[書評]のメルマガ

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[書評]のメルマガ vol.291
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■■ [書評]のメルマガ   2006.12.8発行

■          vol.291
■■  mailmagazine of book reviews  [年末も快楽全開 号]
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[CONTENTS]------------------------------------------------------
★近事雑報「南陀楼綾繁のホンのメド」
 →本をめぐる情報+アルファの雑談です。年末もイベントがたくさん。
★新連載「たった一本の本棚から」岡田@川崎追分町
 →病気療養の日々を綴ったあのブログの主が、大事に読んでる本の話。
★「大阪豆ごほん」真治彩(ちょうちょぼっこ) 
 →大阪のふたつの「本スポット」から届く、楽しくて美味しいお便り。
★「食の本つまみぐい」遠藤哲夫
 →〈大衆食堂の詩人〉エンテツが料理文化史の重要本を紹介します。
★「酒とつまみと営業の日々」大竹聡
 →各方面で話題沸騰のミニコミ「酒とつまみ」の営業秘話です。大好評。
★「版元様の御殿拝見」塩山芳明
 →新幹線通勤中に毎日一冊は本を読む男が版元の社屋を徘徊します。
★「楽しみと日々 古書展と書簡をめぐるあれやこれや」つばめ
 →やたらと本に詳しい謎の人物「つばめ」による書誌探求の余談です。

*本文中の価格は、すべて税抜き(本体)価格です。

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■南陀楼綾繁のホンのメド 
新刊、古書、マンガ、雑誌、ウェブサイト、書店、イベントの近事雑報
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★早稲田に「立石書店」がやってくる!
 早稲田古本屋街に新しい店が誕生します。葛飾区・立石の〈立石書店〉が移
転するのです。店主は「牛イチロー」こと岡島一郎さん。この名の由来は南陀
楼の『路上派遊書日記』を読めばわかる。というワケで、この新店舗の正式オ
ープン前に、「古本屋内古本市」をやってしまうというイベントがあります。
しかも、初日は夜開店です。南陀楼も「けものみち」から300冊ほど放出しま
す。ぜひお出でを。

立石書店オープニングイベント 古本市/夜・昼
日時:12月21日(木)〜22日(金)
21日(木)古本市・夜 19:00〜23:00
22日(金)古本市・昼 12:00〜17:00

会場:立石書店(メープルブックスのあった場所)
新宿区西早稲田2−1−2−1階(電話番号は後日発表します)

◎特別企画
『路上派遊書日記』刊行記念 南陀楼綾繁「けものみち」放出セール
南陀楼の蔵書から約300冊を放出予定。

◎参加書店
海月書林、古書現世(早稲田)、三楽書房(早稲田)、にわとり文庫(西荻窪)、
古書往来座(池袋)、ハルミン古書センター(浅生ハルミン)、書肆アクセス
(神保町)、リコシェ、旅猫雑貨店(雑司が谷)、蟲文庫(倉敷)

*立石書店の正式オープンは12月26日(火)となります。

★海文堂関係の新刊と雑誌が出ます
神戸・海文堂書店の人文書・法経書担当である平野義昌さんの『本屋の眼』
が、みずのわ出版から刊行されます。海文堂の月刊情報紙「海会」(カイエ)
に連載中、およびホームページにもアップしている「本屋の店員 ぶっちゃけ
本音エッセイ」。ほかに、『プレジデント』に連載中の書評や店頭に貼り出し
ている“手書き書評”も収録、「神戸・書店漂流記」を書き下ろし、という内容。
平野義昌『本屋の眼』みずのわ出版 税込1260円)
装幀…… 林哲夫(画家・書物雑誌「sumus」編集人)
解説…… 畠中理恵子氏(神田神保町「書肆アクセス」店長)
2006年12月12日(火) 海文堂書店にて先行販売開始

 これにあわせて、12月23日(土・祝) 午後3時から、平野義昌氏のサイン
会を、午後5時から、「ワンコイン出版記念会」を海文堂書店で行います。こ
ちらにも、ぜひおいでください。

 また、海文堂は季刊雑誌『ほんまに』を創刊。「本」と「神戸」をテーマに、
季刊で発行していくとのコト。「情報誌じゃない〈神戸の雑誌〉って、案外な
いんですよね。この“ちび雑誌”が〈神戸の雑誌〉と呼ばれるようになったら
うれしいなぁ」(福岡店長談) 

★この年末年始も恵文社の古本市
 もうすっかり恒例となった、「恵文社 冬の大古本市」。新たに加わったお
店も含め、更に強力な顔ぶれとなりました。また特別に、今年は各店舗の境を
越えて絵本だけのコーナーも特設する予定です。100%ORANGE、Louleの当古本
市オリジナルグッズも登場します。今年は新たに夜長堂によるジャパニーズヴ
ィンテージの包装紙を復刻した、色柄とりどりのペーパーブックカバーを大展
開! こちらもどうぞご期待下さい! (サイトより)

「 恵文社冬の大古本市 」
日時:12月26日(火)〜2007年1月15日(月)

出展者: ちょうちょぼっこ、GLYPH、モダンジュース古書部、とらんぷ堂、ハル
ミン古書センター、Loule、パビリオンブックス、キュリオブックス、書肆砂の書、
スムース、三月書房、沼田元氣、木村衣有子 ほか
オリジナルグッズ製作(予定 ): 100%ORANGE、Loule、夜長堂

恵文社一乗寺店 / ギャラリーアンフェール
〒606-8184 京都市左京区一乗寺払殿町10
TEL & FAX 075-711-5919

★多田進の装幀展
 筑摩書房、本の雑誌社などの書籍を多く手がける装丁家・多田進さんの装丁展。
装丁歴35年、2,000点以上に及ぶ作品の中から、選りすぐった作品を展示します。
手作業で作り出される、控えめでありながらそれぞれの本の個性を生かした装
丁の数々をぜひご覧ください。

「装丁の仕事 1971-2006 多田進」展
日時:12月21日(木)〜26日(火)
場所:紀伊國屋画廊  紀伊國屋書店・新宿本店4F
TEL 03(3354)7401

★「木村伊兵衛のパリ」展
 今夏出版された「木村伊兵衛のパリ Kimura Ihei in Paris: Photographs,
1954-1955」(朝日新聞社)で紹介されている作品の中から約100点を展示、50年
代のポジフィルムをデジタル化、インクジェットでプリントしている。空間デザ
インはコンスタンティン・グルチッチが担当。写真を大きく引き伸ばしたもの
や、パリの庭やカフェの軒先にある典型的なテーブルの形に着想を得たという大きなテーブル6台の上に額装された写真を展示している。
 ギャラリーへは、正面入口からエルメスの店内(売場)に足を踏み入れ、奥の
エレベーターで8階にあがります。エレベーターの床のタイルが素敵です。

開催中 〜1月21日
メゾンエルメス・8階ギャラリースペース(銀座5−4−1)
(問い合わせ:03-3289-6811)

★「木村伊兵衛が捉えたパリの写真」展
 ライカ銀座店で同時開催中の展覧会はモノクロ写真14点を展示。「街を背景に
した人物の自然な表情を捉えたものが中心。」(同社広報担当者)

開催中 〜1月21日
ライカ銀座店(銀座6−4−1)
11時から19時、入場無料、月曜休日

★「Oh!MOROとG-SCOPEの時代」
 ビデオマガジン「Oh!MORO」と関西インディーズ音楽情報誌「G-SCOPE」を題
材に「90年代前半の関西アンダーグラウンドシーンを振り返る」4日間。ホス
トは、元「G-SCOPE」発行人・ガンジー石原氏、レコード店勤務のかたわら山
本精一、JON(犬)、ニプリッツ、鈴木昭男などの作品をリリースしている
東瀬戸悟氏。あのひとこのひとの意外な過去が観られるかも。
 会場に隣接するギャラリーでは、「Oh!MORO」の映像を制作したVideGramの
写真展が開催されています。

日時:2006年12月16日(土)、17日(日)、23日(土)、24日(日)19時より
会場:複眼ギャラリー
   大阪市中央区西心斎橋1-9-20 4F
http://www.fukugan.net/

★『まんがno.1』のシングルが復刻!
 1972年に創刊し、1年間で廃刊した赤塚不二夫発行の雑誌『まんがno.1』。
その付録レコードの音源をCD化し、誌面からのベストセレクションを一冊に
まとめた『赤塚不二夫のまんがNo.1 シングルズ・スペシャル・エディショ
ン』(DIW)が発行された、CDには山下洋輔トリオ「ペニスゴリラ・アフリカに
現わる!」、三上寛「ホイ!」(作詞・奥成達)などが収録されている。本の
方には、同誌の制作実務を行なった長谷邦夫と、「ツーホット・ワンアイス」
として多くの記事を書いた奥成達の長い対談が載っている。雑誌としても音楽
としてもじつに馬鹿げた内容だが、しかしこの馬鹿げたことを大金をかけてや
ってしまったいいオトナたちがこの時代にいたというコトが、なんとなくウレ
シイではないか。復刻版の制作者の、資料性を押さえつつ遊ぶ、という姿勢に
も好感。ちなみに、今年は「ハナモゲラ元年」から30周年だとか。

『赤塚不二夫のまんがNo.1 シングルズ・スペシャル・エディション』
発行・DIW 発売・ディスクユニオン
3333円
http://www.diwproducts.com/product.php

*情報提供 貴島公さん、藤田加奈子さん

なお、ココに載せられなかった新刊、イベントなどの情報は、随時以下に
掲載しています。ときどきご覧ください。
「ナンダロウアヤシゲな日々」
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/
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■たった一本の本棚から  岡田@川崎追分町
第3回 40歳が読む、40年前の青年論
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中岡哲郎『若い日の生き方 青年のための人間学入門』三一新書、1963

 私は既婚で子供がいない、40歳の男です。
 10年ほど前、「30歳成年論」というのが一部で流行りましたが、現在では、
独身の負け犬男女や、私たちのような、「子供のいない夫婦」にとっては、
「40歳成年論」が正しいのではと、私は考えています。

 というのは、私自身、30歳になった時、自分が全然「大人」になった気分
がしなかったのですが、40歳ともなるとさすがに「大人にならざるを得ない
自分」をヒシヒシと感じるからです。
 病気で会社を休んでいる私は極端な例ですが、30代のうちはまだまだ若者
気分でも、40代となると身体にあちこちガタがきて、体力的に無茶が効かな
くなりますし、成人病のおそれも増してきます。(ガンで亡くなる知人もチラ
ホラと出始めます)
 また、仕事をしている人は「自分の仕事人生の限界が、そろそろ見えてく
る」頃ですし、女性にとっては一般的に妊娠のラスト・リミットです。
 両親もだんだんと老いてきて、「両親の老後」をどうするかも、切実な問題
になってきます。
 酒井順子のベストセラー『負け犬の遠吠え』も、「先延ばしされた青春晩期
のあせり」を諧謔的に描いた本と私は受け取りました。

 ところで、そんな40歳でようやく「大人」になりかけの私が今回紹介する
のは、40年前、1963年の青年論です。「60年代に書かれた青年論」など、ほ
とんど古びていて、現在はギャグとしてしか読めないものがほとんどですが、
この本は違います。

 著者の中岡哲郎は技術史家で、つい先日、「日本近代技術の形成―“伝統”
と“近代”のダイナミクス」という大著を出したばかり、今年78歳におなり
のはずですが、まだまだ現役の研究者です。

 この先生の経歴がまたすごくて、京大在学中は学生運動に没頭。
 1951年の京大天皇事件(天皇の京大巡幸の際、全学自治会が天皇への公開
質問状の手渡しを要望した事件)で、有名な「人間天皇に訴う」というアピ
ール文の原文を書きました。
(同じ世代の作家、城山三郎の、予科練世代の青年の、戦前・戦後の天皇に対
する愛憎を描いた小説「大義の末」に、そのアピール文の大要が出ています)
 その後、定時制高校で勤めた後に、技術史・工場労働論の研究者となります
が、「現場を知らないと研究ができない」と、溶接工場の課長職として勤務ま
でしてしまう。一貫して「地に足のついた」研究を続けている人です。(まる
で、理系の網野善彦、というような経歴で、奇遇にも、網野と同じ1928年生
まれです。)

 前置きが随分長くなりましたが、この『若い日の生き方』が、40年後の現在
も、ヴィヴィッドに読めるのは、中岡先生が、具体的な例をあげながら、やは
り「地に足のついた」思索をしているからです。

 たとえば「愛について」という文章では、定時制高校の女子生徒が「先生、
クラスで私だけボーイ・フレンドがいないんです」と相談してくるエピソード
が語られる。
「コンプレックス」についてという文章では、「いつも友人から金を借りまく
って貧乏だと自称しているのに、酒と女で豪遊した話ばかりする」、混乱した
青年が紹介される。
「職業とは何か」という文章では、紡績工場の寮の舎監として就職した「政治
意識の高い」女の子が、就職第一日目に「みなさんの仕事は、組合運動弾圧の
ために、普通に女工さんと一緒に暮らして、なにげなく彼女たちの様子をみて
いてください」と会社側から告げられるという話が出てくる。

 また、銀行員になった著者の友人は、「経営の苦しい」町工場への融資を断
らなければならない。彼はそれによって、町工場一家が「一家心中」すること
まで想像をする。
 あるいは、西陣織り職人のエピソードとして、早朝から深夜まで過剰労働を
している彼等。だが、それは「職人の誇り」であり、決して「辛い」とは言わ
ないのです。

 中岡先生自身の話としては、「封建的な」高校の教員生活で無力感におそわ
れていた時期に、アグネス・スメドレーによる朱徳の伝記『偉大なる道』を読
み、小さな泥臭い努力でもコツコツと重ねていくことの大事さに気づき、勇気
づけられた、と書かれています。

 これらのエピソードは、21世紀に生きる私たちにはもう、「時代が違って無
関係な話」でしょうか。決してそんなことはありません。
 中岡先生は、「後書き」で、この本を、マルクスの「疎外論」を、マルクス
主義的な用語を一切、用いずに展開してみた、と書かれています。それは成功
しているように思えます。

 マルクス主義の扇動的な革命イデオロギーは確かに没落しました。しかし、
21世紀の格差社会を生きる私たちにとって、「職業による人間性の疎外」は依
然として存在します。
 だから、刊行から40年たってもこの本は、私には面白く読めたのです。

〈おかだ@かわさきおいわけちょう〉今度は、妻が入院しました。人生って、
『水曜どうでしょう』の「サイコロの旅」みたいです。「なんで、そんなに悪
い目ばかりでるんだよう。でも、この目でクリアして行くしかないんだよな」
という感じ……。

「腰痛日記@川崎追分町」
http://d.hatena.ne.jp/kokada_jnet/

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■大阪豆ごほん  真治彩(ちょうちょぼっこ)
(33)カミングバック、愛犬家。
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 愛猫家と愛犬家、一般的には後者が多いだろうけど、なぜだが本好きには猫
好きが多い。かく言うわたしも「猫派」だ。昨今のペットブームの影響のせいか、
「愛犬家」といえば、チワワやミニチュアダックスフンドのような小型犬にへ
んてこりんな服を着せて公園を散歩しているというような悪しきイメージが定
着しつつある。いや、だけど、「愛犬家」や「犬」って昔はこんな感じじゃな
かったろうと思う。

『ヴォワ・アナール』(山田稔・朝日新聞社)に収録されている「たわむれに―
大槻鉄男に」という文章には「飼犬が死んだり姿を消したりする」時の感情に
ついて書かれている。「家族の一員が欠けたときのような哀しみや寂しさとち
ょっと似ているようで全然異なる感情」であり「一種のユーモアが感じられる」
と著者は書く。「人間の場合のように葬式、その他、死を全うするためのさま
ざまなわずらわしい形式や手続きを要しないから、そのときに味わう感情には
余裕があって、そこにあるいはユーモアの入りこむ余地があるのかもしれない」
と続く。飼犬が死んだ時に感情に余裕がある、ことが真実かどうかはさておき、
そうそう、「犬」って、ユーモアやちょっとした哀しさを感じさせるイメージ
があったよなあと思い出す。それを感じるには、人間と犬とのある程度の距離
感が必要なのかもしれない。

「ポピのこと」(『樹木幻想』収録・大槻鉄男・編集工房ノア)と題された短
い文章は「私の家の老犬ポピが死んだ。」という一文から始まる。二ページ程
の短い文章は飼犬が死んだことを表立って嘆くわけでもなく、淡々と書かれて
いる。ポピが死ぬ少し前、石畳だった家のまえの道は幅を広げられ、セメント
で舗装される。「まだセメントの乾ききらないうちに、ポピがその道を歩いた。
近所の人が追ったそうだが、ポピは足が弱っていて、よたよたするばかりで、
逃げなかったそうだ。セメントのうえに足あとがついた。追われてよたよたし
たから、なお足あとが方々についた。」数日後、ポピは死んで、セメントは乾
いて、道には「桃の花」のようなポピの足形が方々に散っていた。「道を通る
たびに、その足形を見る」著者はどんな思いなのだろう。

「河岸段丘」(『雪沼とその周辺』収録・堀江敏行・新潮社)にも老犬が登場
する。「はじめて家に来た晩、食べものを要求して鳴いた声がロン、ロンと妙
にやわらかく聞こえた」ので「ロン」と名づけられた犬。放し飼いにされてい
たロンはある日、トラックに轢かれて死ぬ。主人公、田辺さんが働く工場の窓
のなかを、ロンは「日に何度かよぎり、こちらをじっと見つめて立ち止まった
り、捨てられた野菜をくわえて左から右に、右から左にゆっくりと動きまわり、
呼べば窓の下までやってきて、しっぽを振るでもなく、ただごろりと横になっ
て上目づかいにこちらを見ていた。」死んだ後も「窓枠のなかには、まだとき
どきロンの姿が浮びあがる。」とあり、主人公の気持ちを思うとすこし切なく
なる。

「道に残された桃の花のような足あと」や「窓枠に浮かびあがる姿」として思
い出される「犬」の存在は控えめでありながら、ずっと心に残るような強いも
のでもある。

『ジャージの二人』(長嶋有・集英社)には「ミロ」という名前の頭の悪い犬
が登場する。頭の悪い犬は実際飼うと大変だけど、愛すべき可愛い存在だ。「ミ
ロ」は主人公の父親に言わせると「純血種のハスキーだが茶色の毛は珍しく、
雑種と間違われてありがたみがまるでない」らしい。「茶色の具合が麦芽飲料
みたいなので」という理由で「ミロ」と名づけられたその犬は「誰彼構わず尻
尾を振る」し、水たまりに入りたがるし、穴は掘るし、頭の悪い犬の典型だ。
しかも、犬臭い。けれど、散歩時に人間と歩調をあわすことのできない「ミロ」
を主人公も主人公の父親も「とてもよいこと」だと思っている。「主人と犬の
仲のよさをみせつけるためにしているかのような息のあった散歩をみると、お
えっとなるのだ。」というのが理由だが、一方で、「力の配分を考えることの
ないミロの歩き方」を不憫とも感じている。無邪気すぎる、犬然とした犬にも
やはりユーモアと哀しみが表裏一体となって混在する。

「犬の話」(『天野忠随筆選』・山田稔編)には「シロ」という名の犬が出て
くる。岩船寺という寺の境内に住むその犬は近くにある浄瑠璃寺まで道案内す
るという。賢い「シロ」は「おとなしい犬で人見知りもあまりしない。」主人
公が頭を撫でてやると「はにかむようにじっと」している。「はにかむ」犬とは、
どんな表情をしているのか。小田扉が『団地ともお』で描く犬が頭をよぎる。

 つらつらと、犬の良き面を抜き出してみたが、別にチワワがダメで雑種がよ
いと言っているのではない。(いや、明らかにそう言ってるだろ)まあ、好み
の問題かもしれない。(ああ、もうまとめるのがいやになっている)もしかし
たら、目を細めて世を見渡しているチワワだっているかもしれないし、犬臭い
トイプードルだっているかもしれない。(絶対にいない)ただ、「愛犬家」の
主流が「へんてこりんな服を着せて公園で散歩」になってほしくないだけだ。
「ソレイユ」って名前より「ポピ」ってほうが断然可愛いとわたしなんかは思
う。だから、切に願う。カミングバック、(昔ながらの)愛犬家。←ラーメン
みたい。

〈しんじ・あや〉貸本喫茶ちょうちょぼっこのメンバー。「最近、ちょうちょ
ぼっこのHP、死んでるね」とCaloの石川さんに言われて、チェックすると
日記が7月でとまっていて唖然とする。HPだけじゃなく、店も死んでしまわな
いように皆さん是非おこしください〜。

貸本喫茶ちょうちょぼっこ
〒550-0014 大阪市西区北堀江1-14-21 第一北堀江ビル4F
http://www.geocities.co.jp/chochobocko/
*営業日は、第1〜3週末です。 金18:00-21:00、土日13:00-21:00

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■食の本つまみぐい  遠藤哲夫
(21)人間じゃなければよかった
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茂木健一郎『食のクオリア』青土社、2006年6月

 この著者の本は読み終えるたびに、おれとは別世界の育ちのよいお行儀のよ
い頭のよいひとがいるんだなあとしみじみ思う。そして今回は、それにしても、
このように脳や脳の働きがわかってしまったひとの食生活や性生活とは、いっ
たいどんなものかと想像することになった。たとえば性交のときなどは、ああ
っドーパミンがやってきた、きたぞきたぞ待ってましたこの脳内快楽物質、だ
けど性の快楽は生理であるが文化の制約も受ける、部屋のクオリアや照明のク
オリア、相手の髪型のクオリアなどによって、射精の瞬間のクオリアはちがっ
てくるのだ、おおっ立ち上がってきたイクぞ〜クオリア〜あああ、なーんてこ
となのだろうかと、お下劣でバカな妄想にふけってみたり。

 が、妄想からさめ考えてみると、発達した現代文明のもとで生きるには、た
かだかめしを食べるにしても、この程度の脳に関する知識が必要な時代なのか

もしれない。なにしろ「食育」がクローズアップされるほど、食の「乱れ」が
問題になっているのだ。それは文明の進化についていけない脳の結果かもしれ
ない。文明以前なら、寝食を忘れ放り出して仕事や好きなことに没頭するなん
てことはありえなかったであろうが、それがいまやどうだろう、地方条例によ
る「朝食運動」まで出現している。とりわけ日本という国には、寝食を忘れて
仕事や何かに没頭することを「美化」「自慢」するクセがあったようだ。

 じつは、空腹の仕組みすらわかっていない。有力な説はあるが、決定的とは
いえない。空腹は生理なのか心理なのか。拒食症や過食症は、なぜおこるのか。
ようするに、食については誰でも体験し語れるほど平明日常のことでありなが
ら、自分の空腹の仕組みすらわからない。ちょっとしたことで、過食や拒食に
陥り、あるいは食事を生きてるついでのテキトウなものにしてしまう。だから
また、「知ったかぶり」や「グルメ」で、わからない自分の食のバランスを保
とうとする。世にある食の本の多くは、そういうものであり、食とは難物やっ
かいなことなのだ。その、やっかいなことを、お得意の「クオリア(意識のな
かで立ち上がる、数量化できない微妙な質感)」なるキーワードでかきわけて
みようというのが本書だ。

 やっかいといえば味覚、「おいしさ」だ。本書は「おいしさの解剖学」と
「おいしさの恵み」にわかれ、食に関する24のエッセイが収録されている。
なかでも「おいしさの安全基地」は、一言でいえば、「おふくろの味」という
表現になるのだが、そこは生きる自分が絶えず立ち返るところのはずのものだ。
その安全基地が失われる怖さ、について著者は直接ふれているわけではないが、
著者に導かれチョコレートや原始の食さらに遡り海中生物であったころの記憶
から宇宙食まで徘徊し通読したあとで、そこに立ち返り、いまとんでもないこ
とを失いつつあると思う。寝食を忘れたり後回しにして本を買い読むようなバ
カモノたちには、ぜひ読んで欲しい一冊だ。

 本書は、おれも「大衆食と「ふつうにうまい」」を寄稿したことがある、財
団法人塩事業センター『webマガジン en』(http://web-en.com/)での連載
に加筆・修正のうえ刊行された。著者のクオリア・シリーズのなかでは、おれ
のようなバカモノにも、いちばんわかりやすかったし、食のクオリアだけでは
なく脳のクオリアとはこういうものかと、ちっとはわかったつもりになれた。

 どうもこの著者の文章は苦手なのだが、食の現象からヒョイと身近なことを
取り出して、実証的に論理的に、そして詩的な飛躍というか直感や想像を自在
にはたらかせ、形而上と形而下の境を溶かしていくような表現は、それ自体が
脳であるようで、読んでいるうちに著者の脳のなかに自分がいるような錯覚を
おこす。こういうひとが教祖になると、オブナイな。おれは人間ではなく、単
純に食って、運がよければ一回ぐらいセックスして死ぬだけの動物のほうが、
めんどうがなくてよかったなあ。というのが最後の感想。

〈えんどう・てつお〉フリーライター。今年も、よく飲んだ。茂木健一郎さん
は酒が好きなようで、本書でも「正しい酒の飲み方」で飲酒を擁護礼賛してい
る。「人間の脳は。結局は快楽主義である」と。では、年末年始も、快楽全開。

「ザ大衆食」 
http://homepage2.nifty.com/entetsu/

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■酒とつまみと営業の日々  大竹聡
(43)雑誌、新聞、ラジオで紹介される
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 丸善丸の内店での奇跡に酔いしれた週には、他にもニュースがあった。06年
4月下旬の木曜日、創刊当初から印刷製本すべてお任せしている大日本印刷の
Mさんも参加して、飲み会を開いた。第8号納品の、打ち上げである。

 当方は、デザインのIさん、カメラのSさん、編集Wクンと私。全5人で新
宿歌舞伎町で飲んだ。その席に、大日本のMさんは、1冊の束見本を持参して
くれた。まだ何も印刷されていないこの見本だけでも、我々はけっこう盛り上
がるのである。

 8号の納品は遅れに遅れまくったのだが、8号の配本に目処がついたら、そ
の後はすぐ、『酒とつまみ』創刊号から連載した『中央線で行く東京横断ホッ
ピーマラソン』を刊行したいと思っていた。束見本は、その、初の単行本用の
ものである。

 そして、この飲み会の当日には、前週に取材をうけていたリクルート発行
『R25』が発行されていた。数十万部も発行されている雑誌に、『酒とつまみ』
編集長として私ごときが登場しているのである。

 曲がりなりにも最新号発行の打ち上げ飲み会を開くことができ、部数の多い
雑誌から取材されることになった。そして、なんともありがたいことに、その
週末の朝日新聞夕刊の亀和田武さんのコラムでも、たいへん好意的に紹介して
いただいた。こうなってくると、弱気で調子モノの私なんぞは、もういけない。
浮き足立ってしまう。酒量が増える。

 さらに、さらに、月がかわって5月の初旬。ゴールデンウイークのど真ん中
で、TBSのラジオにも出させていただいた。『ストリーム』という番組の『コ
ラムの花道』というコーナーのゲストとしてなのであるが、時間が20分もある。
初めてのことでなにがなんだか、まるでわからない。なんとなく、いきなり、
という感じでスタジオに入ってモジモジしていると、ああ、もう出番が始まっ
ているのだった。今、実は、そのとき何を喋ったのか、よく覚えていない。
 
 あまりの緊張で胸苦しく、声が出ないのを自ら訝しく思いながら、ああ! 
と、ちょっとだけ後悔していた。こんなにあがってなんも喋れないなら、スタ
ジオに入る前に、2〜3杯ひっかけてくればよかったのだと。

〈おおたけ・さとし〉酒とつまみ編集発行人
初めての人と飲むのがとても苦手なのだが、そんな晩が続いて疲労困憊。寒気
がして胃が痛み、何も食べる気にならないので気も萎える。それでも少し無理
をして飲みにでかけると、2杯くらい飲むと腹が減る感覚が蘇り、少し酔えば
へらへら笑っている。バカだ。本当に。
http://www.saketsuma.com

ブログ「『酒とつまみ』三昧」
http://blog.livedoor.jp/saketsuma/

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■版元様の御殿拝見  塩山芳明
(52)美術出版社の巻  ハッタリの効いた戦艦ビル
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 『美術手帖』の発行元、美術出版社は、イメージが12チャンネルの洋画放送
とピタリ重なる。たまに特集に興味を抱いて買うと、めくってもめくっても広
告だらけ。広告ページの間で溺れる者が、ワラをもつかむ感じで、記事がポツ
〜リポツ〜リ、またポツリ。CM洪水の間で、エロ&バイオレンスシーンしか
残されてない、12チャン放映のB級映画そっくり(十ニ単<ひとえ>でも可。
包装ばかりで中身の少ない観光地のミヤゲを、昔こう呼んだと)。

 千代田区神田神保町2ー38、稲岡九段ビル8F。同ビルはスミアミ85パーセ
ント程の黒い石で覆われた、重厚な戦艦と言うか、ムッソリーニなら好んだで
あろう、ハッタリの効いたビル(道路を隔てた斜め向かいに飛鳥新社。入口反
対には東方会館。その先に「西秋書店」)。東方会館に尻を向け、玄関に入る
と赤ジュータンが迎える。カンヌ映画祭に招待された気分。ガラス箱に入った
青銅の壺といい、2鉢のイキのいいシュロといい、そこらの雑居ビルなど(例
えば漫画屋や波乗社が入ってて、競売にかけられる寸前の、栄昇ビルとは身分
が違うよって感じ。にしても管理会社アースウィンド、いいかげんな事ばっか
ほざいてんじゃねえっ! 京橋のフィルムセンター近所の事務所に、皆で押し
かけんぞっ!!)、「シッ!シッ!!シッ!!!」て雰囲気。

 思わずモップで床みがきしそうになるが、我れに戻って8階に。エレベータ
ーが開くと、部屋に直結する形式。所によってはいきなり机の社員と眼が会っ
てしまうが(『WiLL』編集部のように)、ここには一応クリーム色の仕切
りが。これが異常に安っぽい。あの赤いジュータンのセレブ感が台なし。ここ
だけかと思い、7階のキャラメルママへも。同じ。ムッソリーニスタイルの稲
岡ビルとしては、ここも灰色でビシリ決める等、フアシズム精神による改善の
余地が。

 で、かつての美術出版社は輝いていた。市ヶ谷にあった頃と思うが、アンド
レ・バザンの『映画とは何か』、東野芳明の『グロッタの画家』等、面白くは
ないが無理して読み、何となく頭が良くなった気にしてくれた。特に美術選書
はレイアウトがカッコいいだけでなく、文字の大きさ、行間等が読み手の事を
ちゃんと考えていた(工作舎の本とそこが異なる。今で言えば平凡社ライブラ
リー、編集工房ノアの本か? もっとも、いざ現物を手にすると、60〜70年代
の物ゆえ、文字が小さいと思うかも)。

 今、BSSグループ(と言うのだそうだ)が出してる他の雑誌は、『コミッ
カーズ』『大人のぬり絵塾』等と。時代とはいえ、同社の『コミッカーズ』ほ
どカッコ悪い雑誌はない。漫画が産業的に完全に落ち目になった頃、「我々の
ように古くから(同社創業明治38年)美術を知り尽している者が、あなた方
々新参者を権威ある存在に…」といった、不愉快極まる手つきで参入して来た
からだ。

 もっと馬鹿なのは、それに応じ、“一流芸術家気取り”でインタビュー等に
応じた、低能成金漫画家ども。漫画産業の衰退もむべなるかな。版元自体、ハ
イエナ的『コミッカーズ』では大して儲かってないのでは?(ちゃんと漫画雑
誌出すのが筋だろうが)。いつつぶれても焼けてもどうでもいい版元だが、70
年代前後の本は、今見ても非常に面白い。稲岡九段ビルではなく、古本屋の店
頭で会いたい、歴史だけの“ひもの版元”の巻、これにて無事終了。
〈しおやま・よしあき〉エロ漫画編集者。編プロ「漫画屋」を率いる。著書
『嫌われ者の記』『現代エロ漫画』(一水社)。『嫌われ者の記』をベースにし
た新刊『出版業界最底辺日記 エロ漫画編集者「嫌われ者の記」』(ちくま文
庫)が好評発売中。
なお、この連載に関しての批判・苦情・お叱りは筆者本人まで、どうぞ(た
だし、謝るとは限りません)。
mangaya@air.linkclub.or.jp
http://www.linkclub.or.jp/~mangaya/

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■楽しみと日々 古書展と書簡をめぐるあれやこれや  つばめ
第11回 柏崎のほうへ3 林哲夫さんからの手紙
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 つばめ様

 先には、拙著をお褒めいただき、同時に旧悪をも暴いていただいて、誠にあ
りがとうございました。たしかに英作と三造の取り違えは罪が重いです。『文
字力100』でも「早稲田大学」を「早稲田文学」にしてしまうというあまりに
お粗末な誤植がありました(p122)。噫、どうぞお笑いください。他にも何か
ございましたら容赦なくご指摘いただきますよう、伏してお願い申し上げます。

 つばめ様との交流は『ARE』4号で文庫特集をした直後に始まったものでした
でしょうか? たしか玉稿(玉といっても原石の状態)を拝見して、多少思う
所をご返事申し上げましたところ、その返礼として『ARE』4号掲載の拙稿にお
ける誤謬を箇条書きにして寄越してくださいました。まさにそれは拙稿の拙稿

たる欠陥を衝いた見事なご指摘でしたから、こちらはグウの音も出ませんでし
た。ツバメ返しにバサリと斬り捨てられたようなものです。その厳密なる実証
主義にはカブトを脱ぐ他ないと思い知らされました。

 ところが、それ以来、幾星霜、本欄に「楽しみと日々」が開始されましたとき、
いただいたお言葉をそのまま拝借いたしますれば、「かくも見事にして手堅い」
解読力そして文章力をつばめ様はいつの間に手のうちに納められたのか、ちょ
っと意外なほどに印象深く感じられたものです。正義・正確さの追求を緩める
わけではないものの、その上に加えて、ある種、人間性の豊かさというか、余
裕のようなものが漂っているではありませんか。あの頃の原石がいよいよ玉と
なって磨き上げられつつあるようですね。

 貴稿「柏崎のほうへ」にて言及されておられる吉田小五郎なる人物につきま
しては、ほとんど何も知る所はありませんでしたので、たいへん勉強させてい
ただきました。

《美しい紙に、一分一厘上つても下つてもいけない、ぬきさしならぬ位置と大
きさの活字を配してこそ十分美しいのである。しかし、出版業者は多くの場合
それでは画家の労力として報いないであらう。画家はいやでも、まずいと知り
つつ絵をかく所以である》

 こうまで言い切っている人物が他にも居ようとは思いもよりませんでした。
しかも《江原小弥太経営の江原書店に止宿》という記述が吉田小五郎の略歴に
あることまでご教示いただき、『文字力100』の27番で江原小弥太『我が人生
観』(越山堂、一九二六年)を取り上げた者としては、吉田をいっそう身近な
存在として感じた次第です。

 ところで、江原書店は、つばめ様にいただいた資料を拝見しますと、《大正
六年(一九一七)、江原小弥太は上京して神田猿楽町に江原書店を開業し、主
として思想、芸術関係の書物を扱った》とありますね(『柏崎の先人たち 柏
崎・刈羽の人物誌』)。これは古書店ということなのでしょうか? 

 また、江原小弥太について《吉田小五郎は、惜しむらくは江原氏は所謂文壇
に一人の知己もなく、出版社の越山堂帆刈芳之助氏が、ウソ八百版みたいな、
人が顔をそむけるような誇大な広告を出したために、江原氏は大変損をされた。
と書いていますので、越山堂の重版の版数は疑ったほうがよいかもしれません

ね》とのご教示、たしかにその通りかもしれません。

 そんな折り、たまたま八木福次郎氏が『「古本屋の書いた本」展目録』(東
京都古書籍商業協同組合、二〇〇五年)に《出版界の内報紙をだしていた帆刈
芳之助は三崎町通りで越山堂という古本屋を開店のちに出版社になった。江原
小弥太の本は多くこゝから刊行、著書も何点かある》という文章を書いておら
れるのを発見して、ほほう、と思いました。とりあえず、鈴木徹造『出版人物
事典』(出版ニュース社、一九九六年)を開きますと、帆刈は明治十六年、新
潟県生まれだとあります。江原と同郷、一歳下ですね。早大中退後に『柏崎日
報』『越後新報』、上京して『時事新報』『やまと新聞』の記者として働いた
後、一九二一年に出版業越山堂を創業、関東大震災で被災して廃業した、など
ともあります。古本屋については触れられていません。

 念のため国会図書館の蔵書を検索してみますと、越山堂(書店)の出版物と
して一九一六(大正五)年から一九二七(昭和二)年までの書名が挙ってきま
す。これをどう考えるか、それこそ実際にこれらの蔵書を手にとってみないこ
とには何とも断言できませんね……というふうに、吉田小五郎からはどんどん
離れてしまうのではありますが、こういうことが、それこそ「日々の楽しみ」、
あ、いや(お叱りを受けるところでした)、「楽しみと日々」なのではないか
と愚考する今日この頃であります。

 今後ともつばめ様がよきお仕事を続けられますよう祈念いたしております。

 林哲夫

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コメント
江原小弥太『創作混濁』(太陽堂書店、昭和12年)を購入しましたが、見事な装丁であるにもかかわらず装丁家名がわからないので、あの手この手で探っているうちに林さんのブログや貴殿のブログにたどり着いた次第です。価格は400円。写真を掲載しましたので下記のブログをご覧ください。

http://blogs.yahoo.co.jp/higetotyonmage/33050611.html
| ひげっち | 2007/05/22 1:26 PM |
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