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[書評]のメルマガ vol.535

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■コンテンツ
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★「トピックス」
→ トピックス募集中です

★「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
→ 『ベルリンへの長い旅』(下)

★「目につく本を読んでみる」/朝日山
→ 『アド・アストラ---スキピオとハンニバル』カガノミハチ 集英社

★「書評で巡る、男の生き様劇場」蕃茄山人
→ あのころは、汲み取り便所の香り

★「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
→ 今回はお休みです。

★【募集中】献本読者書評のコーナー
→ 書評家さん、大募集です。

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中の「献本読者書評」
巻末のコーナーで!

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■「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
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#33『ベルリンへの長い旅』(下)

さて、前回の続きである。

『ベルリンへの長い旅 戦乱の極東を生き延びたユダヤ人音楽家の記録』

ナチス・ドイツの時代、亡命を余儀なくされたユダヤ人音楽一家の流浪の運命
を、息子のヘルムート・シュテルンが回想する。
ベルリンを追われた時まだ十歳だった彼が、日本軍の支配する中国でバイオリ
ンとピアノを学び、戦後は居酒屋のピアノ弾きなどで一家の生計を支えるまで
に成長。そしてイスラエルが建国すると、ようやく中国脱出に成功して、ユダ
ヤ民族による新国家で生活し始めるまでをご紹介した。
イスラエルは国としての体裁を整えるのに忙しい時期ではあったが、既に一流
の指揮者を擁し、優れたソリストを客演にも招くオーケストラを持っていた。
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団である。
もっともこれには前身がある。ヨーロッパ各地で政治的理由によって解雇され
たユダヤ人音楽家を集めてつくられたパレスチナ管弦楽団だ。この母体があっ
たからこそ、混乱の時期にもオーケストラが誕生し得たのだろう。
アメリカのレナード・バーンスタインをはじめ、世界各国のユダヤ系音楽家が
積極的に支援したことも、その活動を支えるに力があった。
シュテルンはいくつかの仕事を経て、このイスラエル・フィルのバイオリニス
トとして採用される。
ちゃんとしたオーケストラに席を占め、高名なソリストや歌手と共演できるこ
とは、売春宿のピアノ弾きまで経験している彼にとって夢のようだった。だか
ら、経済的には依然苦しいものの、イスラエルでの生活はある程度満足の行く
もので、かくして長い流浪の旅は終わるかに見えた。

しかし、彼の父親にとっては、イスラエルは約束の地ではなかったのである。
柔軟性があって、どこに行っても溶け込める母親と違って、歌の教師としての
仕事も得られず、不満を募らせる父親。そこへアメリカに移住した長女から、
こちらに来ないかと言う誘いの手紙が来る。父親は独断でアメリカ行きを決め
てしまう。
シュテルンは本書の中で、父親の決断について、二回不満を漏らしている。
一回目は、ドイツから逃げ出して、中国に到着した時だ。目的地のハルピンに
向かう前に、船旅だった一家はまず上海に上陸する。そこで同じユダヤ人の家
に世話になり、この地に留まるよう勧められた。後から考えれば、港に近く、
ソ連との国境からも遠い上海の方がずっと脱出には有利だったのだが、初めの
計画に固執した父親は勧めを振り切ってハルピンに行ってしまう。
この時シュテルンはまだ十歳だからとても意見が言える年齢ではないが、もし
あの時上海を選んでいれば、その後11年間も中国に囚われずに済んだかもしれ
ない、と述懐している。
そして二回目が、このアメリカ行きだ。
今度は彼も大人になっている。普通なら独立して自分の人生を歩んでもおかし
くない年齢だが、父親は伝統的な家族主義者であり、息子が別れて暮らすなど
まったく受け入れない。
仕方なくシュテルンは、「その内自分も行くから」と宥めるようにして両親を、
異母姉が待つシカゴに送りだす。
本音としては、そのままのらりくらりと一人イスラエルに留まるつもりだった
のだが、ここで予想外の出来事が起きる。
一年も経たない内に、父親が心筋梗塞で倒れてしまうのだ。
シュテルンは父親の死に目に会うためシカゴ行きを決意するが、それは今日の
ぼくらが考えるほど簡単な決意ではなかった。なぜならその当時、イスラエル
は第二次中東戦争のただ中にあり、兵役能力のある男性、兵役義務のある女性
は出国を禁じられていたからだ。
再び、申請書。
だが、今回は意外にすんなり期限付きの滞在許可証が出た。旅費もオーケスト
ラが立て替えてくれた。シュテルンは担保に愛用のオートバイとラジオを置い
て、機上の人となる。
すると、奇跡が起こった。
息子と再会した父親は医者も驚く回復力を見せ、急速に病状がよくなるのだ。
しかしこのことはシュテルンを困った立場にも陥れる。彼がイスラエルに帰っ
てしまえば、また父親の病状は悪化し、命が危なくなるかもしれない。
滞在許可証は期限付き。オーケストラにも必ず帰ると約束している。借金もあ
る。
だが、結局シュテルンは父親を選び、今度こそ祖国と思ったイスラエルを捨て、
アメリカに留まる。苦渋の選択だった。

アメリカでも音楽家として生計を立てようと、シュテルンはシカゴ交響楽団の
オーディションを受け、無事に採用される。ところが、想像もしなかった壁が
立ちはだかるのだ。
シュテルンがユニオンに加盟していないことがわかると、楽団の事務局はびび
ってしまい、オーディションを受けたことすら口外を堅く禁じて、採用を取り
消したのである。
日本でも興業の世界をヤクザが仕切っていたが、アメリカでもユニオンはギャ
ングの権益だった。無視すれば、誇張でなく命さえ危なかったのである。
戦乱の中国や新興国家イスラエルの緩い規律の中で働いた経験しかないものだ
から、そんな事情とは露知らない。慌てて加盟しようとしても、期限付きの滞
在許可証しかないため資格がない。結局、移民としてアメリカ国籍を取得し、
ユニオンに入るまで、慣れない靴の販売員などを転々とする。

その後は、セントルイスやロチェスターといった地方のオーケストラに職を得
たが、すぐに不満を抱く。アメリカにおけるオーケストラ団員の社会的地位が
イスラエルに比べて低いからだ。
前に取り上げた村上春樹と小澤征爾の対談本では、小澤征爾がアメリカのオー
ケストラ(レナード・バーンスタインのニューヨーク・フィル)と、ドイツの
オーケストラ(カラヤンのベルリン・フィル)を比較して、前者を民主的、後
者を独裁的、と評していたが、面白いことにシュテルンの見方はこれとは反対
だ。
シュテルンにとってアメリカのオーケストラは資本主義にどっぷりと冒されて
いて、楽団員は単なる雇われ人に過ぎない。
国の援助がなく、個人スポンサーに依存しているため、経営陣はクラシックの
演奏以外に、一般受けする企画を勝手に立て、オーケストラに命令する。その
象徴が、人気ポップス歌手の伴奏である。
シュテルン自身はポップスを軽視するものではないし、自分もロシアの流行歌
というポップスによって命を永らえてきたと認めているが、それでも楽団員の
意志を聞こうともせず、経営陣が演奏を強要することが当然となっている状況
に我慢できなかったという。
ちなみに、そのポップス歌手はポール・アンカだったそうだが。
一方、ヨーロッパのオーケストラでは、楽団員の意向がきちんと吸い上げられ
る仕組みがある。
楽団員の選挙によって選ばれる代表者がいるし、新しいメンバーを採用するに
当たっても、楽団員の意向が大きく左右する。
かくしてシュテルンは、ついにベルリンに帰ることを決意する。まずは単身大
西洋を渡り、首尾よくオーディションに合格して、カラヤン率いるベルリン・
フィルハーモニー管弦楽団の一員となる。その快挙は、シカゴの新聞にも載っ
た。
生活が落ち着くと両親をベルリンに呼び寄せ、一家はようやく安定した生活を
手に入れる。
ついに、『ベルリンへの長い旅』が終わったのだ。
それにしても第二次世界大戦、第二次中東戦争と、ふたつの戦争のためにドイ
ツとイスラエル、ふたつの祖国を捨てざるを得なかったなんて、なんという人
生だろう。生まれた時から日本にいて、一度も国を追われる不安なんて感じた
こともないぼくには想像もつかない。

さて、ここから本書は俄然音楽本らしくなり、シュテルンは当時のベルリン・
フィルの音楽性や、日本を含む世界各地での演奏旅行の思い出、ヴァイオリン
という楽器に対する自分の考え方などを語って行く。

しかし、彼の戦いが終わったわけではなかった。
確かにアメリカのオーケストラに比べれば、楽団員が音楽性や芸術性に関与で
きる仕組みを持つベルリン・フィルではあった。
投票で選ばれた団員二名からなる役員会があり、これを五名の団員による評議
会が補佐する。他に、団員と職員または市の役人からなる人事委員会がある。
役員会はオーケストラ総会を招集して団員の総意をまとめ、総裁や指揮者と共
に音楽的な問題(メンバーの編成、オーディションの手配、プログラムの選定、
リハーサル回数の決定と進行など)に取り組み、人事委員会らと共に事務的な
問題(賃金交渉、演奏旅行の旅行業務など)を解決する。
シュテルンも1969年、この役員に初めて選ばれている。
けれど、仕組みがあれば機能するというものではない。そんなことは別にオー
ケストラでなくても当たり前にあるだろう。会社でも。お役所でも。学校でも。
ことに音楽家集団には、固有の矛盾があるとシュテルンは指摘している。
彼らは子どもの頃から厳しい訓練を課され、両親や先生に屈服しなければなら
ない。その一方で、表現者として個性を磨くために必要な個人主義も、早いう
ちから要求される。この矛盾が育んだ屈折した人間の集まりが、統一見解に至
ることの難しさは想像がつく。
それでもシュテルンは、舞台の上では音楽に服従したとしても、舞台裏まで引
きずることはない、と頑固に主張する。始めは「民主的」「理想的」と思った
ベルリン・フィルも、月日が経てば必ずしもそうではないことを痛感し、中央
集権的なやり方を変えようとするが、それは保守主義者、伝統主義者の団員か
らの反発を買い、革命家、扇動者の「名誉」を与えられた。
賃金についても、そうだ。
シュテルンは、団員は全員「ヴィルトゥオーゾ(匠)」なのだから、賃金格差
があるのはおかしいと考える。給与体系には長いオーケストラの伝統が染みつ
いており、改革は難しいと思われたが、奇跡的に総裁が承認し、市も認めざる
を得なくなって、ついに実現に至る。この「ベルリン・モデル」と呼ばれた体
系は画期的なものではあったが、それまで持っていた肩書きや特権を剥奪され
る立場の団員からは強い非難を浴びたそうだ。

政治が絡んで、オーケストラが及び腰になったこともある。
1988年11月9日。 それはあのユダヤ人焼き討ちが行われた水晶の夜から、ちょ
うど50周年。元々予定されていたコンサートがあったので、シュテルンは曲目
をこの日に相応しいものにするべきだ、と提案した。
すると、役員会は「それは総裁の管轄だ」と言い、総裁は「いまからでは間に
合わない」と逃げた。本当は時間的余裕なら十分あったのに。
ユダヤ人であるシュテルンには、水晶の夜を記念することは当然に思えたのに、
ドイツ人である他の人々にはそうではなかった。50年も経って、まだ贖罪しな
ければいけないのか、という思いが彼らにはあったからである。
このことはぼくたち日本人にとっても他人事ではない。東京大空襲や広島・長
崎の原爆について、テレビは70年近く経った今でも報道する。あの悲劇を忘れ
るな、とは言う。しかし南京大虐殺を忘れるな、とはあまり言わない。あれは
本当にあったのか、日本軍がそんな非道なことをしたはずはない、という意見
もある。
つまり、ドイツも日本も、敗戦国は「やられたこと=被害」は記憶しても、
「やったこと=加害」は忘れたいのだ。否定したいのだ。
さて、ただでさえ難しい楽団運営なのに、この当時、ベルリン・フィルの常任
指揮者は、かのヘルベルト・フォン・カラヤンだったのである。
ぼくはクラシックには詳しくないし、カラヤンの指揮するCDを聴いたことも
ないのだが、子どもの頃からあのいかにもドイツっぽい憂欝そうな指揮者の写
真は見ていたし、「帝王」というニックネームも知っていた。それぐらいメジ
ャーな存在だったのだ。
伝説も数多い。スピード狂でクルマはもちろん飛行機の免許まで持っていたと
か、CDの規格を決める際、収録時間を自分が振るベートーベンの第九が収ま
る時間に指定するほどの権力を持っていたとか。
そんな帝王とベルリン・フィルは、長年蜜月の関係にあったが、次第に不協和
音が目立ち始め、シュテルンも、時には楽団員の代表として、カラヤンと戦い、
オーケストラの上層部と戦った。
ひとつだけ例を挙げよう。
楽団員の採用をめぐる対立である。
欠員が出来るとオーディションが行われる。オーディションは指揮者と楽団員
が平等に一票ずつ持つが、選ばれた候補は数ヶ月間の試用を経て、楽団員が採
用の可否を決める。つまり最終決定権は指揮者ではなく、オーケストラにある。
これは楽団員というものが、ソリストとは違って、単に演奏技術や音楽性に秀
でていればいいというものではないからだ。
プロの演奏家はそれぞれ自分の音を持っている。それはしばしば「声」と表現
されるが、その「声」が、オーケストラの音質に合っていなければならない。
その判断には、たった一度のオーディションでは十分ではなく、ある期間の平
均的な音の溶け込み方を観察する必要がある。だから、こうした方式が伝統的
に採用されてきたわけだ。
しかしカラヤンの前任者フルトヴェングラーは例外的にこの最終決定権を与え
られていたらしく、それを知った帝王はプライドを傷つけられた。
だから彼がOKを出した第一ホルン奏者をオーケストラが拒否した時、激怒し
て演奏会をキャンセルすると脅してきた。この時は、何度も役員が足を運んで
説得し、代わりに提案した演奏家を使ってみたカラヤンも「きみたちの判断が
正しかった」と認めたという。
ところが、第一クラリネット奏者について同様のことが起こった時は事情が違
った。
新任の総裁であるギルトが、団員のアルバイト(レコードの録音や小さな演奏
会など、楽団を離れた音楽活動)に難色を示し、カラヤンと結託して指揮者と
総裁の権力を強化しようともくろんでいた時期だったからだ。
カラヤンはオーケストラが、彼の選んだクラリネット奏者を拒否すると、演奏
会のキャンセルを通達する手紙を送りつけた。オーケストラは反発し、シュテ
ルン自身も総会で「音をつくりだすだけのサラリーマンにわれわれを貶めよう
としている」と語った。
するとカラヤン側はこの問題をマスコミにリークする作戦に出た。というのも、
問題の渦中となったクラリネット奏者が女性だったからである。女性の社会進
出を阻む、女性蔑視の保守的なベルリン・フィルへの囂々たる非難が襲いかか
り、楽団員は激しく動揺する。
そこでオーケストラは敵対するジャーナリストを敢えて招いて取材に応じ、資
料も提供して、女性蔑視が完全な誤解であることを納得させたり、政治家を味
方につけたり、さまざまな対策を講じる。
すると、こうした時には仲裁役であるべきギルト総裁が、完全にカラヤンに肩
入れして、楽団員の入団事務手続きは総裁が行うという管理規定を、採用権が
自分にあるかのように拡大解釈し、独断でクラリネット奏者を雇ってしまう。
こうしてこじれにこじれた問題は、結局当のクラリネット奏者が自ら辞任する
ことで一応の決着を見る。
それはそうだ。彼女はカラヤンから、全面的にバックアップするとは言われて
いたが、こんな状況で楽団員になったところで幸せなはずがない。針の筵の上
でクラリネットを吹いている心境だっただろう。ましてこの争いは、決して彼
女が望んだことではないのだから。
この後、総裁と指揮者の更なる陰謀が発覚したり、オーケストラが政治家を巻
き込んでギルトを解任させたり、カラヤンとの演奏は復活したものの帝王から
さまざまな嫌がらせがあったりと、戦いの物語は続くのである。

ヘルムート・シュテルンというユダヤ人音楽家の生涯を知ることで痛感するの
は、オーケストラも国家も、人間の集団という意味では同じなんだなというこ
とだ。
複数の人間がいれば、必ず権力が発生する。国家においては秩序と安寧を守る
ために、オーケストラにおいては統一された音楽観の下に楽団員が力を結集す
るために、権力は必要でもある。
だが、その権力のふるまいが乱れ、狂うと、個々の人間を押し潰し、自由を圧
迫する。
権力はしばしば一人の人間に象徴される。例えばナチス・ドイツにおけるヒッ
トラーであり、ベルリン・フィルにおけるカラヤンだ。
けれど、本当に怖いのは総統や帝王だけではない。権力には、必ずそれにおも
ねる人々がいる。例えばゲッペルスやギルトである。彼らが総統や帝王の意思
を越えて、事態を暴走させて行く。
それでも音楽の世界はまだ閉ざされていて、プレイヤーは限られている。だが、
広く世の中に関わる政治の世界となると、そうは行かない。そこに無名の民衆
も群がって行く。権力の尻馬に乗って、甘い汁を吸おうとする。
シュテルンがハルピンで見た、中国人を殴る日本兵も、そうした一人ではなか
ったか。そういう時代に生まれた時、自分がその一人にならないと断言できる
か。
人間は、結局人間集団の中でしか生きていくことが出来ない。
ある集団で虐げられれば、別の集団に逃げ込むか、その集団を改革するしかな
い。
まだ幼かったシュテルン少年は両親に連れられナチス・ドイツから中国へ逃げ
込んだ。そして大人になったミスター・シュテルンはベルリン・フィルを改革
せんと踏み止まった。
それは彼にとって、ドイツを追われた悲しみを繰り返すまいとする、決死の戦
いだったのかもしれない。

ヘルムート・シュテルン
『ベルリンへの長い旅 戦乱の極東を生き延びたユダヤ人音楽家の記録』
1999年2月1日 第1刷発行
朝日新聞社
おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン

憲法改正論議がかまびすしいですね。あのニュースで恥ずかしながら初めて知
りました。憲法って、国家権力を規制して、国民を守るための法律なんですっ
てね。そんな大事なものとはなぁ。それが争点になるとすると、夏の参議院選
挙も、ちゃんと行かねば。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『アド・アストラ---スキピオとハンニバル』カガノミハチ 集英社

歴史は面白い。特に世界を変えた戦争の年代記は、さらに面白い。日本で戦国
ものや幕末ものがウケるのもそのせいだし、外国にはもっとスケールのでかい
話もある。

中国なら三国志、欧米なら第二次ポエニ戦争、すまわちハンニバル戦争だろう。
ここに目をつけたカガノミハチ氏は、目のつけどころがいい。

ハンニバル戦争の面白さは、一般には塩野七生氏の『ローマ人の物語』シリー
ズで知ったと言う人が多いと思うが、今の20代あたりで必須だったはずの高校
世界史をやっていない人も多いらしいので書くと、第二次ポエニ戦争とは紀元
前219年から201年の18年にわたって行われたローマとカルタゴの戦争だ。

ポエニ戦争は3回行われたが、特に第二次ポエニ戦争が注目されるのは、今な
お世界史上最高の将軍の一人と目されるハンニバル・バルカがローマに戦いを
挑んだ戦争だったからだ。

当初はハンニバル優位に戦況は進み、ローマは独裁官ファビウス・マクシムズ
がハンニバル軍の行く手を焦土と化して補給を断ち、闘わず後から追跡すると
いう作戦でハンニバル軍を苦しめたものの決定打は打てなかった。

そこに彗星のごとく現れたスキピオ・アフリカヌスが決着をつけ、ハンニバル
を屈服させたという逆転劇が面白いのである。

物語のスタートは、第一次ポエニ戦争終盤の紀元前241年、ハンニバルの父・
ハミルカル・バルカがシチリア島で補給を断たれたシーンから始まる。

ハミルカルはローマと戦って負けたことがなかった。ローマが勝てる相手では
なかった。そのためローマはシチリア周辺の制海権を奪取してカルタゴからの
補給を止めることで戦争に勝った。

カルタゴの補給船がローマ軍に沈められるのを見ているハミルカル。その場に
いた息子、ハンニバルは「カルタゴは負ける」と予言した。子供とは思えない
老かいな考え方をする子供、ハンニバル。

しかし父から見てハンニバルは感情のない、瞳の奥に暗い空洞が広がっている
だけの子供に見えた・・・

対するスキピオは、ローマ貴族の元に生まれたおちゃらけた、しかし天才肌の
人物として描かれている。この対比が作品のメインテーマなのだろう。

現在一巻から三巻まで出ていて、第一巻はポエニ戦争の始まりとなるサグント
ゥム陥落からアルプス越え(真冬のアルプスに象を連れて超えたことで有名)、
ティキヌス河の戦いでローマが負けて、指揮をとっていたプブリウス・コルネ
リウス・スキピオが負傷したところを息子のスキピオ・アフリカヌスが救出し
たところまで。

二巻はトリビアの戦いからトラシメヌス湖畔の戦いまで、第三巻はファビウス
の放った間諜に騙されてカンバニア平原に閉じこめられたハンニバル軍が奇策
を使って脱出するところまで。来月に出る予定の第四巻ではカンナエの戦いが
描かれることになるのだろう。

まだ物語の序盤でこれほど面白いなら----というか、そもそもハンニバル戦争
自体がものすごく面白いのだけど----今後読み続けて行っても面白いに違いな
い。

気になるところは2点。ひとつは、終るまでにまだ相当時間がかかるだろうと
言うこと。もともとが月刊誌の連載で、連載開始後2年ほど経ってカンナエの
戦いと来ると、終るまでに15年はかからないかも知れないが10年はかかりそう
である。

もうひとつは、省略が目立つことだ。たとえば、アルプス越えとかトラシメヌ
ス湖畔の戦いが1ページで済まされている。月刊誌ウルトラジャンプの連載で
この大歴史絵巻をやろうというのだから、省略が増えるのは致し方ない面があ
る。

トラシメヌス湖畔の戦いは殲滅戦の典型例として歴史的にも名高いが、一方的
にローマ軍がやられるだけで省略も仕方ないかも知れない。でもアルプス越え
は多くのエピソードがあるのだから、残念そのもの。

しかし本気で描けばアルプス越えだけで連載で二、三回かかってしまうだろう。
連載ならこれだけで三ヶ月だ。時間がかかり過ぎる。作者も内心忸怩たるもの
があるのだと思う。

ただ、それも歴史を知っているから言えることで、知らない情況で読めばそん
なことは気にならないというか、気がつかないだろう。

逆に古くからのマンガ読みが気付くのは、今のマンガのレベルの高さではない
か? こうしたマンガの歴史絵巻というと、過去には横山光輝の「三国志」が
ある。

横山三国志もいいマンガというか、私も夢中になって読んでいたクチだ。でも、
この作品といい、最近10巻無料公開が話題になった「キングダム」といい、横
山作品をはるかに超える迫力ある画を見れば、やはり今のマンガの方がいい。

先人は作品を完成させた直後から、超えられる運命にあるのだな・・・。

(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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「書評で巡る、男の生き様劇場」蕃茄山人
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■(88)あのころは、汲み取り便所の香り

 岡崎武志『昭和三十年代の匂い』(ちくま文庫・900円)

2008年に学研新書で出た同名書の増補改訂版である。

ここ数年、昭和三十年代ブームみたいなものがある。2005年の「Always
三丁目の夕日」以来なのかな。リアルにCG再現された昭和三十年代の文物に
多くのオトナたちが涙した。そのころよく言われたのが「確かによく出来てい
る。出来ているが肝心の“匂い”がない」と(その批評の多くは「匂い」があ
った2001年の名作「映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝
国の逆襲」との対比だったりしたのだが)。

その「匂い」にこだわって2008年に出されたのが親本の学研新書版『昭和三十
年代の匂い』。懐かしく美しいではなく、貧しく、カッコ悪く、そして愛すべ
き昭和三十年代が活写されている。

曰く、テレビが来た日、不二家のお子様ランチ、空き地の土管、くみとり便所、
レモン石鹸、トロリーバス、等々。そのころの大阪の町に家庭にあふれていた
光景がこれでもかと、でもどこか控えめな姿勢で並べられる。声高な論調では
ないが、なぜか迫力がある。どこか腰の低いヤクザのような凄みすら感じさせ
る。

「匂い」の主役はやっぱりくみとり便所。近年はまったくないわけではないが、
限りなく絶滅危惧種に近い。私事で恐縮だが著者と同じく昭和三十年代生まれ
の僕の家もずっとくみとり便所だった。便壷の下に積み上がった自分や家族の
ウンコを見られるのが恥ずかしく、これじゃガールフレンドも家に呼べやしな
いと不満に思っていた。いや、呼ぶガールフレンドもいなかったので杞憂なん
だけど(杞憂=きゆう。古代中国の“杞”の国の人が「いつか天が落ちてくる
のではないか」と憂いつつ空を眺めていた故事から「取り越し苦労」の意。あ
りえないことをあれこれと心配するって、そこまで言わなくたっていいじゃな
いか!)。

この文庫版の目玉は、巻末の岡田斗司夫との対談。これが出色。記憶力過剰の
二人の大阪人により「あのころ」が過剰に陳列される。そのどれもが甘酸っぱ
くせつなく、ちょっと臭い。初めて食ったピザ、憧れの海外ドラマ、初めて見
たリアル外国人、そして大量の外国人に囲まれるEXPO70(万国博覧会)
の衝撃(これは四十年代だけど)。その過剰な情報量と過剰なサービス精神。
読者としては幸せだけど、もし上司だったらと考えると結構面倒くさい。

ところで僕の勤務先である「ギャラリービブリオ」。築半世紀近い木造家屋を
改装した画廊である。もともとの建物が完成したのこそ昭和40年だけど、主
たる施工期間は昭和39年。だから昭和三十年代の建物と言ってもいいだろう。
現在公開中の企画は日本の原風景とも言える森、神社をモチーフにした降矢奈
々の名作絵本『めっきらもっきらどおんどん』(福音館書店・800円)の原
画展(6月4日まで)。ビー玉を覗くと見える海、お化けにも見えるお宮の森
のざわめき、風呂敷を首に巻いての滑空…。きっと「昭和三十年代の匂い」が
するはず。ぜひお越しください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

蕃茄山人(ばんかさんじん)=JPIC読書アドバイザー。本をテーマとした画
廊「ギャラリー・ビブリオ」(http://www.gbiblio.jp/)店主。元・大手取次
勤務。江戸文化歴史検定2級。身体障害者6級。甲種防火防災管理者。退屈な
日日は蕃茄庵日録([ばんかあん]で検索)」にてリアルタイムで報告中。
http://d.hatena.ne.jp/banka-an/ 

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本が欲しい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡ください。

『お客様の満足をとことん引き出す「共感」の営業』(同文館出版)
 http://www.dobunkan.co.jp/pub/search/002393.html

『生きる天才の証』(テクネー)
『竜の小太郎 第一話』(テクネー)
『哲学者』(テクネー)
『天才と狂人 対話篇』(テクネー)
『荒野の狼へのレクイエム』(テクネー)
 (書籍リンク無し)

『運命を変える 心とからだの磨き方』(幻冬舎メディアコンサルティング)
 http://www.gentosha-mc.com/product/9784344999312/

『昔々の上野動物園、絵はがき物語 明治・大正・昭和・・・パンダがやって
 来た日まで』(求龍堂)
 http://www.kyuryudo.co.jp/shop/shopdetail.html?brandcode=038000000037

『お散歩写真概論』(芸術新聞社)
 http://www.gei-shin.co.jp/books/ISBN978-4-87586-295-6.html

『成形女子こはく 第2巻 プラスチック工場物語 〜社員・製造現場編〜』
(三光出版社)
 http://www.bekkoame.ne.jp/ha/sanko/syoseki/saisin/sinkan.htm

『AKB48の言葉が教えてくれること』(あさ出版)
 http://www.asa21.com/tb8/akb48no_kotobaga_osietekurerukoto.html

『心の力を活かす スピリチュアルケア』(弓箭書院)
 http://www.kyusenshoin.com/carespiritual.html

 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
・筆名(あれば):
・書評アップ先の媒体予定:
・コメント:

 をご記入の上、下記までメールください。

 表題【読者書評参加希望】
 info@shohyoumaga.net

 皆さんのご応募、お待ちしております。

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■あとがき
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 さて、前号でもこの欄に書きましたが、現在、オフィスの引っ越しをしてい
ます。今日はロッカーの荷物を段ボールに詰めていましたが、しかし、こう資
料という奴はどうしてどんどん増殖するんでしょうかね。不思議です。

 これに伴い、新規の「読者書評」の書籍は受け入れをストップしています。
今後、どうするのかということは、引っ越しの完了しました6月以降に発表さ
せていただきます。

 現在、受付中の書籍に関しましては継続中です。どんどんご応募くださいま
せ!

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