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[書評]のメルマガ vol.495

 

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■■ [書評]のメルマガ               2011.08.20.発行
■■                             vol.495
■■ mailmagazine of book reviews    [「カイシャ」に似ている 号]
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■コンテンツ
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★「トピックス」
→トピックス募集中です

★「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
→『ニュー・ミュージック・マガジン』と『大衆音楽の真実』

★「書評で巡る、男の生き様劇場」蕃茄山人
→ 「赤紙」を運んだのは誰だったのか?

★「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
→ 金子みすゞは猝しの詩人瓩箸いΔ世韻任いい痢

★「目につく本を読んでみる」/朝日山
→「ヤクザ崩壊 侵食される六代目山口組」溝口敦 講談社α文庫

★【募集中】献本読者書評のコーナー
→ 読者の方、著者の方、出版社の方、必見です。

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 まだまだ募集中の「献本読者書評」巻末のコーナーで!

 出版社・著者の皆様からの献本も募集中です!

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■「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
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#13 『ニュー・ミュージック・マガジン』と『大衆音楽の真実』

これまでこの連載では、前の回の本と何かしら関連のある本を選んできた。連
歌のように、つかず離れず。似た本が続かないよう、無関係にもならないよう。

今回も前回、前々回の二回にわたって取り上げた『ブラック・マシン・ミュー
ジック』からの流れで選んだ本があったのだが、それは次回に延ばすことにし
た。

ちょうど1ヶ月前の7月21日、雑誌『ニュー・ミュージック・マガジン』を創
刊し、初代編集長を務めた中村とうようが亡くなったからである。享年79歳。
一人暮らしのマンションから飛び降り自殺したと見られている。

ショックだった。

『ニュー・ミュージック・マガジン』は、高校から大学にかけての愛読誌で、
殆ど毎号買っていた。

中学生の時、友だちに聞かせてもらったビートルズと、ラジオから流れるカー
ペンターズによって、英米音楽へ開かれたぼくの耳を、さらに広大な世界中の
音楽へと一挙に拡大してくれたのがこの雑誌だった。

Wikipediaによると、中村とうようは元々銀行マンで、1957年、雑誌『ミュー
ジック・ライフ』に寄稿したカリプソの紹介記事で音楽評論家としてデビュー
したそうだ。

その後、60年代にアメリカで起こったフォークソング・ムーヴメントを契機に、
こうした「新しい音楽」を紹介するため、『ニュー・ミュージック・マガジン』
を創刊した。

やがてロックの時代が訪れ、紙面の多くをこの「ニュー・ミュージック」に割
きつつも、そのルーツとなるブルースや、アメリカ以外の国の音楽への目配り
も怠らなかったのは、ラテン音楽の紹介者として出発したからだろう。

この複眼的な、幅広い音楽への視野が、ぼくには新鮮だった。

と言うのも、まだ十代だった70年代、この国の輸入文化はUSA一辺倒。まる
で地球には日本とアメリカ合衆国しか存在しないかのようだった。

ワールド・ミュージックという言葉すらないそんな時代に、ロックやフォーク
だけが洋楽ではないということを教えてくれた。

例えば、インドネシアのダンドゥットという大衆音楽など、この雑誌がなけれ
ば知ることはなかっただろう。

いまでは多くの人が知っているバリのガムランやケチャも、ぼくはこの雑誌で
知った。日本でケチャをやろうと試みた芸能山城組の記事もあった。高校生の
時、新宿の三井三角ビルの広場で行われた演奏を夏休みに見に行ったのも、こ
の雑誌に告知があったからだったか。

表紙のイラストも担当していた河村要助がサルサを精力的に紹介しており、そ
の記事は後に単行本『サルサ番外地』にまとめられた。

サルサ! ニューヨークに住むプエルトリコ移民たちが、ラテンをベースにロ
ックやジャズなど雑多な音楽を煮込んでつくった特製ソース(サルサ)のごと
き、ごった煮音楽。

USA一辺倒の輸入文化事情への青臭い反発と、サルサに聴くスペイン語の響
きのかっこよさにやられて、大学ではスペイン語学科に進んだのだった。

USA以外の国には、もちろんわが日本も入る。
歌謡曲については、平岡正明の「山口百恵菩薩論」や、たのきんトリオに関す
る記事などが記憶に残っている。

伝統的な日本の音楽についても、やはり平岡正明と犯罪ルポルタージュの朝倉
喬司が「河内音頭」を日本のソウル・ミュージックとして称揚していたのが鮮
烈だった。明治時代、「オッペケペー節」で一世を風靡した川上音二郎を紹介
していたのは、その朝倉喬司の、後に本にもまとめられた「芸能の始原に向か
って」という連載だっただろうか。

世界には実に多様な音楽があるのだ、という当たり前の事実。
それこそが人間の文化の豊かさである、という感動。

だからこそすべての文化は等価であり、差別や優劣の順位づけは決して許され
ない。まして、特定の文化が弾圧されることがあってはならない。

生物多様性と同時に、音楽多様性、文化多様性こそが大切だと、声高に主張す
るのではなく、ただひたすら世界中の音楽の魅力を伝えてくれることで、中村
とうよう率いる『ニュー・ミュージック・マガジン』は示してくれた。

そしてもうひとつ、雑誌の後半に見開き2ページで設けられていた「とうよう
ズ・トーク」も忘れ難い。タイトル通り、編集長自らが書くコラムである。

ここでは音楽の話題だけでなく、広く社会的、政治的なテーマが語られた。中
でも、太平洋のある島国の話がいまでも心に残っている。古くから人々が平和
的な暮らしを営む、大小の島々からなる国。そこに米軍の基地が出来ることに
なった。それもその国で一番大きく、一番暮らしやすい島が占拠された。住民
たちは他の島に追い出され、基地の仕事をするために、ふるさとへ船で通う生
活を余儀なくされた。

平和を守る、という美名の下に、住民の平和な生活を蹂躙する米軍に、目の前
が暗くなるような怒りを感じたものだ。
いまでも同じような問題が、普天間でも繰り広げられている。なんて進歩のな
いことだろう。

もともと、アメリカのフォークソングによるプロテストへの共感がベースにあ
ったはずだし、時代はまだ60年代の、潰えた革命の熱気を少しだけ残していた。
だから、音楽雑誌でもこうした記事があることは少しも不自然ではなかったの
だ。

70年代後半だったか、ユーミンやオフコース、山下達郎ら、それまでのフォー
クやロックというジャンルに納まりきれない音楽をニュー・ミュージックと呼
ぶようになった。
この言葉との混同を避けるため、1980年、この雑誌は『ミュージック・マガジ
ン』と改称する。

それから数年経って社会人になった途端、音楽どころではない忙しさの坩堝に
放り込まれ、『ミュージック・マガジン』とも疎遠になってしまった。
それでも年に一度の、その年のベスト・アルバムを選出する号だけは買って話
題のCDを購入したものだが、それもいつしか忘れることが多くなった。

それでも、今日に至るまでの音楽への向き合い方を決定づけてくれたのはこの
雑誌だ。
音楽はもとより、音楽について書かれた文章を読む歓びも教えてもらったし、
それがこうして音楽本書評を書くことにもつながっている。

書評なので、書籍にも触れておこう。

中村とうようの数多い著作の中で、代表作と言えば『大衆音楽の真実』だろう。
これは、それまでの論考を体系的にまとめた大部の著書で、取り上げられてい
る音楽が入手困難だったため、本と連動するLP2枚組のレコードも別売され
た。いまではCD付ブックなど当たり前だが、当時はまだ珍しい試みだったと
思う。

実はこのレコードの方はちゃんと持っているのだが、本の方が見当たらず、買
わずじまいだったのか、売ってしまったのか、記憶が定かでない。
とりあえずタワーレコード新宿店に、特に「追悼、中村とうよう」などのコピ
ーも何もなく、そっけなく彼の本を出版社の倉庫から慌てて集めたように、で
も一応独立した棚に並べてあったので、買って読んだ。

インドネシア、ラテンアメリカ、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカなど、世界
各地を広範な視野に収め、時代も大航海時代から20世紀までを抑えながら、
貴族の宮廷音楽でも、庶民の民謡でもなく、社会から弾き出されたアウトロー
的芸能者たちによる大衆音楽こそが今日のポピュラー・ミュージックの源流で
あり、それが国際的なネットワークで影響を与え合いながら、多彩な果実を実
らせていることを描き出す労作である。

いま読むと、山口昌男の中心・周縁、トリックスターなどの概念を援用した考
え方が随所にあり、時代を感じる。
蔑まされながらも憧れられる異端の芸能者としてミュージシャンを描き出す筆
致にも、挫折した全共闘革命の闘士たちやヒッピーたちに通じる、ドロップア
ウトへのシンパシーを感じる。

その後、ドロップアウトはいつの間にか「落ちこぼれ」に変わり、勝ち組・負
け組から格差社会へと時代は移ろったが、それでも芸能者はヒップスターであ
り続け、蔑みと羨望の狭間で人々の関心を失うことはなかった。
その意味で、中村とうようの大衆音楽論は、表現方法に時代は感じても、本質
的には優れて普遍的であったと思う。

実家に溜め込んでいた『ニュー・ミュージック・マガジン』の山も、いまは散
逸してしまった。
大邸宅にでも住んでいて、収納スペースに無限の余裕があれば取っておいて、
いまごろきっと再読していただろう。
でも、記憶の中にはちゃんと残っている。
この雑誌に導かれてめぐり合えたすばらしい世界の音楽の思い出と共に。

ありがとう、中村とうようと『ニュー・ミュージック・マガジン』。

『ニュー・ミュージック・マガジン』(現『ミュージック・マガジン』)
(株)ミュージック・マガジン社
1969年創刊 1980年改称

『大衆音楽の真実』
中村とうよう (株)ミュージック・マガジン
1986年1月10日 初版第1刷発行
1995年5月10日 第5刷発行

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
先月は、俳優の原田芳雄も逝去。残念。ソウル・シンガーとしてもめちゃ渋。
昔テレビで見た時、ステージの袖で待っていて、イントロが終わると両手を高
く掲げて出ていく姿が痺れるほどかっこよかった! 映画『赤い鳥逃げた?』
の挿入歌『愛情砂漠』も最高です。

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「書評で巡る、男の生き様劇場」蕃茄山人
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■(68)「赤紙」を運んだのは誰だったのか?

『赤紙と徴兵 105歳最後の兵事係の証言から』
(吉田敏浩著、彩流社刊、2,000円)

よく戦時中を舞台にしたドラマ、たとえば先月あたりの「おひさま」を見てい
ると、主人公ないし周辺の若い男性の元に地味な形(なり)の人物が訪ねて来て
紙片を渡すと受け取った人物の表情にサッと陰がさす…。そんなシーンがある
よね。来るのはたいてい顔も見えない、下手をすればノークレジットの人物。
たとえば、の「おひさま」。自宅で家業の蕎麦屋に精を出す高良・男前・健吾
のもとにも無彩色の国民服に合切袋を斜めがけにした後姿だけの男によって赤
紙が届けられる。そして「ご苦労様です」とお互いに深々と一礼してそのシー
ンは終わる。あれは郵便局員ではない。村役場の「兵事係」である。もし郵便
屋さんが届けているドラマや映画や芝居や小説や漫画やゲームがあったらあま
り信用しないほうがいい。

そして1945年8月15日の敗戦。機密保持、実は責任回避のために召集令
状の原簿を含む一切の軍事関係の書類が、軍の命令の下に焼却されたのはご存
知のとおり。
ところは琵琶湖のほとりの農村、現在の虎姫あたり。村の青年たちに召集令状
を渡してきたことに責任を感じて、軍からの焼却命令に反して兵事書類を60
余年守り通した一人の元・兵事係がいた。この本は、105歳の元・兵事係の
証言と膨大な資料を読み解いて、彼、西邑仁平(取材当時103歳。105歳
で死去)の軌跡とともに、「住民基本台帳」も「住基ネット」ない時代に「精
密機械のような」とまで称される徴兵システムが機能した謎にも迫るルポルタ
ージュだ。

著者は吉田敏浩。ビルマ北部のカチン族などの少数民族の自治権を求める闘い
と生活と文化を長期取材した記録『森の回廊』(NHK出版)で、96年、大
宅壮一ノンフィクション賞を受賞しているノンフィクション作家だ。この老い
た元・兵事係のもとに足繁く通い、この労作をまとめ上げた。

 あの時代にたった一人の徴兵忌避をも許さない(いや実際にはいろいろあっ
たらしいが)高度なシステムがなぜ作られたか。それはもちろん「徴兵」、つ
まり軍事力の確保が国家の根幹に関わる大事であるからに他ならない。何しろ
「召集」だ。ただの「集」ではない。「召して」「集める」のだ。「お召し列
車」の「召し」、である。当たり前だけどただ事ではない。

警察も軍のパシリとなって能く働いている。名簿に載っている者が普段からど
こに居住しているのか何をしているのかを把握して、行方不明者も総力を挙げ
て探索し、首に縄をつけて軍隊に引き渡す。いかに当時において軍隊が力を持
っていたかが良くわかる。さらには国民一人一人までもが、「みんな行ってい
るのだから」と忌避を許さない空気を作る。つまり「同調圧力」だ。このへん
はちょっと「カイシャ」に似ている。さらには学校にも町内会にも趣味のサー
クルにも似ている。それが「組織」というものなのだろう(良くも悪くも)。
こうしてあらゆる組織に縦糸と横糸を絡めて、トップから末端まで水も漏らさ
ぬ体制が作られる。

この「精密機械のような」システムの内容を当時の国民が知っていたかという
と、否だ。当時において徴兵制度の詳細はトップシークレットだったのだ。生
命に関わる重大事というのになんて暢気な、と現在の感覚で考えると不自然な
感じだが、なにしろ「知る権利」なんてものがもとよりなかった時代だ。

そして敗戦。兵事係・西邑はなぜ文字通り命がけでこの兵事書類を焼却から守
ったのか。それはつまり、兵事係がただの配達人ではなかったからだ。軍より
指示された対象者に召集令状を確実に手渡すというだけでなく、彼らを確実に
兵舎まで送り込むという業務があった。そのほかに地域の対象者のデータベー
スの管理、壮行式の実施、慰問袋の手配、そして銃後の家族への戦死の告知も
兵事係の仕事だった。著者の「なぜ(命令どおりに燃やさなかったか)」に対し
西邑は、「村からは多くの戦没者が出ています。兵事書類は、戦死者を出した
多くの家族に関わる大切な書類なんです。だからこれを処分してしまったら、
戦争に征かれた人の労苦や功績が無になってしまう。遺族の方にも申し訳ない、
と思ったんです」と答えている。ちなみにこのように兵事資料が残されたのは
全国に10数例あるという。

戦争当時、膨大な手間をかけていた徴兵、召集に関する作業も、現在なら住民
基本台帳、住基ネットでワンクリックということも多いだろう(考えてみれば
剣呑な代物だ)。それだけに不安も多く、つい次のような問いをしてしまう、
「ふたたび繰り返さないためにはどうすればよいのでしょうか」。

そんなことはそれぞれが考えなければいけないでしょうよ。それこそ死に物狂
いで。安易に人に尋ねるような思考停止が一番ヤバイ。でもこの著者は親切な
方でいろいろなヒントをこの本にちりばめてくれている。その点でも皆様にぜ
ひお勧めしたい。ネタバレになってはいけないので多くは書かないけど、僕が
思うに、まずは「知る努力」。それと「同調圧力の回避」あたりなのかな。

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(ばんかさんじん。都内出版関係某社勤務。昨9月脳梗塞に斃れ、今年1月末
に退院。アグレプランニング「季刊 健康」にて、日本一役に立たない闘病記
「リハビリ道楽」を好評連載中。完全復活に向けての苦闘と妄想をブログ「蕃
茄庵日録([ばんかあん]で検索)」にてリアルタイムで報告中。
http://d.hatena.ne.jp/banka-an/ 「JPIC読書アドバイザー養成講座」受
講中。

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■「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
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金子みすゞは猝しの詩人瓩箸いΔ世韻任いい痢

 金子みすゞの詩集は中高年女性に人気。知的なおばさまの本棚に入ってる率
ベスト10に入ると思います。あと、教育熱心な母の本棚にも入ってる率は高い
でしょう。 ネット書店の書評を読むと、「読んでいて心が温かくなる」とか、
「癒される」なんていう誰もが心が温まる系の話ばっかりです。

 でも私は思う。そうなの? それでいいの? 女性のみなさん! 
今回は私なりの金子みすゞ作品との出会いも含めお話したいと思います。たく
さん出ている本を少しづつ読みましたが代表して挙げたい本はこちら。

『金子みすず 魂の詩人 文藝別冊(増補新訂本)』1260円

 私が金子みずずという詩人を知ったのははるか昔の学生時代。35年も前の
こと。山口県出身の同級生がある日、「こんな童謡詩人がいるのよ」と見せて
くれたのが金子みすずさんの詩集でした。それが本だったのか小冊子だったか
雑誌だったか、記憶はさだかではありませんが、金子みすずの出身地である山
口では当時からささやかながらも、失意のうちに亡くなった若き詩人・金子み
すずを伝える人たちがいたんですね。

 その詩を読んだ私はびっくりしました。およそ、それまでの童謡とは違う作
品だったからです。浜では大漁と喜ぶけれど、海の下ではたくさんのお葬式が
出されている(「大漁」)なんて。なにコレ?って。その悲しさ、リアルな視
点、おどろおどろしさに惹きつけられました。

 ――そのあとしばらくして、みすずブームが来たのです。
でもそのブームの様相は私が最初に感じたものとは違っていました。ブームが
強調したのは、人の優しさ、癒し、みんな仲良しね、すてき!みたいな優等生
的で、言ってしまえばウソ臭い(ごめんなさい)。なんか違うよね〜と思いな
がらも、その違和感の正体を考える時間も余裕もなく、今に至ったわけです。

 私がもう一度作品を読んでみようと思うきっかけになったのが、今年の震災
でした。民間企業のテレビコマーシャルが放映されなくなった時間に繰り返し
流されたACのCFに、金子みすず作品が使われて作品集の売上も伸びたので
した。使われたのは「こだま」。悪意の言葉も善意の言葉もこだまのように人
の心に帰ってくるよっていういわば教訓的な詩で、「安全ですか」と聞くと
「安全です」と答える。こだまでしょうか。いいえ、枝野官房長官・・などと
いうパロディさえも生まれたほどのインパクトでした。

 金子みすずって何だろう?と思った私は、この35年を取り戻すようにあり
こち本を読み始めたのです。
 こんな長く前ふりしていて何ですが、今はまだよくわかりません。
 まだ理解は途中です。でも、1つ言えることがあります。
 それは金子みすずを癒しとか優しさとかでくくってわかったような気になっ
てはいけないということです。

 金子みすずの生涯を辿ってみてもそれは一目瞭然。才能がありながら、地方
でうずもれなくてはいけなかったことへのくやしさ、複雑な家族関係や本意で
はない結婚生活や、理解のない周囲の人、たった26歳で死を選ばなくてはい
けなかった1人の女性の絶望にもっと寄り添うべきじゃないかと、私は思いま
す。彼女の悔しさって、遠い過去ではなくて、約100年前、ついこの前の出
来事ですから。

 そんな思いを持ちながら、上記の『金子みす 魂の詩人 文藝別冊(増補新
訂本)」を注意深く読んでいくと、やはり、寄稿している研究者や関係者の中
には、これまでのブームとは距離を置いている人、みすず自身の本質に触れよ
うとする人がいるんですね。もしかすると、みすずの人生は優しさでくくって
はいけないけれど、悲劇的とだけでわかった気になっても行けないのかもしれ
ません。

 私は最初に読んだとき、山川登美子に似てるって思いました。山川登美子は
与謝野鉄幹に失恋して(晶子に負けて)故郷に帰り、短い生涯を終えた歌人で、
やはり彼女も才能がありながら、時代に押しつぶされたと私は思うのです。

 今、テレビで「インテル」(でしたっけ?)のコマーシャルが流れています
よね。編集者が草深い地方にすごい作品を書くと話題の女流作家を訪ねていく。
1軒家の中で若い女性が寝そべってパソコンで作品を書いていて振り返すって
一言。「東京?興味ないなあ」。
金子みすずからたった100年で中央と地方の距離はゼロになったんですね。
このコマーシャルをみすずが見たらどう言うでしょうか。
みすずが希求した才能を発揮する舞台が小さい機械の中に無限に広がる時代が
来ると知ったらどう思うのかなと、いつも思います。
 
大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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「ヤクザ崩壊 侵食される六代目山口組」溝口敦 講談社α文庫

溝口敦氏といえば、ヤクザ関係の著作で有名な人だ。しかし個人的に溝口敦と
いえば、新幹線ご用達雑誌「WEDGE」で庶民の生き様を語ってく連載をやって
おられる方という印象が強い。

激動の生き様を語っているのに、その視線はとても暖かなのが印象的な連載で、
同じ人がヤクザに強いジャーナリストというのも知った時には信じられなかっ
た。くらーい曲を歌う中島みゆきが、ラジオで見せる明るさとはまた別の落差
がある。

この本は、その溝口氏の組織犯罪未来予測といった感じの本。

日本の悪の代名詞といえば暴力団だが、暴対法施行後表立った活動はやりにく
くなり、地下に潜ることが多くなったといわれる。しかしこの本に書かれてい
るのは、もはや暴力団が裏社会の主役である時代は終わりつつあるというのだ。

かわりに台頭しつつあるのは「半グレ」。半分ぐれているが暴力団の構成員ま
でにはならない連中。暴力団経由で半グレ化した者もいないことはないが少数
で、その多くは暴力団といっさいかかわりを持たない。

本で紹介される最初の半グレ関連事件は朝青龍事件と海老蔵事件。この二人が
かかわった相手は暴走族「関東連合」のOBであった。関東連合が暴力の表舞台
に出てきたのには1998年ごろ。暴対法によって行動を規制されるようになった
暴力団は、暴力団に属さない関東連合OBや外国人不良グループの敵にはなりえ
なかった。なぜなら、もめると自分たちだけが罰せられるからだ。

そのため増えつつあった外国人不良グループの頭を押さえつけらるのは暴力団
ではなく関東連合OBたちとなった。しかもヤクザ業界は景気も悪いから、贅沢
もそうそうできないのに上納ノルマはしっかりかかってくる。

手足を縛られ、金もない。その悲惨な状況に、ヤクザを横目で見つつ「ああは
なりたくない」とうそぶくのが半グレたちなのだ。たちが悪いのになると、暴
力団にケンカを売って、相手が怒ると

「おれたちはカタギだ。カタギを殴ったらどうなるかわかってんのか。出すも
ん出さんかい!さもなきゃてめえとこの組長の使用者責任を問う裁判起こすぞ」
と脅しにかかる。組員は泣く泣く要求に応じるしかない。そりゃヤクザになり
たい者が減るはずだ。

警察から見て深刻なのは、暴力団の場合、警察とのつきあいがあるからデータ
はあるしまだ捜査はしやすい。しかし、半グレの場合は一般人がある日突然始
めるので警察にデータがない。よって捜査ノウハウが通用しないのである。

しかし半グレの起源は、やはり暴力団だった。闇金によって山口組系の五菱会
など暴力団はしこたま稼いだが、五菱会は他のヤクザと違って儲けを独り占め
したりはしなかった。

親分に六割、子分に四割。このシステムによって親分よりもいい車に乗る子分
も出てきて、しかもそれで親分からなんのおとがめもない。当然子分もがんば
る。しかし、大きな社会問題になった闇金に法の網がかけられ、警察の断固た
る態度によって元本請求すら違法化されると急速に収益が悪化する。

「ヤミ金は、客にカネを貸しても返さない時代になった。そういうことなら、
貸してもいないカネを請求して、とってやろうとなったわけ」それが降りこめ
詐欺(オレオレ詐欺)の始まりとなった。

もちろんその主体は、暴力団だ。しかしそれは最初だけ。振り込め詐欺が話題
になる頃には、やり方をまねたり、より高度にした暴力団とは全く無縁の属性
を持つ者たちの“会社”が、存在感を高めていく。すなわち全く新しい組織犯
罪集団が出てきて、暴力団にとって変わりつつあるという。

降りこめ詐欺以外にも良心の仮借なく弱者を食いものにする輩もいる。たとえ
ば生活保護のピンハネやいんちき競馬情報の売り込みなどをする者も多いが、
中にはベンチャービジネスマンとそう変わらない者もいる。

たとえば、あるマチ金の社長は、カネを借りに来た客に何に使うのかを詳しく
聞く。そしてこれは有力だと思えば、自分も出資してビジネスに参画する。貸
し手も自分も儲けてウハウハ。そうなると当然貸し倒れも少なくなる。カタギ
とヤクザの境界線自体が消失しつつあることを象徴するような仕事ぶりである。

ヤクザは、現在も衰退過程にあるし、このままでは将来性もないのでマフィア
化するとみられる。半グレも同様だがメリットがあれば暴力団と付き合うし、
そうでない場合は付き合わないので暴力団とは別のマフィア化の道を歩むだろ
う。

しかし、ここにもう一つのプレーヤーが出現してくる。えっ?と思いつつ、確
かにうそは書かれていない。どんなプレーヤーかは実際に読んでいただこう。

犯罪も時代によって変化していくし、犯罪者も変化していくのは当然だ。しか
し、これからの時代は犯罪者とそうでない者の区別がつきにくくなってくるよ
うだ。言い換えれば、「会社がやっているから」みたいな感じで、自覚なしに
犯罪に手を染める人も出てくるだろうということ。

そんな時代に、自分の良心を保っていくのは容易なことではないのかもしれな
い。だって、まともな会社だと思って入った会社が犯罪を生業とするなんてこ
とがあっちこっちで起こりうるのだ。

自分の良識、あるいは生き方を持たない人にはこうした社会は生きやすいのか
生きにくいのか。人によって違うだろう。

自分はどっちの側になるのか?そんなことを考えながら読むのも一興だと思う。

(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本が欲しい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡ください。

『万華鏡』(フェリシモ出版)
 http://www.felissimo.co.jp/kraso/v14/cfm/products_detail001.cfm?gcd=327842

『利益を生み出す逆転発想』(かんき出版)
 http://www.kankidirect.com/np/isbn/9784761267544

『色で魅せる!人生を華やかに変える勝負カラー』(青月社)
 http://www.amazon.co.jp/dp/4810912388

『儲かる会社は知っている!
 なぜ桃太郎はキビ団子ひとつで仲間を増やせるのか?』(TAC出版)
 http://bookstore.tac-school.co.jp/book/detail/03988/

『心に響く遺言書』(学研パブリッシング)
 http://hon.gakken.jp/book/1340482500

 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
・筆名(あれば):
・書評アップ先の媒体予定:
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 をご記入の上、下記までメールください。

 表題【読者書評参加希望】
 info@shohyoumaga.net

 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社でも著者でもどちらでも結構ですが、献本を募ります。冊数は
 何冊でもOKです。メールで【読者書評用献本希望】とご連絡いただければ、
 折り返し、送付先をお知らせします。

2)このメルマガ上で、その本を読んで、書評を書きたいという方を募集します。
 先着ではなく、熱意と販促効果優先で選ばせていただきます。

3)発行委員会はいただいたメールの中から、熱意がありそうな方をピックアッ
 プして献本いただいた本を送付します。(残念ながら提供いただいた冊数に
 応募数が満たない場合には、100日後に古本屋に売却します。)

4)ちなみにここでいう書評というのは、当メルマガに掲載する記事ではありま
 せん。送付先御本人分のブログ、あるいはアマゾンやbk1、楽天などのオ
 ンライン書店でも結構ですし、ブクログなど、専用のサイトでも構いません。
 つまりは当メルマガではないどこかリンクのできる外部に書評をアップお願
 いします。

5)献本を受け取った方は、1ヵ月後のメルマガ発行日までに、どこかに書評を
 掲載し、そのURLを発行委員会に送付します。(もし、本を受け取りなが
 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 なかなか濃い内容の20日号、お送りします。

 この[書評]のメルマガを読んでいると、一般的に「売れている」とか「流
行っている」というものよりも、今回のように、誰かがスポットを当てないと
埋もれてしまうような情報にアクセスできるところが魅力だなぁ、と感じてい
ます。

 だいたい人間が100人いれば100個の認識があって当たり前。

 それをジュッパヒトカラゲにしようというメディアなり政治なりのシステム
に無理があるといえばあるのかと。

 このメルマガを読んでいれば、「同調圧力」から自由になれるかもしれない
なぁ、そんなことを思ったのでした。(aguni原口)

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