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[書評]のメルマガ vol.663

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■■ [書評]のメルマガ                2018.10.10.発行
■■                              vol.663
■■ mailmagazine of book reviews       [リアは耄碌している 号]
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■コンテンツ
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★トピックス
→トピックス募集中です。

★「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
→<106>私漫画、エッセー漫画、ルポ漫画、そして「お仕事漫画」

★「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
→88 移動する、その先にあるもの

★「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
→「無名×中小企業」でもほしい人材を獲得できる 採用ブランディング

★「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
→第105回 演技をする、とは自分を知るための探索の旅である

★献本読者書評のコーナー
→書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
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<106>私漫画、エッセー漫画、ルポ漫画、そして「お仕事漫画」

 先月紹介した山本直樹の『レッド あさま山荘の10日間』を読み終えた後、
その余韻が残るうちに、と桐野夏生『夜の谷を行く』も読んだのだった。

 『レッド』が描いたのと同じ連合赤軍事件の山岳アジトから、「総括」を逃
れるために逃亡し、その後逮捕された女性が主人公。
 今は刑期を終えて出所し、世間から隠れるようにひそやかに暮らしていた彼
女が、永田洋子の獄死を機として、事件当時のことを聞かせてほしいという女
性ライターから執拗に迫られ、忘れようとしていた事件と向き合っていくこと
になる物語。

 主人公の女性は、どうやら完全な架空の人物のようだが、彼女が過去と向き
合う過程で再会することになる当時の関係者は、あくまで架空の人物として描
かれてはいても、『レッド』と併せ読むと、これはあの人、こっちはこの人、
とモデルが特定できる。

 「東電OL事件」をモデルに描いた『グロテスク』や、谷崎潤一郎と佐藤春夫
の間にあった「細君譲渡事件」に翻弄された娘の視点から、二人の父親とその
家族を描いた短編『浮島の森』(短編集『アンボス・ムンドス』所収)も、桐野
作品では『夜の谷を行く』と同じ系譜の作品かと思う。

 おそらく、なのだけど、桐野夏生は、これらのモデル小説を書くにあたって、
文献的資料は集めたと思うのだが、当事者をはじめ関係者に会って取材する、
ということはせず、あくまで想像力の中で人物を構築し、その心情を探ってい
ったのだと思う。

 そして、あくまで“フィクション”として小説を構成した…にも関わらず、
これらの中の人物像は、リアリティと実在感に満ちている。
 「東電OL事件」については、いくつかのノンフィクションも読んだのだけど、
それらノンフィクションよりも、桐野が想像で描いた(フィクションであるは
ずの)『グロテスク』の方が、実際の人物像と事件の真相に迫っているんじゃ
…と思わせる力があった。

 『夜の谷を行く』では、物語中に直接的に登場しない関係者はすべて実名が
使われていたが、山本直樹の『レッド』では、関係者名はすべて仮名で通され
ている。
 なので、読み進めるにあたって、わしは、漫画の人物名に実際の事件の人物
名を当てはめる「一覧」を自作し、時折これを参照しながら読んでいた。

 桐野夏生の小説は、実際の事件や人物に取材してはいても、あくまでフィク
ションの「モデル小説」であるのに対して、山本直樹『レッド』は、知りえた
事実ひとつひとつを積み重ねることによって、当事者たちの心情を、その事実
の隙間から絞り出すように描いている。
 小説で言えば吉村昭の手法に近いんではなかろうか。
 なので、登場人物すべて「仮名」であっても、これは記録小説的漫画である、
と断言できると思う。

 事実に即して描く、ということで言えば、「私小説」という文芸のジャンル
が、この国ではある時期から盛んになって、日本独自の文学世界を醸成してき
た。

 永島慎二『漫画家残酷物語』は、この私小説の手法を、漫画に最初に取り入
れた嚆矢じゃないかと思うが、私小説的漫画「私漫画」はその後、自身、葛西
善三や正宗白鳥、宇野浩二らの私小説世界に傾倒していたつげ義春から、主に
「ガロ」誌上で、安部慎一、鈴木翁二らに受け継がれていった。

 小説の世界で私小説が下火になるのと軌を一にして、漫画の世界でもこの分
野はしぼんでいくのだけど、漫画界においては、「私漫画」を親としてその後
に生み出されたのが「エッセイ漫画」だ、とこれは我が自説。

 以前、ここで取り上げた、細川貂々『ツレがうつになりまして』や『日帰り
旅行は電車に乗って』、さらに、やはり以前取り上げた矢部太郎『大家さんと
僕』などが、このエッセイ漫画の範疇に入る。

 私小説、あるいは活字のエッセイがそうであるように、私漫画やエッセイ漫
画でも、必ずしも事実そのまま、ありのままに書かれるとは限らず、ある程度
の脚色あるいは創作が挿入されるのは許容範囲だ。
 ことにネットで、たまに見かけるのだが、活字にしろ漫画にしろ、エッセイ
に書かれたことが「事実と違う」と目くじら立てるのは、だから完全なスジチ
ガイである、とわしは思う。
 昔、山口瞳が「週刊新潮」に連載していた名エッセイ『男性自身』を愛読し
ていたのだけど、あれにしても、かなりの「創作」が入っていると、これは当
時から思っていた。
 エッセイだって「創作」の一形態なのだ。

 その意味では、その昔に滝田ゆうが文芸雑誌に連載し、その後単行本にまと
められた『泥鰌庵閑話』(現在はちくま文庫で読めます)は、実に楽しい私漫
画であり、同時にエッセイ漫画でもあった。

 さらに近年では、エッセイ漫画から派生した一形態として、ルポルタージュ
を漫画で著す、というのも、決して珍しいことではなくなってきた。
 取材で得た事実をそのままに伝えるルポなればこそ、ビジュアルを使える漫
画には、活字よりもより正確、具体的に伝える力があるようだ。

 また、取材ではなく、漫画家本人が(主に生活のために)就いた仕事のこと
を、事細かにルポ風に描いた漫画は「お仕事漫画」として、既にいちジャンル
として定着しているようだ。

 1992年発表の、故郷・北海道室蘭の遊廓の女たちを描いた漫画「親なるもの
 断崖」が最近になって電子書籍でリバイバルヒットしたことで話題になった
曽根富美子は、数年前に、漫画の収入が落ち込んで逼迫した生活の打開策とし
て、自宅近くのスーパーでレジ係としてアルバイトを始めた。
 いつも買い物に利用しているスーパーだから…という気安さと、明言はされ
てないが、「(スーパーのレジくらいなら)できるだろう」という、軽くナメ
た気持ちも、おそらくはあったのだろう。
 が、普段「客」として見ていた職場は、その反対側に回ってみると、まるで
世界が違っていて、何から何まで「初めて」尽くし。

 これ、わしもずっと昔だけど、学生時代に、普段友人たちとよく通っていた
居酒屋に、「知ってる店だから気安いや」とノーテンキに構えてバイトで入っ
たところが、そのあまりのきつさと覚えることの多さに愕然とした覚えがある
のだが、曽根富美子もまた、同じ思いをしたようだ。

 ともかく、50歳を超えてレジデビューした曽根富美子は、その覚えることの
あまりの多さと煩雑さ、慣れないレジスターや周辺機器の操作に振り回されな
がら、ふた回り以上年下の「教育係」の薫陶を受けつつ、しかし、年齢ゆえの
覚えの悪さ、体の融通の利かなさから失敗を重ねながらも、一人前のレジ係と
して成長していく。
 50歳を超えて初めて体験したスーパーのレジと、その体験を通して見た、そ
れ以前は客として何気なく通っていた店の、その裏側の世界が、彼女にはとて
も新鮮かつ驚きに満ちたものだったのだろうことは、想像に難くない。
 その体験と顛末をそのままに漫画にして、雑誌「モーニング」に連載してし
まったのである。
 タイトルは『レジより愛をこめて 〜レジノ星子〜』。
 現在は単行本で読むことができる。

 これと同じころに、同じ「モーニング」に連載された、竜田一人『いちえふ』
もまた、著者自身が体験した福島第一原発の廃炉作業に従事した体験を、見聞
きしたことそのままを漫画にしたもので、当欄でも以前に取り上げたことがあ
るのだが、これもまた、ルポ漫画、あるいは「お仕事漫画」の範疇に入るもの
だろう。

 活字の世界ではかつて、取材の一環として、つまり、その後にルポルタージ
ュ、あるいはノンフィクションとして原稿化するために、特定の職場に身分を
偽って入り込む、ということがよくあったようだが、これら「お仕事漫画」は、
漫画を描くために仕事に従事したわけでは決してなく(『いちえふ』の場合は、
その色気も若干はあったようだが…)、まずは「(生活のための)仕事ありき」
である。

 したがって、その仕事を描く作業は、作者自身の「生活」を赤裸々に描き出
すことでもある。
 となると、これは「私漫画」ともいえるのではないか…とふと思ってしまっ
たりも、するのである。

 などと考えていたところに、先日、ネットを通じて、思い切り「私漫画」的
な「お仕事漫画」を見つけてしまったのだ。
 作者は、各務葉月、漫画のタイトルを『食品工場の中の人たち』というそれ
に、ふと興味を惹かれて早速読んでみた。
 すると、読み進めるうち、「ああ、そうだったよなあ…」「そうそう、そう
なのよ」と、わしもかつて「派遣」で経験したあちこちの職場での様々な経験
が、鮮明に蘇えってきたのである。

 この漫画と、わしがかつて経験した職場の相関については、次回にまた詳細
を語らせていただきたい、と斯様に思う次第でありまして、今回は、これまで、
とさせていただきまする。


太郎吉野(たろう・よしの)
 2011年に神戸から西宮へ引っ越して、ただ今のホームグラウンドは甲子園。
右投げ右打ち。掛布二軍監督はひとつ年上の同級生。

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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88 移動する、その先にあるもの

 『ジャーニー 国境をこえて』
 フランチェスカ・サンナ 作
 青山 真知子 訳
 きじとら出版

 描かれているのは、
 どこの国かを特定せずに、
 戦争がきっかけで、自分の国から「安心してくらせる」よその国へ旅に出る
 親子。

 夏になると家族そろって海を楽しんでいた暮らしは、戦争でかきけされ、め
 ちゃくちゃにされました。

 デフォルメされた中間色の絵の中で、戦争の暗い影だけは濃い黒でぬられ、
 その色をもってして残酷さが際立ちます。

 黒い影の手から離れるために、
 親子を含め多くの人がいままでの暮らしを後ろに残して、
 本当は望まない長い長い旅に出なくてはならない状況を絵が訴えます。

 絵本では「安心してくらせる」よその国にたどりつくところは描いていませ
 ん。たどりつこうと動いている進行形がそこにあるだけです。

 帯の言葉を書いているのは、自分の国を離れて8歳のときに日本にきた女優
 のサヘル・ローズさん。
 育ての親と2人で来日してからも生活はすぐに軌道にのらず、きびしい生活
 が長く続いたそうです。

 サヘル・ローズさんが帯に書かれた言葉には体験の重みを感じます。


   「ただいま」といえる故郷はありますか?
   戦争が奪うのは命だけじゃない、笑顔も居場所も奪った。
   それでも彼らは、そして私も生きようとしている。


 絵本を刊行したきじとら出版では、本書を題材にして人権を学べるように、
 ワークシートをHPで公開していますのでぜひ下記を参照ください。

 http://kijitora.co.jp/
 「本のご紹介」>「ジャーニー 国境をこえて」からダウンロード

 次にご紹介するのは、自分たちの土地で野菜を育てる絵本です。

 『ソフィーのやさいばたけ』
 ゲルダ・ミューラー 作 ふしみ みさを 訳  BL出版

 オランダ生まれ、現在はパリで生活しているゲルダ・ミューラー。彼女の描
 く自然に私はとても惹かれます。花や野菜についている土がリアルに感じる
 からです。

 87歳の絵本作家が描いたのは、夏休みに田舎の祖父母宅に遊びに行ったソフ
 ィーです。ソフィーは祖父から、畑道具と、自分の好きなものを植えていい
 畑をもらいます。

 虫がいるおかげで、花は実をつけることを、ソフィーは祖母に絵をかいても
 らいながら教えてもらいます。
 
 お日様の下にある畑だけでなく、夜空の下でも育っている野菜、
 夏からはじまり、秋、冬、春と季節がめぐる様子、
 
 作者ゲルダ・ミュラーは、ソフィーの祖父母のように、私たち読者に野菜の
 育ちみせてくれます。

 キャベツ、エンダイブ、ズッキーニ、ケール、パセリ、トマト、
 セイヨウミツバチ、クマバチ、オニグモ、ヨトウガ、かたつむり。

 生き物がたくさんいる畑の豊かさが絵本に満ちています。

 最後に紹介する絵本にもおばあちゃんが登場します。

 『わたしたちだけのときは』
  デイヴィッド・アレキサンダー・ロバートソン 文
  ジュリー・フレット 絵 横山和江 訳 岩波書店

 遊びにきた孫娘が祖母にいろいろ質問します。

 「ねえ、どうしてそんなにきれいないろの、ふくをきてるの?」
 「どうして、かみの毛をながくのばしているの?」

 「それはね……」

 子どもの頃は自分の好きな服が着られず、みな同じ服を着なければいけなか
 ったこと等、先住民族の同化政策を、孫娘にとどく言葉で語ります。

 それは、どれほど同化政策を押しつけても、心は自由と幸せを求めていた祖
 母の言葉でした。

 深みのある色合いで、時代に抵抗することの厳しさを超えて、自由にくらせ
 るいまを生きている祖父母たちが描かれ、余韻が長く残りました。


 『ジャーニー 国境をこえて』の親子が、ソフィーや『わたしたちだけのと
 きは』の祖父母や孫娘のように安心してくらせる所にいつか落ち着けますよ
 うに。


(林さかな)
会津若松在住
http://1day1book.strikingly.com/

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■「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
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「無名×中小企業」でもほしい人材を獲得できる 採用ブランディング
(深澤了著 幻冬舎 2018/1/16)

 経団連が新卒採用において、会社説明会や面接の解禁時期などを定めた、い
わゆる“採用ルール”を廃止するというニュースがメディアで報じられました。

 現在、大学生の就職活動の解禁日は3年次の3月1日、選考開始日が大学4
年次の6月1日となっているのを、2020年卒の学生の代を最後に、廃止すると
の内容です。

・・・とはいえ、ここ数年、着々とルールの形骸化が進んでいたと感じます。

 大学3年次の夏休み期間に、あきらかに採用活動を見越したインターンシッ
プ(就業体験)を開催する企業が増加した他、外資系やIT系企業を中心に、
6月を待たずにフライングで選考を開始するところも多く存在していますので、
経団連ルールもいつかはなくなる日が来るんだろうな、とは思っていたのです。

 今後は政府主導の下で新たなルールを策定し、経団連もその決定に従うと報
じられていますが、そこで決定した新ルールもどれだけの企業が守ろうとする
のやら。。。就職活動の形が今後どうなるか、まったく先が読めません。

 この問題、これから就職活動に臨もうとする学生さん側に一定の影響が出る
のは必至ですが、同じように困るのが、私のような知名度のない企業の人事担
当者です。

 新卒採用という仕事は、終わりのない、いや切れ目のない仕事だと思います。

 たとえば10月という今の時期ですと、活動のピークは過ぎているものの、夏
に開催した大学3年生向けインターンシップの総括をしつつ、次は冬のインタ
ーンシップの企画や準備を進めながら、今年の内定者(現4年生)のフォロー
活動として、内定者事前研修などを同時並行で実施したりしています。今から
4年生に内定辞退でもされたら、たまったものじゃないですからね(笑)。

 これが春夏の活動ピーク時になりますと、本当に大変です。

 売り手市場と言われる中、学生から知名度のない会社はWebの求人広告な
どに馬鹿にならないコストを投下して、1人でも多くの応募者を集めなきゃい
けない、集めた学生を様々な角度から選考していかなきゃいけない、そして、
一定の内定辞退者がでることを見越して、内定者数を多めに出すなどコントロ
ールもしなきゃいけない。ちなみにこのコントロールに失敗すると、今の時期
でも採用活動を継続しなきゃいけません(私の会社は今年はセーフ)。毎日神
経をすり減らしながら、あっという間に時が流れていく、それが人事視点で見
た新卒採用活動であると感じます。

 経団連によるルール撤廃、政府による新ルール策定の結果を受けて、世の採
用活動の動向は変化しますので、その中で自社はどんな戦略を立てて今後活動
していく必要があるのか、結構気が気ではなかったりするのです。

 人事にとっては、かけるパワーが大きい新卒採用活動ですから、それに関連
する書籍で気になったものは、一通り目を通すようにしています。その中で、
特に印象深かった一冊が、今回の本「採用ブランディング」です。

 著書が元々CMプランナーなどを経験している方なので、メディアの活用の
仕方など、採用におけるハウツーが書いてあるのかなと思って読み進めたので
すが、内容はまったく想定外のものでした。

 本書の中で著者は、「採用の基本は『理念への共感』である」と述べていま
す。

 企業には必ず理念があり、自分達が実現したい理念を達成するために、共感
してくれる人を採用し、共に歩んでいく必要があると。つまり企業の理念に共
感してくれた人を採用するという発想を根底に持つべきであり、応募者の母集
団形成も「ただ人を集める」のではなく、「理念に共感してくれる人を集める」
ことが重要で、採用フローの組み立ても、その視点から行われるべきであると
。。。なるほど。

 今回の経団連指針の撤廃に限らず、採用環境は日々変化します。スケジュー
ルが変わることで、当然打つべき施策は変化しますが、それ以前にやるべきこ
とがあるだろうと、本書の中で筆者は説いています。スケジュール云々以前に、
日本は少子高齢化が進みますので、これまでと同じ方法で応募者が集められる
時代ではなくなっていると。

 私などがそうなのですが、採用活動がピークの時期って、常に応募者を何人
集められているか、その中で現在選考ラインに乗っている学生が何人いるかな
ど、人事は数ありきで考えてしまうクセがついているんですね。

 数打ちゃ当たるの感覚で多数の応募者を集めるのに労力を使うのではなく、
自社に共感してもらうためのメッセージを明確化して打ち出し、学生から選ん
でもらえる企業になるかを考えていく。そして、選考の過程の中でより共感度
を高めていくほうが、選考もスムーズになるし、辞退数も減る可能性が高い。
まずはこの感覚を身につけることが重要になりそうです。

 つい先日には、スマホのフリマアプリで急成長しているメルカリが、国内の
IT系学生の獲得競争が激しい中、インドのIT系学生32名を新卒採用したと
いうニュースが報じられていました。スケジュール以外にも、採用環境の変化
を物語る出来事は数多く起こっていますが、それら1つ1つのニュースに惑わ
されず、まずはじっくりと足場固めからと思っております。

show-z
某IT企業で人事担当者として勤務。千葉県在住。

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■「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
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第105回 演技をする、とは自分を知るための探索の旅である

 なぜ、いまこの本を選んだか、それを忘れてしまった。読んで発表しようと
思っている本は、数ヶ月まえから、なんとなく決めているが、今月のこの本に
ついては、いつ、どのような状況で読もうと思ったのか、すっかり忘却してし
まった。ただ、夏は執筆子の中では、シェイクスピアの季節。シェイクスピア
の芝居はなぜか夏に多い気がする。今年も7月8月9月と3ヶ月間シェイクス
ピアの芝居を観に行った。
 それで、今月はシェイクスピアの『リア王』が主役の本なのだ。

『俳優のノート』(山崎努 著)(文藝春秋)(2013年10月10日 文庫新装版)

『リア王』(松岡和子 訳)(ちくま文庫)(筑摩書房)
(1997年12月4日第1刷発行)

 シェイクスピアの作品『リア王』が新国立劇場のこけら落としとして1998年
1月に上演される。そのときの脚本は、松岡和子さんが書き下ろしで訳したも
のだった。書き下ろしの脚本は脚本が完成したその直後(1997年12月)に文庫
で本になっている。この新国立劇場こけら落としでは、この松岡版『リア王』
を使用して、鵜山仁・演出、山崎努・主演で上演された。

 主演(リア王)の山崎努は、準備期間中から、独自の公演日記をつけている。
山崎努は舞台や映画を問わず、覚えのノートを作っている、という。この「リ
ア王」でも山崎はノートをつけていて、それは1997年7月14日の役者、演出家、
制作、主演が揃うミーティングから始まる。以後、公演の千秋楽の1998年2月
3日まで、綿密な記述が続く。この個人的なノートを印刷して本にしてしまっ
た。怪優と云われ、演技力に定評があり、さまざまな監督や演出家から声が掛
かる、一代の名優、山崎努の演技のノート。若い役者にとってはまさに教科書
となり、執筆子のような演劇好きの好事家にとっては演劇という世界をさらに
知り、ますます観劇が楽しくなるための一冊となること請け合いなのだ。

 本書は、松岡版『リア王』(ちくま文庫)も併せて読むことを薦める。とい
うか、役者なら別かもしれないが、一般人はこの松岡版『リア王』が手元にな
いと、山崎努の『俳優のノート』はほとんど意味がない。1998年1月に新国立
劇場で上演された『リア王』の“俳優のノート”だから、その脚本がないと
『俳優のノート』は理解できない。脚本がないと、本書を読んでいてもおもし
ろくない。

 まずは『リア王』を読む。その後『俳優のノート』を読む。『俳優のノート』
を読みながら『リア王』を参照する。だから読み終わるのに結構時間が掛かる。
それでも『リア王』があるとないとでは内容の理解が違う。両書籍を読むこと
についての、欠点をひとつだけ挙げるとすれば、それはこの1998年の『リア王』
を観ることができなかったことに尽きる。読み終わった今、あの芝居を観るこ
とができなかった悔いだけが残った。

 さて、『俳優のノート』である。冒頭にこんな一節がある。長くなるが引用
する。

“俳優にとって、技術の蓄積は貴重である。しかし、その技術が、訳を表現す
る上で障害になることもある。よく通る声、巧みなせりふ廻し、華麗な動きは
たしかに心地よいが、さて役の人物はというと、何も見えてこない。舞台の上
には、得々と演技を披露している俳優がいるだけ、ということがよくある。し
かし観客が見たいのは、俳優ではない。観客は、劇場という非日常の世界で、
今、正にそこに生き生きと息づいている劇中の人物が観たいのだ。”

 俳優とは演技が巧けりゃいいってもんじゃあない、・・・・・らしい。その
俳優は、劇中のその人物になりきらないといけない。あの俳優が演じているん
だ、と観客に思わせてはいけない、と云っている。古今東西、さまざまな巨匠
や伯楽が同じようなことを云っているが、執筆子は本当にそうなのか、と常々
感じていた。しかしながら、現役の俳優が、そう云っているし、この文章は、
なんと早くも本文の2ページ目に書かれているのだ。どうやら、本当のことで、
嘘ではないらしい。

 しかし、それが難しいことは、観客の我々にだってよくわかる。その俳優が
演じているのではなく、劇中のその人がそこに現れていなくてはいけない。我
々観客は俳優にそんなことまで、要求をしているのだろうか。執筆子は、そう
ではない、と思っている。

 我々観客は、あの人の○○が観たい、という出発点があるのだ。わかりやす
い例として、歌舞伎がある。歌舞伎では、その劇中人物を何人もの俳優が演じ
る。そして演じるその俳優によって演じる際の型が違っていたりして、少しず
つその役の印象が違ったものになる。團十郎の大星由良之助がよい人もいれば、
吉右衛門の由良之助を贔屓にしている人もいる。だから歌舞伎は劇中の登場人
物はむろん大切だが、より大切なのは、誰が演じたか、ということだと思うの
だ。実際に執筆子は歌舞伎ではそういう見方をしている。

 一方、歌舞伎ではない演劇(新劇と云ってもいいし、最近はその枠に収まら
ない演劇が多いので歌舞伎以外、というべきか)では、演出家や俳優によって、
演出方法や演じ方がまったく違ってしまうし、伝えるテーマが異なってしまう
場合だってあるわけだ。人はよく「化学反応」という言葉で変化することを表
現する。人が変われば同じ芝居でも変わる。A氏とB氏の会話もB氏の替わり
にC氏になれば、同じ会話でも違った印象になる。そういうのを「化学反応」
というのだろうと思うが、まさにその「化学反応」なのだろう。相手が違えば
リアの演技も違ってくるだろう。ゴネリルやリーガンが范文雀と余貴美子でな
かったら、山崎リアも違ったリアになるに違いない。

 そんなことを思いながら、本書を読み進めていく。

 山崎努は、12月から始まる稽古を前にたっぷりと時間を取って、リアと向き
合い、リアを噛みしめている。饒舌と云ってもいいほど、さまざまな思いを書
き連ねいている。

“リアは捨てていく男である”

“演技すること、芝居を作ることは、自分を知るための探索の旅をすることだ
と思う”

“リアは耄碌しているのだ。・・・順を追ってリアは狂ってゆくが、実は最初
から耄碌しているのである”

“俳優が役を作るときに犯す間違いは、キャラクターに統一をとろうとするこ
とである。辻つまを合わそうとすることである。老人リア・・・、その心の動
きは、かなり脈絡のないものなのである。・・・我々はどうしようもなく統一
のとれない存在なのだ”

“役を生きることで、自分という始末に負えない化け物の正体を、その一部を
発見すること”

“唯我独尊のリアは、長い旅の中で他者を発見し、人が「生まれ落ちる」こと
の悲惨さ、世界の脈絡のなさを知った”

“「牢へ行こう。二人きりで―」とコーディリアと再び一体化することでリア
の旅は終わるのだ”

“しかし、―リアはにたりと笑った。馬鹿め、「何か」なんてあるわけがない
だろう。「何もない」(nothing)。俺は振り出しに戻っただけだ。”

・・・・・

 山崎努は、リアをして、何もないところから始まらせ、そしてあれこれ加え
させしめたが、それもどんどん捨させ、最後はまた何もなくならしめた。そん
なリアを表現してみたのだ。

 本書には、たくさんの人たちが登場する。共演者、制作スタッフ、家族、友
人知人・・・。登場するすべての人たちが山崎努を中心にした同心円状に存在
している。そしてそれら数多の人たちはむろん、それぞれその人の同心円があ
り、それらが互いに影響しあいながら、それぞれを支え合っている。芝居は、
人生は、ひとりでは作れない、ということが執筆子の読後最初の感想だった。

 俳優が、繊細で感受性が豊かで語彙が豊富な人たちだ、ということはよく知
っていた。本書はとても鋭い。人間の営みを月のひかりにもきらっと輝くよう
な鋭利な大鎌で一刀両断にスパッとやってしまい、その本性をむき出しにさせ
てしまうような、そんな鋭さが本書にはある。人間を観察し尽くし、自分の肉
体を使って、人間の本性を白日の下に晒してしまう、俳優という仕事の恐ろし
さをあらためて知った。


多呂さ(輪島が逝ってしまいました。本当に昭和の大相撲が終わってしまった、
そんな感慨に浸っています。)
 ブログ→ http://d.hatena.ne.jp/taro3643/

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・『ヒューマン ― 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510

・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/cogito/%8Fo%94%C5%88%C4%93%E0/%8Ex%82%A6%8D%87%82%A2%81E%8Aw%82%D1%8D%87%82%A2.html

 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
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 表題【読者書評参加希望】
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 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
 まで御自由にお送り下さい。(著者の皆様からの直接の献本はご遠慮くださ
 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

 〒142-0041 東京都品川区戸越5-4-3 アズ品川ビル4階
       ビズナレッジ株式会社内 [書評]のメルマガ 献本 係

2)このメルマガ上で、その本を読んで、書評を書きたいという方を募集します。
 先着ではなく、文章執筆実績と熱意優先で選ばせていただきます。(過去に
 執筆された文章などございましたら、合わせて御連絡ください。)

3)発行委員会はいただいたメールの中から、ピックアップし、献本いただいた
 本を送付します。(残念ながら提供いただいた冊数に応募数が満たない場合
 には、60日後に古本屋に売却します。)

4)ちなみにここでいう書評というのは、当メルマガに掲載する記事ではありま
 せん。送付先御本人分のブログ、あるいはアマゾンや楽天などのオンライン
 書店でも結構ですし、ブクログなど、専用のサイトでも構いません。つまり
 は当メルマガではないどこかリンクのできる外部に書評をアップお願いしま
 す。(あまりにも短いものは書評とは呼べませんので、文字数の条件を設け
 ました。書評は500字以上でお願い致します。)

5)献本を受け取った方は、1ヵ月後のメルマガ発行日までに、どこかに書評を
 掲載し、そのURLを発行委員会に送付します。(もし、本を受け取りなが
 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 最近、書評の魅力ってなんじゃろな、と考えていたのですが、やはりそれは、
自分がこれまで関心の無かった世界に触れるきっかけになるのかな、と思った
りしました。

 本でもいいのですが、いきなり全く知らない世界の一冊を選んで読むという
のは抵抗があります。

 今回のメルマガでは、今まで触れる機会のなかった演劇の世界に興味を持ち
ました。シェイクスピアの戯曲は、戯曲として本では読んだことがありました
が、舞台はそういえば、『真夏の世の夢』のアレンジ入ったバージョンしか観
たことがなかったなぁ、と。しかも大学生の頃ですから、ほぼ20年前…。

 特に今回、取り上げられている『リア王』は、黒澤映画「乱」のイメージが
強すぎて、原典もあまり覚えていない状態です。

 ばたばたと仕事ばかりの毎日ですが、再読、あるいは舞台を見る機会をつく
れば、自分も「リア充」になれるかな、とちょっと思いました。(ちがう?)
(あ)

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