[書評]のメルマガ

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[書評]のメルマガ vol.210
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■■ [書評]のメルマガ     2005.4.15 発行

■           vol.210 
■■  mailmagazine of book reviews   [ いまだ近代以前 号]
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[CONTENTS]------------------------------------------------------
★近事雑報「南陀楼綾繁のホンのメド」
 →本をめぐる情報+アルファの雑談です。スムース友の会のお知らせ。
★短期集中連載「不忍ブックストリートのつくりかた」南陀楼綾繁
 →谷根千エリアのブックマップをつくろう! 現在進行形の報告。
★「食の本つまみぐい」遠藤哲夫
 →〈大衆食堂の詩人〉エンテツが料理文化史の重要本を紹介します。
★「今月ハマったアート本」平林享子
 →著者が多大な影響を受けたという後藤繁雄の新刊『五感の友』を。
★「もっと知りたい異文化の本」内澤旬子
 →一度肚を決めてかかれば、目が離せなくなる国、それがインドです。
★「林哲夫が選ぶこの一冊」
 →難しいのは、意味があるということを嗅ぎつける感覚ではないか。
★「全著快読 古山高麗雄を読む」荻原魚雷
 →没後3年になる芥川賞作家の残した約50冊を丹念に読んでいきます。

*本文中の価格は、表示のあるもの以外は、税抜き(本体)価格です。

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■南陀楼綾繁のホンのメド  
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【トピックス】
★東京スムース友の会を開きます
 書物同人誌『sumus』の同人と愛読者が一緒に語り合う楽しい会が、3月の
京都に続き、東京でも開かれます。岡崎武志・山本善行・扉野良人・林哲夫
ら同人参加。5月8日(日)2時から4時半(予定)、場所は神保町の「南欧
市場 Ole Ole〈オレ・オレ〉」です。
 当日は、好評の「岡崎 vs 山本 古本十番勝負」「スムースができるまで」
「古本オークション」など楽しい催しを予定しています。参加費用3500円。
予約受付中です。定員になりしだい締め切りますので、ふるってご参加くださ
い。ご予約は南陀楼綾繁まで。
kawakami@honco.net

★「不忍ブックストリートMAP」配布店募集中
 前号でも紹介した、谷中・根津・千駄木の「本と散歩」スポットのイラスト
マップ「不忍ブックストリートMAP」が完成し、都内各所で無料配布中です。
新刊書店、古書店、雑貨店、ギャラリー、図書館などで、「ウチで置きたい、
置いてやろう」という方がいらっしゃいましたら、メールでご連絡ください。
こちらからお持ちするか、お送りします。
kawakami@honco.net

★池袋西口公園古本まつり
 4月20日(水)〜26日(火)、池袋の西口公園(東京芸術劇場)の前で、
野外の古本市が開催されます。50店が参加し30万点を出品するとのこと。
会場では新作の「東京北部古本屋マップ」を配布予定。10時〜8時、雨天
中止。「日本古書通信」4月15日号の広告では、岡崎武志さんと南陀楼が
この古本市への期待を語っています。

問い合わせ先
八勝堂書店 電話03-3981-1870

★月の輪書林の目録が出たぞ
 出るたびに話題になる月の輪書林の古書目録14が、前号から1年たたない
早さ(?)で発行されました。今回は『田村義也の本』。先年亡くなった装幀
家・田村義也の旧蔵書、書き込み本、装幀本を軸に、そこから連想した本へと
広げていきます。じっくり読めばかならず欲しい本に出会える116ページです。

月の輪書林 電話03-3734-2696 ファクス03-3734-2763

★「よるのひるね」が出版開始
 阿佐ヶ谷の昭和風バー「よるのひるね」の門田さん(本業は出版社の営業代
行)が、名作古書の復刻を手がける「よるひるプロ」をはじめました。第一弾
は、「ずーっとコレを出したかった」という念願の企画、長尾みのる『バサラ
人間』です。長尾みのるは、イラストレーターというコトバを日本で最初に使
った人物で、1960〜70年代に活躍しました。『バサラ人間』は、1969年に刊行
され、「ストーリー・イラスト・構図・色指定など全てを長尾先生が制作、標
題に挟んだ台詞・詩(のごときもの)・スクリーントーンの使用法など様々な
斬新な試みがクールにちりばめられ」ている作品だそう。
 5月発売予定。定価1800円。5月15日には、長尾みのるさんを招いての刊行
記念イベントも行なわれます。
 出版社から出せない企画は、自分でレーベルをつくって出してしまう。これ
は大西祥平さんがやってる「ひよこ書房」も同じで、きわめて正しい発想です。

「よるのひるね」03-6765-6997
http://members.jcom.home.ne.jp/yoruhiru/

【新刊】
★浅生ハルミン『私は猫ストーカー』洋泉社、998円(税込)
 のほほんとしたイラストと、独自の観察眼を生かした文章がステキな浅生ハ
ルミンさんが、初のエッセイ集を出しました。タイトルどおり、街に生息する
猫を観察し、つけ回し、愛玩する日々をつづったものです。猫を愛しながら、
自分と猫との距離を必要以上に近づけない姿勢が、本書を猫好きでない読者
(ぼくなど)にも共感させやすくしていると思います。ペーパーバックのよう
なデザインもいい感じです。初版8000部! めざせ印税生活!(増刷かかっ
たらオゴってください)
http://kikitodd.exblog.jp/

【展覧会】
★佐野繁次郎展
 東京ステーションギャラリーで、現在「佐野繁次郎展」が開催中です(5月
15日まで)。「本展は、画家としての活動が本格化した1950年代以降の油彩画
約50点を中心に、コラージュや素描など約40点、戦前から戦後にわたる代表
的な装幀本約60冊、『銀座百点』の表紙絵やデザイン関連資料約80点など、計
約230点で構成し、画家として、またデザイナーとしての佐野繁次郎の魅力を紹
介します」(サイトより)
 サノシゲといえば、花森安治の師匠筋。近年ユトレヒトで展覧会があったり、
注目が高まっています。早く見に行きたいなあ(図録が売り切れないでほしい)。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/index.asp

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■不忍ブックストリートのつくりかた  南陀楼綾繁
(3)いろんなコトが一気に進む
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 4月上旬にイラストマップを出し、4月30日に「一箱古本市」を行なう、
という大筋は決まったものの、年が明けてしばらくしても、細かいことはナニ
も決まっていなかった。メーリングリストを立ち上げても、どれから手を付け
ていいか……という状態だったのだ。

 しかし、1月末からいろんなコトが一気に動きはじめる。イラストマップに
掲載する店や場所の選定、サイズや印刷部数の検討、古本市の場所を提供して
くれる店(大家さん)への交渉、古本市の出品者(店主)への呼びかけ……。
3月に入ると、地図に入れる要素がほぼ固まり、古本市に関しても12店の大
家さん、75人の店主という大枠が見えてきた。イメージキャラクターの「し
のばずくん」も誕生した。この辺りで、スタッフ各自の分担が自然と決まって
いった。

 3月20日、不忍ブックストリートの公式サイトがオープンする。これは地域
雑誌『谷中・根津・千駄木』のウェブ「谷根千ねっと」を構築している守本善
徳さんの好意で、この中にサイトをつくることになったのだ。ウェブやメーリ
ングリストの管理は、オヨヨ書林の山崎さんがやってくれた。またこの時期に、
『谷根千』『彷書月刊』などに広告や告知が載り、個人のサイトやブログでも
話題になりはじめた。

 地図の進行が遅れ気味なのが、問題だった。しかし、イラストの内澤、デザ
インの小田木さんの頑張り、小森さんのクールな進行により、どうやら3月28
日には入稿にこぎつけた。その間、ぼくは実家の引っ越しにともなう本の整理
でほぼ一週間留守にしており、ナンにも手伝うことができなかった。

 地図が刷り上がってくるまでの間に、今度は古本市のチラシをつくらなけれ
ばならない。コッチは内澤とぼくが担当することになり、二日間悪戦苦闘して
どうやら版下をつくり、簡易印刷に持ち込んだ。チラシができると、ようやく
実感が湧いてきた。本来は地図に挟み込んで配布するのに、嬉しくなって、チ
ラシだけ先に、いろんなヒトに手渡した。

 4月8日、地図の印刷が完了。2万部のうち、1万部を折って、1万部はそ
のまま納品された。この日の晩、谷根千工房にスタッフと地元の助っ人、合計
20人近くが集まって、チラシを地図に入れ込む作業を行なった。しかし、ぼく
はそのとき、取材のために大阪にいて、完成にも作業にも立ち会えなかった。
つくづく、タイミングの悪い男である。
                           (来月に続く)

「不忍ブックストリート」公式サイト
http://yanesen.org/groups/groups/sbs/

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■食の本つまみぐい  遠藤哲夫
(11)日本の「知性」な問題と自画自賛
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ジャン=フランソワ・ルヴェル著、福永淑子・鈴木晶訳『美食の文化史 ヨー
ロッパにおける味覚の変遷』、筑摩書房、1989年

 かりに日本の食文化本から、日本の知性をおしはかった場合、ほんの一握りを
のぞいて、アワレ近代以前の状態であるといえるだろう。それは、本書をはじ
め、89年の『食卓の歴史』(スティーブン・メネル著、北代美和子訳、中央公
論社)、96年の『美食の歴史』(アントニー・ローリー著、池上俊一監修、富
樫瓔子訳、創元社)、97年の『食の文化史』(ジャック・バロー著、山内昶訳、
筑摩書房)など、ほかにも代表作があるが、近年の翻訳モノをみると歴然で、
日本の精神の貧困そしてだからこその食文化ブームやグルメブームどんちゃん
騒ぎにゾッとする思いだ。結論を急げば、知識の量は膨張したかも知れないが、
合理的精神や論理性に欠けるということにつきる。

 本書では、物知り顔の日本人なら知っている“フランス料理はイタリアのメ
ディチ家の娘が料理人を連れてフランスへ嫁にいったことに始まる”というこ
とに歴史的事実をもって反論するくだりがある。でも、日本の物知りのみなさ
んもアンシンしてよいようだ、その虚構の歴史はフランスの「最も批判的な精
神の持主にすら、なんら抵抗なく受け入れられている」そうだから。日本のカ
レーライスの歴史みたいだ。

 そこで著者は、その論理の図式をあげながら「これは一種の循環論法であっ
て、ある事柄によって別の事柄が証明されたと思い込むが、実際には証明され
てないのである。結果、十六世紀半ば以降のフランス料理の変革(それ自体疑
わしい)は、この想像でしかない事実と完全に結びつけられてしまう」と指摘
する。

 こういうことを、日本の食談義は、性懲りもなく続けている。学者・研究者
も一緒になってだ。「想像でしかない事実」による循環論法がのさばっている。
それと「三段論法」ぐらいか。時代的地域的現象にすぎないことが、さもさも
「日本的」「普遍的」であるかのような言説はザラ。それをもとに「日本人の
食は堕落した」とか。ああ、やんなっちゃうね。ちょいと調べて、ちょいと合
理的に考えてみればよいことなのに。

 NHKがゴタゴタ騒ぎの末に発表した「平成17年度「コンプライアンス推進
のアクションプラン」の策定」というのをWebで見て思った。エリートにしてこ
のザマだ。「コンプライアンス」「アクションプラン」なーんて、おれが知らな
いようなイマ風な言葉をつかっているが、その中身の論理のお粗末。カタカナ
語と漢字の多い慣用語句をひくと何も残らない。ようするに論理がチャチなの
だ。そこが近代以前なのだ。そういう意味じゃ、日本人は漢字とひらがなとカ
タカナがあって、「カレーライス」の料理技術とは何かを考えなくても、「カ
レーライス」という言葉で料理を演出できたように、本質を考える論理ナシで
も、「表記」をつかいわけることで現実をごまかすことができる。知的?そう
な表現、上品?そうな表現、物知りぶった表現、過剰な表現……そういう知恵
だけ発達したのが日本の知性のようである。日本人は近代的論理に鈍感な民族
なのか。それに食の話を甘くみすぎじゃねえのか。

 そこへ行くと、拙著『汁かけめし快食學』は、日本の食文化本にはめずらし
い、論理を駆使している。論理に関心がない人には通じないだろうが。そもそ
も食べれば消えてなくなる食の分野では、論理的探究が大事なのだ。そして、
残念ながら欧米と、かなり開きがある。情けなくて、お話にならない。最後は
自画自賛でした。

〈えんどう・てつお〉近況1・昨年8月16日にTBSテレビ「はなまるマーケ
ット」に出演し、プチ奥様番組にホームレス姿なおれじゃミスマッチすぎて2
度とないだろうと思っていたら、ナゼカまた出演依頼があって、昨日(8日)
ビデオ撮り。放映は13日だから、このメルマガ配信のころにはあとの糞。
2・全170ページのうち27ページを占める解説文「解説、なようなもの」を
書いた、オヤジ芝田著『神戸ハレルヤ! グルめし屋』(幻堂出版)発売中、
よろしく〜。

「ザ大衆食」 
http://homepage2.nifty.com/entetsu/

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■今月ハマったアート本  平林享子
(18)言葉が与えてくれる快感、本が与えてくれる快楽。
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後藤繁雄『五感の友』リトル・モア 2005年4月23日、2730円(税込)

 先日、「ギャラリー・トラックス」の展覧会で、造形作家でデザイナー、木村
二郎さんの遺作となった「ジオメトリック」という家具を見ました。真っ白で、
机と椅子が一体になっていて、円形のテーブルの真ん中にある椅子に座ると、
繭のなかに包まれているような安心感があります。形はシャープなんだけど、
座ると木の感触が気持ちいい、二郎さんらしい家具でした。

 後藤繁雄さんの『五感の友』と読んでいると、二郎さんも出てきて、久しぶ
りにお会いできたみたいでした。死んだ人でも、本の中では、ずっと生きてい
る、という不思議さ、ありがたさ。

『五感の友』は、資生堂の企業文化誌「花椿」でのインタビュー連載「五感交
感」をまとめた1冊で、よしもとばななに始まり、最後を締めくくる美輪明宏
まで48人が登場。小説家、美術家、デザイナー、建築家、また思想家の小熊英
二や武術家の甲野善紀など、興味をそそられる人々の言葉が集められています。
装幀・装画は中條正義。

 この本に込めた著者の思いは、人間は、視覚と頭ばっかり進化させてきたけ
ど、もっといろんな「感覚」「官能」「快感」方面を進化させないとアカンや
ろうってことに尽きるのでしょう。いやもうほんと、モニターばかり見て、目
からの刺激ばっかり追いかけて、振り回されて、空っぽな脳ミソの表面だけで
なんとかならんかとジタバタしている、今この瞬間もそうである私には、ほん
っとに、おっしゃる通りなんで、痛すぎます。もっと肉体を使って、もっと快
感に正直に生きて、それを言葉にしたいもんです。

 そして、20数年前、高校生のとき、後藤さんが編集していた雑誌を毎号愛読
し、「編集者になりたい!」と思った身としては、つねに興味をもった対象に
ガーッと走って行ってバッとつかんでギュッと集めて見せてくれる、それを飽
きることなくずーっと継続している後藤さんの「編集しながら生きている」存
在こそが、私の本能を刺激してやまないのであります。

 余談ですが、数日前、新作短編集『風味絶佳』(5月14日発売予定、文藝春
秋)について山田詠美さんにインタビューさせていただいたんですが、この作
品に登場する男性はみんな肉体労働者というのが共通点でして。「肉体の勘は
大事よ」と、エイミー様から生ヴォイスでうかがえて法悦でした……。

〈ひらばやし・きょうこ〉
山梨県にある「ギャラリー・トラックス」では、木村二郎さんの家具が見られ
るほか、2005年4月15日(金)〜5月16日(月)まで、大森克己写真展
「encounter」が開催されます。詳細はトラックスのサイトをご覧ください。
www.eps4.comlink.ne.jp/~trax/ 

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■もっと知りたい異文化の本  内澤旬子
(22)インドのカースト制度を正面から書く
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『不可触民 もうひとつのインド』 山際素男 光文社文庫
『不可触民と現代インド』 山際素男 光文社新書

 「今、インドってどうなんですか」と、よくきかれます。一月にデリーに行
ったためでありますが、どうやらお洒落な雑誌でインドエステ、マハラジャ宮
殿宿泊などという高級志向の旅が特集されているらしいんです。これまでのイ
ンド旅行といえば、貧乏バックパック旅行か遺跡建築巡りツアーであったんで
すが、どうもインドの観光産業は、違う客層を開拓したいみたいです。金をよ
り濃密に落としてくれる客層を。

 ま、それはどうでもいいんですが、どうなんですかと聞かれますと、返事に
窮してしまいます。私は地方の遺跡も寺院もほとんど回らずに、デリーの屠畜
場と巨大ゴミ捨て場と、問屋街を走り回っていただけですから。ただ、短い間
ですが、公共バスや徒歩でデリーを右往左往して、言葉を絶する(寒かったの
で、椰子の葉を寄せただけの囲いの中で生活している人たちは、本当に辛そう
でした)スラムもあちこちにあったし、町のはずれには分別されてないゴミが
巨大な丘を築いてて、禿鷲がわんわんと蠅のようにたくさん飛んでましたし、
悪臭MAXのゴミの丘にテントを張って、豚を飼って暮らす人たちにも会いまし
た。つまり、いまだに多くの人が、貧困にあえいでおります。働く子どもも物
乞いもたくさん見かけました。いわんや地方をや。

 だれもがのほほんと幸せそうにみえるバリ島や、この十年でみんなが小ぎれ
いになってしまった韓国などとは、事情が全く違うのです。貧困層の厚さが半
端じゃない。

 だからといって、インドでラグジャリーな休日を過ごすことに罪悪感を感じ
る必要もないと思うのです。行きたい人はどんどん行って、贅沢三昧に過ごせ
ばいい。そういうところで金を落とすことがインドの発展に寄与するんだ、と
言いたい訳じゃありません。貧乏旅行しようが、贅沢旅行しようが、落とす金
は一部のインド人を潤すだけで、あんまり変わらないような気がするからです。

 ただし、外国人にひた隠しにしたい、インドの悲惨な現実を知った上で、ご
ちそうを、買い物をあえて楽しめる剛胆を身につけることをおすすめします。
これがインド旅行に一番必要なものだと思います。知らんぷりをしろという訳
じゃないんです。あくまでも、どう関わるのかの肚を決めてから行った方がい
いということです。

 そういうわけで、世界に名だたるインドの悪習、数千年にわたる貧富の差の
大本、カースト制度について真っ正面から書いた山際素男のルポを二冊。『不
可触民 もうひとつのインド』と『不可触民と現代インド』。
 前者は地方の不可触民の悲惨な状況、後者は、それが少しずつであるが、変
わりつつある状況を書いてます。著者の山際素男は、四十年前の留学中に、同
乗していた車が不可触民をはね、そのまま走り去るという、悲惨な経験をされ
たそうです。何度も車を止めて戻り、はねられた男を病院に運ぶようにと嘆願
したにもかかわらず、同乗者は聞いてくれなかったとか。さらに恐ろしいこと
に、その事件が翌日になってもまったく報道されず、町の話題にすらならなか
ったのでした。
 この事件が、インド人のだれもがたずねられるとヒステリーを起こして嫌が
る不可触民問題について、取材し続ける原動力となったのでしょう。

 すでに『女盗賊プーラン』などを読んで、低カーストの人びとの悲惨な暮ら
しをご存知の方は、後者だけでもぜひ。これまで全く教育の機会を得られなか
った不可触民たちが、わずかずつでも教育の機会を勝ち取り、自分たちを救わ
ないヒンドゥー教を捨てて仏教に帰依していく様が描かれてます。実はインド
の不可触民を含む低カースト民は、全人口の半分近くに登るそうで。十分にヒ
ンドゥー政権をひっくり返す力となるのだとか。まだまだ遠い先のことのよう
に思われますが、案外十年も立たないうちにがらりと変わったりして。

 そうそう、一度肚を決めてかかれば、目が離せなくなる国、それがインドで
ありますので、どうかご用心を。
 
〈うちざわ・じゅんこ〉イラストルポライター。新雑誌『tone』(ユニバーサ
ルコンボ刊)で、インドの屠畜事情を書いてますので、良かったら読んで下さ
いませ。
http://d.hatena.ne.jp/halohalo7676/

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■林哲夫が選ぶこの一冊
(19)物質への嗅覚――安東次男の連句評釈
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安東次男『完本風狂始末』ちくま文庫、2005年

 このところ俳句に凝っている。日録「デイリー・スムース」
(http://www.geocities.jp/sumus_co/)に毎日一句を書き添えて一年少々
になる。それまで、まったくと言っていいほど俳句に興味はなかった。だって、
たった十七文字でいったい何が表せるんだ? 

 しかしながら、実際に作ってみると、字数と季語という制限が却って一字一
句をゆるがせにしない集中力を高めてくれるということを悟った。当然、俳句
に関する古書も見つけるたびに買っている。俳書は専門店ではかなり高価であ
っても、一般古書店では投げ売りされている場合もあり、渉猟の楽しみは小さ
くない。

 ごく最近、新刊の『完本風狂始末』を、そんなこちらの事情を心得たある方
にいただいた。「芭蕉連句評釈」と副題にある。底本は講談社学術文庫『芭蕉
連句評釈』全二巻。筑摩書房から刊行された『風狂始末』(一九八六年)、『続
風狂始末』(一九八九年)、『風狂余韻』(一九九〇年)を纏めたものである。
初出は雑誌『すばる』、一九七〇年〜七七年に亘って発表された。

 一読して吃驚した。現代人には、いやいや、江戸時代の評釈家にとってさえ
も、ほとんど意味不明の連句をいとも鮮やかな手並みで解剖、分析し、立体的
重層的に再構築して見せてくれる。映画「シャイニング」のラストで少年が逃
げ込んだような迷い道、メイズ・ガーデンを上空から見下ろした、そんな複雑
な脈絡の正確な見取り図がそこに展開されているのである。

 一例を挙げるのが難しい。それほど歌仙(詳しい説明は省くが、数人で長句
十七字と短句十四字を交互に詠んで三十六句でワンセットとする連句形式)の
各句の連関は緊密かつインターナルなものであって、成立した時点ですでに外
部者には計りがたい隠喩的な表現で凝り固まっているのだが、例えば「鳶の羽
の巻」(『猿蓑』所収、元禄三年九月末興行)の初折表五句目以下を安東は次
のように評釈する。

  まいら戸に蔦這かゝる宵の月   芭蕉

 舞良戸(桟と桟の間が細い戸)から「細道」のダブルイメージを読み、『伊
勢物語』第九段《わが入らんとする道はいと暗う細きに、蔦・楓は茂り》を挙
げて「蔦の細道」が旅の難儀を述べる常套句となったことを証し、芭蕉は「わ
れらの道も心細い」と言いたいのだと解く。

   人にもくれず名物の梨   去来

 梨は一名「妻梨(つまなし)」ともいう。このとき去来には妻がなかった。
前年、京都嵯峨に結んでいた去来の庵で柿の実がいちどきに沢山落ちてしまっ
てどうしようもなかったことがあった。その出来事から庵を「落柿舎」と名付
けた、すなわちそれが《人にもくれず》に籠められた意味である。

  かきなぐる墨絵おかしく秋暮て   史邦

 落ちた柿の実は売るわけにも人にやるわけにもいかない。だから墨絵のモチ
ーフにした。

   はきごゝろよきめりやすの足袋   凡兆

 《かきなぐる》(手)を受けて《足袋》とした。メリヤス編が海外からの輸
入品であることを述べ、「メリヤス」の初出、類句を尋ね、この時点では凡兆
らは実物を知らず音や文字面の面白さで用いたと断定する。さらに《墨絵おか
しく秋暮て》を室町時代の黄昏、《よきめりやすの足袋》を南蛮・紅毛の時代
到来と重ねていると畳みかけ、なんとも壮大な隠喩を解き明かすのである。

 安東次男についてさほど多くの知識と好奇心を持ち合わせていたわけではな
かった。かつて『芸術新潮』誌上において骨董についてのエッセイを連載して
いた古典文学に博識な詩人評論家という程度。今ようやく『安東次男詩集』
(現代詩文庫、思潮社、一九七〇年)をざっと読み流して、安東のプロフィー
ルを垣間見た。

 その年譜(自筆?)によれば一九一九年に岡山県苫田郡(現・津山市)に生
まれている。第三高等学校で伊吹武彦に学び、梶井、牧野、三好、中原、富永
らの作品に惹かれた。東大経済学部を卒業後、終戦まで兵役に就く。在学中に
は鈴木信太郎のマラルメ演習を聴講し、また加藤楸邨について俳句を学び始め
た。戦後は『コスモス』に参加、詩集『六月のみどりの夜は』(一九五〇年)、
『蘭』(月曜書房、一九五一年)を刊行し、書肆ユリイカの伊達得夫らと親し
く交わる……(以下略)。二〇〇二年四月歿。

 『完本風狂始末』からまず連想したのはレヴィ・ストロースの《人間につい
ての真実は、これらいろいろな存在様式の間の差異と共通性とで構成される体
系の中に存するのである》(『野生の思考』大橋保夫訳)であり、ヴァールブ
ルク『サンドロ・ボッティチェッリの《ウェヌス誕生》と《春》』(ありな書
房)の緻密なそして直接的なイメージの検証方法である。

 あるひとつの言葉、あるイメージの意味が理解できないのは、そこに意味が
存在しないからではない。それらを生み出した者たちの視線や知識をわがもの
とすれば、自ずから、無意味の形象が明瞭な姿を見せ始めるだろう。色盲の検
査表のようなものである。難しいのは、意味があるということを嗅ぎつける感
覚ではないか。「在る」と睨めば「発見」は不可能ではなくなる。

 例えば「ある鑑賞」という論考が『安東次男詩集』に収められている。そこ
で安東はボードレール『パリの憂鬱』の自序を取り上げ、フランス人がそこか
ら感じ取る読書における「物質感」に言及する。《〈一冊の本を読み進んでゆく
こと〉の想像への対応点に〈の一匹の蛇の運動〉を見ることのできない解釈者
には、永久にボードレールの作品のもつ確かさはわからぬとみてよい》

 あるいは蕪村の「夕露や伏見の角力ちりぢりに」の「ちりぢり」(原文は繰
り返し記号使用)に緩急二通りの動作のイメージが重層していると見て《賑い
とか華やかさの中に生れる一所ひっそりとした物憂い雰囲気でもあるが、そう
云ってしまっては身も蓋もない。もっと物質的な核のようなものである》とし
ている箇所。

「物質」へのこだわり、物質への嗅覚、それが安東の評釈(=鑑賞)の根元に
存在する、そういうふうに感じられる。きわめて安直に結び付けるが、例えば、
散文詩「残雪譜」(詩集〈CALENDRIER〉補遺)において高麗の陶器を少年時代に
遊び場とした残雪の丘とを対比させながら《この茶碗の茶溜りと胴の一部とに
視覚的な深さを伴つて変化する色を眺めていると、できるだけ汚れていないの
こりの雪を探しては足を踏み入れ、思いのほかのその深さにとまどつた日のこ
とが、鮮やかに思い出される》と書くような安東の触覚である。

 そしてまたそれは青春時代に物質の極限をさまよったに違いない戦争体験に
も求めることができるであろう。安東の詩作に浮かび上がるくっきりとした、
それこそ、物質的な「死」のイメージを確認しながらそう思うのである。『詩集
〈CALENDRIER〉定本』より「人それを呼んで反歌という」の最後の連。

  一つの柄
  一つの穴
  一つの 歯がた
  いつぴきの魚
  自然は じつに浅く埋葬する!


〈はやし・てつお〉画家。
5月8日〜10日、神田古書会館のアンダーグラウンド・ブックカフェにおいて
「書物の肖像」作品展示いたします。
http://underg.cocolog-nifty.com/tikasitu/

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■全著快読 古山高麗雄を読む  荻原魚雷
(28)私小説とはなにか?
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『螢の宿』新潮社、1980年4月刊

 前々回とりあげた『妻の部屋』の中に、「蛍」というエッセイ(もしくは私
小説か?)のなかで『螢の宿』にふれている一文がある。

「私は、私小説作家と言われているけれども、私小説でないものも書いている。
私小説仕立で、私小説と言えないようなものを書いている。そういうものを書
く気で書いている。『蛍の宿』にも、こしらえた個所がなくはないが、けれども、
あの小説は、従来言われているような私小説を書く気で、あの貧しく、寂しい
駒込時代のころのわが家のことを書き、一つは、私の両親のことを書いたのだ
った」
           
『螢の宿』は、「(村上)孝雄」という男の話である。尾崎一雄の私小説の主
人公がよく「緒方」になっているのと同様、「孝雄」=「高麗雄」とかんがえ
てよい。

 私小説とはなにか? この連載を通して、なんどとなくそのことをかんがえ
た。苦い記憶、自分の恥ずかしいことを書く。もっとも書きにくいことを書く。
そういうものが私小説だとおもっていたこともあった。でも「書きにくいこと」
=「苦い記憶、恥ずかしいこと」ではない。自分を情けなく書くというのは、
それほどむずかしいことではない。それよりも知人や肉親のことを書くときに、
その真価が問われるようにおもう。

 たとえば、この作品で古山さんは両親をこんなふうに書く。

「孝雄は、自分の親について、父がモルヒネ中毒になったことや、母が掻爬手術
の失敗で死にかかったことを、これまで妻の千世には話していないのであった」

 また妻の千世と孝雄の見合のことも書かれている。千世は、かつて「東京帝
大卒、海軍大尉、神戸の造船所」のエリート男性と十九歳のときに結婚してい
たが、二十二歳のときに夫は病死−−。千世は、えたいの知れない小さな会社
に勤めている、髪はぼさぼさ、服はぼろぼろの孝雄との再婚に気のりしなかっ
た。でもふたりは結婚する。

 読みすすめていくうちに、孝雄と千世のこんな会話が出てくる。

「あなたの小説に出て来る私らしい人物、いつも、ひどく、書かれている。お
母さんや英子(=孝雄の妹)さんだけは、美化しちゃってさ」
「お前も死ねば、美化して書くよ」

 私小説ファンというのは、因果なものである。古山さんの奥さんが亡くなっ
たとき、わたしは古山さんの次の小説を期待してしまった。その期待以上の作
品を古山さんは書いた。
……『妻の部屋』には「晩年の最高傑作」というべき短篇がおさめられている。

〈おぎはら・ぎょらい〉
「全著快読」も残すところあと一冊。最後の一冊は『フーコン戦記』(文春文
庫)です。

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