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[書評]のメルマガ vol.695

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■■ mailmagazine of book reviews        [世の中、まだまだ 号]
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■コンテンツ
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★「トピックス」
→ トピックス募集中です

★「音楽本専門書評 BOOK’N’ROLL」/おかじまたか佳
→ #115『パン屋再襲撃』

★「目につく本を読んでみる」/朝日山
→ 『フェアトレードのおかしな真実』コナー・ウッドマン 英治出版

★「おばちゃまの一人読書会〜中高年の本棚〜」/大友舞子
→ 今回はお休みです

★【募集中】献本読者書評のコーナー
→ 献本お待ちしています!

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■トピックス
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■今回の献本読者書評のコーナー
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 この本の書評を書きたい!という皆様、詳細は巻末で!

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■音楽本専門書評「BOOK'N'ROLL」/おかじまたか佳
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#115『パン屋再襲撃』

 前回は、泉鏡花の「歌行燈」に、明治時代のサウンドスケープを偲んだが、
今回はぐっと時代も下って1974年のサウンドスケープ。
 
「街は変ることのないいつもの街であった。混じりあってそのひとつひとつの
本来の意味を喪失してしまった人々のざわめきや、どこからともなく次々にあ
らわれて耳をとおり抜けていくこまぎれの音楽や、ひっきりなしに点滅をくり
かえす信号とそれをあおりたてる自動車の排気音、そんな何もかもが空からこ
ぼれ落ちてくる無尽蔵のインクのように夜の街に降りかかっていた。夜の街を
歩いていると、そのようなざわめきや光や匂いや興奮の何分の一かは本当は現
実に存在しないものであるように僕には思えた。それらは昨日や一昨日や、先
週や先月からの遠いこだまなのだと。
 しかし僕にはそのこだまの中に聞き覚えのある何かを認めることはできなか
った。それはあまりにも遠く、あまりにも漠然としていた。」

 ざわめき、音楽、排気音。
 ほとんど聴覚情報だけからなる街の描写。
 それを束ねる「こだま」という言葉もまた、目ではなく耳で捉えるものだ。

 これは、村上春樹、初期の短編集『パン屋再襲撃』所収の「双子と沈んだ大
陸」に現れる70年代東京のサウンドスケープである。

 この短編は、主人公がかつて共に暮らした双子の女の子たちを、雑誌の写真
で偶然見つけ、その行方を追う物語なのだが、ここに引いたサウンドスケープ
は、主人公の生活にふと現れる都市の点描で、特に重要な箇所ではない。
 しかし今回は、敢えてこの部分に着目してみたい。

 自動車の排気音は、その前にある信号の明滅と呼応して、都市の慌ただしい
スピード感を示している。これはまあ、典型的な表現だ。
 それより問題は、ざわめきと音楽である。前者は無数の言葉が重なり合い、
互いに打ち消し合うことで、意味を失っている。後者は、とぎれとぎれにしか
聞こえないことで、断片化された結果、やはり意味を失っている。

 意味のないものは、存在感を失う。無意味は、無存在に近い。それは我々の
都市文明が、利便性という意味を金科玉条として発展した以上、当然のことだ。
 だから「そのようなざわめきや光や匂いや興奮の何分の一かは本当は現実に
存在しないものであるように」主人公の「僕」には思えたのである。
 そしてそれらの意味を失った「音」は、「こだま」と呼ばれている。それも
「昨日や一昨日や、先週や先月」という過去からのこだまだ。
 こだまは、初めに何かの音が存在し、その残響として発生する。つまり、自
立した存在としての意味を初めから持っていない。ゆえに、意味を無くしたさ
まざまな音を束ねる言葉として、これほど相応しいものはないのである。

 しかし、ここではたと立ち止まらざるを得ない。

 ざわめきは人の言葉で構成されている。誰かが誰かに発言しているのだから、
それはちゃんと聴き取ることさえ出来れば、きちんと意味を持っているはずだ。
それが錯綜し、重層化して、ひとつの塊になったために、意味を失ってしまっ
たに過ぎない。

 しかし、「どこからともなく次々にあらわれて耳をとおり抜けていくこまぎ
れの音楽」はどうだろう。
 こまぎれでなかったとしても、音楽は本来、意味のない表現行為だ。ここで
言う「意味」とは、例えば「腹が減った」とか「明日暇?」とか、我々が日常
言葉で伝えようとし、伝えてもいるような「意味」で、芸術的意義とか、そう
いう高尚なことを言っているわけではない。
 そうした実用的な意味からは初めから乖離しているのが音楽というもので、
だからそれは抽象的であり、純度の高い表現であり、さらには音響特性という
科学的な側面も備えていたので、伝統的にヨーロッパでは諸芸術の中でも特別
な地位を与えられてきた。プラトンが開いた学校アカデミアでも、美術や文学
は科目になかったが、音楽はあったのだ。

 ならば、そもそも無意味な音楽がこまぎれになることで意味を失い、遠いこ
だまとなるというのは、一体どういう事態を表しているのだろうか。

 この謎を一旦棚に上げて、次に収められている「ローマ帝国の崩壊・一八八
一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界」と
いう長いタイトルの、ごく短い掌編に進もう。

 冒頭、主人公の「僕」は、「害のない音楽を聴きながら」日記をつけている。
 その後、「害のない音楽のつづきを聴きながら」コーヒーを入れる。
 日記をつけ終わると、「強風の吹き荒れる日曜日の午後にふさわしいと思え
る音楽」を選ぶ。

 ここで気づくのは、すべての音楽が、BGMとして聴かれていることである。
 害のない音楽。なぜそんなものを聴くのか。それは日記をつける行為の、伴
奏として、なくてもいいが、あっても構わないものだから許容されている。
 強風の日にふさわしい音楽を聴いている時は、ながら聴きではないけれど、
そもそも聴こうと思った動機は強風にあるので、もし風がなければ音楽を聴か
なかったかも知れないし、仮に聴いたとしても、その曲ではなかったかも知れ
ない。すわなち、ここでも音楽は強風に付随している、いわば強風のおまけで
ある。

 主人公の「僕」にとって、大切なのは「日記」と「コーヒー」と「強風」で
あって、あくまで「音楽」は、それらにふさわしい気分を盛り上げるという機
能を与えられた添え物に過ぎない。つまり、本来無意味であることで純粋な芸
術であった音楽が、生活の伴奏という「意味」を付与されて、堕落したものに
過ぎないのである。

 一方、夜の街に鳴り響く「こまぎれの音楽」もまた、音楽本来の自立性を失
って、街に賑わいをもたらし、人々の購買意欲をそそるといったような、何ら
かの機能を果たすという点で「意味のある」ものに成り下がっている。
 それがもう一度意味を失うことで「こだま」になるのだが、しかしそれ以前
には、やはり都市の伴奏としての「意味」によって汚されていたのだ。

 無意味な音楽が、こだま化して改めて無意味になる。このことが示している
のは、音楽が一度「意味化」されたという事実である。BGMという機能を与
えられて、意味を持たされた音楽の堕落を、それは照射している。

 さらに、もともとの無意味な音楽を聴くことは、機能ではなく体験である。
 体験は消費されない。純粋に音楽と向きあい、真剣に耳を傾けた後、音楽は
聴く者の魂に刻印を残す。
 先に、無意味は無存在、と書いたが、このような無意味には強烈な体験とし
ての存在感がある。それは十分にリアルだ。

 だが、機能性は消費される。一定の利便性を享受することで、人はその機能
を消費してしまい、役割を終えた後に顧みられることはない。誰が、一度鼻を
かんだティッシュの思い出を心に刻むだろう。
 同じように機能化して意味を与えられた後、こだま化した音楽の無意味さは、
無存在であり、だからこそ、夜の街を歩く「僕」は、「ざわめきや光や匂いや
興奮の何分の一かは本当は現実に存在しないものであるように」思えたのだっ
た。

 利便性を金科玉条として発展してきた都市が、消費文明の華となったのは必
然である。
 次々と消費されていく文明は、本質を蝕まれ、表層的な流行にのみ翻弄され
ていく。
 リアルというものが、確固たる本質的な何ものかであれば、それが都市にお
いて、どんどん希薄化していくのもまた当然だろう。
 機能として消費される音楽の誕生は、まさにそうした希薄な都市文明の象徴
だった。
 70年代のあの時点で、まだバーチャル・リアリティーはなかったけれど、そ
れでも既に都市は徐々に現実感を失い始めて、やがてリアリティーという言葉
そのものが歪に変質していく予兆があったのだ。
「何分の一か」と村上春樹が書いた、そのパーセンテージは、この時十分の一
程度だったかも知れない。しかしそれは徐々に上がって、いまでは三分の一? 
いや、二分の一?

 そう言えば、作家であると同時に、優れた音楽の聴き手でもある村上春樹が、
1974年にそんな予兆を捉えていた頃。音楽を発信するミュージシャンの側にも、
同じ感覚を持った新しい才能が登場していた。1972年にデビューしたそのシン
ガーソングライターは、「私の音楽はBGM」と自ら言い放っていたのである。

 彼女の名を、荒井由実、と言う。


村上春樹
「双子と沈んだ大陸」
「ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーラン
ド侵入・そして強風世界」
(『パン屋再襲撃』所収)
昭和六十一年四月十日 第一刷
文藝春秋

おかじまたか佳
素人書評家&アマチュア・ミュージシャン
新型コロナウイルスが蔓延する中、たまたまジャレド・ダイヤモンドの『銃・
病原菌・鉄』を再読していました。マヤやアステカの帝国を滅ぼしたのが、ス
ペイン人の征服者による銃の力と、天然痘などの伝染病であったこと。もはや
そこまでの被害に見舞われはしないだろうと思いつつ、人類とウイルスの果て
しない闘いに気が遠くなります。

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■「目につく本を読んでみる」/朝日山
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『フェアトレードのおかしな真実』コナー・ウッドマン 英治出版

 フェアトレードは、昔からうさん臭いと思っていた。フェアトレードの最初
の試みはコーヒーだったと思うが、貧困に苦しむ生産者から相場より高い価格
で買い付けて社会貢献をするというやつ。

 なぜうさん臭いと思ったのかと言うと、コーヒー豆の原価がおそろしく低い
ことを知ってるからだ。分かりやすく説明するため。実際の市場価格とは違う
が、こういう例を挙げると分かりやすいだろう。

 コーヒー1杯分の豆の価格を10円とする。フェアトレードで取引されるコー
ヒー豆は20円で買い取られるとしよう。コーヒー農家から20円の豆を買った店
が従来300円で出していたコーヒーを、フェアトレードのラベルを付けて350円
でも売れるようになったとしたら、アラ不思議!農家は10円しか儲からないが、
買った店は40円利益が増える。農家のもうけの4倍儲かるのだ。

 要はフェアトレードとはマーケティングであって、コーヒー農家のことを考
えてないとは言わないけども、慈善をネタにしてより儲けようとすることだと
思っていたわけだ。そんなことを思っている人間としては、この本のタイトル
は刺さる。

 著者は英国のテレビキャスターでジャーナリスト。ナショナルジオグラフィ
ックの番組のホストを務める人で、世界中を回ってフェアトレードの現場を見
て回った。8ヶ所回ってきたので8章立てになる。

 最初に来るのはニカラグアのロブスター漁だ。海底にいるロブスターを取る
ために水深10メートル以上を潜る漁師たちは、先進国のダイバーが持つダイビ
ングの装備は持っていない。潮の流れによって流されて行方不明になったりす
る危険も大きい。実際、事故が多発している。
 その上潜水病の知識もないから潜水病を防ぐ減圧停止もやらない。だから事
故で死ななくても、しまいには潜水病になる。

 ロブスターは、卸売業者を経て大手の飲食業者の手に渡る。大手の飲食業者
はCSRに敏感だ。自分たちの扱っているロブスターは、漁師に危険なことをさ
せないものを選んでいると主張する。しかし、ロブスターに、危険な漁で獲ら
れたものかどうか、ロブスターを見て判別することはできない。

 仕掛け漁にすれば、こうした危険は避けられるが、仕掛け漁は漁獲量が少な
い。それがわかっていても、食っていくために漁師たちは危険を犯す。

 その次に紹介されるのは、英国のチョコレートの大企業、キンバリーがいわ
ゆるフェアトレード認証業者の認定を受けたカカオを仕入れるために仕入れ先
を変えるとした話が来る。これにより、キンバリーは倫理的に正しい企業であ
ると認められるとして喜んでいる。

 しかし、そもそもキンバリーと言う会社は100年前に奴隷制度に反対するた
め、奴隷制度のない国であるガーナからカカオを仕入れることにした。キンバ
リーの決断は、奴隷解放運動の大きな後押しになった。もともと立派な会社な
のである。今も立派な会社である。

 そんな会社でもフェアトレード認証機関の認証マークを製品に付けたいと望
むとは・・・

 そんな感じで、世界中のさまざまなフェアトレードの現場を訪ね歩いている。
中には、コンゴの章のように、もう救いようがないと言うか、本当にフェアト
レードをしたいと思っている会社ですら確認不可能なレベルのごまかしが横行
している例も紹介されていたりもする。

 しかし、そうでない例も紹介されていて、糾弾だけの本にはなっていないの
が、この本の良いところだろう。いろいろ問題があると言ってもフェアトレー
ドを進めようとする流れは悪いことではないし、現在フェアトレードにはなっ
ていないが、状況が変わればフェアトレードを推進しようとする人や企業も少
なくないようだ。

 著者も言っているが、読んでいて思うのは、中国の影響力の大きさだ。良き
につけ悪きにつけ、著者はあちこちで中国の力を目の当たりにしている。今や
世界第二位の経済大国であるから、世界中に影響力を持つのは当然なのだ。し
かし、言い方を変えれば、中国が本気になってフェアトレードを推進するなら、
世界のかなりの地域が救われることになりそうだ。

 フェアトレードの認証マークがついているモノを買って、「私はいいことし
ている」と満足するのは賢明な人の態度とは言えない。業種によっては、フェ
アトレードをやろうとしても事実上不可能なこともある。

 そんな中でも、人知れずコツコツ努力する人たちがいる。世の中、まだまだ
捨てたもんじゃない。

(朝日山 烏書房付属小判鮫 マカー歴二十うん年)

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■献本読者書評のコーナー(応募要項)
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 この本の書評を書きたい!という方は、応募要項を御確認の上、ご連絡くだ
さい。

・渋谷昌三 著『人を傷つける話し方、 人に喜ばれる話し方』(WAC)
 http://web-wac.co.jp/book/bunko/280

・『ヒューマン ─ 私たち人類の壮大な物語』(発売:紀伊國屋書店)
 http://www.human.ac.jp/cm/president.html#book3

・『たまご社長が教える運をつくる仕事術』(三楽舎)
 http://www.sanrakusha.jp/archives/1510


 参加ご希望の方(つまりは書評をご執筆いただく方)は、

・希望の書籍名:
・送付先ご住所・名前:
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 をご記入の上、下記までメールください。

 表題【読者書評参加希望】
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 皆さんのご応募、お待ちしております。

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 このコーナーの仕組みはとてもカンタンです。

1)まず、出版社の皆様より、献本を募ります。冊数は何冊でもOKです。下記
 まで御自由にお送り下さい。(著者の皆様からの直接の献本はご遠慮くださ
 い。かならず出版社からの献本をお願い致します。)

 〒142-0041 東京都品川区戸越5-4-3 アズ品川ビル4階
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 先着ではなく、文章執筆実績と熱意優先で選ばせていただきます。(過去に
 執筆された文章などございましたら、合わせて御連絡ください。)

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 は当メルマガではないどこかリンクのできる外部に書評をアップお願いしま
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 ました。書評は500字以上でお願い致します。)

5)献本を受け取った方は、1ヵ月後のメルマガ発行日までに、どこかに書評を
 掲載し、そのURLを発行委員会に送付します。(もし、本を受け取りなが
 ら期日までに書評を書かない場合には、以降、送付は致しません。

6)ちょうど一ヵ月後のメルマガにて、書いていただいた書評のURLを紹介さ
 せていただきます。期日に間に合わない、あるいは書けないという場合、送
 料をご負担いただき、書籍を返送いただきます。

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■あとがき
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 続いて20日号をお送りします。(あ)

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