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[書評]のメルマガ vol.669

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■■ [書評]のメルマガ                2019.01.10.発行
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■■ mailmagazine of book reviews   [平和な一年になりますように 号]
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■コンテンツ
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★トピックス
→トピックス募集中です。

★「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
→<109>川勝徳重とその他若干を中之島で「発見」した夜のこと

★「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
→91 見える世界を広げよう

★「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
→第108回 伝統あるイギリスの執事が最も大切にしていること

★「人事なショヒョー〜組織とコミュニケーションを考える」/SHOW−Z
→今回はお休みです

★献本読者書評のコーナー
→書評を書きたい!という方は、まだまだ募集中

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■「漫画’70s主義〜オッサン目線な漫画の地平〜」/太郎吉野
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<109>川勝徳重とその他若干を中之島で「発見」した夜のこと

 皆様、新年あけましておめでとうございます。
 本年もまた、本や漫画のことやら、はたまた全然関係ない愚痴や駄法螺を、
ここで披露させていただきますが、どうぞ懲りずにお付き合いくださいますよ
う、よろしくお願い申し上げます。

 で、新年早々の愚痴を、まずイッパツ。

 京都の大学から帰宅する際、たいていいつもは嵐電‐阪急−阪神なのだけど、
ごく時たま、JR嵯峨野線の嵯峨嵐山駅から京都駅まで出て、そこからJR京都線
で大阪まで、というルートを使って帰ることがある。

 その際にいつも感じるのが、JR嵯峨野線…かつての山陰線は、京都駅の中で、
一番オミソにされている、ということ。

 京都駅は、烏丸口の改札を入ったところが「0番線」ホームで、そこから南
に向かって整然と2〜10番線ホーム、それぞれがびわこ線、京都線、奈良線と
並んでいて、各ホームは地下道と橋上デッキで連絡し、その先、デッキよりも
一段高い高架に上がった11番から14番線までが新幹線。
 ちなみに「1番線」にはホームが無くて線路だけ、というのは、よくクイズ
にもなる「京都駅トリビア」なのだった。

 このように、0番線から14番線までは北から南に向かって、きれいに整列し
てるのだが、ひとり嵯峨野線だけは、駅の北西の隅っこ…「え?ここって、も
う駅の外なんじゃ…?」とも思えてしまう端っこの方に、「端頭式」というら
しい行き止まりのホームが、「おまけ」のように、ひっそりと佇んでいるのだ。
 その疎外感たるや、ちょっと半端ない。
 京都駅にあっては、嵯峨野線のホームにだけは、なぜか「31〜34番線」とい
う番外地のような番号が振られているので、ますます疎外感。

 なので、このホームから他の線に乗り換えようとすると、もう大変。
 電車を降りると、出口及び乗換口は端頭式ホームのその先にしかないので、
降りた乗客が一斉に同方向に流れ出す。狭いホームは一時的に人であふれて、
なかなか進まない。
 このホームが、なぜか昼間でも妙に薄暗いので、進まない行列に、余計イラ
イラする。

 やっとホームの端にたどり着き、広いコンコースに出るのだが、ここから乗
り換えのための2階デッキにあがる階段が、またけっこう遠い…しかも、そこ
もまた列車を降りたばかりの人で、いつも込み合う。
 ようやくデッキにあがって、京都線下りの5番線ホームに着くまで、かれこ
れおよそ10分ほどでしょうか?
 一番南の端で、さらに高架上の新幹線なんかだと、もっと時間がかかること
になる。

 その昔の国鉄時代にも、当時の「山陰線」を利用したことがあるのだが、あ
のころも今と同じ場所にホームはあって、やはり「なんで?」と思った記憶が
ある。

 調べてみると、後の国鉄山陰線は、元は「京都鉄道」という私鉄で、国鉄京
都駅の隅っこに「間借り」する形で、終点のホームが作られたらしい。
 その後国有化された後も、そのホームはそのままに残されて、なので、この
ような変則的な配置になった由。

 「なるほど」と分かったのだが、しかし、ですね…
 京都駅は90年代に、奇抜なデザインで景観論争を巻き起こした駅ビルを筆頭
とする、大規模リニューアル工事をやらかしている。
 その際に、誰が見ても不便な場所にある山陰線のホームを、もっと便利な場
所に移転しようとはしなかったのか?
 リニューアルされた駅ビルには、デザインが奇抜なだけに「無駄」とも思え
るスペースもいっぱいあって、やろうと思えば、山陰線のホームをここらに持
って来ることもできたろうに、と思うのだが…

 やはり、山陰線…ただ今の嵯峨野線は、仲間外れのオミソにされている、と
しか思えない。

 昨年12月の某日、そのオミソの嵯峨野線から、在来線では一番遠い奈良線に
乗り換え、東福寺で京阪電車に乗り換えて、大阪は渡辺橋駅まで行った。
 そんなややこしい経路を辿らずとも、地下鉄東西線で三条京阪まで行き、そ
こで乗り換えた方が簡単だし早かった、と気づいたのは、京阪電車に乗ってか
らだった…。

 地下3階にホームがある京阪中之島線・渡辺橋駅の地下1階には、「アートエ
リアB1」というコミュニティー&ギャラリースペースがある。
 ここで大阪大学主催の「マンガカフェ」というトークイベントが定期的に開
催されていて、この日はこれに参加するために、わざわざやいこしー経路で行
ったのだ。

 「マンガカフェ」では例年、「今年のマンガ界をふり返るぞ!」というテー
マのイベントを年末に開催していて、カフェマスターの大阪大・金水敏教授が、
精華大学と京都国際マンガミュージアムの研究者たちをパネリストに招き、そ
れぞれの「今年の一冊」について、大いに語り合うのが恒例なのだ。

http://artarea-b1.jp/

 パネリストたちが「今年の一冊」を発表の後、会場の参加者たちの銘々が
「一冊」を披露して、わしも、当欄でも取り上げたことのある2点、2018年に
シリーズを完結させた山本直樹『レッド』シリーズ全巻を「平成の一冊」とし
て、吉本浩二『ルーザーズ』を「今年の一冊」として、それぞれ発表させて頂
いた。

 パネリストの一人、京都国際マンガミュージアムの研究員・雑賀忠宏さんが
紹介したのが、川勝徳重『電話・睡眠・音楽』(リイド社)だった。

 川勝徳重の名は、webマガジン「トーチ」を通して以前から知っていたし、
その「トーチ」に発表された(単行本表題作でもある)『電話・睡眠・音楽』
も読んでいたのだが、そのフランスのBD(バンド・デシネ)風の世界観と作品
全体を覆う不安というか、読む者の頭の隅っこをなにやら「かりかり」とひっ
かいていくような不条理な何か、が妙に気になってはいたのだが、告知されて
いる単行本を買おうという気にまでは、正直至っていなかった。

 が、雑賀さんが話しながら見せてくれたその単行本で、その作風が、70年代
「ガロ」風…すなわち、つげ義春や安部慎一、鈴木翁二や菅野修らの模倣から
出発していると知って驚いた。

 聞けば川勝は「1992年生れ」という。
 リアルタイムの「ガロ」を知らない世代が、70年代「ガロ」的世界に憧れて、
その作風を模倣し、自分の中に取り込もうとしている、のが嬉しくて、その翌
日、早速に手に入れたのだ、『電話・睡眠・音楽』定価1300円+税。
 同時に、単行本の発売に合わせて「トーチ」に掲載されていた斎藤潤一郎と
の「特別対談」を読んだのだけど、なんと川勝徳重、元は「架空」同人にして、
西野空男の後を継いで、編集責任者にもなっていたと知り、不明を恥じました、
はい。

 改めて単行本をじっくりと読んでみるにつけ、これは、川勝徳重という作家
の、変遷の軌跡だ、と気づいた。
 70年代「ガロ」風から始まって、次第に変化しながら、「トーチ」編集長に
「ヌーヴェル・ヴァーグをやる」と、宣言して描いたのが『電話・睡眠・音楽』
だったそうだ。
 BD風に左綴じで描かれたこれ、単行本でもこの作品だけが「左から右」に読
むようになってるんだが、これ、すごい。

 若い一人暮らしの女…といっても、どうやら本人は「もうそんなに若くない」
のを自覚している風でもある女が、風呂とシャワーで身支度を整えて夕方から
街に出かけて、行きつけらしいクラブで一夜を遊び、翌朝、朝の白けた街の中
を帰っていく…それだけなのだけど、全体を覆う気だるさの中に、なにかわけ
のわからない焦燥や鬱屈が、そこここから垣間見え、不穏な読後感に襲われる
…そんな作品だ。

 川勝徳重、70年代的「ガロ」から出発して、このBD風の作風が終着点か、と
いうとそうでもなくて、同じ単行本収録作で、発表順で言えば、これよりも新
しい『冬の池袋、午後5時から6時まで』など読むと、『電話〜』よりもさらに
進化していると見て取れる。
 これからまた、どんな風に「進化」を遂げていくのか、とても楽しみなのだ。

 「ガロ」つながりでは、精華大学の吉村和真教授が紹介した、Q.B.B『古本
屋台』(集英社)もまた、「お! メモメモ!」の一冊だった。
 こちらは、当初「彷書月刊」に連載され、同誌の休刊後は「小説すばる」に
掲載誌を移して連載を継続し、2018年に単行本化。
 東京都内らしきあちこちに出没する屋台の古本屋をめぐる、一話2ページの
漫画。

 「屋台の古本屋」というのは、これ以前にも、森元暢之が「ガロ」に発表し
た漫画に登場するのだけど、久住昌之・卓也兄弟のQ.B.B.が作り出す、独特の
「間」が、とてもいい。
 古本屋ながら、「一杯限り」とのお約束で、芋焼酎・さつま白波のお湯割り
も出す古本屋…わしも出会ってみたい、と思うぞ。

 吉村さんは、毎晩、一杯のお湯割り焼酎(もちろん、「白波」だそうだ)の
アテとして、この漫画を一話ずつ、じっくりと味わいながら読むと、これがま
た味わい深い! と力強く宣言されていたが、それ、わしも本を入手してから
真似させていただきました

 わしの場合は、焼酎が苦手なので燗酒なのだけど。

 「彷書月刊」に連載されていたゆえか、岡崎武志さんや荻原魚雷さんなど、
古本界の有名人がキャラクターとして登場するのもまた、Q.B.B.ならでは。

 12月の「マンガカフェ」では、この他にも、ゴトウユキコが漫画化したこと
でも話題の『夫のちんぽが入らない』は、「おとちん」と略すと、人までも口
にできる、ということや、豊中市の阪急岡町駅周辺でただ今、手塚治虫生誕地
として「手塚治虫ロード」を造ろう、という機運が高まりつつある、という情
報も得たり、非常に有意義な一夜を過ごすことができた。
 良かった、良かったと頷きながら、折から「光の饗宴」と銘打ったイルミネ
ーションイベント真っ最中の中之島を、後にしたのだった。

 ところで、「Q.B.B.」という久住兄弟のユニット名。この名を初めて「ガロ」
に見たとき、当時は兄弟のユニット名だとは知らなかったので、この人は「神
戸出身?」と思ってしまった。
 「Q.B.B.」は、神戸に本社がある「六甲バター株式会社」のブランド名で、
ことにチーズが有名だけど、神戸近辺のスーパーならどこでも置いてあるし、
神戸の小学生なら、給食のパンに必ず「Q.B.B.」のマーガリンがついてきたの
を覚えているはずだから、そこから採ったペンネームかな? と思ったのだっ
た。


太郎吉野(たろう・よしの)
阪神タイガースお膝元在住。右投げ右打ち。趣味は途中下車、時々寝過ごし乗
り越し、最長不倒距離は三重県名張。
ちなみに「阪神タイガース」の「阪神」は、「兵庫県阪神地方」を指します。

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■「いろんなひとに届けたい こどもの本」/林さかな
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91 見える世界を広げよう

 年が明けました。
 2019年がもどうぞよろしくお願いいたします。
 平和な一年になりますように。


 『ジュリアが糸をつむいだ日』
  リンダ・スー・パーク 作
  ないとうふみこ 訳 いちかわなつこ 絵 徳間書店

 2002年『モギ ちいさな焼きもの師』(片岡しのぶ訳/あすなろ書房)でニ
ューベリー賞を受賞したリンダ・スー・パークが書いた物語です。

 主人公のジュリアは7先生。親友のパトリックと一緒に、〈楽しい農業クラ
ブ・プレーンフィールド支部〉略して「楽農クラブ」に入りました。一年に一
度、クラブの生徒たちは自由研究のテーマを決め、半年ほどかけて研究し、発
表します。優秀な生徒は州の品評会で発表することができるので、それを目標
にみな頑張ります。

 2人はジュリアのお母さんの提案もありカイコの飼育をテーマにするのです
が、ジュリアはあまり気乗りがしませんでした。しかし一緒に研究するパトリ
ックと共に、カイコの飼育がはじまると、だんだん愛着が増してきます。生き
物を育てる楽しみに目覚めるジュリアです。

 カイコを飼育された方なら、カイコの魅力をご存知でしょう。私もその一人。
卵から成長していくカイコの姿にずっと寄り添っていると、かわいらしくてた
まらなくなります。

 餌となる桑の葉を集めるのは飼育の柱です。しかし、ジュリアたちが探すも
簡単には見つかりません。ようやく、桑の木のある家のディクソンさんと関わ
りをもてるようになるのですが、ディクソンさんとの出会いは、カイコの事だ
けではなく、ジュリアたちの世界をも広げるきっかけになります。

 ジュリアがカイコの飼育を通して視野が広がっていく成長物語は、
 カイコ好きにとって(私です・笑)たまらない物語です。


 『ぼくたちは幽霊じゃない』
 ファブリツィオ・がッティ 作 関口英子 訳 岩波書店

 ティーンの喜びや悩みをつづった作品シリーズであるSTAMP BOOKSの一冊。

 物語は実際の体験談がもとになったもので、アルバニア人のヴィキがイタリ
アに渡り、どのような暮らしをしていたかが描かれています。

 苦労してイタリアに渡ったものの、難民のヴィキたち家族は、滞在許可証が
おりるまでは不法滞在なため、町なかを歩くときは警察の職務質問を受けずに
すむよう注意が必要です。ヴィキは母親にイタリアに行けばいい暮らしができ
るって言ってたじゃないかと問うのですが、状況がすぐに変わることはありま
せんでした。

 訳者あとがきによると、イタリアには「学校はすべての人に開かれる」と憲
法に明記されているそうです。だからこそ、ヴィキたちも、公立小学校に通っ
ている間は、イタリアに住んでいても、いないものと扱われる幽霊扱いではな
く、一人の人間として勉強を教わり学び続けることができます。

 丹念に描かれる泥地でのバラック生活や日々の不安定さは物語の最後まで続
き安易なカタルシスで終わっていません。

 それでも、未来への希望をもって毎日を生きるヴィキと出会うことで、知ら
なくてはならないことをまた一つ教わります。


 次に紹介するのは絵本です。

 『キツネのはじめてのふゆ』
  マリオン・デーン・バウアー 作 リチャード・ジョーンズ 絵
  横山和江 訳 すずき出版

 親から離れてはじめての冬を迎えたキツネ。冬がきたら何をしたらいいのか、
さまざまな動物たちに教えてもらいます。

 けむし、カメ、コウモリ、リス、ガン、カンジキウサギ、クロクマ。

 たとえばカメはこう教えてくれました。

 「しっぽを そらにむけて、あたまから とびこむんだ。
 みずの そこへ むかってね。
 それから、ひんやりした どろに からだを つるりと うずめるのさ」

 キツネと動物たちのやりとりは、
 言葉は詩的で、暖色系の絵は言葉をつつみこむようにやわらかです。

 しかし、いろいろ教えてもらっても、キツネにはピンときません。

 そんなキツネが最後に出会ったのは――。
 
 絵本にはめずらしく訳者あとがきがついていますが、それがキツネの行動を
よく理解させてくれます。

 冬の季節に親子で楽しめる絵本です。


 もう一冊絵本をご紹介します。

 『ぼくはなにいろのネコ?』
 ロジャー・デュボアザン さく 山本まつよ やく 子ども文庫の会

 1974年にニューヨーク科学アカデミーの児童書部門賞を受賞した作品。

 版元紹介によると「(印刷に)使える色数が少なければ少ないほど、力を試
される」と語るデュボアザンが、さまざまに混ざり合っている美しい色の世界
を子どもにわかりやすく伝えるものになっています。

 黄色、青、緑などそれぞれの色が自分たちの色がいかにすばらしいか彩りを
みせて読者に語りかけます。そこに子ネコのマックスが、色に対して意見をは
さみ、色への理解を深める助けをしてくれます。

 一つの色での美しさ、重なり合うことによる美しさ。色のもたらす不思議さ
がわかりやすく描かれ、科学の絵本としてもおすすめです。 


(林さかな)
会津若松在住。「本の雑誌」新刊めったくたガイド海外文学担当。
http://1day1book.strikingly.com/

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■「日記をつけるように本の紹介を書く」/多呂さ
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第108回 伝統あるイギリスの執事が最も大切にしていること

 今月もノーベル賞作家、カズオ・イシグロの本を読む。カズオ・イシグロの
本は小欄においてこれで4作目となる。

 先々月の本『遠い山なみの光』、先月の本『浮世の画家』は戦後間もない日
本が舞台であるが、今回の本は英国が舞台となっている。そして我々、英国人
ではない、外国人が英国をみて、最も英国的なる制度だと思われている、貴族
と屋敷と執事に代表される使用人の物語なのだ。

『日の名残り』(カズオ・イシグロ 著)(土屋政雄 訳)(早川書房)
(ハヤカワepi文庫)(2001年5月31日 文庫初版)
  (『THE REMAINS OF THE DAY』(Kazuo Ishiguro)(1989))

 本書は、カズオ・イシグロの第3作目の長編小説である。そして、本書は英
国出版界における権威ある賞、ブッカー賞を受賞している。

 主人公は大邸宅の執事。おおよそ執事とは最も英国的な職業と云えるかもし
れない。執事がなんたるかを知らなかった人も執事がどのような仕事をするの
か、本書を読めばよくわかる。執事とは、使用人のトップであり、主人に対し
て言葉を交わせる唯一の使用人であり、他の使用人の任免権を持っている使用
人なのだ。男性の使用人はおしなべて皆、執事をめざす。使用人の最高ポスト
たる執事は庶民の出世のあがりとなる。使用人がご主人の立場になることはで
きない。英国は完全な身分制なのだ。執事の下に副執事がいるし、従者がいる。
そして下僕がいる。他に庭師や運転手がいる。これらは男性の仕事。女性たち
はどうか、女性使用人の最高ポストは女中頭。他に厨房を任された料理長がい
るし、女中たちがいる。女中の任免権も執事にあるが、執事も女中頭の意見は
無視できない。ご主人一家にすがたを見せることがない女中もいる。彼女たち
は最も下層の女中である。主人と同じ階級の来客があり、その時の給仕は男性
の仕事であり、食器の管理も男性の仕事になっている。使用人のスペースは使
用人だけのフロアと食堂がある。使用人の食堂の主人は執事であり、食事の合
図は執事が取り仕切る。

 長々と書いたが、これほど本書の中に使用人の説明があるわけではない。実
を云えば、これらは本書よりもむしろ、TV番組の「ダウントン・アビー」が
ネタ元なのだ。およそこの「ダウントン・アビー」ほど、英国の上流階級と使
用人階級のことがよくわかる物語はない。

 閑話休題。
 「日の名残り」である。
 主人公はダーリントン・ホールという大きなお屋敷で執事をしているスティ
ーブンス。

 時代は1950年代であり、やや老いたスティーブンスが1930年代の最も屋敷が
華やかだった時代を回想して進む。50年代のスティーブンスは、ひとり車で旅
に出る。この旅で、昔を回想するのだ。物語は現在(50年代)と過去(30年代)
を行きつ戻りつしながら話が進む。このあたりは前二作同様、主人公の心と思
考が自由に動き回っている。カズオ・イシグロの物語の大きな特徴だ。

 スティーブンスは、常に“よき執事とは何か?” “偉大な執事とは何か?”
を探究している。その命題を考えるとき、必ず立ちふさがる難問は、何か? 
それこそが、主人との関係にある。スティーブンスはそうは云っていないが、
彼を悩ます問題は最終的には、いつもこの“主人との関係”に行き着く。すな
わちそれは、主人に対する忠誠心であり、その忠誠心の発露はどのような場合
に発揮されるのか、ということを考察している。本書を読みながら、誠にステ
ィーブンスことが、よき執事であり、偉大な執事であろうと、読者は皆感じる
はずなのだ。

 過去の時代が30年代で、現在が50年代、というその時代に注目してほしい。
第二次世界大戦の前と後である。英国は戦勝国であるが、戦争の影響は甚大な
のだ。ダーリントン・ホールの主人である、ダーリントン卿は外交問題に熱心
に取り組んでいる。30年代のヨーロッパにおける最大の外交問題とは、まちが
いなく対ドイツ問題であり、ナチス・ドイツに対してどう接するか、に尽きる。
ダーリントン卿は時のチェンバレン首相や外相ハリファックス卿たちと同じく
ドイツに対する宥和政策を推進する立場で行動している。

 我々読者は、歴史を知っている。対ドイツ宥和政策は破綻し、ヒトラー率い
るナチスにヨーロッパが蹂躙されることになってしまった。

 戦後のダーリントン卿の立場は推して知るべし。具体的にはあまり書いてい
ないが、人々に罵られながら失意のうちに死んだ。そしてスティーブンスの職
場であるダーリントン・ホールはアメリカの富豪の所有となり、スティーブン
スはその富豪ファラディ氏に仕えることになった。気取らずおおらかなアメリ
カ人を主人にいただき、スティーブンスの心も少し融ける。

 主人のファラディ氏から車を借りてスティーブンスは、30年代にダーリント
ン・ホールで女中頭をしていたミス・ケントンに会いに行く旅に出る。
 本書は人間ドラマであるが、恋愛ドラマなのだ。スティーブンスはミス・ケ
ントンに好感情を抱いている。しかしそれ以上にミス・ケントンがスティーブ
ンスに恋をしているのが読者はよくわかる。スティーブンスの回想の中でも、
ミス・ケントンとの場面は偉大な執事について考える場面と双璧をなす程、多
くを割いて書かれている。スティーブンスを前に虚勢を張ったり、ヒステリッ
クに振る舞ったり、あるいはとてもやさしくしてみたり。概ね女性の方が積極
的なのだ。30年代の英国では、おそらく感情を表に出す女性が珍しい存在なの
は文脈からわかる。執事のスティーブンスはミス・ケントンに翻弄されながら
も、彼女の高い能力によって屋敷の運営がうまくいっていることもよく理解し
ている。過去の回想では、ふたりの関係は概ねそのように進んでいった。

 50年代の旅をするスティーブンスは、彼がミス・ケントンに恋をしているこ
とは、読者にもあからさまではないにしろ、隠していないようにみえる。英国
人の気質をよく表しているスティーブンスはまったく、愛だの恋だのというよ
うな言葉も態度もないのだが、行間からミス・ケントンへの想いがよくわかる。
30年代の英国では、使用人があからさまな態度に出ることはタブーだったが、
50年代ではそれが緩んできたようだ。それにスティーブンスの主人は今や自由
なアメリカ人なのだ。

 スティーブンスとミス・ケントンが何十年ぶりに邂逅して会話して別れる。
もちろん劇的なことは何も起こらない。読者はこのふたりの恋愛が何の進展も
なく終わってしまったことに深い失望と淡い安堵を持ちながら、物語を読み終
わるのだ。

 カズオ・イシグロの前二作の長編と同様に、本書もまた価値観の転換につい
ていけない者たちの物語だった。スティーブンスは感情のおもむくまま行動す
ることなく、偉大な執事として過ごし、ミス・ケントンもまた、冒険をしない
英国の20世紀の女性使用人だった。
 この物語は、ふたりの出逢いと別れの物語なのである。

 本書は映画化されている。1993年イギリス映画。ジェームズ・アイヴォリー
監督作品。主演はアンソニー・ホプキンス(スティーブンス)、エマ・トンプ
ソン(ミス・ケントン)。とても素晴らしい映画であり、本書と併せて観るこ
とを勧める。


多呂さ(あっという間に一年がめぐり、大相撲初場所が始まります。稀勢の里
さま。頑張ってください。よい結果になることをお祈りしております)
 ブログ→ http://d.hatena.ne.jp/taro3643/

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・渋谷昌三 著『人を傷つける話し方、 人に喜ばれる話し方』(WAC)
 http://web-wac.co.jp/book/bunko/280

・『ヒューマン ― 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510

・『支え合い・学び合いで育つ「わたし」』(エディット・パルク)
  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/cogito/%8Fo%94%C5%88%C4%93%E0/%8Ex%82%A6%8D%87%82%A2%81E%8Aw%82%D1%8D%87%82%A2.html

 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
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・書評アップ先の媒体予定:
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 表題【読者書評参加希望】
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 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
 まで御自由にお送り下さい。(著者の皆様からの直接の献本はご遠慮くださ
 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

 〒142-0041 東京都品川区戸越5-4-3 アズ品川ビル4階
       ビズナレッジ株式会社内 [書評]のメルマガ 献本 係

2)このメルマガ上で、その本を読んで、書評を書きたいという方を募集します。
 先着ではなく、文章執筆実績と熱意優先で選ばせていただきます。(過去に
 執筆された文章などございましたら、合わせて御連絡ください。)

3)発行委員会はいただいたメールの中から、ピックアップし、献本いただいた
 本を送付します。(残念ながら提供いただいた冊数に応募数が満たない場合
 には、60日後に古本屋に売却します。)

4)ちなみにここでいう書評というのは、当メルマガに掲載する記事ではありま
 せん。送付先御本人分のブログ、あるいはアマゾンや楽天などのオンライン
 書店でも結構ですし、ブクログなど、専用のサイトでも構いません。つまり
 は当メルマガではないどこかリンクのできる外部に書評をアップお願いしま
 す。(あまりにも短いものは書評とは呼べませんので、文字数の条件を設け
 ました。書評は500字以上でお願い致します。)

5)献本を受け取った方は、1ヵ月後のメルマガ発行日までに、どこかに書評を
 掲載し、そのURLを発行委員会に送付します。(もし、本を受け取りなが
 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

----------------------------------------------------------------------
■あとがき
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 新年早々、やや発行遅れてしまいましたが、本年もよろしくお願い致します。
(あ)

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