が働くタコシェで『MONO AQUIRAX』と
いう本の発売を記念して、宇野亜喜良さんを招いてサイン会を行う。日程が決
まったのが5月に入ってからなので、短い期間での情報告知(主に出勤前や出
勤後のチラシ配り)に忙しい。
 なぜ、タコシェのような小さな、おしゃれじゃない店が、突然、宇野さんを
お迎えすることになったかという経緯は、この本の出自にかかわることで、そ
のためには20年ほど時間を遡らなくてはならない。

 かつて、大阪の地で、近所の古本屋のワゴンの安売りばかりを漁る中学生坊
主がいた。古本を通して寺山修司が好きになり、新書館のフォアレディースシ
リーズなど寺山から派生する作家の作品も収集するうちに、自分の好きな作品
が、みな宇野亜喜良というイラストレーターによって繋がり、宇野亜喜良があ
る種、彼にとっての案内人になっていることを発見した。
 やがて高校でデザインを専攻した彼は、アート関連の書籍が揃った学校の図
書館で宇野亜喜良の本やインタビュー掲載紙をみつけ、どんどんこの作家にの
めり込み、もっと作品を見たい、コレクションしたいと思うようになった。

 が、かなしいかな、そこは高校生の身。コレクターになりたくとも、財力に
乏しい。大阪の古書街を歩いては、中間小説誌のバックナンバーなどを安価で
買い集めては、バラして挿絵を糊でベタベタとスクラップブックに貼り込み、
無骨なお手製・宇野亜喜良画集を地道に作っていたのであった。
 さらに、彼は想いを手紙にしたため送ると、風変わりな少年ファンの文章が
宇野さんの心にひっかかったのか、手紙のやりとりがはじまった。

 その後、上京した彼は、満を持して、お得意のオリジナル画集を持って、展
覧会場に作家を訪ねた。スクラップの束を目にした宇野さんは、自分以上に掲
載誌を熱心に保管している若いファンに驚いたという。
 やがて、彼は音楽や出版のプロデュースを行うようになった。彼が宇野さん
にモノクロの画集を出したいと申し出たとき、そんなわけで宇野さんは注文を
つけることなく快諾した。彼とは『MONO AQUIRAX』を監修した濱田高志さ
んである。

 当初は1000カットほどを収録する予定だった画集は、長年の想いあまって、
予定を大幅に上回る約2500となった。すでに原画がなく、お手製スクラッ
プから再録したカットも多数含まれている。
 デザインの作業をしたのは秘密博士(という名前でデザインや演歌系DJと
して活躍している男)。私は以前から博士が宇野さんの本のデザインを手がけ
ていることを人づてに聞いていたので、彼と話す機会があったDJイベントで、
本のこと、宇野さんのことを訊いた。

 博士は独特の口調で宇野さんの魅力を語る。
「あたし、最初は、へんに遠慮して先生の絵をチメチメとデザインしてたのね、
端っこが切れないようにとか。でも、先生に見せたら“こんなものはズバッと
切っちゃっていい”って、自分でバッサリ切っちゃったの。先生は絵全体、ペ
ージや本全体を見てるのよ! 当たり前よねぇ。で、あたし先生に言われてそ
の当たり前に気づいて、それから迷いなく作業が進められたわ」。エピソード
はたくさんあって面白い。

 私が「タコシェでもね、宇野さんが好きなお客さんは多いと思うの。だって
ずっと前から宇野さんの本とか売れているもの。タコシェでも何かできればい
いなぁ、って思って……」と言うと、博士は「何かって、展覧会とか?」と聞
き返したので、私は頭を振り「そんな大それたこといきなりお願いしない、ギ
ャラリーでもないし……」と答えた。

 しかし、こんな会話がきっかけとなって、発売記念のサイン会が急転直下で
決まってしまった。
 嬉しさの後から「でも、うちなんかでいいの……?」という不安がわきおこ
り、濱田さんに「タコシェはすごく小さい店でおしゃれでもないんです。それ
でもいいのでしょうか……」と尋ねると「ええ、わかっていますよ」とあっさ
り。前から博士に話していた、その巡り合わせをお互い大事にしましょう、と
いうことらしい。

 最近、宇野さんの仕事はガーリーな視点から再読され、ますます人気が高ま
っている。ガーリーにほど遠い私は、センスのよい女の子たちによって再発見
される宇野ワールドを羨望の目で眺めていたが、一方で、博士を通して知る宇
野さん、あるいは縁ある麻布十番納涼まつりの団扇まで手がける宇野さんの仕
事に親近感を持ち、その幅広さや奥深さにどんどん惹かれてゆく。

 肝心の宇野亜喜良モノクローム画集『MONO AQUIRAX』については600P
もあるので、実はまだ十分に鑑賞しきれていない。時代や掲載紙に関係なく自
由に配された約2500カットを、気のむくままページを繰って眺め、「あれ、宇
野さんの描く髑髏ってどれもなぜかかわいいなぁ…」とか「そうそう猫ってこ
んな表情をするんだ」なんてことを思う。
 おもに挿絵として描かれたモノクロ画は、観るものに長い集中力を要求する
一枚画と違った瞬発力を備えていて、ランダムに繰ったり、パラパラと飛ばし
て観ても楽しめる。束の間パラパラ、パソコンで目が疲れた後パラパラ、軽や
かに何回も何通りも目を楽しませてくれる。私はまだその幾通りもの楽しみ中
にいる。約CD1枚分の値段で電話帳みたいなボリュームを堪能できるので、
おすすめします。

納涼まつりについては
http://www.azabujuban.or.jp/juban/maturi.htm

〈なかやま あゆみ〉5/17(土)15:00より中野・タコシェにて宇野亜喜
良サイン会を行います。詳しくはサイトにて。
http://www.tacoche.com/

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■全著快読 古山高麗雄を読む  荻原魚雷
(5)自分の目で見たものですらなかなか信じない旅
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『風景のない旅』(中公文庫) 1979年4月刊/単行本は1973年9月、
文藝春秋
『片乞い紀行』(中公文庫) 1979年11月刊/単行本は1975年4月、
文藝春秋

 今回の二作は紀行文学の傑作。
 『風景のない旅』は、ソ連、イタリア、ギリシア、フランスをまわる。「ハ
バロフスクのギョウザ」で、古山さんはソビエトのあちこちにある旗や銅像を
見て、「ロシヤのロシヤらしい色彩や模様」とそっけない。一方、「ロシア人
はのんびりしている」と教えられていたのに、ソビエト作家同盟のマレンコヴ
ィッチさんが「大変せっかちで、几帳面」だったことにはおどろく。

 景色よりも気配、風貌より人柄。自分の目で見たものですらなかなか信じな
い。
 いかにも古山文学なのが、「アテネで想うこと」。アテネで日航の墜落事故
のニュースを知り、人間の運不運について考える。約5ページ。ようやくアテ
ネの話になったと思いきや、今度はビタミン注射の話になり、「いったいおれ
は、なぜこんな旅行を始めてしまったのだろう」。旅に出て、もの思いにふけ
ってばかりいる。

 『片乞い紀行』は、『風景のない旅』の続編というべき国内旅行記。
「旅行ぐらい好きなものはないのに、特に行きたいところがあるかというと、
そうでもない。旅行でさえあれば、どこでもいいらしい。こういうの、主体性
がない、というのかな、と思う。しかし、私は、主体性などいらない」
 そして55歳の旅がはじまる。行き先は連載している「旅」誌の特集に「大
まかだが」合わせた。奈良、山形、浅草、宇品、稚内網走、沖縄、柳川、吉良
温泉、山陰、土佐……。

 予約なしの宿泊。一人旅の客は儲けが少ないから、旅館に嫌われるそうだ。
私も何度か断られたことがあるので、ああ、そういうことか、と納得した。
「輸送船が出た港」で、広島を訪れたさい、例の「安らかに眠って下さい」の
慰霊碑の前でめずらしく古山さんは憤る。
「原爆のような大惨事を、ひとり思いのお言葉で語ったり、荘厳めいた音楽で
伴奏をつけたり、正義や人類愛を謳ったスローガンをかかげた運動に結びつけ
たりしてくれるな。無言、無音、無為の中でかみしめさせてほしい」

 自ら「蒸発ゴッコ」と名づけた旅のしめくくりは「妻をともなう」。
 老巧な私小説の味わい。

〈おぎはら・ぎょらい〉『片乞い紀行』(中公文庫)の解説を読んでいて、あ
れっと思った。「本書はたしか、『兵隊蟻が歩いた』と『風景のない旅』に続
く三冊目の紀行だったと思う」。『片乞い紀行』はたしか、『兵隊蟻が歩いた』
(文藝春秋 1977年5月刊)の2年前に出ています。

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■パルプレビュー徘徊記  グッドスピード
(11)「obra(オブラ)」の巻  100冊の書目リスト
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 講談社が発行している雑誌に「オブラ」がある。「大人の遊楽誌」というキ
ャッチフレーズが付いているとおり、中高年向けの趣味をあつかう月刊誌だ。
「初めて古道を歩く」「わたしの古寺巡礼」「ローカル線で行く『古湯』」
「『郷土の調味料』で鍋三昧」などなど、最近の特集タイトルを見るだけでも
どんな雑誌かなんとなくイメージできるだろう。

 一冊のほとんどがカラーのグラビアページだが、申し訳程度にモノクロペー
ジがはさまっている。そのなかに「オブラの書斎」という書評・読書ページが
ある。書評欄にはミステリー、ノンフィクション、純文学、時代小説といった
ジャンルごとにそれぞれ一冊ずつ書評が載っている。そして注目は「わたしの
100冊」というコーナー。各界の著名人へのインタビュー構成で、各人の読書
履歴として文字通り100冊の書目リストが紹介されている。

 過去に登場したのは、『「超」整理法』の野口悠紀雄、アサヒビール会長兼
CEOの福地茂雄、ソニーコンピュータサイエンス研究所の茂木健一郎、哲学
者の鶴見俊輔など。

 たとえば、12歳までに一万冊読破したという鶴見さんの書目リストで気に
なるのは、子ども時代に通っていた古本屋で買ったという『日本野球記録』全
スコア(全三巻)と『相撲番付表』(江戸時代からの全番付)。ご本人いわく、
こんな本を読んで「なんの役にも立たないことを憶えるのが愉快でねえ。単に
脳に刺激を与えていたんです」(同誌2002年12月号)。
 ううう、ちょーすげえ。

「オブラ」ウェブサイト
http://www.o-obra.com/
 
〈グッドスピード〉〔本〕のメルマガ(毎月5日号)で「一字千金の記」を連
載中。近所で通り魔事件が発生。気のせいか現場周辺はピリピリとした空気。
男子だって夜道は怖いんです。

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■あとがき
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 前号の「ホンのメド」で間に合わなかったニュースが一つ。共同通信配信・
ヤフーサイト掲載の記事で、「ハリポタ新作、野原に放置 印刷工場の近くで
発見」というのがありました(その後、新聞でも報道)。
 6月21日にイギリスで発売される予定の、「ハリー・ポッター」シリーズ
第五巻が、英東部サフォーク州の野原に二冊落ちていたそうです。この近くに
は印刷工場があるそうですが、誰が持ち出したのかは不明。コレを報じた英
サン紙には、「新作の最初の3章を2万5000ポンド(約475万円)で買わな
いか」との電話もあったそうです。
 発売前の本の内容が話題になるのは、日本では政治か芸能のバクロ本ぐらい。
「頼むから発売前に読ませてくれー」というほどオモシロイ本が少しでもあれ
ば、どうやって入手するかも含めて、書評家の力が問われるようになって、書
評ジャーナリズムは少しは活気づくと思うんですけどねえ。

 ところで、一時かなり減ってしまった本誌の購読者数ですが、前々号あたり
からまたちょっと増えつつあるようです。いったいナニが増減の原因なのか、
編集している本人にも見当つきません。メルマガって難しい。では、来月。
                       (編集・南陀楼綾繁)

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