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[書評]のメルマガ vol.684

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■■ [書評]のメルマガ                2019.08.20.発行
■■                              vol.684
■■ mailmagazine of book reviews      [地雷とI miss youの間 号]
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■コンテンツ
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★「トピックス」
→ トピックス募集中です

★「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
→ #109『ドイツを読む愉しみ』

★「目につく本を読んでみる」/朝日山
→ 『ソロエコノミーの襲来』荒川和久 ワニブックス

★「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
→ 『友だち幻想 人と人とのつながりを考える』

★【募集中】献本読者書評のコーナー
→ 献本お待ちしています!

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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#109『ドイツを読む愉しみ』

 以前この欄で「クラシックはあんなに長くないとダメなのか?」と書いたこ
とがある。
 本書に、その答えを見つけた。

 シューベルトの音楽は長い。
 いや、長いんだそうだ。
 つまり、シューベルトをちゃんと聴いたことがないのだが。

 ともあれ、その理由は従来、「構成力がなかったので、曲をうまく終結させ
られず、だらだら長くなってしまった」と説明されてきたと言う。
 要は、しまりのない作曲家なのか。女性と別れるのも下手で、ずるずる行っ
ちゃうタイプだろう。

 しかし、本書『ドイツを読む愉しみ』の著者、高橋英夫はこれに異を唱える。
 楽曲分析的にはそうなのかも知れないが、文学的に批評するなら、違う答え
が見い出せる、と言うのである。

 この人は、基本、ドイツ文学者。旧制一高から東大独文科という、かつての
文化系エリート・コースを歩み、評論家となった。しかし、ドイツ文学に留ま
らず、小林秀雄や西行を論じ、ドイツ=オーストリアのクラシック音楽につい
ても優れた文章を書いている。

 本書も、ドイツ文学を論じたものが大半で、かつタイトルも「ドイツを読む」
なのだが、冒頭に置かれたのは「音楽の中から」と題する一章で、「バッハ・
エスキス」「謎としてのモーツァルト」「内部(を/から)敲く音 ベートー
ヴェンを読む」「変幻のエントロピー シューベルトを読む」の音楽論4篇が
まとめられている。
 とはいえ、そこはやはり文学者の音楽批評なので、「楽曲分析的」ではなく、
「文学的に批評」することになるのだ。

 その最後の一篇で、「構成力がなかったから」などという残念な理由とはま
ったく異なる、シューベルトにおける長大さの意味が指摘されているのだが、
しかし、「変幻のエントロピー」とは何なのか?

 エントロピーは十九世紀、熱力学から生まれた概念。簡単に言うと、ある状
態がどれだけ混沌としているか、その程度を数学的に表す。したがって、エン
トロピーが増大する、と言えば、どんどん混沌としていく、ということ。そし
て熱力学の第2法則によると、「閉じた系では、エントロピーは増大する傾向
にある」とされる。つまり、自然はほっとくとどんどん混沌としていく、ので
ある。

 例えば風呂が熱すぎた時、水を入れる。もし自然が秩序だった状態を保つな
ら、熱い湯と冷たい水は分離したままであるはず。ところが、湯と水は混沌と
混ざり合い、湯でも水でもない、中間のぬるま湯に落ち着く。エントロピーが
増大して、平衡に達したわけだ。

 そしてこのエントロピーには、もうひとつ重要なポイントがある。「不可逆
性」だ。時間が決して後戻りしないように、エントロピーの増大も後戻りしな
い。ぬるま湯がその内また湯と水に分離することはないのである。

 この熱力学の考えが、二十世紀にはもっと広く捉えられるようになり、文明
論や社会システム論へ応用され、日常の混沌まで飲み込んでいく。挙句、あな
たのデスクの上が、ほっとくと雑多な物に占拠されて混沌となるのもエントロ
ピーの増大であり、自然なことなのだ、決してあなたがずぼらなせいではない、
ということになる。

 その先鞭をつけたのが小林秀雄で、ある友人は彼が現れると「エントロピー
が来た」と揶揄したらしい。それほどその頃の小林秀雄は、ことあるごとに
「エントロピー」「エントロピー」と言っていたんだろう。

 この混沌は、時間にも及んでいる、と著者は言う。
「生活や社会組織の中に設定される各種の会合の時間や過程の時間は限りなく
延長されており、個人、家、社会、世界のどのレヴェルでも生存のために必要
なもの、道具、諸条件が途方もなく膨れ上がっている。それに連動して、絶対
必要ではなく、あってもなくてもいいようなものも空間を圧迫し、あってもな
くてもいい時間が時間軸に絡みついている。寿命の延引、人口の増殖、本や資
料の累積、ごみや廃棄物の山積。すべてについて後戻りは成立しない状況が生
じ、人間を圧迫している」

 身につまされる。断捨離が流行るのも、こうした「空間の圧迫」から逃れよ
うとする抵抗なのかも知れない。働き方改革だの業務の効率化だのも「時間の
圧迫」に対する抵抗なのかも知れない。

 なぜ、われわれが自然の命ずるエントロピーの増大に抗うかと言えば、その
先に待っているのが破滅だからだ。
「適正人口の突破、環境汚染、自然破壊のはての存在すべての熱死状態が仮想
されたからである。現代、人の意識の一隅には無意識の皮膜にくるまれた形で
終末論が埋蔵されているのだ」

 それでも、自然の法則であるエントロピーの増大には逆らえない。
 そうした状況の中で、あってもなくてもいいようなものによる「空間」の圧
迫よりも、あってもなくてもいい「時間」の方が、人間はまだしも耐えやすい。
その「長大化する時間の表現」こそがシューベルトの長大な音楽である、とい
うのが著者の考えである。

 もちろん、シューベルト本人はエントロピーなど知らない。著者が勝手にシ
ューベルトの音楽にエントロピーの増大を聴き取っているだけだ。

「シューベルトのD九六0やハ長調の大交響曲、弦楽五重奏曲、ピアノ・トリ
オなどは、いつまでも微細な変幻に嬉戯しつづけており、そこに私は一切の喜
怒哀楽を浄化してしまったシューベルトを「聴く」。しかし同じ曲に私は、近
代という時代と、その中の人間がいかにしても避けたり廃棄したりしえない一
方進行のヴェクトル、つまりエントロピー的に増大してゆく長さを「読む」。」

 音楽を「読む」ということは、要するに作曲家の意図や技術・技法の分析を
超えて、作曲家の内部にはない何かを召喚する作業なのだろう。
 だから著者は、シューベルトの長さからエントロピーを読み取り、そこから
「エントロピーが来た」とからかわれた小林秀雄を召喚する。そして小林がD
960を聴いた時、「これは西行の歌――願はくは花のしたにて春死なんその
きさらぎの望月のころ――のような曲だ」と言ったエピソードを引いて、「こ
の直観ないし連想には打たれる」と書く。

 そしてこの文章は、こう閉じられる。
「シューベルトに照らし合わせて西行のあの歌が喚び出されたことによって、
長さはいつまでも鳴っていることができる。終わりはない。解決はない。ただ
音だけがある」

 野暮を承知でこれを敢えてほどくなら、季節の循環に自らの死を同化させる
ことで、生を永遠に引き伸ばそうとした西行のように、エントロピーを増大さ
せながらそこに解決を置かないシューベルトは、熱死という終末を永遠に引き
伸ばしてくれる、ということだろう。

 これは、単なる現実逃避なのか。
 それでも最後の言葉、「ただ音だけがある」には、何か宇宙的な響きを感じ
て、立ち去りがたい誘惑がある。
 ともあれ、シューベルト、いっぺんちゃんと聴いてみろよ、ってことか。


高橋英夫
『ドイツを読む愉しみ』
1998年9月25日 第1刷発行
講談社

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
再就職が決まらずに一年以上ぐずぐずしていたら、昔の同僚から誘われて、前
の仕事へフリーランスの形で舞い戻ることになりました。それでも、本格的に
フリーでやるぞ、というふんぎりもつかず、未だに名刺をつくっていません。
これもシューベルト的引き伸ばしか。いやいやただの優柔不断でしょ。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『ソロエコノミーの襲来』荒川和久 ワニブックス

 いわゆる日本の少子高齢化については多くの人が論じている。その中で独身
者についてはあまり触れられては来ていない。

 家族を持たない、一人世帯はどんどん増え続けている。世日本の人口は減少
しつつあるが世帯数は増え続けている。すなわち、一世帯当たりの人口が減り
続けている。中でも増えているのが単身世帯だ。

 2018年の数字で単身世帯は全体の28%くらいだが、この比率がどんどん増え
続けていくと予想されている。当然経済主体としても単身主体は無視できない
大きさを持つようになってきている。ここに焦点を当てた本である。

 ちなみにソロとは、著者の定義としては「自由・自立・自給」の3要素を持
っている人で、たとえば夫と死別した高齢で寝たきりのおばあちゃんとかは含
まれない。

 読み進めて行くと分かるが。この著者は単に目先の購買層として独身者(ソ
ロ)を見ていない。これは私の解釈だが、著者はソロをこの世の一つの「触媒」
として世の中を動かして行く存在と見ているようだ。

 そういう前提の下、まず著者は、なぜ日本が未婚化、非婚化、それにともな
う少子化・高齢化に直面するに至ったかを説明する。まず1970年代に日本政府
が少子化を推進していたという事実がある。日本の人口は増えすぎているとし
て1974年に行われた日本人公会議では、子供は二人までという宣言を採択・・
その宣言から日本の人口は明らかなトレンドに入る。日本国民は、会議の宣言
に素直に従った。

 また1965年あたりから、恋愛婚がお見合い婚より多くなってくる。お見合い
婚の減少は、そのまま婚姻数の減少に比例している・・・すなわち少子高齢化
は50年ほど前から始まっている。恋愛結婚が主流となった今でも恋愛強者は3
割くらいしかいない。

 加えて収入の問題がある。男は貧乏だと結婚できないが、女は金持ちだと結
婚できなくなる。何よりも問題なのは、最も人口が多い東京で最も少子化が進
んでいると言うこと。要するに、人口が増える予測が出来そうな要素が全くな
い。

 この流れは今。即変わったとしても今後100年ほどは人口構造に大きな変化
を及ぼさない。すなわち状況は変わらないのだ。だから少子化はこれからも進
むことを前提として受け入れろという著者の主張は、一定の説得力をもつ。

 その上でソロの人たちが作り上げている市場の大きさや消費性向(たとえば
アイドルのおっかけに大金突っ込んでいるファンは、ファングッズよりも全国
を移動する交通費や宿泊費にカネを使っている)とか、世代論(70年代生まれ
とか90年代生まれとか)でソロの消費は似通ったりしない。独身者VS家族持ち
で何に金をかけるのかが全然違ってくるなど、ソロ市場の解説が続いていく。

 そんな中でも特筆すべきは、過去に日本で少子化が進んだ時代として江戸時
代を取り上げて詳細に分析しているところだ。江戸時代、日本は現代に負けず
劣らず独身者が多かった。そうした独身者を当て込んだ商売もよくあったのだ
けど、そうした商売の多くは、現代との共通性を持つ。

 ソロが多ければ外食が流行るし、江戸時代にも外食のはしりである屋台が出
現した。居酒屋の原形が出来たのも江戸時代だし、棒手振りと言う現代のフー
ドデリバリーに相当する商売もできていたなどなど、独身者を当て込んだビジ
ネスが江戸時代にも現代にも同じようにできていることを解説する。

 言い換えると、明治から現代までに日本の人口は4倍くらいに増えたが、む
しろそういう状態こと異常であって、少子化を前提として考えれば人口が4分
の1になってもせいぜい江戸時代レベルに戻ると言うことに過ぎないのだ。

 そして。ソロたちをどうやって動かす(物やサービスを買わせる)かに話が
進んで行くのだが、ここまで読んでいると、確かにそうだろうなとすんなり頭
に入って行く。

 そこで描かれている消費は、いわゆる家族を前提とした消費とは全く違う。
家族のつながりは消えることはないし、これからも存在し続ける。しかし、ど
んな商売をしていても家族とは別の存在である、ソロを市場として認識してお
く必要は確かにありそうだ。

(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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人との距離感をつかむのは一生の大問題
『友だち幻想 人と人とのつながりを考える』
(菅野仁・著 ちくまプリマリー新書)


 ベストセラーは誤解されてベストセラーになる・・・これがおばちゃまの持
論です。世のコンテンツは著者の真意とズレたポイントに読者が強い印象を持
って売れるケースが多いように思います。

 先日読んだ、少し前の話題作のこの本もその中のひとつかもしれません。

 私がこの本を知ったのは、テレビ番組でした。「小中学校時代の友だちなん
て卒業したら会わないもの」と有名予備校教師が言い、「だから学校時代に、
友だち関係で悩むなんて意味がない」と結論づけていました。おばちゃま、そ
れがとても新鮮で、「たしかにたしかにその通り」と思って、知人に話したら
「でも友だちいないとさみしいじゃん」と言われたんですが意に介せず、「友
だちなんていらないや」と思ってスッキリしたものです。

 多かれ少なかれ、周囲の人との人間関係を煩わしいと感じている人々にとっ
て、友だち関係なんて幻想に過ぎないと喝破してくれるこの本は、胃にもたれ
ていた何かを鮮やかに解消してくれる胃薬みたいなものと受け止められたと思
います。それが30万部の大ヒットにつながったのでしょう。

 でも、有名予備校教師がレクチャーするテレビ番組を見てから半年過ぎた先
日読んでみたら、また別の印象を受けました。

 著者はコミュニケーション論をテーマのひとつにする社会学者で、この本は
お嬢さんが小学校時代に友だち関係で悩んでいるのを見て書かれたとのことで
す。
 読んでいると、友だち関係の「同調圧力」や「同質性共同性」などで個人ら
しく生きるということが社会から認められない傾向について考察しています。
そしてあくまで私の主観ですが、著者のパーソナリティもどちらかといえば人
間関係からは距離を置きたい傾向にあると感じました。それがタイトルの「友
だち幻想」につながっているのかもしれません。

 著者はあとがきで「友だちをつくろうとすることなんてしょせん幻想にすぎ
ない、無駄なことだ」(中略)私はこのような寒々とした虚無的な主張がした
かったのではありません。「友だち」という言葉に象徴される、身近な人びと
との親しさや。情緒をともに共振させながら「生」を深く味わうためには、こ
れまでの常識をちょっと疑って、人と人との距離の感覚について少しだけ敏感
になった方がいいのでは、ということを述べたかったのです」と書いています。

 それなのにそれなのに、テレビでは「友だちなんて意味なし」みたいな結論
になってしまうのはどうして?(それはテレビが極めて大ざっぱなメディアだ
からです)。

 この本の残念な部分は、ではそうしたらいい?という具体論があまり書かれ
ていないところです。著者の紹介するエピソードは学生時代の思い出と大学生
同士のかかわりが少々で、今ひとつパンチがありません。(まあ、大学教員同
士のあれこれなんて書けないしね)。この点は、会社で上司や同僚との関係の
いざこざを経験したり、結婚してからは家族内のゴタゴタや近所づきあいや夫
の親族との関係でもまれにもまれているごく普通の女性と比べて経験値の少な
さが伺われて少し残念。

 おばちゃま、思うんですけど、人との距離って離れたり近づいたり、近づき
すぎて地雷を踏んで頭を抱えたり、離れすぎて見失ってしまって泣いたりの、
0から100の目盛りの中を泥まみれになって学んで、でも何歳になっても学びき
れずに右往左往するものなの。それが一生続くのよ。

 だから思春期の子どもたちに言いたいのは、こういう本を読んで勉強するの
も大切ですが、それよりも「事例研究を重ねるしかないね」ってこと。

 最後に個人的な話を1つ。おばちゃま、先日、中学校時代からの友人を亡く
しました。なぜか号泣することもなく、「まあ、最近はそれほど会うこともな
かったからなあ」と淡々としていたのですが、一か月ぐらい経ったある日、水
餃子を作ったのね。特に特徴のない餃子ですが、しいたけとニラなど野菜をた
っぷり入れて肉は少しで作るのよ。まあまあ、おいしい(自慢)。餃子の皮を
包みながら、「この餃子の作り方を教えてくれたのは彼女だった」と思い出し
たの。そうしたら、涙が止まらず、しばし餃子を包みながらさめざめと泣きま
した。

 よく、その人の体はその人が食べたもので作られていると言われますが、人
はそれまでに会った人たちによっても形作られているのです。だから、シニカ
ルにならず幻想と言われても、距離感0と100の間、地雷とI miss youの間を右
往左往しながら、これからも人とつきあっていきたいと思いました。

大友舞子(おおとも・まいこ)
昭和20年代生まれのフリー編集&ライター。関東生まれで関西在住。
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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・渋谷昌三 著『人を傷つける話し方、 人に喜ばれる話し方』(WAC)
 http://web-wac.co.jp/book/bunko/280

・『ヒューマン ─ 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510


 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
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・書評アップ先の媒体予定:
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 をご記入の上、下記までメールください。

 表題【読者書評参加希望】
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 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
 まで御自由にお送り下さい。(著者の皆様からの直接の献本はご遠慮くださ
 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

 〒142-0041 東京都品川区戸越5-4-3 アズ品川ビル4階
       ビズナレッジ株式会社内 [書評]のメルマガ 献本 係

2)このメルマガ上で、その本を読んで、書評を書きたいという方を募集します。
 先着ではなく、文章執筆実績と熱意優先で選ばせていただきます。(過去に
 執筆された文章などございましたら、合わせて御連絡ください。)

3)発行委員会はいただいたメールの中から、ピックアップし、献本いただいた
 本を送付します。(残念ながら提供いただいた冊数に応募数が満たない場合
 には、60日後に古本屋に売却します。)

4)ちなみにここでいう書評というのは、当メルマガに掲載する記事ではありま
 せん。送付先御本人分のブログ、あるいはアマゾンや楽天などのオンライン
 書店でも結構ですし、ブクログなど、専用のサイトでも構いません。つまり
 は当メルマガではないどこかリンクのできる外部に書評をアップお願いしま
 す。(あまりにも短いものは書評とは呼べませんので、文字数の条件を設け
 ました。書評は500字以上でお願い致します。)

5)献本を受け取った方は、1ヵ月後のメルマガ発行日までに、どこかに書評を
 掲載し、そのURLを発行委員会に送付します。(もし、本を受け取りなが
 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 気づけば配信が10日も遅れてしまいました…。もう9月ですねー。(あ)

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