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[書評]のメルマガ vol.309
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■■ [書評]のメルマガ           2007.4.16発行

■                     vol.309
■■  mailmagazine of book reviews  [ イチかバチか 号]
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[CONTENTS]------------------------------------------------------
★近事雑報「南陀楼綾繁のホンのメド」
 →本をめぐる情報+アルファの雑談です。今年もやります一箱古本市。
★新連載「入谷コピー文庫 しみじみ通信」堀内恭
 →限定15部でオモシロ小冊子をつくる極小版元の活動報告です。
★新連載「千駄木ドロナワ日記」川原理子
 →地域雑誌『谷根千』の若手スタッフが綴る、日々のあれこれ。
★「真駒内石山堂通信」杉村悦郎
 →山口瞳熱愛者と永倉新八のひ孫。二人がお伝えする札幌の本事情。
★「林哲夫が選ぶこの一冊」
 →「嘘のようなほんとうの話」を集めたポール・オースターの本。
★「全著快読 梅崎春生を読む」扉野良人
 →『桜島』などで知られる梅崎春生(1915〜65)の全著作を完読します。
★「今月ハマったアート本」平林享子
★「もっと知りたい異文化の本」内澤旬子
 →休載です。

*本文中の価格は、表示のあるもの以外は、税抜き(本体)価格です。
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■南陀楼綾繁のホンのメド 
新刊、古書、マンガ、雑誌、ウェブサイト、書店、イベントの近事雑報
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★第4回「不忍ブックストリートの一箱古本市」
谷中・根津・千駄木エリアの書店、雑貨店、ギャラリー、カフェなどの店舗
の軒先をお借りして、一人が一箱分の古本を持ち寄って販売する青空古本市、
それが「不忍ブックストリートの一箱古本市」です。2005年春、2006年春と秋
に続き、今年は第4回目となります。おかげさまで、すっかり地域に定着した
イベントになってきました。
「不忍ブックストリートMAP」の改訂版も完成しました。地図を片手に、街を
散歩しながら、古本に出会えるという、日本初のネットワーク型古本市です。
恒例のスタンプラリーも行ないます。景品はもらってのお楽しみ!

第4回「不忍ブックストリートの一箱古本市」
2007年4月29日(日)11:00〜17:00
*雨天決行

 一箱古本市に合わせて、さまざまな場所で協賛企画が行なわれます。
以下をチェックしてください。
「不忍ブックストリート公式サイト」http://sbs.yanesen.org/
「しのばずくん便り」http://d.hatena.ne.jp/shinobazukun/

★中里和人写真展 『東亰(とうけい)』
谷中にある喫茶店「コーヒー 乱歩 Rampo」で、写真家・中里和人さんの写
真展を開催します。

[会期] 2007年4月24日(火)〜29日(日)/10時〜20時
[場所] コーヒー 乱歩
東京都台東区谷中2-9-14/TEL:03-3828-9494/
月曜定休(祝日の場合は翌火曜休み)
※乱歩は喫茶店ですので、お一人様飲み物又はお食事など、ワンオーダーお願
いします。

〜乱歩で茶話会〜 中里和人+南陀楼綾繁トーク会
[会期] 2007年4月27日(金)/18時〜20時/定員:15名/
参加費:1000円(中里和人オリジナルポストカード5枚付き)
[予約] リコシェまでお願いします。TEL&FAX:03-3804-3907
http://www.ricochet-books.net/

★ダイバーで「ふるぽん秘境めぐり」
「神保町の秘境」の異名をとるダイバーで、4月19日(木)〜23日(月)の5日
間、“ふるぽん秘境めぐり” なるミニマーケットを開きます。ふるほんと
ふるぽんはどー違うの? この深遠な謎に、ぜひご自身で迫ってみましょう。

参加予定:やまねこ書店、古本四谷書房、古書麗文堂書店、古本フクロウの森、
バサラブックス、ブックス・ルネッサンス、退屈文庫、甘夏書店ほか。

BOOK DIVER(探求者)
神保町交差点スグ近くの路地裏
営業11:30〜19:30
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町2−12川島ビル1F(木造)
TEL&FAX 03−6657−3277 
diver@kdn.biglobe.ne.jp
http://bookdiver.exblog.jp/5360676/

★書肆アクセスで石田千さんセレクトのフェア
作家・石田千さんに、書肆アクセス内の本を選んでいただいたフェア、「石
田千が選んだ書肆アクセスの二十冊」フェアがはじまりました。
 石田千さんの目で、書肆アクセスを見つめると…、そこには。
「俳句と猫の本」「子どもの本、食べものの本」「旅の本」「学ぶ本」と四つ
に分けられた二十冊は、どれも癖のある顔をもっています。
 石田千さんにはそれぞれの本を紹介した文章も書いていただきました。
 その文をまとめた冊子「石田千が選んだ書肆アクセスの二十冊」を、会期中
フェア本をお買い上げの方に差し上げます。
 ぜひ店頭にいらして、手にとってごらんください! きっと新しい書肆アク
セスを見つけていただけると思います。
 なお、このフェアは、コクテイル文庫第二弾、『北村範史写真集 屋上―R―』
コクテイル書房刊 刊行記念のフェアでもあります。

書肆アクセス
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-15
TEL.03-3291-8474

★でるべんの会で「不忍ブックストリート」
 出版関係の勉強会である「でるべんの会」で「不忍ブックストリートの
一箱古本市」についてお話します。

「街・人・本をつなぐ試み〜不忍ブックストリートの3年間〜」
南陀楼綾繁氏(ライター・編集者)× 笈入建志氏(千駄木・往来堂書店店長)

日時:5月24日(木)19:00〜20:30(*受付は18:30から)
会場:水道橋・貸会議室「内海」1F教室
→ http://www.kaigishitsu.co.jp/access.htm

勉強会参加料 1,000円
懇親会参加料 3,500円(予定)

予約お申し込み
下記の受付フォームにて承ります。
http://my.formman.com/form/pc/IuZ3mlXvML915uvE/
http://deruben.exblog.jp/

★UBCで「本屋」の現在と未来を語る一夜
この5年、10年で大きく変化した新刊書店業界。益々増える大型店。次々
と姿を消す街の小店舗。ネットストア、新古書店の普及……。
ゲストは書店出版業界を見続けるライター・永江朗氏。個性的な「街の本屋」
往来堂書店店長・笈入建志氏。そして「本の雑誌社」の営業として書店を飛び
回り、「本屋大賞」の仕掛け人でもある杉江由次氏。
混沌とした「本屋」の現状を、そしてこれからを大いに語っていただきます。

ゲスト:永江朗、笈入建志(往来堂書店)、杉江由次(本の雑誌社) 
日時:5月29日(火)午後7時より
場所:東京古書会館地下ホール
入場料:1,000円(当日精算)/定員:80名(先着、要事前申込)

申し込み方法・詳細は下記サイトまで
アンダーグラウンド・ブック・カフェ 地下室の古書展 サイト
http://underg.cocolog-nifty.com/tikasitu/

なお、ココに載せられなかった新刊、イベントなどの情報は、随時以下に
掲載しています。ときどきご覧ください。
「ナンダロウアヤシゲな日々」
http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/

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■入谷コピー文庫 しみじみ通信  堀内恭
(3)その名は阿部清司!
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『谷よしの映画人生 天の巻』を作るとき、どうしても協力者が必要だなと思
いました。思い込みの強い私ではなく、もっと客観的な立場から谷さんへのイ
ンタビューをしてくれる人、それがフリーライターの阿部清司(あべ・きよし)
君でした。

 阿部君とは、蔵前にあった清工堂という小さなハンコ屋の佐藤良子さんを介
して知り合いました。そしてPR冊子の仕事を一緒にするうちに、まだ若い彼
(1974年生れ)の仕事への情熱を知ったのです。一度の取材では納得せず、
自腹で二度三度と取材先を訪ねる熱意、またパソコンを使えるのに、あえて手
書き原稿にこだわる偏屈さ、そして不器用なくらいに書き直す真面目さ……が
彼にはありました。

 当時業界紙でアルバイトしながら、コツコツと自分の書きたい「職人の世界」
を書き溜めていたようです。ビンボーなフリーライターの一人だった阿部君の
真摯な姿に、ビンボーなフリー編集者が共感したというところでしょうか。

 谷よしのさんのことはほとんど知らなかった阿部君でしたが、寅さんのビデ
オなどを観て、資料集めをずいぶんしてインタビューに臨んでくれました。谷
さんへの気配りに加え、彼なりに考えた質問をしてくれました。またインタビ
ュー原稿に松竹大船撮影所の人たちの証言を書き加えてくれて、文章に厚みを
加えてくれました。本当に感謝しています。

 映画『男はつらいよ』を観ていると、寅さんが旅先に泊まるという設定がな
い為か、谷さんの出ていない作品がいくつかあります。谷さんの出番を楽しみ
にしている「谷よしのファン」の身には拍子抜けですが、それとは別に作品的
に今一つと思えたりします。たったワンシーンの寅さんと谷さんのカラミが安
心感を作っていたのだとつくづく思います。そういうことを含めて、生前に谷
さんにはもう一度インタビューを阿部君と一緒にしたかった……。

 その後も、阿部君とは入谷の喫茶店で何度も会って、色々な話をしました。
フリーライターとしての将来的な不安もあることでしょう。私は黙ってそんな
話を聞くだけなのですが、この「入谷コピー文庫」を自由に使って、書きたい
もの、職人の世界を思いっきり書いてみたら……そんなこともポツリと言いま
した。それが阿部君の『その手は語る――日暮里の町工場を歩く』で、この入
谷コピー文庫の第2弾となりました。

〈ほりうち・やすし〉1957年生まれ。フリー編集者。
5月中には、赤穂貴志君の『B級邦画』シリーズの第3弾、「B級邦画の気に
なる脇役女優」(仮題)を刊行する予定でいます。またディープな映画世界の
話だと思います。

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■千駄木ドロナワ日記 川原理子(谷根千工房)
(2)光がゆらゆらのぼる様子が好き
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2007年3月23日(金)
自分が子供の頃ってどんなだったか忘れてた。でも、読んでいた本はなんと
なく覚えてる。すてきな三人組やみどりのゆび、どろぼう学校、月の光でマン
トを編むうさぎのぬいぐるみの話など。春の天気のよい日はチューリップの話
を思い出す。直しやさんが園丁さんにチューリップの酒をご馳走になる。光が
ゆらゆらのぼる様子が好き。思い出すとちょっといい気分になる。

朝、思い立って、本郷の元町公園へ行く。サクラがまだつぼみなのに、日当
たりがいいのか、ジャングルジムの横のツツジはもう咲き始めている。お茶の
水坂がわの斜面一面、ハナニラとタンポポが 咲いている。お茶の水から水道
橋の車ばかりとおる坂、ビル群の中にあって、けれどここだけは緑に守られ、
空中庭園のようなひっそりとした雰囲気がある。中央線を隔てて反対の駿河台
から元町公園をみれば、隣の聖母美術院の赤ともうすぐ開くサクラと新緑がす
ばらしくうつくしいだろう。

花壇の中央の飾り井戸にぽつんと木が生えている。公園に住んでいるおじさ
んに、何の木ですかと尋ねると、「何の木かは知らないけど、鳥が落としたも
ので、植えたものではないよ。ずっとここにいるから知っているけれど、あの
木もあの木も、手入れをしていない木は、鳥がはこんだ種から育ったものだよ」
ということだった。

4月3日(火)
飯田橋のギンレイホールでケンローチ監督の映画「麦の穂をゆらす風」を観
た。舞台は1920年代のアイルランド。憎ったらしいイギリスの警察が「汚いア
イルランド野郎!」と少年を捕まえ殺す場面から始まる。英語で話せと強要さ
れゲール語で話したミホール、機関車に英兵を乗せることを断った運転士、爪
をはがす拷問でも黙秘を続けるテディ。見事な抵抗だ。

もしこのようなことがあったとき、わたしは仲間を裏切ったり、言い訳をし
たり、理不尽な側へ荷担するようなことはないだろうか。最良の道を選べない
にしても、自分の良心に従うことができるだろうか。恥ずかしくない行動をと
りたい。でも、自信がない。

アイルランドの若者達が抵抗組織をつくり、武器を持ち、イギリス軍と戦い
はじめると、しだいに複雑な気持ちになった。彼らも結局は、人を殺す。敵兵
や、裏切った仲間を組織の命令で殺す。そして向けた銃口は返ってくる。

なぜか、それまではとてつもなく憎かったイギリス兵も、殺されると、国政
の犠牲者に思えてくる。観客は無責任だなあ。いや、映画がそう思わせるよう
にできている。そして和平交渉ののち抵抗組織は、英国の条約をのみ安定を目
指す自由国軍と、あくまで独立を目指す共和国軍に分裂する。主張はどちらも
正しく思えるのだが(それゆえか?)、対立してしまう。あー、発散しようの
ない怒り。複雑!

〈かわはら・さとこ〉谷根千工房社員。
もうすぐ(4/29)、不忍ブックストリートの「一箱古本市」だ!! 私は今回ほ
とんど手伝いをしていないけど、きてください。探していた1冊に、生涯の1
冊に、出会えるかもしれませんよ〜〜。元町公園については『谷根千』85号、
86号もお読みください。

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■真駒内石山堂通信〔番頭篇〕 杉村悦郎
(14)国破れて映画あり
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今後、「シンサッポロ」調査は深く潜航しながら進めていき、そのうちなん
らかにまとめるつもり。乞うご期待!ということで、この連載ではひと休みと
なります。

というのも、実は別件で早々にも聞き取り取材したいことができた。なにか
と言うと、敗戦直後の札幌における映画館の話(戦争中も映画館は細々とやっ
ていたけれど)。8月15日に終戦を迎えて、1週間後の北海道新聞に「映画、
演劇二十二日から再開 上演時間の制限も一応撤廃」なんて記事が載る。そし
て翌日、札幌で映画館が復活する。わずか1週間で、これは凄い! 上映され
たのは当然、戦前の映画だけれど、「本日ヨリ突如上映 大映傑作時代劇 高
田の馬場 前後」とか「日活作品 野次喜多道中記」など4館復活。その翌日
にはぜんぶで10館復活。札止めは間違いなしだろう。そんな話を聞いてみたい。

てな話を東映のプロデューサーの瀬戸彰さんとしていた。すると、先輩から
聞いたんだけど、とこんな話を教えてくれた。「終戦直後の洋画の宣伝マンな
んて、そんなにすることがなくてさ。一番重要だったのが、映画の上映前にア
メリカの生活がいかに素晴らしいか舞台で話すことだったんだって(まあ、占
領政策の一環だったろうな)。知らなかった、なんて話から、札幌に洋画配給
会社が入っていた「フイルムビル」ってあったのは知ってる? 知らない! 
その頃の面白い話はいっぱいあるんだ。でも早くしないと、当時の業界関係者
は次々死んじゃってるから、と言って『波乱万丈の映画人生――岡田茂自伝』
(角川書店)を貸してくれた(ヤバイ!まだ返してないや)。

というのも、その前にこんな話があって。
『札幌狸小路発展史』(松内保太郎編・昭和13年)の写真ページ(当時の店
舗写真が載っていて、街並みの雰囲気がよくわかる)のコピーを持参して、池
田純一さん(現在、小樽在住)の話を聞いたことがある。池田さんは終戦直後、
日活館にいたので当時の映画界事情に詳しい。私は当時の街並みの様子を聞き
たかったんだけど。狸小路にあった日活館の写真に顔を近づけ、映画看板を睨
んで開口一番「掛かっている映画はなんだ?」と言った。これぞ、興行師! 
街並みなんかより、建物なんかより、いい映画とは、儲かった映画だ。興行師
にはこれしかない!こんどは、あのときちょっと聞いた男女の淫靡な遭遇空間
としての映画館の話も聞かなくちゃ(ちなみにそのことは私の「父日記」にも
出てくる)。

というのも、その前にこんな話があって。
ススキノのど真ん中のビルに「水乃」という呑み屋があり、そこの女将が「終
戦直後の女学生時代、小樽に住んでいたんだけど、札幌によく遊びに来たわ。
当時、札幌で最も華やかだったのはダンスホールと映画館ね」と懐かしそうに
話してくれた一言が、私の酔った脳髄でスパークした。わけもなく。(私は人
見知りだから、華やかという言葉に過敏だ)。

でもなあ、池田純一さんを紹介してくれたのは新選組研究の第一人者・釣洋
一さんだけど(かつて日活館支配人だった)、最初に会ったとき(場所はなん
とススキノの居酒屋「誠」)、なんて言うか、イチかバチかの興行で鍛えられ
たというか、浮世慣れした世之介みたいというか、不良熟年のにおいが立ち込
めていて、そこにいちばん魅かれたんだよね、私は。

〈すぎむら・えつろう〉真駒内石山堂ライター&エディター
前々号でお知らせした「箱館戦争」についての原稿は佳境に至り、こんどは松
前へ、東京へ、と出かけるのでした。今年の夏くらいには共著として一冊にな
ります。

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■林哲夫が選ぶこの一冊
(27)ほんとうの話はつくられる
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『トゥルー・ストーリーズ』ポール・オースター、柴田元幸訳、新潮社、
2004

ほんとうか、嘘か。世の中そう簡単に割り切れるものではない。芥川龍之介
の「薮の中」という小説もある。当事者それぞれが手前勝手に都合のいいこと
を述べ立てる。幽霊までもが。いや、いったいぜんたい、真実なんてものがこ
の世に存在するのだろうか。

『トゥルー・ストーリーズ』は、題名の通り、オースター自身あるいは身近な
人々の上に起こった「嘘のようなほんとうの話」というか「偶然」についての
考察を集めた「赤いノートブック」を中心として、自伝的な短い文章をアレン
ジした本である。オースターは「嘘のような実話」に興味を持つ理由について
次のように説明している。

《僕がいつも感じることなんだが、新聞やテレビでは、さらには小説でも、物
事の真相が歪められているんじゃないか。現実が持っている、不思議で、意外
な本質に、本当に向きあってはいないんじゃないか》(訳者あとがき)

だから現実の成り立ち方に心底魅了されるのだそうだ。と言うことは、オー
スターは「真相」なり「真実」なりを信頼しており、その真相の「相」を非常
に極端にとらえる、やすやすと暗闇で針に糸を通すような、あり得るだろうが、
あり得ない、あり得ない偶然があり得るという「事実」を示そうとする。それ
はとてつもなく面白い試みだ。

そう言えば、先日、わが家の障子を張り替えた。恥ずかしながら九年ぶり。
きれいに剥がして、洗って、糊を置き、紙を被せて、日陰干し。一連の仕事を
終えてやれやれと思い、一服点ける代わりに、読み継いでいた漱石の「門」(縮
刷『三四郎、それから、門』春陽堂、大正十年五十一版)を開いた。いきなり
こう書いてある。

《「小六さん、茶の間から始めて。夫とも座敷の方を先にして」とお米が聞い
た。/小六は四五日前とうとう兄の所へ引移つた結果として、今日の障子の張
替を手伝はなければならない事となつた。》

または、杉本秀太郎『回り道』(みすず書房、一九八一年)所収の「たんぽ
ぽの種子—プチ・ラルースのこと」を読んだ直後、金沢書友会の古書目録が届
いたので何気なくペラペラめくっていると、金沢文圃閣が戦前版の“NOUVEAU
PETIT LAROUSSE ILLUSTRÉ”を出品していた。まさしく杉本が話題にしている
『プチ・ラルース』。五千円だったか、普段ならば見向きもしない類の本だが、
これは買わないわけにはいかないだろう(でもないか)。

むろん本と現実とのコレスポンダンスに限らなくとも、コインサイドな出来
事は誰でも身に覚えがあるに違いない。例えば、小生の妻が古本ソムリエこと
山本善行氏に出町柳でバッタリ出会ったことがあった。妻が出町柳界隈へ出か
けたのはおそらく生涯初めてではなかったか。同じころ、小生は三条のアスタ
ルテ書房で床に膝をついて安い本を漁っていた。そこへ入って来た見覚えのあ
る女性、それは古本ソムリエ夫人であった。

もっと希有な体験もある。冬のパリで大学時代の友人と再会した後、その男
と別れて、あちらこちらフラフラと旅行しながらマドリッドまでたどり着いた。
何はさておきプラド美術館へ。ベラスケスの大作がずらりと並ぶ大展示室へ足
を踏み入れた瞬間、もう一方の入口からパリで別れた友人がひょっこり顔を出
した。何の連絡も取っていなかったのは言うまでもない。いや、連絡し合って
いてもああは行かない。心底ギョッとした。

パリと言えば、『トゥルー・ストーリーズ』にはオースターがパリで貧乏生
活をしているときに北ベトナムの憲法を英訳をしたというくだりがある。彼は
一九七二年から三年半フランスにいた、ということはベトナム戦争の最中であ
る。その御礼として夕食に招待された。それはこういうレストランだった。

《そのレストランは五区にあって、私が住んでいるところからさして遠くなく、
私も何度かそこで食べたことがあった。パリのベトナム料理店としてはもっと
も簡素でもっとも安価な部類に入る店だったが、もっとも美味しい部類に入っ
てもいた。店内で唯一の装飾は、壁に掛かったホー・チ・ミンの白黒写真だっ
た。》(その日暮らし)

店の名前は記されていないがピンときた。「フォワイエ・ヴェトナミアン」
といって五区のプラース・モンジュのそばにある。小さなプレートで店名が表
示されているだけだった。フォワイエ(foyer)とは「暖炉、かまど」であり
「家族や仲間が集まる場所」を意味している。

一九八〇年に何度かここで食事をした。ホー・チ・ミンの白黒写真は記憶に
ないが、ほんとうに安くて美味しい店だった。その西側にはムフタール街とい
うにぎやかな市場があって、若き妻が買物をしている間、小生はどこかへ電話
をかけていた。日本の電電公社が協力したと聞いたが、当時最新式の透明な公
衆電話ボックスで用事を住ませて外へ出ると、隣のボックスにいた若い女性が
英語で話しかけてきた。

ガラス越しにこちらのメモが見えたらしく「日本人ですか?」。彼女はアメ
リカ人だった。なんだかんだ立ち話をしていると、妻と小さかった息子がもど
ってきた。彼女が「子供がいるなら絶対知っておくべきよ」とパリでいちばん
信用がおけると評判だったアメリカ病院の場所を教えてくれたりして、最後に
そのすぐ近くにある美味しい店として「フォワイエ・ヴェトナミアン」を推薦
してくれたのだった。してみるとパリのアメリカ人の間では有名な店らしい。

それから十八年。一九九八年にパリを再訪したとき、なつかしさから「フォ
ワイエ・ヴェトナミアン」で食事をした。場所も店の様子もさして変ってはい
なかったが、当時の日記にはこう書いてある。

《経営している人が年とったのにちょっと驚く。50Fのムニュはハノイふうの
スープ(平たいヌードル、牛肉、たまねぎ、もやしに緑のやさい、レモンにと
うがらし)蒸しギョーザ、デザート。妻はポークのブロシェット(ビーフンと
ミント、もやし、レタス付)。味の方も年老いたかんじがした》

もうひとつ、これもフランスに関すること、「スイングしなけりゃ意味がな
い」という一篇を読んでヒラメイタ。そこにオースターが最初に読んだ英語以
外の本として『星の王子さま』が登場しているのだが、『星の王子さま』ファ
ンなら誰でも知っているように、サン=テグジュペリはニューヨークでこの作
品を書いた。マンハッタンの一等地にあるセントラルパーク・サウス二四〇番
地の建物の一室で。じつはその建物にはオースターの母となるべき娘が両親と
ともに住んでいた。サン=テグジュペリが『星の王子さま』を書いていたのと
ちょうど同じころだという。

《その本がまさにいま書かれつつあることを母がまったく知らず、そもそもそ
の作家が何者なのかも知らなかったという事実に胸を打たれる。さらにまた、
やがて戦争も終わりに近い時期にサン=テグジュペリの乗った飛行機が落ちた
ときも、母は彼の死について何も知らなかった。それとほぼ同じころ、母は飛
行機乗りと恋に落ちた。結局この飛行機乗りも、同じ戦争で死んだ》

これもなかなか面白い符合ではあるが、ハッとしたのは、トゥルー・ストー
リーズ(ほんとうの話)というオースターの本のタイトルが『星の王子さま』
の冒頭に登場する書名からきているのではないか、と気づいたからである。一
九四六年のガリマール版とキャサリン・ウッズによる英訳を掲げる。

LORSQUE j'avais six ans j'ai vu, une fois, une magnifique image,
dans un livre sur la Forêt Vierge qui s'appelait《Histoires Vécues》.

Once when I was six years old I saw a magnificent picture in a book,
called True Stories from Nature, about the primeval forest.

「True Stories from Nature」(原文は斜体)の訳語が適当かどうかは置くとし
て、オースターの「トゥルー・ストーリーズ」に、巨大なうわばみから果てし
なく広がってゆく星の王子さまの無垢な真実が重ね合わされていると考えても、
あながち見当はずれではないように思える。ほんとうの話はつくられるのである。

〈はやし・てつお〉
引越のてんやわんやで危うくこの原稿を落すところでした。5月26日に神戸の
海文堂書店にて『spin』創刊記念トークショーを鈴木創士・中島俊郎両氏と行
います。
海文堂書店 http://www.kaibundo.co.jp/
林哲夫ブログ http://sumus.exblog.jp/

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■全著快読 梅崎春生を読む 扉野良人
(18)女のブルース
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『黒い花』月曜書房、1950年。 

 表題作の「黒い花」は大学へ入ったころに読んだ。少女が敗戦後の世相を背
景に人生を転落していくストーリーを、それまでに読んだ梅崎作品とはちがう、
ちょっと露骨な通俗さに意外を感じつつも読んでいることを忘れて引きこまれ
た。こういう読め方をしてしまう小説に対して、当時の私は「娯楽ならおもし
ろいが文学的でない」などと評していたような気がする。それまでに読んだ梅
崎の著作といって、文庫のちくま日本文学全集『梅崎春生』(私はこれで梅崎
春生と出会った)きりなのに、えらそうに批評していたのだ。『黒い花』は、
私が古本屋で買った最初の梅崎春生の本でもあった。

 約十五年ぶりに再読する「黒い花」は、おもしろかった。通俗小説という印
象は違わないが、それが文学的かどうかという読み方はもうない。梅崎春生が
描きだすテンポというか滋味というか、そういうところは足りないが、べつな
見方をすれば「黒い花」は発表後まもなく映画化(1950年)され、映画のシナ
リオとしてなら充分手応えのある小説であり、そこがおもしろさの中心となっ
ている。

 読んでいて、ふと「嫌われ松子の生涯」を思いだしたが、「なにが彼女を転
落させたのか」というテーマ、愛憎交々の男(世間)への抗議、情念のブルー
スがともに薄幸な女によって歌われているためだろうか。

「黒い花」は「未決囚鷹野マリ子より裁判長への上申書」として書かれた。
 マリ子は挺身隊として特攻隊員の外被を縫う仕事をしていた。三月十日の空
襲で工場も家も焼かれて着のみ着のまま逃げ出したが、あろうことかマリ子は
この非常時に初潮になる。継母から「まあ。なんてこの子は、バカな子だろう」
と難詰され、「私は氷の底に落ちてゆくやうな気がした」。それまでは働いて、
力をあわせて働いていれば戦争にも勝って、「絶大の幸福が自分にも来る」と
信じてやまない少女が氷の底へ落ちる。転落の第一歩までに、「黒い花」は二
十行と要さない。その二十五行あと、「心にどろどろの汚物をかけられた」よ
うな気持にさせられる。終戦の詔勅の流れた数時間後、働いていた郵便局のチ
ョビ髭を立てた主任にいやらしく迫られたのだ。「私は、大人を憎んだ。心の
奥底から」絶唱されるブルースに、「黒い花」は息もつかせない。

 マリ子の人生は敗戦を境にして、狂っていく。継母から冷酷な仕打ちをうけ、
次第に自分が父を間においた一人の女だと気づく。憂さ晴らしのダンスホール
通い。暗い衝動。ふたたび彼女に強要を迫るのは洋裁学校の先輩女性で、マリ
子の受けた衝撃は「彼女のその行為を支えるものが、人間同士の愛情ではなく、
むしろ動物間の憎しみみたいなものである」と直覚させる。と同時に、「ほん
の一瞬ではあったが、私の胸の嫌悪と屈辱から、肉体の感覚をとつぜん裏切ら
せて」、はじめて味わう感覚として「私の肌はわづかに濡れた」。

「黒い花」は露骨なエロティシズムをあおる、当時流行の肉体文学の手法を借
りている。どぎつい言葉で彩りながら、マリ子の転落の人生はテンポよろしく、
「ヒリヒリするような生の刺戟」を求めて上野のズベ公(不良少女)の仲間に
加わる。このあたりから読者はマリ子へ、同情ともつかない感情移入をしている。

 ところで映画「黒い花」は1950年11月に封切られ、梅崎作品の映画化では
第一作目となった。『黒い花』の表紙に映画のスチールが使われているので、
この本が映画とタイアップして出版されたらしいことを伺わせる。スチールの
不安げな表情を浮かべた少女役の俳優が誰なのかと調べると久我美子で、少女
の手をとって引きよせる男優は鶴田浩二らしい。おそらくこの場面は、マリ子
が親戚の海軍上がりの青年に、荒んだ自分の生活を打ちあけ、一夜恋仲となる
ところだろう。青年はその翌日、浅間山噴火に巻きこまれてあっけなく死んで
しまうのだが。

 ここに「黒い花」の台本がある(古書には時々こんなものも見つかる)。表
紙に「ズベ公 二(巻?)和子様」と配役と宛名がペン書きされている。
「制作……杉山茂樹/原作……梅崎春生/脚色……八住利雄/監督……大曽根
辰夫」、それ以下のスタッフ、配役の一覧は空白のままなにも書きこまれてい
ない。全97シーン。ズベ公役だった二(巻?)和子は端役らしい。短いカット
でいくつかセリフがあるにすぎない。

「53 上野公園(夕)/煙草を吸ひながら立つているマリ子 ズベ公の一人が近
寄ってくる。

ズベ公 あんた見張りかい?
マリ子 うん
ズベ公 あんたの彼氏がつかまったのを知つてるかい?
マリ子 なによ あたいの彼氏って!?
ズベ公 ほら あの チャリンコさ!
マリ子 保ちゃんのことかい?
ズベ公 名前は知らないよ でも掴まえられて 鶴見の新生学院にいれられて
いるそうだよ
マリ子 まあ……そうかい でもあたいの彼氏なんかぢゃないよ!
ズベ公 いいぢゃないか 見舞に行つておやりよ

 と 邪気のない笑ひ マリ子の頬を一寸突つついて去つて行く。」

 台本は「黒い花」のどぎつい場面に挟まれる、何気ない場面を映像として再
現していた。「51 町/アイスキャンデーを売っているマリ子 マリ子の声」
「52 他の町/露店の店番をしているマリ子」「54 走る電車」。

 やがてマリ子はチャリンコ(子供のスリを指す隠語)の一味に誘われて強盗
をはたらく。郊外の別荘屋敷の寝込みを襲ったのだ。首領格の男がその家の若
い娘を強姦するのを見て、マリ子は青ざめ、逆上し、折りかさなる男女もろと
も短剣で突き殺した。
 マリ子は未決囚となり、小菅拘置所の女区に収監され、弁護士の勧めでこの
上申書を書く。

 大人になることを、マリ子は自他を傷つけることで通りぬけるものだと考え
る。だが一方で、「他もそこなわず自らの身も傷つけず、たくさんの男女は安
心して大人になってゐる」のはなぜだろうか。

「さう思ふのは、私のひがみでせうか。私の負け惜しみでせうか。それとも独
相撲でせうか。(中略) 私はその独相撲で、惨めにも負けたというだけの話
なのですから」

「黒い花」には、めずらしく梅崎春生のセンチメンタルが一面に投影されてい
る。それはズベ公の「邪気のない笑ひ」のように、映画になってはじめて生き
てきたのかもしれない。

〈とびらのよしひと〉1971年生まれ。『考える人』最新号、特集「短編小説
を読もう」に町田康氏が梅崎春生の「庭の眺め」をとりあげ書いている。「裂
目を拵えるという目的を遂げるまでは狂的であるのに、目的を遂げる途端、静
的になる馬が我々人間の姿のように、或いは、語り手の脳内に進入した、正体
不明の胡乱なもの、のように思えてくる。その際、裂目とはなにか、と考えて
しまう」。「庭の眺め」は『黒い花』所収の一篇。

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